愛人⑨
まるで虹の出る爽やかな青空の様な笑顔で、男は青年の必死な抵抗を一瞬で地の底へと突き落とす。
ビシィッ!と凄まじい音をたてて青年の顔が凍った。
「……………………………っ、やだなぁ若っ!行きますっ!行きますよ!!行ってくりゃあ良いんでしょうっ!?」
わずかな沈黙の後…。
勢い良く走り出す青年の目に、マヤはかすかに光るものを見た。
「若の…」
「若のコンチキショーっ!!!」
キラキラと光る雫を連れ立って、青年はけたたましい足取りで走り去って行く…。
(………い、…………行ってしまった……)
青年の遠のく背中を見送りながら、マヤはもはや、ぐうの字も出ない。
しかし不思議と同情感を覚えるのは、目の前の男の横暴に対する仲間意識みたいなものなのだろうか…。
「……………と言うことで、悪いけど君はオレと一緒に来てもらうよ…。なんと言っても君はオレの愛人だしね」
男はそう言って微笑みながら、再びマヤの瞳を覗き込む。
口を覆う手は外され、その指は彼女の首に着けられた青く輝く水霊石へと伸ばされる…。
「これが君の首にある限り、君は俺には勝てないし、俺の愛人として四六時中監視下に置くつもりだからそのつもりで」
男の言葉は、暗にマヤを捕虜にする事を意味しているのだろうが…。
覗き込む男の緑の瞳はとても楽しげで、月明かりに妖しく照らされたその様からは真意を何も推し量れない…。
「………あなた。いったい何がしたいのよ…!!」
マヤの口からこぼれ落ちるのは困惑の言葉。
「私を連れて行く…?何のために…。何の意味があるのよ」
後をつけて、逃げ道を封じて…。水か森かも分からない格好で現れた謎の男に、動きも力も抵抗も全て封じられた…。
「ただ兵に私を突き出せば良いだけじゃない。一緒に連れて行く?婚約破棄…?愛人…!?意味が分からない…………!!!!」
「人を馬鹿にするのもいい加減に…っ!!」
マヤが怒りのままに思いを言葉にしようとしたその時…。
「……意味…、ね……」
彼女の言葉に男がかすかに反応する。
「忌みつ姫、マヤ」
「!?」
男の顔からふと笑顔が消え、男は静かに彼女の名前を呼んだ。
「滅びの炎を纏う、失われし火の一族の破滅の姫君………。…………オレは総ての賭けに勝った。それだけの事だよ」




