愛人⑤
今までに味わった事のないたぐいの屈辱に我慢がきかず、マヤは躊躇なく封印を解こうとした…。
その時だ。
《ウオゥブルフ~~~》
錠をかけられた重厚な大扉の向こうから、かすかに聞いたことのない獣の遠吠えの様なものが聞こえたのだ。
「…!」
一早く反応したのは男の方だった。
「シッ!静かに…」
「むぐっ…!!」
男にいきなり手で口を塞がれ、マヤの口からは思わず物凄くまぬけな声が出てしまう。
………お陰で衝動的にやろうとしていた解呪の法は途中で途切れてしまう。
……いったい何なのだ。
マヤが様子を伺って男を見上げると、幸か不幸かさっきの余裕は何処の空…。
男は彼女の口を手で塞いだまま、状態を少し起こしてじっと扉の向こうに神経を研ぎ澄ませている。
「………残念。どうやら時間切れみたいだ……」
やれやれと男がそう呟やいた時。
扉の向こうから、徐々に荒い獣の息づかいと、足早にこちらに向かって走ってくる数人の人間の足音がマヤにも感じられた。
それはマヤ達のいる大扉の方にどんどん近づいてきて…。
ドゴォンッ!!!
「……!?」
いきなり大扉から凄まじい音が炸裂した。
何かが物凄い勢いでぶち当たった激しい衝撃に、重厚な大扉がギシギシ軋み、マヤ達のいる広い空間の空気がビリビリと振動した。
先ほどの気配からして、おそらく巨大な獣か何かが大扉に向かって体当たりしたのだ。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。
耳を澄ますと、大扉の向こうに獣の荒々しい息づかいが生々しく聞こえてくる…。
マヤは焦る。
(……獣魔!?この国の者が獣魔を飼い慣らしてる情報は入ってきていないのに……)
獣魔とは古の獰猛な獣の血と、魔物の血が混じった、おのずとしれた魔の獣である。
本来なら飼い慣らすことさえ難しい獣魔だが、戦場でこのたぐいがいるかいないかで軍事的戦況は恐ろしく変わってくるのだ…。
まずい事になった。
もし、水の都が密かに獣魔を飼い慣らしていたとして、おそらく一匹だけではないはずだ。
誰もがそれなりの訓練を受けているとはいえ、旅団の面々全員が誰も何の自然界の加護も受けていないルタばかりなのだ。
たかがしれている…。
何よりも私自身、今の状況では身動きがまったくとれないのだ。
なりふり構っている余裕は無いと、封印に彼女が神経を集中させた時…。
獣の唸り声の合間合間に、扉の向こうから緊張感とは裏腹な、何だかコミカルな会話が聞こえてきた。
《グルジュルブフ~》
「ここか!?ここなんだな!?フランソワっ!!」
「……コウ。お前、よくこつれてきたなぁ~。まさか水の都でコイツの活躍をみるとは思わなかったぜ」
「甘いですよ!ハヤテさん。いつもどこかにふらふら姿を消す若が、そもそもこんな集まりに黙って一カ所にいるはずがないでしょう!?」
「……まぁなぁ。現に目を離した隙に俺らの前からドロンだし…」




