囚われの身 脅迫①
時は少しさかのぼる…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マヤは自分の舞が終わると、すぐさま余分な装飾品を取り外し、その場を去った。
人の気配を探りながら、地下へと繋がる階段を目指し、迷路のような城の中を慎重に…、そして着実に前へと進んで行く。
彼女の頭の中には、事前に手に入れた内部地図によって、城の事細かな情報が全て記憶されていた。
(南の3階奥は王の寝室。1階は主に広間と謁見室。西には庭園と迎賓館に、東に兵士の宿舎、調理場、使用人達の休憩室……)
頭の中で地図をたどりながら、彼女は最短ルートを絞っていく。
出席している来賓のリストや王侯貴族のスケジュール、宴の警備配置……。
今日の日の為に、この様な私的な国家機密までもが、常に新しい状態でマヤの手元に集められていた。
それはこの水の国だけでなく、あらゆる国と場所にマヤ達に味方する者が多数存在する事を意味していた。
それも限りなく国の中心に近い場所で……。
(おおむね国内外にも、今回の結婚を良く思っていない者達も多いという事ね……)
ざまぁないわと移動しながらマヤは内心毒づく。
(つい最近まで冷戦状態だった両部族の関係をどうやってこじ開けたのかも気になるところだけど……。でも、所詮虚しい努力って事…)
頭の中でそんな事を考えしばらく走り続けていると、マヤはとうとう目的地へと繋がる大回廊にさしかった。
月明かりに青白く照らされた大回廊を、彼女は躊躇う事なく足早に進んで行く。
マヤの移動する大回廊の天井には、煌びやかな装飾と、明かりのついていない大きないくつものシャンデリア。
そして隙間など無い様に、水の精霊王が人々を導き、国と民を豊かな繁栄へと導いていく姿が、荘厳なタッチで天井一杯に描かれている。
いわゆる創世記と言われる神話の一場面なのだが……、
それがまるで絵巻物の様に、端から端まで物語の起承転結。延々とずっと天井に描かれているのだ。
長さにしてみれば100メートルくらいあるかもしれない。
(…………確か、水の都の誇る絵画の神。ダバダ・ナバニーニ生涯最後の大傑作と言われた絵だったかしら……)
本来国の宝として、ごく限られた者しか見る事の出来ないとても貴重なものらしい。
確かにマヤの目から見ても、天井絵が月明かりに照りだされほんのり青白く見える様は、実に神秘的で美しい。
……………美しいのだが。
天井絵がチラチラと視界に入る度、彼女はかろうじて冷静さを保ちながらも、どうしても苛立ちを隠しきれない。
(胸くそ悪いわね……)
マヤ自身、自分の根性がひん曲がって歪みきっている自覚はある。あるのだが、それを通り越して拒絶反応が半端ない。
この手の物を目にすると、否応なく頭が不愉快な記憶に直結して、マヤの意識を引きずろうとするからだ。
今すぐこの天井をどうにかしてしまいたいが、今は目の前の事に集中すべき時だ。
(………………全部済んだらこの天井は跡形もなく粉砕ね……)
走りながらマヤは固く心に誓う。
すると、彼女の進む回廊の前方に巨大な大扉が見えてきた。
横8メートル縦20メートルといった所か…。
重厚な大扉の前には二人の兵士が警備をしている。
(悪いけど、眠って貰うわ……!!)
……………マヤの瞳が、正確に彼らの姿をとらえる。
すると彼女は、獲物を狙う獣の如く、助走から加速へとスピードを急激に移行し、一気に戦闘態勢へと入った。
「………先輩っ!!」
マヤの存在に最初に気づいたのは、年若い水の兵士。
「誰かがこちらに走ってきますっ!!ものすごいスピードでっ……!!あれは…!?」
「何だと?!……女かっ!?」
二人がマヤの姿に気づき、迎撃の体勢に入るまでのわずかな数秒間……。
マヤは体勢を低くかがめ、素早く彼らの懐に潜り込んだ。
そして一瞬の隙をつき、両者の武器を蹴り上げ、一気に弾き飛ばす。
「…………この女っ!?」
先輩と呼ばれた40前後の中年兵士の顔に、思わず焦りの表情が浮かぶ。
「先輩っ、武器がっ!!」
中年の水の兵士と若い兵士。
両者とも全くマヤのスピードについていけない。
武器を失いひるむ二人に、マヤはすぐさま体勢を切りかえ、背後から首めがけて的確に強烈な手刀を振り下ろす。
「ぐぅっ…!!」
自分が何をされたのかも認識出来ないまま、二人の兵士は力なくその場に倒れ込んだ。
「悪いわね…。少し眠っててちょうだい」
マヤは気を失った兵士二人を物陰へと隠し、重厚な大扉の古びた金の取手に手をかける…。
ゴォォォーーー。
軋む大扉をなるべく慎重に動かし、マヤが慎重に中を覗き見ると……。そこには神殿の様な広い広い空間が月明かりに照らされ、厳かな雰囲気で彼女の目の前に広がっていた…。
中の空間。
その両端には大理石の柱が奥までずらりと続き、その間間に大きな神官の石膏像が一体ずつ配置てされている。
そして、奥の中央には巨大な祭壇の様な物が造られていた。
圧倒的な存在で祭壇にまつられているのは、水の精霊神の守護神獣、《水滸龍》の巨大な石像だ。
そしてそのちょうど下辺りに、縦横3メートルくらいの地下へと続く階段が、月の光で青白く光る床に黒くぽっかりと口をあけている…。
………………マヤの記憶によれば、この広い神殿の様な空間はあくまでダミー。




