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猫と歩く

作者: YUKI

結構前に書いた作品です。後半のストーリーは今回若干改変しています。

私は猫が好きだ。

恐らく傍から見れば若干引くぐらいの猫好きだ。猫好きおっさんだ。

まぁ犬も可愛いとは思う。尻尾フリフリしつつ駆け寄って来る様は、

とても愛らしいと思う。だがしかし、問題は「ベロベロ舐め攻撃」だ。

あれは頂けない。犬の愛情表現だとはいうが、苦手なのだから仕方がない。


話が少し逸れたが、とにかく私は猫が大好きなのだ。

そんな私だから、近所の野良猫にも愛情を惜しみなく注ぐ訳です。

但し餌付けはしない。野良とはあくまで顔見知りという間柄であって、

ご近所さんというスタンスは崩したくない。おっさんのコダワリである。


今年の春に生まれた子猫達も最近は随分大きくなっていて、

親猫と同じくらいの体格になっている。時間が経つのは早いものだ。

私の心の中でそれぞれにニックネームなど付けていたりするが、

声に出して呼んだりはしない。おっさんのコダワリ(パート2)である。

だが、猫それぞれの顔は憶えているので、顔を合わせれば挨拶をする。

猫達も最初は警戒していた様子だったが、最近では害は無さそうだと

気付いたらしく、澄まし顔で私を一瞥して横を通り過ぎていく。


時には私に興味を示し、近付いて来てじっと見つめられたりもする。

だがデレた顔したおっさんと、愛らしい猫が見つめ合う様子は、

傍目にはかなり怪しい光景だと思われる。気を付けよう、そうしよう。


そんな感じで日々楽しく、私は猫達を愛でていたのであるが、

近頃「タマ(仮称)」を見掛けないので気になっていた。

ねぐらを変えたのだろうか?だがこの辺りは猫好きが多いようだし、

餌場としては格好の場所だと思われる。まさかとは思うが、保健所に

捕縛されてしまったのだろうか。だとすれば悲しすぎる・・・

などと考えながら過ごしていた数日後に仕事帰りの商店街で、

「タマ(以後呼称を猫で統一)」を見掛けたのだった。


ひょっとしたら単なる見間違いかもしれない。そう思いながらも、

私は無意識のうちに猫の姿を追いかけていた。

だが商店街は夕餉の支度に追われる人々でごった返していて、

何度も猫を見失いそうになった。猫の方は人の波をスルリスルリと

すり抜けていく。私は何度か人にぶつかりペコペコ謝りながらも、

何とか人混みを抜けると、そこは裏通りのようだった。


この辺りに住み始めて随分経つが、こんな場所に来たのは初めてだった。

毎日同じ道で家と仕事場の往復ばかりだったので、何か新鮮に感じるのか。

猫が前方の少し離れた角に消えていく後姿が見えた。私は急いで後を追う。


角を曲がった先には猫の姿は無かった。見失ってしまった、何処だろう?

何気なしに周りを見回すと、路地裏の方で何かが動くのが見えた。

光の差し込まない暗い路地裏に目を凝らすと、やはり何かが居るようだ。

私はとりあえず路地裏に入ってみる事にしたのだった。


路地裏は視界が暗闇に覆われ、足元も見えない有り様であったが、

路地裏の両脇に立ち並ぶ商店の外壁に手をつきながら進んだ。

何度か何かに躓いて転びそうになりながらも、何とか奥に進み続ける。

手探りで進みながら、ふと私は今来た方向に振り返った。

路地裏の入口は遠く一筋の光の点の様に見えた。相当奥まで来たようだ。

それなのに私の眼前には相も変わらず先の見えない暗闇が続いている。

私は戻りたい衝動に駆られたが、ここまで来て戻るのも何だか悔しい。

私は意固地になって先へと進み続けるのであった。


「何だか変だ。」どれくらい暗闇の中を歩いただろうか。

最早路地裏の入口方面に光は見えなくなっていた。

何処を見ても闇しか無かった。何処に向かっているのかも判らない。

それなのに不思議な事だが私は不安を感じていなかった。

私は見た目に反してかなりの小心者である。普段ならこんな暗闇に

独り放り出されたのなら、冷や汗のひとつも滲み出そうなものなのだ。

それなのに、何という事でしょう。私はこんなにも陽気なのである。

大声量で18番を歌い出しそうな勢いである。実際は歌わないけれど。

確かに何も見えない暗闇ではある。けれど温かい雰囲気の暗闇なのだ。

例えるならば猫を抱きしめている時の温かさというか。そういえば、

猫は何処に行ったのだろう、そう考えが及んだ途端、前方の暗闇から

猫の鳴き声が聞こえてきたのだ。気が付くと薄らと明かりも見えた。

どうやら出口のようだ。猫の鳴き声もその方向から聞こえてくる様だ。

私は明かりに向かって歩きながら、妙な感覚に囚われていたのだ。

何だか私は猫に呼ばれているような気がしていた。そんな訳はないと

思いつつも、私の心の中には何故か確信めいたものがあるのだった。


長い長い路地裏を抜けた先、そこは一面に咲き乱れる花畑だった。

私は驚きのあまり呆然と立ち尽くしていた。

後ろを振り向くとそこには花畑の中に不自然な暗闇が浮かんでいた。

私が先程まで歩んできた路地裏の暗闇だ。明らかに不自然な光景。

そもそもこの花畑自体が不自然なのではあるのだが。

こんな場所が下町とはいえ街の中にある筈が無いのだ。


私は夢を見ているのだろうか?でもこんな楽しい夢なら大歓迎である。

私は愉快な気持ちに衝き動かされて、子供の様に花畑を駆け回った。

こんなに気持ちが高揚するのは何年ぶりだろうか。とうとう私は

体力を使い果たして花畑に大の字で寝転がった。見上げる青い空には

白く大きな雲がゆったりと流れていく。それを眺めているうちに、

私は何時しか微睡んでいたのであった。


夢の中で私は仕事に追われていた。いつも通りの私の日常だ。

私は休み無く働き続けていた。そりゃ疲れるよな、こんな調子じゃ。

だからあんな夢を見たのだろうか?花畑で大の字になりながら眠る。

あぁ、良い夢だったな。たまには休みをとって、あんな風に過ごすのも

良いかも。家族と一緒に。・・・家族?私に家族など居ないじゃないか。

私の家族はあの時に・・・もういい・・・そんなこと思い出したくない。

夢よ醒めろ!・・・あれ?これが夢だとしたら、さっきのは何なんだ?


目が覚めた私がいる場所は、やっぱり花畑だった。微睡む前とは違って

空は茜色に染まっており、辺りは静寂に包まれて夜の帳が近付いていた。

そろそろ帰らないとな。私は路地裏のあった方向に振り返った。

そこには周囲と変わりない花畑が、ただ一面に広がるばかりだった。

【私は日常に帰る術を失っていた】

だというのに、私は自分でも驚く程に妙に落ち着いていた。

まぁ良いか、なるようになるさ、何か開き直ったかのような気分だった。

溜め息をつきながら周囲を見回す。花畑を囲うように木々が生い茂る。

その木々の闇の中に赤い光点が2つ見えた。吸い寄せられる様に近付く。

そこには追ってきたあの猫が居た。猫は一声ニャアと鳴くと、森の奥へと

歩き始めた。ついて来いと言われた気がしたので、私は後に続いた。

猫の後を歩き始めて直ぐ、木々に覆われた視界は再び暗闇に包まれた。

自分の眼前に手を掲げても見えない様な暗闇だ。なのに猫の姿は見える。

猫は何だかボンヤリと発光している様だ。まるで大きな蛍。・・・蛍か。


遠い昔に見た記憶がある。田舎の御婆ちゃん家に行った小学生の頃だ。

夏の夜に御婆ちゃんに連れられ夜の河原に向かった。河原は暗くて

今と変わらず怖がりだった私は御婆ちゃんにしがみ付きながら歩いた。

上流方向にしばらく歩いた先にその光景が広がっていたんだ。

暗闇の中を溢れんばかりの蛍の光が乱舞する。とても綺麗だった。

その幻想的な情景に声も出せずにただただ見とれていた。

私は何故かその乱舞する光に願い事をしたんだ。叶う気がしたんだ。

私はあの時に何を願ったのだろうか。思い出せない。


過去を忘れていく。楽しかった思い出も辛く悲しかった痛みも。

まるで波打ち際の砂の城のようだ。打ち寄せる波に少しずつ、

削り取られて消えていく。でもそれで良いのかも知れない。

忘れる事で耐えられる現実だってある。これで良いんだ。


しばらく猫の後に続いて歩いていると森を抜けた。

そこは何処までも続く広い砂浜だった。

太陽は私の頭上で容赦なく照りつけていた。

空は夏を思わせる黒が溶けたような濃い青の中に、

沸き立つような積乱雲が無数に立ち昇っていて、

海は空が落ちてきたように、どこまで青く澄んでいた。

私は靴を脱ぎ捨てて、海に向かって走り出していた。

波打ち際で膝まで水面に浸かり、遠く水平線を望んだ。

思考は再び過去に流れていった。


昔、正月に初日の出を観ようと海に行った事があった。

初めて水平線に昇っていく朝日を見た時、私は自分でも

気が付かないうちに涙が溢れ出て頬を伝っていた。

何だろうか、先程から昔のことばかり思い返している気がする。

ひょっとしたら私はいつの間にか、もう死んでいるのではないか。

今、私がこの場所にいる事が、既に現実の事だとは思えない。

走馬灯を見ているのかも知れない、そんな風にぼんやり思った。

すると、何処からか猫の鳴き声が聞こえてきた。

声のした方に振り向くと、砂浜にちょこんと香箱座りで、

こちらをじっと見ている猫の姿があった。猫はまたニャアと

一声鳴くと、砂浜をそろりと歩き始めた。

私は慌てて脱ぎ捨てていた靴を履くと、急いで猫の後を追いかけた。


猫はひたすらに歩き続ける。私は猫の後を追いかけながら、

また過去の出来事を回想していた。


私は歩くのが昔から好きだった。暇を持て余すといつも散歩していた。

瞬発力や運動神経はあまりないが、体力だけは人より有り余っていたので、

何処まででも歩いて行けそうな気がしていた。あの頃は無闇に元気だった。

悩みなんて無かった。不安を感じる事なんて何にも無い気がしていた。

それがどうだ、今では日々の生活に疲弊し、仕事に忙殺され、自分の将来に

底知れぬ不安を抱え、過去に苦悩し続けている。まるで怯え蹲る子供の様だ。

そう自嘲し苦笑する。何時から私はこんな風になってしまったのだろうか。

いや、本当はわかっているのだ。わかっていて、それでも私は現実から目を

背け続けている。あの絶望に打ちのめされた出来事から、全てが狂い始めた。


だが今更あの私を打ちのめした出来事を顧みたところで何になるというのだ。

過去の出来事をいくら悔いてみたところで、失ったものは二度と戻らない。

だからこそ私は前だけを見ようと心に誓ったのだ。なのに何故私の心には、

いつまでも大きな穴が空いたままなんだろうか。


気が付くと猫はその姿を消していて、私は独り、見覚えのある家の前に佇む。

あの出来事が起こるまで、妻と共に暮らしていた家だ。

私の心に空いた大きな穴が、深い後悔に痛んで軋む。


元々真面目なだけが取り柄の様な私が、友人の紹介で知り合った女性と、

長い交際期間を経た末にプロポーズし結ばれた。お互いに引っ込み思案で

大人しい夫婦ではあったが、穏やかで幸せな毎日を過ごしていた。

結婚して数年後、ようやく授かる事の出来た子供に私は狂気乱舞していた。

無論妻も大変喜んでおり、まさに幸せの絶頂という感じだった。

元々仕事人間だった私は、愛しい妻の為にも、何よりもこれから生まれる

我が子の為にも、今まで以上に仕事に打ち込んだ。私がやるべき事を懸命に

行なったのだと自分に言い訳する事は出来る。それは全て愛する家族の為で

あった筈だった。けれど、本当はもっとなすべき事が別にあったのだ。

私の至らなさが最も残酷な結末をもたらし、私を打ちのめす事となった。


元々気が弱く、妊娠が判明してからは出産と、その後に続く育児とに

不安を抱え悩んでいた妻は、神経衰弱気味となり病んでいった。

毎日残業で深夜に帰宅する私に悩みを打ち明ける事も出来ず、

ひとりで抱え込み続けた妻は精神の不安定さが身体にも影響を及ぼし、

結果として流産してしまった。妻の落胆振りは悲愴感漂うものだった。

妻に物理的にも精神的にも寄り添い、悲しみを分かち合うべきだった。

だがその時の私は、勿論落胆していたが、私が嘆き悲しんだところで、

失われた子供は戻ってこないし、妻の悲しみが増すばかりだと言い訳し、

ひたすら仕事に没頭したのだ。そう、自分の事ばかり考え、逃避したのだ。

私のその現実逃避が妻を一層追い込んでしまう。私が本当は子供を望んで

いなかったのではないかと、妻に疑念を抱かせてしまったのだ。

妻はますます心を病んでいき、精神のバランスを狂わせた妻は遂に壊れる。


壊れた妻は、いつしか幻の子供を見出して育児に励み始める。

日常生活に支障があるほどに壊れた妻は、日増しに痩せ細り弱っていく。

私が状況に気が付いた時には、既に手遅れになった後だったのだ。


妻は精神病院へ入院となり、私は毎日面会に行く度に自分の愚かさと

無力さを実感させられた。目の前に居る妻の目に私が映る事は無かった。

妻の目には子供の幻影しか映らなかった。そして妻は病状が好転する事無く

先に旅立っていた子供の元へと向かったのだ。

後には愛する妻と子を失い、天国から地獄へと突き落とされた、

哀れな男が独り残された。


私は懐かしく、そして絶望に満ちた家の前に佇み、考えていた。

この家に入るべきかどうかを。

そこに待っているものは容易に想像出来た。

果たして私はそれに耐える事が出来るのだろうか。


誰も居ないという現実。

家族を守れなかったという過去。

そして惰性でただ生きているという未来。


そんなものを見たくは無かった。

避けて通れるのであれば逃げたかった。

そうなのだ。

私はどこまでも弱くて愚かな人間なのだ。

言い訳をして、逃げ道をつくり、辛い事から目を背け続けた。

過去に囚われる事なく、未来を見据えて歩み続ける。

それは良いのだ、間違ってなどいない。

だが私は今までただ只管逃げていたのだ。自分の弱さから。

私は現実を直視し、それを受け入れる強さを持たなくてはならない。

それこそが今の私がなすべき事なのだと、そう思えた。


私は大きく深呼吸をした後、躊躇う事無く玄関のドアを開けた。


【そこには静かな寝息をたてながら眠る赤ん坊を抱いた妻が立っていた】

妻の表情はとても穏やかで、心が壊れる前の元気だった頃の姿だった。

優しい笑顔を浮かべながら、妻は私に語りかける。


『お帰りなさい、あなた』


私はその場に泣き崩れた。

ああ、帰ってきたのだ。私は帰ってきた、愛しい家族の元に。

私は涙でぼろぼろの顔のまま、何とか立ち上がり妻に向き合う。


『ただいま、これからは、ずっと一緒だ』


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


ある男性がある日、突然失踪した。

特にトラブルを抱えていた様子もなく、

何らかの事件性による失踪の疑いは薄い。

ただ捜査で得た職場同僚の証言に興味深いものがあったので、

ここに内容を書き記しておく。


「私の部下なんですが、あいつは根が真面目で、仕事も真剣に

 取り組むし、これまでも無断欠勤なんて当然した事無かった

 んですよ。で、ひとり暮らしで体調不良か何かで動けなく

 なってる可能性を考えて、あいつのアパートに行ってみたん

 ですよ。でも居なかったんですね。で、普段あまり喋らない

 あいつと酒の席で話した時に、亡くなった奥さんの話を

 聞いた事を思い出したんですよ。当時住んでた家は売らずに

 今も無人の状態でそのまま残っている、と言っていたんです。

 何だか嫌な予感がしましてね。ひょっとしてその家にあいつ、

 居るんじゃないかと、そんな気がしましてね。会社の総務で

 確認したら家の住所が判ったんで、行ってみたんですよ。

 そしたらね、不思議な事があったんですよ。

 いえね、玄関の鍵が閉まって無かったんで、居るのかなと、

 玄関の扉を開けたらね、居たんですよ。そこに。



 



 猫がね。香箱座りで。ちょこんとね。


 でも、何もない、誰もいない、玄関以外施錠されている、

 生活感皆無のあの家の中にね、

 どうやって、あの猫、入ったんですかねぇ。」



 おしまい。

 








楽しんで頂けましたら幸いです。


必ずしも、生きている事が救いになるとは限らない、


というお話でもあります。

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