第2話
薄く目を開ける。
ベッドから起き上がり、ケアリーの用意してくれた服に着替え白衣を羽織る。
コンコンコンコンッ
「いいよー。」
「おはようございます。朝食は如何されますか?」
ケアリーが入ってきて、いつもと同じように朝食のリクエストを聞いてくる。
「アッサム、ミルク多めでお願いね。」
「たまには、紅茶ではなく食事を召し上がりませんか?」
これも、いつもとおなじやりとりだ。
「昨日は夜も召し上がっていません。」
「お腹空いたら、頼むよ。」
「かしこまりました。」
少し残念そうな顔をして、ケアリーは頭を下げ部家をあとにする。私は、研究室に向かい表示されたままの『博士』の情報を見る。
圧倒的にアンドロイドの生産率が少ないのが現状だ。理由は、分かっている。通常ならプログラムと設計が終われば国に渡して創りだされるものを、自分の培養施設で創り出しているからだろう。
自分で創り出したものは、最後まで自分の手で創りたいというワガママからきている問題だ。
創るのが遅いからといって何か言われたりすることはない。だが、目に見えて数字にされると1番上との差が歴然としている。確か、助手アンドロイドに創らせて自分は最終確認だけして研究に没頭しているらしい。
自分の知識と経験をもつ、アンドロイドなら高性能アンドロイドを創り出しすのも容易な上に研究を手伝ってもらえるかもしれない。なんせ、自分が増えるようなものだ!
ケアリーの手伝いもお願いできる。
まさに一石三鳥というわけだ。
ケアリーはアンドロイドだけあって力は有るが女性型なので限界は低い。身長も自分と大差ない為、高所作業にも向いていない。創り出すなら男性型になる。
研究の手伝い、アンドロイド創造、ケアリーの手伝いであれば3人いれば十分だろう。
頭の中が、これから誕生するアンドロイドで一杯になった。
まずは、国に許可をとる必要がある。何事にも連絡をしておかなくては後で何を言われるか分からない。これが、1番の難問かもしれない。私は、国の研究員には、よく思われていない。嫉妬か、女だからなのか、よく分からないが毎回良くない雰囲気になる。
なので、極力メールで済ませているが今回は内容が内容だけにメールで済ませるわけにはいかないだろう。
ふと、自分が寝起きであることを思い出す。
「ケアリー!!」
コンコンコンコンッ
「入って!」
「なにか、ございましたか?」
「顔と髪をセットして!」
「かしこまりました。」
ケアリーは、メイクボックスを準備している。
残念なことに自分でメイクが出来ない。
試しにと自分でやってみたが、特に目の回りが酷いことになる。それからは、ケアリーに頼んでやってもらっている。
手先が不器用なのかと考えたりもしたが、それならアンドロイドなんて精密なものに触れない。経験不足か、センスがないのだろうと早々に諦めた。
ケアリーができるのだから、私がメイクの努力に時間を割くくらいなら研究を進める方が効率的だろう。
新しく創り出すアンドロイドについて思考を切り替えよう。ある程度、決まっていれば直ぐに創ることができる。
ケアリーの補佐のことも考えて、男性型アンドロイドが良いだろう。どうしても、女性型は男性型より力で劣る部分がある。現状はケアリーが頑張っているが負担を減らすためにも男性型は確定だ。
能力は私の知識と経験をサルベージすれば問題はない。後は、学習機能で補えるだろう。
性格は、3人バラバラで個性が出てくれたら嬉しいな。サッパリした感じと…社交的な性格、少しワガママな性格かな。
容姿は、良いに越したことはない。でも、容姿だけを専門にしている設計士に頼まなくても自分なら眉目秀麗に創れる気がする。
「目を閉じていただけますか?」
言われるまま目を閉じた。
観賞用でも恋人用でもない。だが、人間というのは見た目に左右される生き物だ。ケアリーと出掛けたりする機会もあるだろうから、他の人間の目に格好いいと思われるのは誇らしい気がする。
見た目は性格も考慮して創る必要がある。見た目と性格のギャップがあるのも面白いかもしれないけど、1人ワガママな性格な子がいるから、その子の成長を楽しむことにしよう。
問題の名前だ…。
呼びやすくて響きの良い名前がいい。
しかし、今まで創ってきたアンドロイドに名前など付けていないので経験が乏しい。通常は初期起動の際に名前を与える。主人からの最初の贈り物だ。
今回は最初からプログラムに組み込む。
助手アンドロイドたちとは、主従関係にはしない。助手なのだから意見の交換などもしなくてはいけない。それなのに、主従関係があると不便になる。こちらの意見が正しいと問答無用で従ってしまうのだ。
それに、たまにだが、ふとケアリーの態度に寂しくなることがあった。ケアリーとは主従関係にある。名前を付けたのは当時の自分だが、身の回りのケアをしてくれると聞いて『ケアリー』にした。
なんとも、安直なネーミングセンスに今ならもっと可愛い名前を付けてあげられるかもしれないと恥ずかしくなった。
顔を見たら名前が閃くだろうか…。
ケアリーの名前はすぐ決まったんだけど…。
男の子の名前…。
「蓮…」
うん。呼びやすくて響きもいい感じ。
なんか、閃いてる気がするからドンドン決めていこう。この波を逃したら、いけない気がした。
蓮は、サッパリした性格で黒髪に黒目の長身で細いけど筋肉質な子にしよう。
ケアリーより大分力を強くして、不要だろうけど戦闘プログラムもいれよう。
もちろん、性器はいらない。
ケアリーにも付いてないのだから、助手も不要だろう。という理由で3人とも性器はなし。
2人目の、名前は…。
社交的な子…金髪で中性的な顔立ちで、身長は蓮より少し低く175位かな。細身でしなやかな身体が合うから筋力はケアリーより少し高いくらいにしよう。戦闘プログラムは念のためにいれておくとして…。
「…ユーリ」
うんうん。いい名前。やっぱり呼びやすいのはいいな。
「先程から、なにかございましたか?」
目を開けると、メイクも済ませ髪型もセットされた自分が鏡に映っていた。
お化粧をされているのにも気が付かないほど集中していた。
「ありがとう、ケアリー」
「とんでないことです。これも仕事ですから。」
「ケアリーは仕事が早いね!助かったよ」
「ありがとうございます。」
ケアリーには、助手アンドロイドを創る予定だということを説明していなかったことに、気が付いた。国の研究室と通信をする際に顔が映るのを思い出して、慌ててケアリーに頼んだのだった。
「ケアリー、実は助手アンドロイドを3人創ろうと考えてるの。」
「それでは、先程から、呟かれていたのは名前…でしょか?」
「そう。2人までは考えていたところだったの。」
「考え事の邪魔をしてしまい、申し訳ございません。」
ケアリーは深々と頭を下げる。
「大丈夫だから、気にしないで!」
「しかし…集中されていたのに…。」
更に深く頭を下げるケアリーに、無理やり頭を上げるよう、手を差し出した。
「大丈夫だよ。ね?」
「寛大な心遣い、ありがとうございます。」
ケアリーは手をとり、頭を上げ、申し訳なさそうに笑った。
「助手アンドロイドには、ケアリーの手伝いもしてもらう予定なんだ!」
「その様な、配慮は不要です。仕事は適量で困ったことなどありません。」
いうと思っていた。ケアリーは、いやケアリーに限らずアンドロイドは自分に与えられた命令に忠実だ。脅かされそうになれば、反抗してくる。
「ケアリー、あくまでも補佐だから。ケアリーの仕事を代わりにしてもらう訳じゃないよ。重いものを持ってもらったらり、高いところの掃除をしてもらったりとかね。ケアリーでも出来るけど手間な事をしてもらうだけだから。」
「かしこまりました。」
渋々といった表情でケアリーは承諾してくれた。
それでは、1番の難問に挑むとするか。
「それじゃあ、ケアリー国の研究室に連絡するね。」
「かしこまりました。失礼致します。」
ケアリーはメイクボックスをしまい部屋をあとにした。
「すーーーっ、はぁ…」
大きな深呼吸を数度繰り返す。
「よし!」
白衣のポケットからキューブを取り出す。
「通信接続」
ピーーーーーーーーーッピピッ
「なにか、ご用ですか?」
通信が繋がると、キューブからウィンドウが表示され疲れきった男性の顔が映る。もちろん、こちらの顔も映っている。その為に、ケアリーにメイクと髪のセットをお願いしたのだ。
「こんにちは。急にごめんなさい。実は助手アンドロイドを3人創るので許可を出してほしいんです。」
「3台も?理由を伺っても?」
「アンドロイドの生産率が向上と、自分の研究の補佐、ケアリーの手伝いも含めて3人と判断しました。」
あからさまに怪訝な顔をする男性研究員。何かを思案しているようだった。
「たしかに、博士はアンドロイドを創るのが遅いために生産率が悪いですね。」
男性研究員は、得意気な顔をして言ってくる。事実なので反論はできない。
「そのために、助手アンドロイドの申請で連絡しています。許可していただけますか?」
「はぁ…しかし、3台もいりますか?」
「理由は先ほども言った通りです。他の博士は5人連れていらっしゃるかたもいますよね?」
「そうですね。しかし、彼の方は元々が生産率がたかいかたです。」
「もちろん、依頼が来ればそちらを優先して行います。何がいけないんですか?」
自分自身に怒るなと言い聞かせながらも怒気が滲み出ていく。こんなことをしている時間が勿体ないとは思わないのだろうか。
「3台というのは、博士には過剰ではないかと考えていましてね。」
ほくそ笑みながら言う男性研究員。通常であれば研究員は博士より下の立場だ。
尊敬されたりする存在。
だが、彼からは敵意しか感じない。
「過剰と思う理由を伺っても?」
「身の回りの世話は、既存のアンドロイドだけで十分でしょう。今までもそうなんですから。研究用の助手も不要でしょう。博士が創る以上、博士以上にはなり得ません。あとは、アンドロイドを創るだけの助手なら納得ができますがね。」
ダメだ。創らせる気が全くない。クレーマーのようになりたくないから我慢していたが、交代だろう。
「わかりました。あくまで許可をしないと言うことですね。主任研究員に代わってください。経緯を伝えた上で!」
彼を睨み付けながら、少し声を荒げていう。
「主任も、同じだと思いますが…」
「貴方と話しても、時間の浪費です。早く、代わりなさい!」
はい。クレーマー確定。
また、研究員たちの中で悪評が広がる。
「少しお待ちを。」
画面から彼の姿が消え、ため息をつく。
いつも、なにかしら文句を付けて邪魔をしてくる。自分が何かしたのか真剣に考えたこともあったが心当たりはない。
「お待たせいたしました。博士。」
画面に現れたのは、女性。目の下に隈はあるが凛々しい顔つきの主任研究員だ。
「こんにちは、お久しぶりです。」
「お久しぶりですね。博士は元気そうで安心いたしました。」
彼女とは日常的な普通の会話が成り立つ貴重な人材だ。研究員たちをまとめる立場にある人物なのだから頭も良い。
「その博士って、やめませんか?名前で呼んで頂いても…」
「ダメです。」
食いぎみに彼女は静止した。
「でも、付き合いも長いしお世話になっているんですから。」
「博士とは敬うものですし、私が名前で呼んでしまうと益々、博士の立場が弱くなってしまいます。」
彼女は相手の事を考えて行動できる。
なぜが、嫌われている自分のために少しでも心象を良くしようとしてくれているのだ。
「それと…」
彼女の顔つきが、真剣なものに変わった。仕事の話をするときの顔だ。
「先ほどは、部下が大変失礼いたしました。」
深々と頭を下げる。部下の失敗を尻拭いするのも上司の役目だとは理解しているが、自分には到底できない。
「頭を上げてください。」
「事の成り行きは伺いました。助手アンドロイドを3人ですね。」
頭を下げたまま、主任は内容を確認してくる。
「頭を上げてください。じゃないと、答えません。」
主任は渋々といった様子で頭を上げ顔を見せる。申し訳なさそうな悲しげな表情だった。
「何度も、博士については言っているのですが改善されず。そのせいで、博士から通信が来る頻度が減っています。ほとんどメールでの連絡になってしまうまでに状況は悪化しています。」
正しく、その通りなので返す言葉がすぐには浮かばなかった。
「メールの履歴確認をした際に、先日依頼した女性型アンドロイドの性器については事前に連絡必須となっていたのに、博士から確認の連絡があったと目にしたときは…」
主任の顔が、どんどん下を向いていく。
やはり、彼女の性器については事前連絡事項だったのだ。嫌がらせにしては質が悪い。気が付かなければ不良品として国の信用問題にまでなりかねない。
「今回は、気が付けたので結果オーライです。」
主任が、これ以上落ち込まないように努めて明るく振る舞った。
「今後、依頼する際にはダブルチェック体制を実施し必ず私が目を通すという仕組みにいたしました。本当に、申し訳ございません。」
また、主任が深々と頭を下げてしまった。彼女の監督不足といえば簡単なんだろうが、彼女が悪いわけじゃない。
「主任は悪くありません。上下関係やらで、主任に責任があるのかもしれませんけど、主任は悪くありません。」
なんなら、調査でもして犯人を解雇してしまえば良いんだ。
「博士は、若すぎる上に女性です。それが、他の研究員には面白くないのでしょう。今後は、博士からの通信は全て私のところに来るように致します。」
「忙しい主任にそこまで、させれません!」
嬉しい申し出ではあるが、主任とは本当に多忙だ。博士の方が自由なんじゃないかと思える程に、働き詰めの状態の彼女にこれ以上の負担を掛けるわけにはいかない。
「しかし、研究員の態度が改善されない現状では…」
「今後は、助手アンドロイドに連絡してもらいますから大丈夫です。」
「アンドロイド相手では余計に態度が悪くなる可能性があります!」
下げていた頭をあげ、心配そうに言っている。事実、人間が創りだしたアンドロイドに敬意を払う必要はないと考える人間は多い。主任の考えは尤もだろう。
「大丈夫!自信があります!」
自分自身の経験や知恵を持つ子たちだ。きっと、うまくやってくれるだろうと確信できる。自分のようにコミュニケーションに馴れていない人間ではなく、人間を相手にするために創られ始めたアンドロイドだからこそ信頼できる。
「分かりました。」
まだ、心配そうな顔をしている主任だったが根拠のない自信たっぷりな様子を見せられて諦めてくれたようだ。
「ところで、主任。アンドロイドを3人創るのを許可してほしいんですが。」
「許可します。上には、私から報告致します。」
本当に話が早くて助かる。少し心配性なのは他人のことを本気で思いやれるからだろう。美点だ。
「ありがとう、助かりました。」
「とんでもないです。貴重なお時間を頂いて申し訳ございませんでした。」
「主任と話すことができて楽しかったですよ。ところで、少しやつれてませんか?」
「残念ながら、外れです。800グラム増えてます。過労による暴食でしょう。」
くすくすと笑いながら他愛のない話をするのは、楽しい。でも、多忙な主任をいつまでも拘束しておくわけにはいかない。
「それじゃあ、あとはよろしくお願いします。」
「かしこまりました。研究の成果を楽しみにしてます。」
ピッ。通信を切る。
許可も取り付けたので、遠慮なく3人を創り出せる状態になった。
3人を創り出すには、自分の知識と経験を吸い出さなければいけない。
やったことはないが、気持ち悪くなると聞いたことがある。デバイスを連れ自室に向かう。
万が一に倒れたりしても大丈夫なようにベッドに横になる。
「デバイス全て、脳へ接続」
デバイスから触手のようなものが伸びてこめかみと、額にくっつく。
「すーーーっ…はぁ…」
深い深呼吸を繰り返す。
「記憶、経験、全ての吸出しを開始」
ピーッ
目の前が、視界が白と黒で明滅したかと思うと、ぐにゃりと天井がねじ曲がって見える。
「はっ…んぅ…」
強く目蓋を閉じても、頭がぐらぐらして脳が揺さぶられている感覚があった。
ピーッ
デバイスから聞こえる機械音が、頭に響く。耳を塞いでも機械音は聞こえてくる。
ピーッ
ベッドに横になって正解だった。座っていたら落ちていたと思う。
「くぅ…あっ…」
ピーッ
目を開けてぐにゃぐにゃな視界の中でデバイスの残りゲージを確認しようとしても視点が定まらない。
どこにゲージがあるのか分からない。
ピーッ
あまりの気持ち悪さで吐き気までしてきた。こんなこと位で吐くなんて絶対に嫌だ。
「んぁ…っつ…」
「デバイス…残り…じ、かんは?」
「残り25分です。」
長い!耐えられる気がしない!!
吸出し中は眠っていても可能だ。寝ることに集中しようと努力した。
ピーッ
目蓋を閉じ、なにも考えない。
気持ち悪い。
寝るんだ。
気持ち悪い。
仮眠をとるときと同じで、少しだけ眠ればいいだけ。
気持ち悪い。
ピーッ
音が僅かに遠くに感じてきた。
気持ち悪い。
「すーーーーっ…はぁーっ」
深くゆっくりと深呼吸を繰り返しする。
きもち、わるい。