第1話
アンドロイド、それは人間に奉仕するために創られた存在。
アンドロイドは自らを護らなくてはならない。
アンドロイドは人間の操作(命令)に従わなければならない。但し、アンドロイドの身が護れる範囲で。
アンドロイドは自らの創造された目的のために働かねばならない。但し、人間の命令の範囲であり自身の身を護れる範囲で。
これは、アンドロイドが絶対遵守しなければならないルールである。
量産型アンドロイドの普及により、各家庭にアンドロイドは必要不可欠な存在になった。
炊事や掃除は、もちろんのこと子守りに介護まで行うことが出来る。
量産型アンドロイドの普及に伴い、更に高性能なアンドロイドが求められるようになった。
しかし、アンドロイドのプログラムや設計は誰にでも出来るものでもないため国が管理している数人の『博士』と呼ばれる人間しか創り出すことが出来ない。
量産型アンドロイドも、『博士』が量産できるように創り出したものである。
『博士』は世界に散らばり、各々で日夜それぞれの研究をしている。
研究成果のやりとり等は、行われているが日常的な会話などしたことがなく、ましてや顔さえも知らない。
アンドロイドのプログラムや設計が出来る『博士』は国に管理され自由とは遠い生活を強いられていると言われている。
「ねぇ、紅茶持ってきてぇ」
幾つもの浮いたデバイスの中心から、女性の声がした。
「かしこまりました。アッサムでよろしいでしょうか。」
その声に答え、笑顔で頭を下げる女性がいた。
彼女は生活支援用アンドロイドでデバイスの中心にいる彼女の世話をするという命令のもと創られた。
「いいよぉ。あ、ケアリー!ミルク多めで!!」
デバイスに触れていた手を止め、顔を覗かせアンドロイドであるケアリーに注文を告げた。
「かしこまりました。」
ケアリーは、また笑顔で頭を下げ部屋から出ていった。足音からキッチンの方角に向かったのが分かる。
アンドロイドは、全身が機械だ。いくら細身の女性でも人間と比べると体重は重い。その分、足音は響く。
ケアリーが戻るまで、少し時間が必要になるだろうことは分かっているので作業に戻ることにした。
「…んー。やっぱりむずかしいよね」
いま、取り組んでいるのはアンドロイドに老化現象を起こすことが出来ないかということだ。
子宝に恵まれなかった人は、赤ん坊もしくは子供のアンドロイドを持つこともあるが、機械は劣化しても年はとらない。
そうなると、次の年齢のアンドロイドを…となる。
不要になったアンドロイドは、ほとんどが破棄よくて売却されてしまう。
破棄されないケースもあるが、破棄されることがあるのも事実だ。
子供だけじゃなく、他にも老化しないことで破棄されるアンドロイドは確かに存在する。
破棄されたアンドロイドは、専門の業者が引き取りパーツなどを再利用されるようになっている。
再利用されたパーツで、また量産型アンドロイドはつくられていくので悪いことばかりではないのだが、なんだかモヤモヤした気持ちになる。
それなら、自分が老化現象を起こすアンドロイドを創ってしまおうと考えた。老化の原因は、プログラム説、活性酸素説、テロメア説、遺伝子修復エラー説、分子間架橋説、免疫機能低下説、ホルモン低下説がある。
有力なのが活性酸素説だと考えている。
そこまでは、推論出来ているのだが、成果は出ていない。プログラムで詰まっているのが現状だ。
それに、自分の好奇心ばかりを優先するわけにもいかない。
国からアンドロイド製作の依頼が入れば問答無用で、国からの依頼を優先しなければならない。
「紅茶です。」
ケアリーがそっとデスクにティーカップを置いた。
「あ、ごめん?」
咄嗟にでた言葉だった。
「なぜ、謝罪されたのでしょうか?それも、疑問系で。」
ケアリーの指摘は的確だ。
自分でもなんで、謝ったのか分からなかった。まして、疑問系なのも理解できなかった。
「特に理由はないんだけど、咄嗟にでただけ…。ありがと、ケアリー」
ケアリーに対し笑顔を向けると、満足そうに頷いて部屋の片隅に移動していくのを見送る。
ケアリーは、身の回りの事を全てやってくれる。
炊事、洗濯、掃除は当たり前に、その他の雑務などもやってくれる。それで、全て終わったら部屋の片隅で待機している。
昔は「余った時間は好きに過ごしていい」と言ったことがあるがケアリーには理解できなかった。
可能ならケアリーのプログラムを改変したい所だが、禁止されている。
こっそり、試そうとしたら待機している警備アンドロイドに怒られた。家の中には自分とケアリーだけだが、家の出入り口には警備アンドロイドが『博士』を守るという命令のもと待機している。
そのため、ケアリーにアクセスしただけで警報が鳴り警備アンドロイドが駆けつけるシステムになっているようだ。
今なら、警報を鳴らすことなく改変できる自信はある。
でも、そんなところを含めてケアリーなんだと思ってしまえば個性を変えてしまう気がするという理由もあるのだが。
「万が一、何かの拍子でバレて怒られるのは嫌だしね。」
「なにか悪いことを考えているんですか?」
ケアリーが反応したことで、声にでていたことに気づく。
「考えてないよ。」
笑顔で返しながら、声にでていたことを悔やむ。
ケアリーとは、ここに来てから一緒に生活している。離れたことはない。
「そうですか。」
そういうと、ケアリーはまた待機モードになっていた。
今は、国からのアンドロイドの依頼がはいっている。
プログラムは、既に完成しているし設計も終わりが見えている。研究だけに没頭できる時間がほしいが、衣食住と高額な給金をもらっている以上は依頼を無視するわけにはいかない。
デバイスのひとつを手前に移動させ、設計を進める。
今回の依頼は、なぜ量産型アンドロイドでは代用できないと判断されたのか理解できない内容のものだった。
モデルタイプのアンドロイドという依頼。
モデル用のアンドロイドは、既にいる。
なのに今回はスリーサイズ指定、髪は黒髪の腰までのロング、顔はややつり目の気の強そうな顔立ち、性格はサバサバしている、極めつけは、性器付き。
モデルタイプのアンドロイドに、性格指定は珍しいような気がするし性器なんて不要ではないだろうか。どうせ、どこかのお金持ちの道楽で国が動かされているのだろうと思うが詮索はできない。ただ、この子は、どんな生活をしていくことになるのだろう。と、少し心配にはなる。
設計を済ませたら、後は創作になる。
通常、プログラムと設計を国に送れば勝手に創ってくれる。
だけど、ここには培養施設がある。使い道のない給金で設置した。もちろん、国からの許可は得ている。
施設を持っている方が、実験は捗る。というのもあるが、自分が創りだした子は最後まで自分の手で創りたいというワガママだ。
今回の子は、性器という面で設計が止まっていた。
たぶん、いや絶対にモデルが目的ではないと思う。
でも、性器について特になにも言われていないから既製のもので良いんだろうか。確認するべきか悩んで止まっている状態だ。せっかく生まれてくるんだから大事にしてほしい。
考えた結論から、確認することにした。
私は、白衣のポケットからキューブを取り出し空中にモニターを表示させた。これは、国との連絡専用端末。
起動と同時にモニターにはメール画面が表示されている。
「思考、読み取り、開始」
確認したいことを考えるだけで自動的に画面には文字が入力されていく。通話も出来るが、ほとんどが男性職員なので今回のようなことを聞くのは、乙女として恥ずかしいから文章にした。
「送信」
確認文を送ったらキューブは白衣のポケットにしまう。キューブは緊急連絡にも使われるので常時携帯が義務になっている。
手のひらに収まるほどに小さいので、たいして邪魔にはならないから従っている。しかし、いままで緊急連絡なんて来たことがない。どんなことがあれば、緊急連絡なんてくるのだろうか。
確認作業なんて、すぐに終わり返事がくるだろう判断し培養施設に向かった。もちろん、ケアリーも無言で付いてきている。
培養施設には、今依頼されている子しかいない。
ほとんど、出来上がっているが性器について確認したら微調整が必要になる。今は、スリープ状態なので意識はない。
培養施設は地下にある。中に入るとすぐにケアリーが明かりを付けた。
視線の先には、スリープ状態で培養液の中で横になっている依頼の子がいる。
「起動」
横になったまま、目をぱっちり開く。
目が合うと、少し驚いた顔をしている。自分がなぜ培養液の中にいるのか理解していないのだろう。
「もうすぐ、貴方は完成するよ」
そういうと、彼女は状況を理解したのか少し目を細めた。安堵しているように見える。
彼女にも感情はある。プログラムではあるが不安だったり、安心したりする。時には、怒ったり、悲しんだりもする。学習する機能もある。
学習機能を創った人、感情プログラムを創った人は素晴らしい功績を残したとされ学校の教科書にも載っていた。
確かに、素晴らしいことだと思う。今は、当時の学習機能や感情プログラムより進化しているが、元を創ったというのは驚きだ。
いまは、亡くなっているが発想と叡知を残すため『脳』は、保管され未だ研究に従事している。
ホルムアルデヒドという液体があるそうだが、あれは生きたまま保存できない。過去の研究者たちは苦労して機械と『脳』を幾つものケーブルで繋ぐことでやりとりを可能にし、『脳』が腐らないようにホルムアルデヒドを改良、変化させた液体に入れて保管していると学校では教えられている。
それに加え、『脳』をデジタル化して残す方法も研究されている。
どちらにせよ、死んでいるのに社会に貢献するということで、とても名誉なことらしいが…絶対に嫌だ。
もし、そんな状態にさせられたら何がなんでも自害を選ぶ。
死んだ後くらい、ゆっくり休ませてほしい。
コンコンコンコンッ
培養カプセルがノックされた、どうやら考えに耽っていたのを心配しているのだろう。
彼女にも、学習機能と感情プログラムはある。培養液の中では声が出せないと考えてノックすることで意識を思考の海から連れ戻そうと考えたのだろう。
笑顔で手を振ると、彼女は少しだけ気まずそうに顔を背けた。もしかしたら、照れているのかもしれない。ツンデレ?
「スリープ」
彼女はゆっくりと目を閉じ、眠った。
ここにいるときの記憶は、引渡し時にデリートされる。必要のない記憶は混乱を招く可能性があるからだ。
それがまた、少しだけ寂しいと感じてしまう。何年もやっている仕事なのに慣れることはない。
「ケアリー、彼女に服を用意して」
引き渡す際には、通常では培養機の中に入ったまま移動するのだが、我が家に培養機は5つしかない上に私物なので培養機ごとの移動はできない。その為、服を着せてスリープ状態で運び出す。アンドロイドは重いのでケアリーか、業者が抱き抱えて移動することになる。
「かしこまりました。」
ケアリーは、細身だがアンドロイドを運ぶ力は十分にある。
男性型アンドロイドも、持てるほどだ。
ピピッ
キューブが着信を知らせる。白衣のポケットからキューブを取り出し内容を確認して嫌気がさした。
彼女の利用目的もはっきりした。
性器は既製品では、問題有となっている。
それなら、最初の依頼の際に明記すべきだ。確認していなければ、どうなっていたのか、それとも確認させるためにわざとなのか。ハラスメント行為として訴えたい気分だ。
以前の在庫があるはずと思い、備品室へ向かう。
備品室は、培養施設の中にある部屋の一室。
定期的にケアリーが確認しているので、不足するということはない。ただ、今回のような『特殊』が付くものは利用頻度が少ないうえに高額なので頻繁には取り寄せていない。
今回使って残りが、2つになった。補充しておいた方がいいと思うが気が進まない。『特殊』部位を創るのが好きな研究員がいて、依頼するだけ。そこまでは良い。彼は至ってまともな真面目な研究員に見える。
ただ、性器は依頼するとき妙に恥ずかしいだけだ。
残りが1つになるか、ケアリーが気づくまで依頼はしないでおくことにした。ケアリーに依頼するように頼めば良い話だが、それも妙に恥ずかしい。
「あー!もう、いいったら、いいの!」
透明な液体に瓶詰めにされている『特殊』性器をとり、部屋を出て彼女のところに向かう。
既にケアリーが服をもって彼女の傍にいた。
ケアリーの周りには、宙に浮いているデバイスがある。デバイスも一緒に持ってきてくれていた。これが、学習機能というやつなんだろう。デバイスに触れ、数が1つから5つになったのを確認してから性器を取り付け、神経を繋ぎ、身体全体のバランスを確認して微調整を行う。
完成報告を送れば、数時間後には受け取りにくる。
それまでに培養液まみれの身体を洗い、乾かして、服を着せなければならない。
「ケアリー、お風呂の準備は?」
「整っています。」
本当に学習機能というのは、凄い。次に何をするのかを先読みして動いている。
彼女の培養機を操作し、液体を抜く。
ケアリーが培養機の蓋をあけ、彼女のドロドロの身体をタオルで丁寧に拭っている。ある程度、培養液を拭った。
「起動」
彼女が目を覚ます。やはり、この瞬間が好きだ。
自分の創った子が目を覚まし、動き出す。この瞬間が好きだ。
「あー…、喋れる。けど、身体がベトベトで気持ち悪いんだけど!それに、裸は恥ずかしいって!」
彼女は喉を触り、喋れることを確認すると次は腕や足を触りながら不快そうに話した。
「お風呂の用意はしてあるし、創造主なんだから恥ずかしがる必要もないでしょ?」
「浴室まで、ご案内いたします。」
ケアリーは、彼女にタオルを渡すと彼女は勢いよく自分の身体にタオルを巻き付けた。
「誰だから見られても良いなんてないの!」
吐き捨てるような言葉を残して、彼女はケアリーを追いかけ浴室に向かった。
後は、ケアリーが彼女の面倒を見てくれる。完成報告をするには、まだ少し早い。それよりも、性格はサバサバ系なのだろうか?よく、分からないが多分、きっと、恐らく問題ないだろう。
研究室に戻り、アンドロイド創造の研究員の成果を確認する。
圧倒的に、自分はアンドロイド製造数が少ない。
他の研究員は、プログラムと設計を済ませたら国に送っているからだろうことは分かっている。でも、誕生の瞬間を見る喜びを味わえなくなるのは嫌だ。
製造数が少ないからといって、博士の位を剥奪されたりはしない…と、思う。そもそも、誰にでも出来る事じゃないから厳重なセキュリティで守られているのだろう。
現在、アンドロイド創造の研究員で博士の、位を持つのは…
「お待たせいたしました。」
ケアリーが彼女をつれて、戻ってきた。
「お、やっぱりかわいいねぇ」
嬉しさのあまり、早足で近づき凝視する。真っ白のワンピースを着ているだけなのに花がある。彼女も満更ではないのか嬉しそうだ。
「ま、創ってくれてありがとうとは言っておくよ。あと服も…わるくないと、思う」
やはり、性格はサバサバじゃない気がする。素直な子な気がする。ツンデレ気味な?
まぁ、可愛いから許されるでしょう!戻ってきたら私の話し相手になってもらって、また1人創ればいいよね!
「元気でね」
周りに浮かんでいたデバイスを操作し、彼女の記憶をデリートした。その瞬間彼女はスリープ状態になり、床に倒れそうになったのをケアリーが支えた。
そのまま、キューブを取り出し完成報告をする。
1時間ほどで業者が来た。彼女を丁寧に車の椅子に座らせると此方へ振り返る。
「強制停止は『眉間を3回』、初期起動時にマスター登録がありますので、マスターの言うことならスリープも起動も可能です。」
業者は頷いて車に乗り込み、発進させた。
この瞬間は大嫌いだ。自分の子を売り飛ばす気分になる。
「今日は、お疲れでしょう。もう、夜も更けています。お休みになられては?」
ケアリーは、気を遣って優しい言葉をくれる。
その言葉通りに、自室にもどり眠ることにした。
その日は、夢を見た…。
まだまだ、続きますので読んでいただければ嬉しいです。