ー06 最後に交わした言葉
『んじゃまぁ、今日は終わりだー。解散ー。』
怠そうな教師の声がかかり、教室に騒然とした空間が戻ってくる。待ってました!と言わんばかりに、この後の予定や部活への誘いを各々話し始める。
金曜の授業が終わり明日から週末の休みという事もあり、皆んな異様にはしゃいでいるみたいだ。
柳原 貴樹もいつもの様にテンション高めでオレの方へと歩いてくる。
『おーい!朔ー。腹減ったー、帰ろうやー!』
『ん?お前彼女さんは良いのか?』
『夏は今日、生徒会の仕事で遅くなるんだと。』
“青絵 夏"
貴樹の彼女は生徒会会計を務めている。なんでも1年で会計に就くのは開校後初で異例だとか。まぁ元々生徒会へ入る事を強く希望していたっていうのと、副会長の推薦もあり、揉める事もなく生徒会入りを果たしたようだ。
ちなみに副会長は貴樹の姉だ。もうすでに会長になる事も決まっているとか。
恐ろしい、というか度が過ぎる程にオレや貴樹を可愛がってくる。
最近は久しぶりに再会した花崎にも目を付けているらしい。小学校の頃はよく遊んでくれたのを覚えている。
『あぁー、まぁ途中までなら。この後ひかりと買い物の待ち合わせしてんだよ。』
『おぉ!OK OK!ひかりちゃんかー!年末に会ったっきりだなぁ。元気してんのか?』
『まぁ、変わりないよ。最近“動物の街"にハマってるぐらいか。』
“動物の街"
最近、若い世代を沸かせている携帯ゲームで、素材などで建物や家具を作成し、自分好みの街を作っていくらしい。オンライン通信が可能でコミュニケーションツールとしても評価が高いんだそうだ。
『あー、夏もよくやってたなぁー。時間泥棒とか言ってやめたっぽいけど。』
『まぁ、ゲームなんて最終的には自己満だからな。ひかりは飽きずに毎日やっるよ。』
妹は基本ゲームとかしない方だったんだが、友達に誘われたからと言いゲームをねだって来た。
あまり物欲を示さないヤツだから珍しい事もあるもんだと思い、去年のクリスマスに買ってやった所、普段見れない様な喜び方をしていたのを覚えている。友達とゲームが出来るのが相当嬉しかったんだろう。
『お、そろそろ行こうぜー。中学はもう終わってるよな?ひかりちゃん、結構待ってるんじゃないか?』
『そういえば、そうだな...』
妹からメッセージが来てないかとスマフォを確認する。
ーーメッセージが1件あります。ーー
ーー早めに終わったからお兄ちゃんの学校前まで行くねー!(*⁰▿⁰*)ーー
『...もう学校前に、いるってよ。』
『マジ?』
校門を遠目に見ると、黒い長髪の女の子が隠れる様に立っているのが見えた。
『すぐ行く』と返信し、貴樹と校門へ向かう。
ーーーーーーーー
『おーい!ひかりちゃーん久しぶりだー!』
『...?
誰ですか?このヤンキーさんは。』
『え!?ちょっ、オレの事忘れたの!?初詣でも会ったじゃん!?』
『ちょっと...存じ上げないですね...。』
『ひかりちゃんの中のオレの存在とは...。』
『クスクス...冗談です。タカ君。お久しぶりです。無駄に元気そーで何よりです♪』
『ははは、相変わらず手厳しいなぁ...。』
貴樹が苦笑しながら、ひかりと挨拶をする。
基本ひかりは親睦を深めた友人はとても大事にする子だが、貴樹は特例のようで、いつも弄るような言葉を返す事が多い。
まぁ信頼からの物言いなのは間違いないし、貴樹もそれを分かっているので、いつも楽しそうに話をしている。
『ひかり、結構待ったよな?メッセージ気づくの遅れてスマン。』
『あ、お兄ちゃん!お帰りー♪
ちょっと高校の人怖かったけど、大丈夫だよー。』
"神奈ひかり"
オレの妹で中学3年生だ。腰辺りまで伸びる黒髪のストレートヘアに、パンダのアクセサリを付けている。
背丈は雪峰と同じくらいに小柄である。
たぶん高校に上がっても中学生に間違われる感じだ。
昔はいじめを受けていたが、ある事をきっかけに、ひかりへのいじめが公になり、いじめは無くなっていった。
以前はいつも暗い顔をしていたが、今ではいつも明るく、楽しそうな表情をするようになった。
『っ!?』
痛みが走り、思わず右目を押さえる。
ーー昔の事を思い出すと右目が痛むーー
『お兄ちゃん?大丈夫?』
ひかりはオレの左腕の袖に触れ、心配そうに様子を伺う。
この痛みは定期的にやってきては頭痛に変わり、消えていく。
小学校高学年の辺りだった。オレの右目は気づいた時には視界がボヤけていた。
妹には言ってないが、ほとんど見えていない。
『あ、あぁ。大丈夫だ、いつものだよ。すぐ治る。』
あまり、心配をかけたく無いので誤魔化すようにモールへの道を歩き出す。
『ほら、日が落ちる前に帰るぞ。』
『駄目だよ。落ち着くまで休まないと!あ...もう...。』
『ひかりちゃん、オレも途中まで行くから大丈夫だよ。コイツ言い出したら聞かないしね(笑)』
『はぃ...。』
ーーーーーーーー
貴樹と別れた後、買い物を済まして家路を妹と歩く。日も傾き影が長くなり始める。
たわいもない話をしながら公園の前を歩いていると、子供の泣き声が聞こえてきた。
おそらく遊んでいる最中に躓いたのだろう。母親らしき女性が介抱している。
ーーふと昨日の雪峰を思い出していた。ーー
腕の中で泣いていた。
おにぎりが美味しくて嬉しいと言った。
恥ずかしいそうに笑っていた。
"また明日"と言って別れた。
ーーまた明日ーー
背中に冷たい感覚が走った。
今日は、雪峰に会っていない。
昼休みは貴樹に誘われ、一緒にいた。
別れ際の雪峰の笑顔が脳裏をよぎる。
このぐらいの時間だった。雪峰が二人に追われ、オレとぶつかったのは。
ーー神奈君が、いるかもってーー
『まさかな...。』
『...?...お兄ちゃん?』
ただの思い過ごしだろう。この時間だ。もう帰っているハズだ。
...でも昨日はいた。
考え過ぎでも、無駄足になるかもしれなくても、この感覚は無視できない。
『ひかり...悪い。ちょっと学校に忘れ物したから、先に帰っててくれないか?』
『忘れ物?宿題...とかかな?』
『あ、あぁ。数学の宿題。一昨日出されて明日提出なんだよ。』
『...。』
ひかりはオレの顔を困ったように微笑みながら見ている。そして、優しく首を縦に振った。
『はーい!じゃあお夕飯作ってるから、なるべく早く帰ってきてね!』
『あぁ、スマン。ちょっと行ってくる。すぐそこだけど、お前も気をつけて帰れよ!鍵もかけといて良いからな!』
『もー!遅くなるから早く行くのー!ほらっ!』
急かされ背中を押される。
なんかいろいろ深読みされた気がする...。
オレが何か誤魔化したりすると、コイツはいつもソレを察知したかの様な言動を見せることが多い。恐ろしい妹。
でも、早く行こう。何も無ければ、それで良いのだから...。
ーーーー
学校へ着く頃には、日が落ちかけ辺りは橙色に染まっていた。音の無い中佇む校舎はまるで、別の何かに変わってしまったかの様だった。
もう、生徒は残ってないのだろう。歩いているヤツはいない。
『流石に帰ったよな...?』
校舎に入り、ひとまず屋上を目指し、2階の廊下を歩く。自分の足音だけが響き、他は風が窓を揺らす音しか聞こえない。
人の姿は無い。
雪峰の姿を探すものの、いないに越した事はない。
屋上のドアを開ける。先程に比べ少し風が強くなり、冷えた空気が容赦無く全身にぶつかってくる。まるで、ここから立ち去れと言っているかのようだった。
屋上を後にすると、ふと誰かの声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。しかし些細な事でも心の底を焦りのような物が這いずっていく。
戻る途中、再び2階の廊下を歩くと先程とは違った光景が目の前に広がっていた。
多数の水滴が廊下の果てまで続いている。その中に小さめのサイズのシューズの跡もある。
『なんで...。』
まだ雪峰の物と決まった訳じゃない。しかし、ほとんど確信に近い何かがオレの中にはあった。
明らかに走ったであろう歩幅。何かから逃げたか、急いでいたのが分かる。
廊下の跡を追うと、女性の声が聞こえてきた。
そこの空き教室にいるのだろう。近づくにつれ遠慮の欠片も感じない、愉快そうな大音量の声に変わっていく。
『きゃはははは!!』
教室の前まで来れば、女の子の苦しそうな声も聞こえる。
ほとんど確信はあった。でも、そのか細い声を聞いた途端、腹の奥から熱い何かが這い上がってくる。
久しぶりに感じた怒りだった。
連勤が続くので憂鬱です。
もっと自分の時間が欲しい。