ー02 友人達
『やっと終わった...。』
本日の最終科目が古典という地獄の催眠地獄であった為、非常に苦しい戦いだった。
教師も教師でテンション高そうなヤツとかならまだマシだったんだろうけど、60前後のジジイだから常にお経を聞いているみたいなんだ。
いつも古典の授業が終わった後はクラスの6割はげっそりしている。
『おい朔!おまえ、途中落ちてたっしょ!』
『あ?落ちてねーよ。ずっと戦ってたっつーの。
...そーいうお前は開始10分くらいで即落ちだったじゃねーの』
『いやー、今日もじーさん先生には上質な睡眠を頂きましたわぁ。』
授業が全て終わり、無駄に高いテンションで絡んでくるコイツは柳原 貴樹という。
地味に付き合いが長く、小学校で知り合い今に至る。
髪は暗めの金髪で、服は少し着崩している感じだ。なんというか...プチヤンキー。
まぁとはいえ、一番気を許せるヤツだし、何かと面倒見が良い。オレがあまり人と話したくないのを分かってくれており、周りが絡んで来たら貴樹が会話を持っていってくれる事が多い。
ちなみに貴樹は"タカ"とクラス連中からは呼ばれている。オレは呼ばないが。
『こらこら!貴樹くん!あんなに堂々と居眠りしてたら、また呼び出されちゃうよ!もっと真面目にしないと!』
『げっ...花崎。そんな怖い顔すんなって。可愛い顔が台無しだぜ?』
『女の子に“げっ..."とか言わないの!あまり不真面目なら夏ちゃんに言っちゃうよ?報告するように言われてるんだから。』
良く通る声でプチヤンキーに説教を始めたこの女子は花崎 明音。
茶髪にポニーテール。まぁクラスの中心的な人物。優等生と言った感じだ。
クラスのムードメーカー的なヤツで男女共に人気が高く、人望も厚い。
色々な催しの実行委員に積極的に参加したり、少し大人しめなクラス委員長のフォローをするなど、行動力の鬼である。
ちなみに"夏"というのは貴樹の彼女だ。
花崎と貴樹は小学校が同じでよく遊ぶ事が多かった。
貴樹は中学で離れたんだが、高校で再び、という感じだ。まぁ中学で離れたとはいえ、オレは習い事で貴樹の家に行くことが多かったので、再開の感動などは無い。
貴樹の家は護身術の道場をやっていて、オレと貴樹は幼い頃からそこで稽古をしている。
貴樹が言うには『オレとお前は生涯一の友であり、ライバルなのさ!』との事だ。
花崎明音と柳原貴樹の二人とは幼馴染みで特別仲が良いと言える関係だが、もう一人隣のクラスにそう呼べるヤツがいる。
まぁソイツは、ぶっちゃけ不良で喧嘩ばかりしてるらしいんだが...。
こんな風にコイツらがジャレ合うのは日常茶飯事だ。高校に入学して少しは落ち着くかと思ったのだが、昔から変わらない。
『オレは自分の欲求に素直に従っただけさ!寝るのを我慢するのは身体に良くないんだぜ!?お肌荒れちゃうぜ!?』
『またそんなメチャクチャ言って逃げようとする...。』
『肌が荒れるのと、彼女さんが荒れるのと、どっちを取るかだな。』
『ぐ...。』
『わっ!神奈くん、上手いこと言うねー。』
貴樹の彼女さんは結構真面目なタイプで、よくヤツがしっかり授業を受けているか確認したりしている。相手を拘束したいタイプ...とまではいかないんだろうけど、他の組だが貴樹を見る為この教室にも顔を出す事は多い。
ぐだぐだ喋っているとホームルームを始める時間になったようだ。
担任の教師が教室に入ってくる。
『ホームルームやっぞー。おい、そこの雑魚ヤンキー。席着けー。』
『誰が"雑魚ヤンキー"だよ!口悪いな!?てかオレだけに言うのおかしいだろ!?』
『うっせー。お前が目に入りやすいんだよ。文句あんなら一回死んで優等生に生まれ変わってこい。』
『簡単に死ねとか言うなよ!?アンタ教師だよな!?』
いつもの事ながら、口の悪い教師と雑魚ヤンキーの会話のドッジボールを見て教室に笑いの声が響く。
今日も何事も無く、平和な時間が過ぎていく。
ただ少し変化はあった。
昼休みに会った雪峰。
なぜ屋上で一人うずくまっていたのか。なぜメシを持っていなかったのか。
少し腫れていた目を見た時、何か予感めいたものはあったんだ。
その予感は、このホームルームの後、確信へ変わる事になる。
ーーーーーーーー
『はぁ... ... 。』
ここに来て何度目かのため息。
今日はまさかの掃除当番。別に何かある訳じゃないからサボっても良かったんだが。
相方が"花崎 明音"では逃げる事は出来なかった...。
怒られるとかではなく、何故かアイツはオレの頼みを何でも聞いてくれる。
中学2年と3年で同じクラスだったが、小学校を卒業してクラスが離れてからは話す機会が減ってしまった。頻繁に話し始めたのは2年に上がった頃からだったと思う。
特に何かあった訳では無いと思うんだが、何故か花崎はオレの世話を焼きたがる...。
以前、花崎に聞いてみた事があるが、その時は最終的に泣きそうな顔で"恋愛感情ではない"と言われた。あまり触れてほしく無さそうだったから、それ以降はその事は話題に出さないようにしている。
たぶんだが、オレが掃除をサボりたいといえば
『大丈夫だよ!私が神奈君の分もやっておくから!!』
と言い、笑顔でサボらせてくれるだろう。
でもそれが分かっている以上、逆にサボりにくい。
花崎は今、1年用の下駄箱周辺を掃除している。
そしてオレは旧校舎の階段の掃除だ。地味に登り降りがあってシンドイ。
まぁいつも屋上へ行く階段だから掃除するのは悪い気分ではないが。
この学校には新校舎と旧校舎があるのだが、旧校舎もまだまだ使用される事が多く、選択授業やサークル活動などは旧校舎の空き教室を使う事が多い。
とはいえメインの教室は新校舎に固まっているので、特に用のない生徒は旧校舎に近づく事はない。
... ... 。
...このまま屋上を目指すか。
階段の掃除といっても、手すりの吹き上げや掃き掃除ぐらいなので20分もかからない。
気分転換に屋上でのんびりするとしよう。
ーーーーーーーー
『ん〜〜〜〜っっ... ...ふはぁ。』
一通り掃除を終わらせ、屋上のベンチに腰掛け、大きく伸びる。
一仕事した後の外の風が気持ち良い。
...ちょっと寒けど。
でも、人が少ない場所は落ち着く。いつもの賑やかな教室は嫌いではないが、苦手だ。
おそらく人見知り、ではないと自分では思っているが、オレは人と接するのに人一倍気を使ってしまう。
警戒心が強すぎるのだと自分でも思う。これは幼い頃から自分を守るために自然と身に付いてしまったモノだ。
『もう1月も終わりか...。』
一人呟く。
次の春には妹がこの学校に入ってくる。
試験の結果はまだ出ていないみたいだが、恐らく問題なく合格していると思う。
妹の成績はかなり良い方だし、しっかり受験勉強にも力を入れていた。万が一にも落ちる事はないだろう。
まぁ、兄としては目の届く所にいてくれるのは安心する。
貴樹に聞かれたら"シスコン"と突かれそうだな...。
『ん?』
冷えた空気とベンチに身を委ね、ボーッとしていると、制服のポケットが小刻みに揺れる。
スマートフォンを取り出し、発信元を見る。
"花崎 明音"
『... ...。』
(まずい。すっかり忘れていたが、まだ今は掃除中だ。)
とりあえず電話に出てみる。
『あ!お疲れ様です先輩!神奈です!』
『え!?あ...う?...か、神奈君!お疲れお疲れー。い、今私も終わったんだけど!
えっと...あれ?神奈くんだよね?』
『...花崎?大丈夫か?頭のネジでも、落っことしたか?』
『!?かか、神奈君が変な言い方したんじゃない!私は空気壊さないように、合わせようとしたのに...酷いよぉ...。』
『ご、ごめんごめん!そんなガチで凹むなって!わかってるから!』
少しいじめ過ぎたみたいだ。たぶん相手がタカならもっと強気にグイグイと鋭いツッコミとか入れていくんだろうけど、オレが相手だといつもこんな感じですぐに沈んでしまう。
一応いつも乗っかってはくれるんだが。
『うぅ...今どこ?私この後お買い物行かなくちゃいけなくて。』
『あー...。掃除が終わったから屋上でボーッとしてたよ。急いでるなら先に帰ってて良いぞ?』
『あはは...う、うん。お母さん待たせてるから、今日は先に帰るね。』
『あぁ。また明日な。』
終話ボタンを押す。
相変わらず、壁のようなものを感じる。
花崎明音は数少ない、気を使わず話せるヤツだ。
だが、今はそう思っているのはオレだけだろう。
昔はお互い名前で呼び合っていたし、バカみたいな言い合いも沢山した。
しかし中学に入って違う組になり、話す機会が減り、2年で同じクラスになって再びよく話すようになったものの、その時にはもう花崎はオレに気を使い話し辛そうにしていた。
『... ... 。』
気付けば日が沈みかけ、空が暖かそうなオレンジ色に染まっていた。
冬は夜の訪れが早い。時計の針はまだ5時半を指そうとしている所だ。
流石に日のない屋上は凍えそうなので、そろそろ帰ろう。
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階段を降り、2階の廊下を歩く。
この学校は新校舎と旧校舎が繋がっている。
2つの校舎を行き来できる廊下が2階にしか無いので、下駄箱に行くにはとりあえず2年の教室前を通らなくてはならない。
まぁこの時間だから教室には誰もいない。
もう外が暗くなり始めているが、外では部活に励む生徒達の声が響いている。
『?』
廊下の角に差し掛かろうとした時、足音が聞こえ立ち止まる。
誰か走っている音だ。こちらに近づいてくる。
ーーー。
あれ?足音が消えた。
すぐそこで止まった...のか?
衝突事故とか嫌すぎるから待っていたが、大丈夫そうだ。
そのまま角を曲ろうとした時
『きゃうっ!?』
『うっ!?』
全身に衝撃を受ける。
まさか、このオレが懐への一撃を許すとは...。
急に走り出したのだろう。
飛び出してきた相手を避けれず受け止める形になってしまう。
受け止めた柔らかい物は身体を震わせ固まっていた。
少しボサボサになってはいるが、瑞々しさが見てわかるほど綺麗な髪が目の前にあった。
昼休みに目に焼き付いたソレを見た瞬間、誰なのかは理解してしまう。
オレの腕の中に、雪峰がいた。