英雄少女の世話係 ~戦い以外は何もできない彼女のお世話をしています~
『魔物が闊歩する世界』――人々は住む場所を失い、すでに限られた地域でしか生きることを許されなかった。
そんな場所で暮らす少女、アイリス・フェンブルは十六歳にして軍人である。
一定以上の魔力を体内に宿している者は、多くは軍属となるのだ。
アイリスは魔力の量は平均以下だが、学業における成績は高く、士官学校でも優秀な模範生として選ばれた。
そんな彼女が士官学校を卒業し、配属されたのは――
「ほら、腕を上げて」
「ん……」
アイリスの言葉に応じるにように、ベッドに座る少女が腕を上げる。
黒髪のアイリスと違って、目の前の少女は白い髪をしていた。
肌も白くて、瞳も灰色。どこまでも色という色が薄い……そんな風に思えるが、一見するだけで美少女であることが分かる。
初めて見た時は思わず、見惚れてしまい、今も下着姿になった彼女を見ると胸が少し高鳴る。
けれど、そんなことを気にしている暇は、アイリスにはない。
少女の名はクレア。この世界で『最強』と呼ばれる少女であり、人類の希望である。
常人の十倍以上の魔力を身体に有し、単独で魔物を打ち倒すことができる数少ない存在。
アイリスと同じくらいの歳に見えるが、彼女はすでに完成された強さを持っていた。
他の隊に所属することはなく、クレアが戦場に立つ時は、全て彼女任せであるという。
この閉ざされた国の中で、クレアは英雄と呼ばれている。
だが、そんな彼女の姿を知る者は決して多くはない。
彼女は――戦う才能には優れているが、常識という面では欠けている部分があった。
まず、着替えることも面倒臭がっているのか、自分ではしようとしない。
ご飯は食べられるはずなのだが……アイリスが世話係になってからは時々食べさせることもしている。これは、単純にクレアが望んでいるからだろう。
お風呂も一緒で、寝るのも一緒――これが、軍属になったアイリスの仕事である。
すなわち、『英雄少女の世話係』だ。
クレアを軍服に着替えさせて、髪を解かす。
「アイリス、今日は遊びたい」
「今日はお仕事の日だって」
「じゃあ、お仕事終わったら遊んでほしい」
「うん、いいよ」
アイリスはクレアの願いにさらりと答える。
クレアのお仕事――それはすなわち、この国を守るためのものだ。
彼女がいなければ、すでにこの国は滅んでいるとすら言われている。
魔物の強さは日に日に増していき、先日はアイリスの同期が戦場に立って、十人が亡くなったと聞く。……そんな中、アイリスだけは内地でクレアの世話をしている。
運がよかった、というと言葉が悪いかもしれない。
けれど、アイリスはこの仕事のおかげで戦場に立つことなく生きていられる。
ただ、私は戦場から帰って来るクレアを笑顔で迎えるのが仕事だ。
魔物と戦い、鮮血に塗れながら、ただ戦うためだけに生きる彼女の世話をする。
「……」
そう考えると、ふと手が止まる。こんな生き方でいいのか、と。
「アイリス?」
「! ご、ごめんね。すぐに終わらせるから」
「うん」
慌てた様子で、アイリスは手を動かす。
髪を解かし終えると、今度は歯磨きだ。
さすがに、こればかりは彼女自身にやってもらうように教えた。
クレアもアイリスが教えるとある程度はやる気になるようで、きちんと歯磨きをするようになった。
それが終わると、いよいよクレアの仕事の時間。
アイリスは戦場に向かう彼女を笑顔で送る。
そうしないと、クレアが悲しむからだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「いつもありがとう」
そう言って、クレアがアイリスにキスをする。
それが彼女にとっての感謝の気持ちを体現する行為であり、ところかまわずキスをしてくるので、少し恥ずかしい。
けれど、それにも慣れて、アイリスはすんなりとクレアの口付けを受け入れる。
数秒触れ合って、クレアは振り返ることなく戦場へと向かった。
また、血に濡れて帰って来る彼女を笑顔で迎えて、それを洗い流すのがアイリスの仕事だ。
戦場を知らないアイリスは、戦場に向かうクレアのことをただ見送るだけしかできない。
姿の見えなくなった彼女のことを思うと、笑顔が崩れて悲痛な表情になる。
「私は、最低だね」
クレアに優しくするのがアイリスの仕事。
それ以上もそれ以下もなく、だからアイリスは生きていられる。
この生活は終わることはないのかもしれない。
彼女が死ぬか、この世界が終わるまで。
好きなネタです。




