どちらさまですか?【4】
家の周囲を見回し、人気がない事を確認してから、私はエリオットを外に連れ出した。
「じゃあ、気を付けてね。絶対に私の事は口外しないでね」
「ええ、分かりました。玲奈様、ありがとうございます。初対面のワタシに対してこんなに親切にしてくださるとは」
そりゃあ、人生のデッド・オア・アライブかかってますから。
「自分で言うのも何だけどさ、知らない人の事をすぐに信用するのは気を付けた方が良いよ。日本に限った事じゃないけど、手の込んだ詐欺とか、いろいろ危険なものが世の中に潜んでいるからね」
「その辺りは問題ありません。ワタシとて一国の王子。人を見る目はあります。最初はグレイス王女と思ってついて行った部分もありますが、貴女の事を信用したのは、貴女がワタシの事を信用してくれたから。本当に素敵な女性ですよ、玲奈様は」
そう言って、エリオットは優しく微笑んだ。
「あ、そうだ」
私は先程スーパーで買ってきたウエハースチョコのお菓子を家から持ってきた。
「これあげる。家まで1時間もかかるし、お腹空くでしょ?3個入りだから、電車乗る前にパクッと食べときな」
完全に近所のおばさん感覚でエリオットにお菓子を渡した。
「お菓子ですか!?そんな高級なものを頂く訳には」
「いや、全然高級じゃないんだけど。いいから持っていきな」
またもや押し問答が始まりそうだったので、無理矢理持たせてエリオットを送り出した。
エリオットは深くお辞儀をし、駅に向かって歩いて行った。
エリオットの姿が見えなくなったのを確認し、私は速攻で自宅に戻った。
一気に心臓がバクバクする。
なんだ、なんだったんだアレ。異世界の人の魂が入れ替わっただ?
マジで起こった事か。これは現実か。どうなっているんだ。
この世には、科学でも証明出来ないものがあるというし、きっと本当に起こった出来事なんだろう。
初めての経験に、私はかなり混乱していた。
ある意味、異世界モノを嗜んでいて良かった。知識が活かされた。
エリオットと会う事は多分もうないだろう。
『堤 燕太』という少年の自宅はここから距離があったし、きっとエリオットはこれからいろんな人と触れ合っていくだろう。そのなかで出会った人々と絆を作っていき、彼なりに日本で生活していくことになるのだろう。
そしていつの日か、元の世界へ帰られる手掛かりを掴み……。
ハッ!またもや異世界モノの知識が私を沼へと誘おうとしている!
……まあ、でも妙な刺激にはなったかな。
コン、コン、コン。
翌朝、玄関をノックする音が聞こえた。
誰だよ、今はまだ8時だぞ。こちとら休日で寝てんだよ。
勧誘関係か?時間帯考えてよ。非常識にも程がある。
コン、コン、コン。
またもやノックをされている。
ていうか、インターホン鳴らせよ。
しつこいからドアスコープで面を見てやろう。
中年オヤジだったら覚悟しろよ。朝からオヤジの顔なんざ見たくないからな。
ドアスコープから覗くと、そこにはエリオットが立っていた。
え?なんで?
ていうか、やっぱり昨日の出来事は本当にあった事なのね。
玄関を開けると、エリオットが畏まって挨拶をした。
「おはようございます、玲奈様。昨日の事は感謝に堪えません。宜しければ、今から庭園を歩きませんか」
おーいおいおいおい。ボケは一つずつでお願いします。
「どうしてここに来たの?てか、電車の乗り方はもう完全に覚えたの?」
「はい。仕組みは十分分かりました。ただ、ICカードの残金があまりないようなので入金したいのですが、まだ通貨がよく分かっておらず、教えて頂きたいと思いまして」
異世界から来たヤツが、すぐに『ICカードの残金』って言うとかパワーワードだろ。
「どうして朝8時から庭園を歩くの?てか庭園ってどこにあんのよ」
「ワタシがいた世界では、朝食後で一息ついた朝8時頃に、女性を誘って庭園を歩くのはよくある事でして。この辺りは庭園がないのですが、近くに庶民が利用するような小さい場所でしたら見つけました。そんなところしかなく申し訳ありませんが、通貨の事を聞きながら玲奈様とお話ししたいと思いまして」
「近所の公園の事か……。で、なんで私のところに来たの?日本で唯一知っている人だから?」
「貴女の事を愛してしまったからです。グレイス王女と似ているという事は関係ありません。ワタシはここ日本で、玲奈様に結婚を申し込みたい」
エリオットは昨日のように、片膝をついて私の手の甲に唇を落とした。
……やっぱりコイツ頭湧いてんな。