どちらさまですか?【3】
どどど、どうしよう。
家に連れ込んだら誘拐の証拠になっちゃう。
でも現状として、人目につかないところで、私は何も悪くない事をコイツに叩き込むしかない。
コイツはおそらく話の通じる相手じゃないから、私の事を口外するなと洗脳するしかない。
唯一叶えられそうなのは、それだけだ。
エリオットと名乗る高校生を自宅に連れて行く事は思いのほか簡単だった。
ただ、コイツがなかなかに面倒な奴だった。
「王女!我々は婚約している間柄とはいえ、王女の部屋に一人で入るなど言語道断!自国に戻れないならば、私は一晩外で過ごします」
「何言ってんのよ。そっちの方がヤバいっての。簡単に身バレするじゃん。これはキミのためでもあるんだからね。10割私のためだけど」
押し問答が続き、ようやくエリオットは折れた。
「ここは……なんと質素な……。なるほど、王女の部屋ではなかったのですね。だから入室して構わないと仰ったのか。失礼しました。すぐにここが納屋の一種だと気付かず」
あ?おめー、人の居住を納屋っつったか?
別に私は普通のマンションに住んでいるだけだ。室内も散らかったりしている訳ではない。
コイツ、どんな裕福な家庭で生活しているんだ。
それにしても、コイツは本当にわざと変な事を言っているのだろうか。
私以外に誰もいない空間で本性を現さず、面識のない私にノコノコとついてくる。怖くないのだろうか。
何が目的?お金?逆に口止め料を巻き上げようとしている?え、それってクソガキじゃん。
「あのさ、キミさっきから変な事ばかり言っているけど、そもそも何であの場所に居たの?」
「奇妙な話ですが、それが分からないのです。城で書類整理をしていたところは記憶しているんですが、それ以降ぼんやりとしか覚えておらず、気が付けば見知らぬ夜の町中におりました。それに姿も全く違う。辺りを見回すと、なにやら酒場が並んでいるようだったので、情報収集の基本として、まずはここがどこなのかと聞き込みを行おうとしていたところ、貴女を見つけたのです」
コイツは毅然とした態度で真面目に話している。嘘をついているとは思えない。
あんな悪そうな成人男性に声を掛けるなんて、普通の高校生ならばしないだろうし。
「何か、キミがエリオット・サファイアである証拠とかはない?」
「そうですね……。いつもは国章の刺繍が入った礼服を着ているのですが、今はそうでないですし。あとは……あ」
エリオットは制服のポケットをゴソゴソと触り、何かを見つけた。
それは宝石のサファイアだった。
「え、これ本物?何で持ってんの」
「いや、これはワタシの物ではないですね。元々、ワタシは耳飾りとしてサファイアを身に着けておりましたが、これは首から下げる物のようです。何故これが入っていたかは分かりませんが、ワタシの家系はサファイアを取り扱います。つまり……」
エリオットの掌にあるサファイアが、淡い光を放ち始めた。
「このように、我々はサファイアを媒介に魔力を込めているのです。耳飾り以外にも、ワタシは剣の装飾にして魔法剣を扱ったりしておりました。ただ、今は魔法としては使えないようです。いつものワタシの姿でないからでしょうか」
なんかワクワク……いや、忌々しいような言葉を並べ始めた。
私もサファイアを手に取ってみるが、淡い光は消えてしまった。
手品とか、そういう仕込みがあるようには感じられない。
エリオットが言っている事は本当の事なのかもしれない。
本当に異世界からきたのかもしれない。
そうならば、これは転生ではなくて転移なのか?
しかし姿はいたって普通の高校生だ。
もしかして、異世界をまたいでの心の入れ替わり?
有力なのは、それだろう。
……って、ノリノリで考察してしまった。
クソッ、異世界好きだった頃の知識が有効活用されている。
「分かった。キミの話す事を信じる」
私は考察した内容をエリオットに説明した。
何か自分で説明していて、中二病臭くて恥ずかしくなってきた。
「なるほど。ワタシの魂が日本、つまり別世界の者と入れ替わったかもしれないと。だからこの姿だったり、見慣れない町に居たりしていたのか。合点がいきます」
コ、コイツ、飲み込みが異常に早い……。
しかし私の話す事をすんなり受け入れるとは。人を不審がったりしないのだろうか。
「まずは、キミのその姿は誰なのか調べよう」
エリオットは学生鞄を持っていたため、鞄の中身を確認する事にした。
生徒手帳が見つかり、顔写真と共に名前が書かれていた。
「『堤 燕太』。これが今の姿のキミだね」
ハッ!ちょっと待て。
私は先程のトップニュースをスマホで確認した。
行方不明の男子高校生の名前は、もしかして……。
「……良かった。キミの事じゃなかった」
ニュースの男子高校生は全く違う名前だった。ひとまず、私はこの件で重い罪になる事はない。
高校生を家に連れ込んでいる事は大問題だけど。
財布も見つかり、所持品から住所も特定出来た。燕太という高校生の自宅は、ここの最寄り駅から電車で1時間程かかる距離のところだった。
「随分遠くに家があるね。早く帰らないと燕太くんの家族が心配するよ。ここから電車で乗り換えなしで帰られるからさ。ひとまず、しばらくは『堤 燕太』としてやり過ごした方が良い」
「あの、電車とは何でしょうか」
そうか、電車も知らないのか。
私はスマホで電車を見せたり、身振り手振りを使って改札の抜け方等を説明した。『堤 燕太』のスマホも鞄に入っていたので、地図アプリの使い方も教えた。
エリオットは初めて見るスマホに興味津々になりながらも、私の話を真剣に聞いていた。
「なるほど。鞄に入っていた、このICカードとやらを使って関所を通り、動く乗り物に乗って目的地まで行く。到着したら再度関所を通る、といったところでしょうか」
コイツ、マジで話早えな。
「そう、そんなところ。分からなかったら駅員さんに訊いたらいいよ。あ、くれぐれも私から駅員さんに尋ねるよう言われたとか話さないでね。今時、簡単に特定されるから」
「特定されるのは宜しくないのですか?貴女のような立派な方ならば、知らないでいる方が失礼というもの」
「それがまずいの。あと、私の事を誰かと勘違いしてるみたいだけど、それも困るのよね。キミが知っている王女様とは別人だから」
「そうなのですか?でも確かに、グレイス王女とは一度お会いしただけですが、その時のご様子と比べたら随分と素敵な女性になられている。私と同じくらいのお歳でしたし。それにしてもお顔が良く似ている……」
「とにかく違うものは違うのよ。さ、もう帰って。家まで送ってあげたい気持ちはあるけど、なにせ特定は命取りだから」