お友達は出来ましたか?【5】
何で、何で面談室にいるんだ。
浩輝は、体が震えあがるのを感じた。
逃げないと……。
でも、この密室状況で扉を開けて逃げ出すのは、燕太に対して逃げている事があからさまに伝わってしまう。
そうなると燕太を余計に刺激してしまう。
それに、面談室の外は先生と風紀検査を受けに行く多数の生徒がいる。
ここで騒ぎを起こすと、事が大きくなって自分の今後に影響を与えかねない。
まさに袋の鼠……。
「呼び出してしまい、すまなかった。しかし君はああでもしないと取り合ってくれないと思ったからね。許してほしい」
さてと、と燕太は3万円が入った封筒をテーブルの上に置いた。
「まず第一に、これは返すよ」
「い、いや、堤くんに受け取ってもらいたい。元々そういう話だったでしょ」
「前にも言ったが、ワタシは記憶が曖昧なところがあるんだ。当時ワタシが何を言ったか分からないが、ワタシは君に危害を加えるような事は絶対にしない」
燕太は、まっすぐに浩輝を見た。
曇りのない瞳に、浩輝は目を逸らす事が出来なかった。
「第二に、君は何故異常なほどにワタシを避けるんだ?この3万円の件と関係があるのか?」
「……本当に覚えてないんだね。でも、僕の口からは……言いたくない。君は顔色を変えて、酷く取り乱して僕を威圧したから」
浩輝は俯き、左腕の辺りをさすった。
「どうかしたのか?」
「ちょっと思い出して……。あの時、君にかなり強い力で掴まれて痣が出来たから」
『堤 燕太』は、よほど触れられたくないものがあったのだろうか。
この様子だと、浩輝が燕太を避ける理由が聞き出せそうにない。
おそらく、当時の事が心に深く刻まれているのだろう。
どうすれば浩輝は話してくれるだろうか。
浩輝に謝るか?事を進めるなら、それが最善と予測される。
しかし、これは『堤 燕太』が行った行為であり、燕太が謝る必要はない。
それに、その謝罪は浩輝に対しても失礼ではないだろうか。
外見は『堤 燕太』だが中身は別人。
形だけの謝罪は、双方に意味がない。
「申し訳ないが、当時の事を聞かせてくれないか」
「……」
浩輝は黙り込んだ。厳密に言うと、唇を震わせながら話すか話すまいかと怯えて悩んでいるようだった。
燕太は我に返った。
浩輝が燕太を避ける理由を聞き出すために、浩輝の恐怖心を抉ってでも答えさせようとする自分が居た事に気付いた。
避ける理由を把握して、それを解消して、友達になりたい。
そのために、このような手を使うのは、本末転倒だ。
結局、自分の利害目的になっているではないか。
自分は、そういう視点しか、持ち合わせていなかったのか。
「……自分勝手だな、ワタシは」
燕太は溜め息をつき、額に手を当てて俯いた。
「本当に自分主体だ。今までは皆、ワタシを慕ってくれていた。だからワタシも労いを込めて温かく接した。しかしそれは身分や主従関係が前提にあったから。そんななかで、初めて友というものが出来て嬉しかったが、結局ワタシが身分を一番気にして利用していた。それが根幹にあるから、友というものが正しく理解出来ていなかったのだ。この世界に来て、ようやく分かった」
「つ、堤くん、何の話……」
「国民を守るために身分を大事に思い、品格を落とさないように努める事が、結果的には保身に走っていた訳だ。それに囚われていたのは自分だ」
顔を上げた燕太は、浩輝に近づき手を握った。
「すまない。君に話を強要させるところだった。今回呼び出したのも強引だった。話したくないのであれば、話さなくて構わない。君を傷つける意図はなかったんだ。ただ、ワタシは君とちゃんと向き合いたかった。それだけは分かってほしい」
「わ、わかった。わかったから」
浩輝が動揺している姿を見て、燕太は手を離した。
「……何だか、堤くんは変わったみたいだね。最近はクラスの雰囲気もそこまでピリピリしてないし、クラスメイトも君との会話に恐怖心は無くなってきているみたいだし。今も、僕に対して丁寧に接している」
浩輝は燕太に握られた手を見つめた。
「さっき君が手を握ってきた時、君の手は温かくて優しかった。以前腕を掴んだ時みたいな粗々しさはなかった。僕を見つめる目も、侮蔑するような目でなく、ちゃんと僕自身を見つめてくれていた。何があったのか知らないけど、君は真っ直ぐに人を見る事が出来るようになったんだね」
少し微笑みながら、浩輝は燕太を見た。
ああ、この表情だ。
彼も、自分によくこの表情を向けてくれていた。
自分の事を、真っ直ぐに見つめて、受け入れてくれる。
燕太は、浩輝の顔をただ見つめていた。
「あ、ご、ごめん。偉そうな事を言って。気を悪くしないで」
「……いや、そんな事は思っていない。ありがとう、君のおかげだ。様々な事に気付けたよ」
燕太は3万円を浩輝に返し、浩輝もそれを受け取った。
「堤くんは、本当に何も覚えていないの?」
「ああ。申し訳ないんだが……。それで君に恐怖心を与えてしまっていた原因を知ろうとしたんだ」
「そっか……。それなら、僕は話すよ」
浩輝は躊躇いながらも、少しずつ話し出した。
「僕が、偶然見てしまったんだ。君が他人に知られたくない事を」
「見た、というのは?」
「……君の妹の事で」




