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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【オリジナル大人百合】もっとたべたい

作者: 生ハム

 2月14日、お昼休み頃。

 (元)後輩(関西弁)が、私のデスク前に登場した。

『先輩はん。きょーは甘物を贈ることで、そのグレードの高さと形状から相手に対して自分が向ける好意を仄めかし、翌月の3倍返しコンボへの布石を作ることが慣例だともっぱらの噂。どうぞこのうち渾身チョコをお受け取り下さい』

『そうはいきませんよ、ローカルルール発動。同価格帯で同形状のものを相手に押し付けることにより、その効力を打ち消します。というかコンビニ産のこれのどこが渾身なんでしょうか』

『特に好きでもないチョコレートに1000円ほど出費する心意気もさることながら、毎年この時期に先輩はんの顔をきちんと思い出すっちゅーうちのアイですな』



「こちら、このような経緯で入手したチョコレートになります」

「は?」

 パジャマ姿(現後輩)天野さんのチョコレートボンボンを摘む手が止まり、座卓上の、心臓をデフォルメした形の箱にそれがそっと戻された。(現後輩)さんが表情を険しくして、頬杖をついて笑っている私を睨む。嚥下してから彼女は言う。

「つまり、これは居待さんから私へのチョコではないと?」

「だって天野さんったら酷いんですもの」

 私への手作りチョコ自分で食べちゃったんですって!


 今日はバレンタインデーその当日。もうすぐ19時。

 私と天野さんはそれぞれお互いに渡すチョコレートを用意しましょうねと約束していたのだけど、天野さんが体調不良でお休みだったので、彼女の家までお見舞いに来たのである。

 ……ところで、この部屋。少し気温が低い。どうも私が来る前に空気の入れ替えを行った模様。ふうむ?

 人間一人分が暮らす想定の室内は、半分残ったペットボトルのポカリスエットが隅に追いやられている他はいつも通りだ。

「はぁ〜〜〜。信じらんない。それで他の人からのチョコ横流ししますか自分からと嘘ついて」

「チョコレートです、とは言いましたが付属情報については何も解説していません」

「だってハート型じゃないですかこれぇ!」

 天野さんがハート型の箱からボンボンを摘んで、勢いよく口に入れモゴモゴ飲み込む。結局食べるのね。もろもろ総じて思ったより元気そうで安心。

「天野さんの手作りチョコもハートの形だったんです?」

「んっ、……えーと。ちょっと待ってください」

 目が泳いでる天野さんがベットサイドのちいさな棚の上に置いたスマートフォンを手に取り、私に見せてくる。画面に映るのは、可愛らしくラッピングされたハート型や星型の小さいチョコレート。

「こんな感じで……」

「はい」

「一人で作ったんですか?」

「いえ、愛ちゃ……、都さんとです」

「なるほど」

「まあ、でも、食べちゃったんですけど。あはは」

「手作りですという事前予告がなければもう少しなんとでもなったでしょうにね」

「うう……」

「でもそれが天野さんの症状なんですよね?」

「まぁ、その……はい……」


 我々(私とか天野さんとか愛ちゃんとか)には年に2回、決まった時期になると体調不良になるという特質があり、その症状の出方は様々である。

 天野さんの場合は体調不良と重度の空腹がそれとして現れる。

「それにしても、そんなに? 私への手作りチョコ食べちゃうくらいに?」

「家中の食料を空っぽにして、ようやく峠を越しました。昨日のうちにもやしをこれでもかと買い込んで炒めて塩で食べてたんですけど。ご存知ですか? もやしを生で食べるとお腹を壊すんですね。これは生もやしそのものが身体に悪いのではなくて、生もやしの表面には雑菌が繁殖してるので、熱処理しないで食べると結果的にお腹を壊すことになります。まあ、普通の人でも健康なら問題ないらしいので、今は生もやしくらい私ならどうってことないとは思うんですけど、どうしても子供の頃に食べた生もやしが」

「天野さんストップ」

 これ以上、生もやしの話を続けられたら、バレンタインに帰ってこれなくなりそう。

 それに、この部屋に入った時から気になっていたことの確認。

 彼女の肩まで伸びた赤毛に触れると、天野さんは数回瞬きして目を伏せた。指でゆるく梳くように撫でると、糸唐辛子よりも水分のある髪はそこまで抵抗もなくスルスルといや違う本題に戻ろう。

「髪から少しすえた臭いがします。吐きました?」

 天野さんが私を見て、すぐに目を逸らす。

「まあ、……1、2回?」

「今はもう大丈夫なんですね? 気分は悪くないですか?」

「はい、平気ですよおもう。そうだ、さっきの話の続きですけど」

「もやし?」

「チョコレートです。とりあえず居待さんからのチョコはー?」

「はい、どうぞ」

「おおお?」

「口紅のチョコです」

「くちべにのちょこ」

 天野さんが包装された箱から取り出したのは、どこからどうみても普通の口紅。それが3本。

「レッド、ピンク、イエローを買ってきました」

 物珍しそうにチョコのキャップを3本とも開けて、その口紅っぽさを確認し、鼻を近づける天野さん。

「おお……、おしゃれなかんじですね。石に見えるチョコレートとかありましたよねそういえば」

「本命っぽいでしょう?」

「確かに本命っぽいです」

「機嫌はなおりました?」

「まだですけど、暫定的に良かです」

 ニコニコニコに相好を崩した天野さんが、左右に揺れて、頭のてっぺんの飛び出した細い毛束もダウジングみたいに揺れた。私はピンクを手にとって、紅を天野さんの笑顔に向ける。

「口を閉じたままでいて。食べちゃダメですよ」

「むっ」

 私の命令を受け、天野さんの瞼と唇がきゅっと閉じられた。潤いを忘れてない唇に先端を近づけて、私は天野さんにチョコをさす。本物みたいに紅がついたりしないので、なぞるだけだけれど。

 簡単に上も下もなぞり終えて、化粧ごっこが済むと

「もういいです?」

 と、天野さん。

 目を開いて目玉をぐるぐる回してみせると、それを『よし』だと解釈した天野さんがチョコをパクっとする。

「おいひい」

 彼女が口をモゴモゴさせながら、あともう二口分くらいしかないそれをもっと食べていいかと目で問うてきたので、私は顔を近づけた。脈絡、あるようでなし。とたん、天野さんの背中が後ろに退く。

 3秒、ぎこちない時間。

 退かれても、もう気落ちしなくなったと遅れて自身の変化に気が向いた。この手の情動の凪はいちいち新鮮に感じるものである。

「あ、……あのー、臭いがですね」

 天野さんが傷の残る手で自身の頭皮を掻く。

「気になりません」

「いやー、……。こっちが気にしますので」

「食べます?」

 諦めてピンクのチョコを天野さんの口元に差し出すと、ノータイムで彼女が食らいついた。うむうむ、生きがいいのう。

「最後の一口もどうぞ」

 容器の下部を回して、甘い香りのするチョコを全て出しきり、あーん、っとする。

 天野さんが私とチョコを一度見比べてから、

 根本まで口に含み、そのまま私に抱きついてぐにににキスしてき、 !?

「むぐぐ???」

 頭が後ろ向けに急降下し

 ごちんっ!

 と、ならない?

 弛緩した四肢の重力を受容。

 気がつけば、私の後ろ頭。

 天野さんの手が回されていてクッションになっている。いや、微妙に痛いもんは痛かったが。

 視界の端でペットボトルが転がっている。さっきのポカリが、襲撃に巻き込まれたらしいね。

「チョコ飲んじゃった」

 いたずらっ子の笑みで近距離天野さんがノーズトゥーノーズしてきて、彼女の前髪がおでこをくすぐる。

「むぎゅぎゅぎ」

「むむむ」

 大型犬の飛びつきは躾で止めさせないといけなかったらしいなぁ……、犬飼ったことないから知らないけど。天野さんは中型犬種なんだけどねと余計な思考を巡らせているとそこに舌が割り込んできた。そこっちゅーか口の中ですな。

 天野さんの…………………いや、わかってるわかってる。

 あつあつべろちゅーのね、詳細をこちらとしても自慢がてらお届けしたいのですけれど、天野さんのね、そのなんというか、食料を消化するところ。

 もっといえばお腹、が駄々っ子みたいに鳴いてる。泣いてる?

 きゅるるるらる……みたいなのが、ともかくずっと。それが直接ダイレクトに我が身のお腹にも響いてくるわけでしてね。それがもう

「ふっ、……ひゅひゅひゅっばっ!」

 ついに耐えきれずに喉と腹筋を震わせて吹き出す。あといったんこうなると、なかなか収まらないですよね〜。

「ひっ、ひはふふふ……、ふぅ、ふふふ……」

 興奮冷めやらぬ私へ、天野さんが不服そうな視線を投擲しながら上半身を起こした。

 もちろんまだお腹からは陽気な音色が流れている。

「そんなに? そんなに笑うほどですか?」

「すい、すいません。だって、……ひふっ。すいません少々お待ちください。再起動中。ぶいーん。……よし、もう大丈夫です。あなたの居待です。ああ、あと最中チョコとキシリトールの匂いがしましたね。私の来る前に歯磨きをしました?」

 もやしの匂いもしたのはヒミツだ!

「準備を怠るなと訓練学校時代、骨に染み込むほど繰り返されたので。そりゃもう」

「今の子は大変ですね」

「ええと、無理そうです? そのぉ、」

 眼前の天野さんが逡巡して言い淀みながら、顔を近づけてくる。

 ここで、『いやぁ、消化音が面白すぎて無理です』と言う必要がどこにあるだろうか。

「もう慣れました。平気です」

「あの、続きするなら食べながらしてもいいですか? お腹空いた……」

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