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ベットでの語り合いと幻

「あら、いらしたのね?」


 女は濡れた髪を梳き、寝巻姿で椅子に座っていた。

 部屋に入って早々にベットに押し倒されて口づけされる。


「んー、やっぱりあなたの精気は格別だわ。この前も思ったけど、あなたと契約して良かったわ……」


 フロレンツは体制を逆転させ、隠し持っていたナイフを女の喉元に突きつけた。


「僕は攻められるよりも、攻める方が得意なんだけど……もしかしてこの前の一件で寝込んだのって、この口づけが原因なのかな?」


 そう、この女は泉であった妖精なのだ。妖精相手にナイフなど何の効き目もないだろうが、このまま意識を失うわけにもいかない。


「あーら、私にナイフを突きつけるなんて、そんな余力まだあったのね……いいわよ。強い男は好き」


 フロレンツはさっと身を起こして、いつでも逃げられる体勢を作る。


「残念」


 女が手をかざすと、扉と窓が無くなった。何が起こったのかフロレンツには分からなかったが、警戒体勢は解かない。


「あら、本当に強気だこと……」


 女は音も立てずにフロレンツの背後に回り込み、首にその長い爪を食い込ませてくる。


「貴方は聞きたいことがあって来たのでしょう? 私の名も伝えていなかったし、お話しましょう?」


 女の手が離れるとフロレンツは膝をつき、咳き込んだ。


「まずは、貴方にあげた目だけどそれは幻惑の目。あなたの目に見える範囲の中で、あなたが望む幻を映し出すわ」


 女がフロレンツに手を差し伸べて立ち上がらせ、ベットの縁に座らせる。


「例えばこうかしら?」


 ベットの上には、ワイシャツ一枚の姿のレオニーが現れ、背後からフロレンツを抱きしめた。

 触れられた感触も熱も匂いすら感じる。


「これが幻だというのか?」


「ええ、人の五感なんて脆いものよ……あなたが幻を出す時に、きちんとイメージが出来ていれば、完璧な幻となる」


「それより、いつから貴女は私を見ていたんだ。全く嫌なことを思い出させる……」


「嫌な事ではないでしょ? 貴方が望んでいた事じゃない?」


 フロレンツはギリッと歯を噛み締めて「消えろ」と言うと幻から離れる。

 すると、碧眼がうずき幻が消えた。


「あら、幻を打ち消したのね……次に教えようと思ったのだけれども……まだ意識はあるかしら?」


「何だ、一気に体がだるくなった。」


「ふふ。私の目を使う代償は貴方の目だけじゃないわ。精気をいただくの……滅多に使えない代物って事ね。あまり使い過ぎると貴方の生命力が減る事になるわ」


 女はウフフというと、フロレンツの顎に触れて話しかける。


「私の名はカサンドラ。いい? 貴方がどうしても助けが欲しいときは名を呼びなさい。

あの竜よりも力になるわ。今日はもう寝なさい。今度会ったときに、また、たっぷり生気をいただくわ……」


 フロレンツの意識は途絶え、ベットへそのまま横たわる。


「さて、貴方は私の能力を使いこなせるのかしら? 面白い展開を待っているわ」


 カサンドラは再度フロレンツに口づけをすると、部屋からするりと居なくなった。



「ほーれ、竜の嬢ちゃん何もなかっただろう?」


『何もなくないわよ。フロレンツの唇奪ったじゃない。しかも二回もよ!』


「はいはい。狸寝入りするほど好きなんだもんな……だが、あいつは幼女趣味はないぞ?」


『分かってるわよ……一回本来の姿見せて引かれたから、いいの! こっちの方がそばにいてくれるんだから!』


「あ、これこれ。行ってはならぬと言うに……」


 ルルは窓を突き破ってフロレンツの元へと向かった。


「のう、ルイーゼ。奴はそんなに魅力的か? 竜を従えるほど……」


『強い精神力を持った人間ほど竜の糧となるのはご存知でしょう?』


 妖艶な女性がエルヴィンの後ろから抱擁する。


「ああ、あやつの闇は計り知れぬであろうな。家族もろとも婚約者まで竜の諍いに巻き込まれたというに、生にしがみつく精神力の強さ」


『彼を最初に加護したのは業火の黒炎竜、嫉妬のウーヴェよ。相当な精神力でなければ腕だけじゃ済まなかったはずよ』


「そうだな。お前は加護せんのか?」


『私は当分は貴方だけでいいわ。貴方が生を全うした後なら、考えましょうか?』


「ふは。そうかそうか。まあいい。あの小さい火竜をどう育てるか楽しみだなー」


『そうね。あの子は何も知らずにパートナーを決めたようだから、きっと面白い事になるわ……』


 ルイーゼはエルヴィンの肩に頬を乗せ妖艶な笑みを浮かべるのであった。



『もう何よ。あんな女にキスされて……』


 ルルの姿は大人になっており、ベットの上にいるフロレンツの顔を覗き込む。


『元気がない? 顔が青い……私が力を上げる。』


 ルルがキスをし、自分の精気を分け与える。

 突然、ルルの頭に声が響き渡る。


《爾この者に何を望む?》


『私は何も望まない。ただそばにいて愛されたい。悲しみはもういらない。』


《この者の悲しみを糧に契約を完了とす。》


 ルルにはこの言葉の意味が分からなかった。

 精気を分け与えられたフロレンツの顔色はみるみるうちに良くなり、精気が戻ってきたようだ。


『ねえ、本当に他の女のところに行っちゃダメだよ。あなたは私の大切な人。——もう二度と離れない』


 ルルは自分でも何故その言葉が出たのか分からなかったが、フロレンツを抱きしめて、そのまま眠りについた。


 朝、目覚めるとフロレンツの目の前に、それは再び現れた。

 紅い髪をした女性が自分の事を抱きしめて眠っていた。

 昨夜、カサンドラにしてやられたせいか、また自分が妄想していると思いつつ、全くやましい気持ちにもならないため、そのまま女性の温もりに甘えた。



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