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 リースの顔が近づいてくる。

 昔の面影が、あるような、ない、ような冷たくて、淋しそうな瞳。

 鼻と鼻の高いところがぶつかり、リースの声が一段、低くなった。


「それともう一つ。もう身体は売っちゃ駄目だよ」

「体?」


 どういう事だろう。

 体なんてどこも売ってない。

 ティナは首を傾げた、と、唇が触れそうになって慌てて俯く。


「近いわ」

「……ごめん」


 リースは半眼になって、少しだけ顔を引いた。

 ティナはうるさく跳ねている心臓をおさえながら、乱れた髪を耳にかける。


「えっとあの、体って……髪の毛とか売っちゃう奴?それなら安心して。私、売った事ないから」

「え」

「え」


 どうしてか、リースが固まる。

 その反応を不思議に思いながらも、ティナは続けた。


「髪だってほら、パサパサだし。誰も買ってなんかくれないわ」

「ティナ。俺の言ってる意味わかって……ない、よね」

「……違うの?」


 聞き返したティナに、彼は瞬きをする。


「兄様……?」


 違うのだろうか。

 ふと深刻な顔つきになったリースに、ティナも不安になってきた。

 しかしリースはそのまま考え込むように視線をそらし、顎に手をあてた。かと思うと、おそるおそると言ったように再びティナを見つめてくる。


「……あのさ、ティナ」

「な、なに?」

「いや、あの……大部屋で寝泊りしてるって言ってたよね」

「ええ」

「その時男に体を触られたり、とかしてない?」

「?」


 なにを言ってるのだろう。

 ティナの眉間に小さな皺が集まる。


「大部屋だけど、男の人たちとの間には仕切り板があるもの」

「……本当?」

「どうして嘘をつく必要があるの?」


 それでもまだ困惑した表情を浮かべながら、リースは宿屋の名前を聞き出してきた。すぐに部下を呼び、その宿屋の実態を調査しろとまで命令する。


「リース兄様?」

「いや、君が無事ならそれでいいんだけど」


 ちっとも良くなさそうに言って、また考え込んでしまう。


 ここでこうしていても埒があかない。ティナは立ち上がった。

 父の罪が晴れたのなら、ティナは自由だ。


 しかしリースは立ち上がったティナの手を慌てて掴んでくる。今度は、優しく。


「ティナ?どこへ」

「色々とありがとう。でもやっぱり、罰は受けるわ。その後は仕事を探してみる。あの、このお礼はいつか必ずちゃんとするから」


 掴まれていた手にわずかに力がこもった。


「ティナ……働きたいなら、俺の屋敷でもいいよね」

「え」

「前科者だって知れたら、どこも雇ってくれないかもしれないよ」

「……そうなの?」

「そうだよ。だって自分のところでも泥棒されるって思うかもしれないだろ?」


 リースの根拠はもっともで、ティナは狼狽えた。

 ティナの手は、もう何度も汚れている。


「リース兄様の……迷惑じゃない?」

「歓迎するよ。それに俺は、ティナがそんなことしないって知ってる」


 信じている、ではなくて、知っている。

 どこまでもティナを理解してくれようとするリースの優しさが、嬉しくてたまらなかった。


「本当に……いいの」

「そう言ってる」

「昔の私じゃないのよ」

「俺も変わった」


 ティナは首を左右に振った。

 そんなことない。

 リースは「自分は変わった」と言うけれど、全然、変わってなどいない。昔の優しい少年のままだ。ティナの大好きなリースのままだった。


 国軍の偉い人になっても

 どんな恐ろしい噂がたっても

 彼は、彼だ。


 強くて、優しい人。


 ティナは思った。


 こんな自分を信じてくれる、リースの役に立ちたい。もう二度と失望させたくない。


『人に親切に』


 父の教えは、間違っていなかった。


 人に親切にすることは、とても勇気のいることだ。

 信じることは、辛くて、怖い。


 裏切られることも、覚悟しなくてはならない。

 裏切られても、腐ることない心が必要だ。


 それでも信じることが大事なのだと、父はきっとそう教えてくれていたのだ。


 ティナはリースの手を両手で握り返した。


「……私頑張るから」

「うん」

「ちゃんと償えるように、もういっかい、頑張るから」

「うん、ちゃんと見てるよ」


 とうとう泣き出してしまったティナを、リースは抱きしめる。

 暖かくて、心地いい。


 リースが、好きだ。

 そう思ったティナの心の声が聞こえたのか。

 リースが耳元に唇を寄せてくる。


「ティナ、好きだよ」

「私も」


 昔のようにふたりは笑いあった。


 と、そこでティナはひとつだけお願いをした。


「あの、リース兄様」

「何?」

「お父様のお墓に挨拶をしに行ってもいい?ちょっと遠くの街の共有墓地なんだけど……教えてあげたくって」

「……もちろん、俺も行くよ」

「ありがとう!お父様も絶対喜ぶわ」


 大好きなリースの元で働けるなんて、自分はなんと幸運なのだろう。

 

 ティナは明るい未来を信じて、リースの頬に親愛のキスを贈った。

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