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 十二歳になると、父はリースに軍の学校に入ることを強要した。


 その頃には身体も人並みになり、身体検査も合格出来た。


 腐っても軍人の血を引いていたのか、嘔吐するような苦しい訓練にもリースは耐え抜くことが出来た。

 座学でも体術でも常にトップの成績を保持し続け、走っても息が切れることはそうなくなり、風邪も滅多に引かなくなった。軍学校の教官からは褒められ、同年の友人もたくさん出来た。


 そうして、あと一年で卒業となった時。

 リースは、ティナの家の噂を聞いた。


「事業に失敗したらしいよ」

「大損だったんですって」

「屋敷も差し押さえられたと」

「今あちこちに頭を下げて回ってるの」

「頼れる親戚もないと」

「ああ」


「これだから成り上がりは」


 噂だけでは何もわからない。

 リースは急遽実家に戻り、父に詰め寄ったけれど、ティナ達を追う側になっていた父は、なにも教えてはくれなかった。

 父の制止を振り切ってティナの家にいけば、既に他の人間が移り住んでいた。

 ティナの父親は詐欺師として訴えられ、国を追われていた。


(詐欺だなんて、あの人に限ってそんなことあるわけがない)


 リースはどうにかティナの父親の冤罪を晴らそうと知人をあたったけれど、何の地位も得ていない学生身分でしかないリースには、一切の情報は遮断され、なにひとつなす術がなかった。


 伯爵家に生まれようと

 どんなに父親が偉かろうと

 リース一人にはなにも出来なかった。


(くそ)


 リースは自分の無力に絶望した。いくら噛み付いても父親には一蹴される。母親は無関心。


 ティナは助けられない。このままでは。


 だったら。

 だったら、力をつけてやる。


 リースは軍に戻ると、地位の高い友人と近づき懇意になった。

 軍の学校は一番の成績で卒業し、そのまま士官と成り得た。

 幾つもの功績をあげると、史上最年少という言葉が飛び交い、勲章を五つも貰った。 


 地位を得れば、なんでも出来た。

 父は掌を返したようにリースを誉めそやし外では仲の良い親子を演じはじめ、母はリースにお土産と言って物を買ってくるようになった。

 世界は驚くほど単純に出来ていた。


 


 *


 それから数年後。

 リースはとうとう復讐を果たした。ティナ達父娘を騙した犯人を見つけたのだ。


「横領及び詐欺罪で、あなた方を処刑します」


 犯人の屋敷に踏み込んだリースは、肥え太った豚共が逃げ惑うのを冷ややかに見つめた。土下座をする者、「自分は関係ない」と訴えてくる者、「証拠はあるのか」と唾を飛ばし激昂するもの——様々な豚を前に、しかしリースは、使用人の一人でさえ許しはしなかった。


「例外はない。全員連れていけ」


 それは、とある落ちぶれた侯爵家の——マレンカの父親の仕業だった。彼らはティナの父の金を盗み、自分たちのものにしていた。

 暴力があまり好きではないリースには、真実を吐かせる事はとてもとても大変だったけれど、そこは軍学校で知り合った暴力が得意な友人が喜んで協力をしてくれた。


 ちなみにマレンカは、リースが直接追い詰めた。


「……止めて、許して、お願い」


 震え、涙を流すマレンカにリースは剣の切っ先を向けた。マレンカのことはずっとずっと憎んでいた。可愛い可愛いティナを池に突き落とした女。


「なんでもします、だから……!」


 床に額をこすり付け、許しを請うマレンカの髪を剣先で弄ぶと、マレンカがひっと小さな悲鳴をあげた。


「なんでも?」 

「な、なんでもします……!」

「じゃあ」


 リースは剣を引くと、身を屈め、その耳に唇を寄せた。


「俺のカフスの釦、拾ってきてくれないか。ここに乗り込んだ時に、君の庭の大きな池に落としてしまったんだ」


 マレンカがはっと顔をあげた。


「急げ、マレンカ」




 その後、マレンカの侯爵家は取り潰しとなった。




 *


 しかし、復讐を終えても、何処かへ身を隠しているはずのティナと、ティナの父親は見つからなかった。

 事件が起きてからもう何年も経っている。

 無事でいると考える方がどうかしていた。

 全てが遅かったのだ。



 それからのリースは絶望をぶつけるように仕事に奔走した。

 ほんの少しの罪でも許せなかった。

 なんの責任もない者が損をすることが許せなかった。


 どんな些細な罪も容赦なく断罪するリースを、民は恐れるようになった。リースの率いる黒衣の部隊は「悪魔」と囁かれ、怯え、逃げられるようになった。

 リースは満足した。

 それでいい。


 罪は、罪を犯した者ではなく、赤の他人が被害を受ける。


 罪を犯す気にもならないくらい罰則を厳しくしなくては。


 誰も傷つけさせはしない。


 それはリースが導きだした正義だった。

 ティナの二の舞にはさせないと、リースは罪びとを捕らえ続けた。



*


 そんなある日。

 とある窃盗団が派手に暴れまわっていると聞いたリースは、すぐに部隊を出動させた。


 そこは地方の田舎町で、どうにもその土地の軍部だけでは捕らえられないようだった。何人もの兵士が返り討ちに遭い、怪我をしていると報告が入った。リースは即座に警備隊を配置し、窃盗団を一網打尽にした。


「大人しくしろ!」

「うるさい、離せ‼」


 優秀な部下達を前に、自分の出る幕もなかったとリースは遠巻きに彼らを眺めていた。この分なら、今夜にでも王都に戻れそうだ。

 軍部に戻るか。

 そう思っていた、矢先——


(あの娘……)


 捕らえられた窃盗団を眺めている民衆の中に、ひとり、妙な動きをしている娘を認めた。リースは気配を殺し、娘の背後につく。

 薄汚れた服を着た娘はそろりと細い腕をあげた。その先には、艶やかなリンゴの山がある。店主はいない。リースは娘が罪を犯す前に止めようとした、が、一足遅かった。

 娘の手は、しっかりとリンゴを握り、持っていたズタ袋に入れようと動いた。

 リースは苛立ち、娘の手首をひねりあげた。


「俺の目の前で盗みを働くとは、いい度胸だな——」


 そうして、振り返ったその顔を見て、驚愕する。まさか。それがティナだなんて思いもしなかったから。

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