幕間2 王子だって飲み会がしたい
かんぱい、と声が上がりグラスが上がる。
豪奢な部屋には四人の男性。
流れるような銀糸の髪に、アイスブルーの目をした眉目秀麗な青年……サミル・E・R・サン=ホームス。国王エディ三世の息子、この国の王子だ。
側にはふにゃ、と笑った魔術局長クライヴ・ラヴィリアと、精悍な顔をわずかに笑みに染めた騎士団長アイザック・エオス。
もう一人は神官長のジェイミー・パリエルだ。薄紅色の髪を後ろで一つにまとめ、草原の色の瞳を優しげに細めて微笑んでいる。
「そうかい、すごいなあ。ヘーゼルだけじゃなくて、シュラウド侯爵のご令嬢とフェイン辺境伯のご令嬢をひとりで、ねえ」
「なかなかガッツのある奴だ。騎士団に欲しいが、お前の妹は絶対手放さなかろうな」
「いやあ?今だいぶ丸くなってるから、もしかしたら貸してくれるかもしれないよ?多分……いや無理かも……」
「愛しあう二人を軽々に引き裂いてはいけませんよ?」
「それは騎士団長とメルディ公爵のご息女もだけどね」
「まっ、まだそのような」
「朴念仁が初恋すると大変ですね」
話題の内容は王妃候補の少女たちの命を救った一人の青年。
「元盗賊ってところがちょっと難しいんだよなあ……」
「元盗賊って言っても無名だし、相手は強盗団や山賊ばかりなんだろう?私としては不問にしてもいいかなと思うけどね」
「そうだな。スラムでも比較的治安の良いところの生まれで、どちらかといえば他の同業者から善良な市民を守るように仕事をしていたようだ」
「住み着いていた村は山賊の襲撃で失ったそうですが」
「山賊には本当に手を焼かされるよ。治安の悪い隣国からこそこそやってきているようでね。騎士団と辺境伯らが中心となって見回りを強化してくれてはいるんだけど……」
「どうやっているのかはわからないが見張りの間を上手くかいくぐってくる。もしかしたら転移魔法も使っている可能性があるな」
「うーん、国全体の結界を強化した方が早いかもね……」
「魔力が足りませんよ魔力が」
「あーあ、明日目が覚めたら風のマナと太陽のマナをもっと高効率で魔力エネルギー化できる術式が出来てたりしないかな……」
「奇跡のようにひらめくことを期待しているよ」
「何せ作るのはお前だからな」
「しょんなー」
泣き真似顔をするクライヴ。それを見てくすくす、と笑う神官長ジェイミー。
「ジェイミーは笑ってる場合じゃないぞ。魔獣用はお前の管轄だろう、この間割れた原因は結局何だったんだ」
「そうでした。あれもあまり遠くない原因ですね。地方のというか、辺境の教会が襲われて結界の起点となる聖なる碑が破壊されたのが原因でしょう」
「波長が違うだけなんだから神聖エネルギーと魔力エネルギーを混合できないかなぁ……」
「出来たら結界をもっと強力に出来るのかい?」
「うーん、絶対とはいえないんだよなあ……でも今より管理は楽になるはず……」
「同じなのか?どこが違うんだ?」
「短波長域を神聖エネルギー、中波長域を魔力エネルギー、長波長域を霊力エネルギーと呼んでいます」
「まったくわからん」
グラスをくるりと回してサミルが笑う。
「で、みんな。気になる女性は出来たかい?」
「おや、この機を我々の伴侶探しにも良い機会だと進めてくださったのは殿下ご本人でしょうに」
「うん。ちなみに僕はイレーヌが良いと思っているのだけど……」
「へえ……うん?イレーヌ?シュラウド侯爵の?」
「うん」
「自称アリアの親友、ってところまでしか印象にないな……」
「私もです」
「ふふふ、彼女はなかなか逸材だよ。裏から色々何かをしようというタイプの子でね……最初はなかなか空回りしがちで見てて面白い程度だったんだけどね、最近ではついにメルディ公爵の令嬢を私とくっつけるのを諦めたようでね。いやあなかなか悪くないタイミングで彼女をけしかけてくるものだったよ」
「いくら殿下でもアリアは渡せないぞ」
「ははは、盗ったりしないから警戒しないの」
「わあー犬扱い」
「護国の忠騎士、いえ忠犬ですね」
「ワンッ」
「そういう謎にノリがいいところ私好きですよ」
クライヴが塩味のついた小さなナッツをアイザックに渡す。アイザックは右手で摘み上げてそのまま口に放り込んだ。
「まあそれはね、『シナリオ通りじゃない』とか言っていたから、何か未来視の類でやっていたんだろうけどね。面白いのはその信念と行動力だよ。彼女の信念を民たちに向けさせるのは大変だろうけど、まあ、『エオス卿夫人の役にたつよ』でなんとかしていこうかな」
「なるのか」
「チョロチョロのチョロインではありませんか」
「神官長の口からチョロインとかいうひっどいスラングが出てきちゃったんだけど」
「まあそういう言語も奉仕活動中に多少ですね」
「嫌だなあそんな神官長……」
「ところでアイザックはメルディ公爵令嬢を夫人と言われてなんの否定もしていなかったね」
「……ん?ん……んん……いや……まだ何も言っていないが……その……」
「わー歯切れが悪い!お兄ちゃんも冷やかしちゃうぞー」
「ひゅーひゅー」
「若干低俗めな冷やかしはやめてくれ」
赤い顔をしたアイザックは照れ隠しでグッとワインを呷る。
「じゃあ、とりあえず飲み始める前に話していたあの案件については確定ということでいいかな」
「仕方ない。次期王妃を守ったとあらば、間違いないだろう」
「まあ、これで安心して結婚させられるよ」
「そうですね」
サミルはニコ、と笑って空いたグラスを持ち、もう片方の手で王宮付きの召使いを呼ぶ。追加のワインを頼むようだ。
「じゃあ、その件は、そういうことで」
「ああ」
「うん」
「ハイ」
「聞いているんだろう?わかったね。決して他言してはいけないよ——とくに、君の主人にはね」




