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5 少なくともメインルートからは逸れたっぽい

 それからしばらく経ったある日のこと。


「聞いて。貴方しかわかってくれる人はいないわ」

「はい聞きましょう、と聞いてくれると思ったら大間違い!ケーキと紅茶をつけてちょうだいな」

「ケーキでも紅茶でもなんでも出すわよ。私のヤケ酒ならぬヤケケーキに付き合うつもりがあると判断させてもらうけど」

「はい聞きましょう」


 イレーヌが渋い顔でずかずか近寄って来て言うことには。


「あの子。王妃になるつもりがまるでないわ」


 とのこと。


「ちょいまち。メインルートは王子ルートだよね?満遍なく好感度あげたら王子ハッピーエンドに行くよね?」

「そうだったかしら。王子ルートしか遊んでないから忘れたわ。でも、間違いなく自分の意思で騎士団長と懇意にしていると言っていいと思うの」

「あー騎士団長なのかーしょうがないなー」


 このゲーム。ルート確定までの間に、好感度が一番高いルートに入るのだ。

 で、内部データの悪役令嬢や他ライバルとの好感度を比較し、超えていればハッピーエンド。あとはいくつかの条件とともに満たしていればトゥルーエンド、だ。


「……何よその態度」

「ほら、公式サイトの人気投票」

「アリアに入れたに決まってるでしょう」

「いや、一位は騎士団長アイザックでしょ」

「……ああ、そういえば、そうね。忌々しい」

「イレーヌちゃんほんと推し以外興味ないんでゴンスね」


 そう。このゲーム公式サイト人気投票があって。

 一位は騎士団長アイザック・エオスだったのだ。まあ人気の理由はすこぶるよくわかる。

 紺色のこざっぱりしたベリーショートヘアに同じ紺色の瞳の精悍なイケメンで、騎士としてもすこぶる強く、なんか料理もめっちゃ上手……なのに、ちょっとがさつで、人間関係がちょっと不器用。「頼り甲斐のある男」と「お世話したい男」の両立がめちゃめちゃちょうどよい感じなのだ。前世の妹がアホほど推してて家にグッズが山ほどあったレベル。

 二位か。うちの兄です。


「貴方が非協力的でなければ、王子トゥルーの原作再現もいけてたはずなのよ」

「あ、ディラン。紅茶ポット空いちゃったからおかわり持ってきて」

「畏まりました」

「話聞いてるの?」

「聞いてる聞いてる。まあこれで十分『ここはシナリオじゃなくて人生』って思い知ったでしょ」

「そうね、思い知らされたわ。どこの誰の陰謀だかわからないけど、なんか私が王子のお気に入り枠に入れられてるし」

「お?王子×親友クラスタが実は?紛れ込んでたり?」

「まあどちらかというと暗君ルートや暴君ルート潰しでしょうけどね」

「あーありえる」

「皮肉に全く反応しないあたり貴方じゃないってのがわかったわ」

「わかりにくすぎるゾイ。あ、ディラン、つぎのケーキいちごのやつ」

「畏まりました」


 うーむ。ケーキうまうま。人生は楽しんでこそよね……とふと顔を上げると、イレーヌは紅茶を持ったまま怪訝な顔をしていた。


「ちょっと。今の名前付きイケモブ誰」

「言い方ひどくね?あー、うーん、従僕(フットマン)にあたるのかな?執事見習いのディラン・ブラスだよ。最近うちの家に来たの」

「ふーん……どっかで見た気がするけど……気のせいだったのかしら」

「気になりすぎるから思い出したら教えて」

「嫌よ」


 紅茶を一口。ケーキも一口。同じ作品のファン友達と語らいながら食べるケーキのなんと美味しいことか。待って突っ込み入れないで。わかってる。わかってるから。脳内変換で楽しませて。


「……そう、アリアは騎士団長を選ぶのね。アリアの人生なら応援しなくちゃ」

「丸くなったやんけ」

「私だって生きているもの。考えが変わったり、思い直したりすることもあるわ。私が願っていたのは王アリの幸せじゃなくて、アリアの幸せだったって、噛み締めてたところよ」


 適度に話すこともなくなり、ケーキもこれ以上は夕食が入らなくなるというところで解散。

 ディランを伴って帰路につく。


「はいお手伝いありがとう。変な話もしてたし、口封じも兼ねてチップ多めにあげる」

「いいすよそんなチップとか。給料だってそれなりにもらってんですから」

「いいからいいから。私が落ち着かないし」


 馬車に乗るまでの道すがら。周りに人がいないことを確認してダベる。こいつがビシッとしたらビシッとすればいいから楽でいいわー。


「お嬢様は、ってかお二人は、もしかして未来が見えるんです?」

「未来っていうより並行世界かなー。ここに似たどこかの話を前世で読んだことがあるって感じ」

「並行世界ですかい?もしここで、これをしなかったらーっちゅうやつ。それを本とかそれ的なもんで読んだと」

「うん」


 うん。もういいや言っちゃおう。

 隠す理由もなし。むしろ楽でいいわ。元悪役令嬢は楽に暮らしたい。

 うむうむ、あんまり違和感もなく、気持ち悪がったりもせずに受け入れてくれてるようで何よりだ。ドンびかれて「辞めます」って言われたらどうしようかとちょっとだけ思った。ちょっとだけだよ。


「へー……おれも居ました?」

「うん?……わかんない。アリアが主人公の話だったし。私は、ってかヘーゼルはそのライバルだったもん」

「まあお嬢様主人公って柄じゃないですもんねー。寧ろライバルとかよくできましたね?」

「あはは!ライバルだった頃の私の行末を見てしまった今の私には、多分もう無理かなー」


 うん。無理。あんな手の込んだ壮絶なイジメできる気がまるでしない。

 ああ、それでも作中のヘーゼルは強くて気高かった。私にはできない強さがあった。美しかった。高貴なものだけが持つカリスマすらあった。

 どっちの意味でも今の私にはもう無理。前世の私の性格が大きすぎる。善良な小市民やで。


「アリアをけっちょんけちょんに虐めて、バレて追い出されて。んで、なんか盗賊かなんかの奥さんになったってことを風の噂で聞く、とかそんなかんじだったのさ」

「うわー、けちょんけちょんですか。想像できねえすわ」

「ああでもなんかこの手のやつってしばしば『シナリオの強制力』とかいうやつで敷かれたレールの上に戻したがる傾向あるからなあ。なんか意味もなく追い出されて盗賊の嫁になったりするのかなー」


「じゃ、そん時はおれも盗賊に戻りますわ」


「……は」

「しなりおだか何だかのチカラで盗賊の嫁にされるってんなら、知らんやつよりおれの方が多少マシでしょ。連中、まー嫌な奴もいっぱい居ますし?おれがなんとかしますよ」

「いやその、それ、告白?」

「……はは、仮の話ですよ仮の話。すっぱり忘れてくだせえ。そういう意味わからん追放とかには絶対させませんし?」


 いやそれお前告白じゃねえか。うわっ顔熱っ。


「お嬢様。曲がり角から人が」

「まあ、わかりましたわ。扇を出してちょうだいな」

「は、ここに」


 すれ違ったのはよりにもよってリリカだった。

 目を丸くして、びびびびっと私たちを交互に見た後で、恍惚とも言ってもおかしくないレベルのニヤけ顔。扇で隠しきれない感じの。

 そしてそのすごい顔のまま「御機嫌よう、ヘーゼル。また明日」と挨拶して通り過ぎていった。

 おうもしや聞こえてたのか。彼奴なんか勘違いしたかもしれんぞ。ヤバい。


 ってな訳で翌日。

 私はマッハでリリカに会いに言った。昨日の、嫌な予感しかしない笑顔を問い詰めるためだ。


「リリカ。昨日のあのひっどい笑顔のことを教えて」

「ウヘヘ……初回プレイヤーにネタバレしない派なんです私……」

「いいからとっとと吐いて」

「でも追加ディスクやってないんですよね?」

「いいから!」

「うーん……じゃあ、質問に答える形式でよければ、さわりだけなら」


 おうお前めっちゃめちゃ渋るやんけ。よかろう質問攻めにしたらあ。覚悟しとけよ。吐いた唾のまんとけよ。


「私たちの会話、どこまで聞いてたの?」

「聞いて……?いや、会話は残念ながら、誠に残念ながら全然」

「え?じゃあ昨日ほんとになんでニンマリしてたの?仰げば(とうと)()ってレベルでしょあれもう」

「だって……その……」

「わかった。貴方の推しカプをまだ聞いてなかった。そこがわかればわかるはず」

「それはもう、いや、ええい言っちゃいます!どうせここまではCMでもありましたし!盗賊×悪役令嬢です!これはもう、追加ディスクやった人は全員そうだと言わざるを得ないですよ!神シナリオ!純愛!フィーバー!18禁!」

「ええ?!てか18禁?!ちょっと待ってマジ、追加ディスクさわりだけでいいから教えて!」

「うーん、さわりだけですよ?」


 リリカ曰く。

 リリカのいた現代では、追加ディスクとして後日談がオムニバス形式になった18禁ビジュアルノベルが販売されていたのそうだ。

 その中でもトップクラスに人気があったのが、放逐された悪役令嬢がスレた盗賊とすったもんだの末に恋に落ちる、という話とのこと。


「で、あまりにもその盗賊の子と、連れてた従僕さんがそっくりでびっくりしちゃって……」

「……そう」


 なんてことだ。

 敷かれたレールから外れたつもりが、隣のレールに乗ってたということか?


 いや。シナリオとは大幅に違うはずだ。

 だってディランはもう、うちの従僕で、私の密偵だ。もしも強制力で放逐されて、ほんとにディランと二人で生きることになっても、もうそれは私の人生の行く末だ。

 そうだ。こう、なんか、家柄のあれこれで結婚できないだけで。

 ディランが恋人だの夫だのってのはそう悪い感じは全然しない。むしろ嬉しいくらいだ。

 いやこう考えてみると意外と他の線はあまり考えられない。私は実はディランのことが思っていたよりもずっと好きだったのか?うーむ。いやいや。


「ええと、その、たしかに私の推しはヘーゼルでしたけど、今のヘーゼルにはご自分の幸せをつかんでほしいと思いますし、私はヘーゼルが何か困っていれば助けたいです」

「ああ、うん、ありがとう……」

「あっでもちなみにあの従僕さんお名前は?!」

「ディランだよ」

「そうですか!やりましたね!」


 君ね。名前を聞いた瞬間恍惚とした顔になるんじゃない。

 あと。何もやってないから。うん。さっきと言ってることまるで違うやんけ。

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