4 公爵イケジジ降臨
あれから1ヶ月ほど経った。
事件が起こっては、イレーヌに私のせいにされ、アリアやほかの人々へとアリバイや『思い込ませたお詫び』を提出して誤解を解く。
イレーヌが起こした事件もあり、偶発的に起こってしまった事件もあり。どれもなかなかみんなが信じてくれないので、イレーヌ自身も少しずつ私のせいにすること自体に対して諦めムードだ。
最近は王子ルートでヘーゼルが関わらないイベントを発生させようとアリアに助言しているらしい。
そして何かが起こるたびに嬉々として「どなたかに会いました?」と話しかけてくるリリカ。
どのカプ推しなのかはなんとなく聞けない感じだが、まあ、あまり積極的に他の人とくっつけようとしてないので王子×ヒロインは地雷じゃないんだろう。
むしろ私が……というか私だった「ヘーゼル」が推しだったんじゃないだろうか?残念だけど人生の履歴が合算なので、中身は半分以上ただのゲーオタ女だぞ。
そして私はこの一ヶ月間、毎日毎日たくさんの事を日が暮れるまで王宮で習っていた。
新しいことを学ぶことは今や私にとって喜び以外の何でもなかったが……そりゃ上記二名にやんややんやされたらくたびれますわ。うん。しょうがないよね。
そしたらもうあのスレたくたびれイケメンのマイ密偵に癒しを求めてもしょうがないよね!
なにせすっかり前世の素のほうが楽になっちゃったからね。前世の素はこんな感じなんですよーってぺろっとバラして、楽に会話してられる相手になってもらっちゃったからね。しょうがないね。うんうん。深い意味はないんだよ。
前世の話まではまだしてないんだけどね。この辺も様子を見て後々バラして行きたいけど。
「ただいまー」
「お帰りなさいませぇー」
「まー気の抜けたご挨拶。疲れた?」
「お嬢様こそお嬢様言葉が消えてますよって」
「いいのーもう。貴方の前では喋りやすい姿で喋らせてちょうだいよ。信頼の証だと思ってさ」
使用人休憩室にあるやや背の高い椅子に座り、同じく高いテーブルに突っ伏してぐったりしているマイ密偵。ちなみに生来の名はディランと言うのだそうだ。
名字は「んなのねえすわ」と言われたので、とりあえず聞かれたらブラスと名乗るよう伝えた。この辺の爵位持ちにはいない名字だからね。
「はーくったびれた……勉強は楽しいんだけどね……」
「ええーお嬢様勉強楽しいんですか?おれもう覚えること多すぎてくたびれちまって、お嬢様の役に立つためだと思わなきゃ一粍もペン動かないすわ」
「あら私の為に勉強してくれてるって?嬉しいこと言うじゃん頑張んなよ」
「まー命の恩人ですからねー、ちったあ役に立ちますって」
「ありがと。お茶とか入れれるようになった?」
「渋くてよければ今用意しまさァ」
「いやもう全然気にしませーん、あったかい飲み物ほしー」
「あいよ」
のそのそと立ち上がり、使用人用に設えられた飾り気のないシンプルなティーセットを取り出すディラン。
こっちの方が好きなんだけどな、と前にボソッと言って「お嬢様のセンスって全然貴族じゃないっすよね」って言われたこともある。前世を思い出す前は華美なものが好きだったんだよ。ほんとだよ。
「ありゃー茶葉が庶民向けしかねえすわ。取ってきますかい?」
「いいよいいよあるやつで。なんなら白湯でもいいレベル」
「流石にお嬢様に茶ァ頼まれて白湯出すほどおバカじゃないですよ」
「なるほどなー。あ、クッキーもある!一個食べていい?」
「キッチンの菓子担当から回してもらった使用人用賄いおやつですよそれ。もうちっといいモン食ってくださいよ」
「あっほんとだコリンさんが作ったみたいな味する」
「もう食ってる」
「素朴でおいしー」
「一個だけですよー、夕飯入らなくなるほど食っちゃダメですよー」
「ハイハイ。ってかディランもお茶飲もうよー、一緒に飲んでもバレないよ」
「流石にバレた時が怖いから後で飲みますわ」
いやもう何が楽ってさ。こいつ周りの気配に敏感だから、こいつがダラーッとしてる時はこっちもダラーッとしていい、ってのがすごいわかりやすいのよ。
ぱっと見周り誰もいなくても、廊下の向こうとか屋根裏とか排気口の気配を察知して、ぴしっと使用人ぶるのだ。合わせてぴしっとするとボロが出なくて大変良い。
「いやん本当にめっちゃ渋いじゃん。お砂糖ちょうだい」
「畏まりました、お嬢様」
「まあ!切り替えが早くていらっしゃるのね、ふふふ」
「お褒めに預かり恐縮です」
ほーら。ぴしっとしたぞ。1分ほどで誰か来るわ。
とおもったら見慣れたメイドがいい勢いで駆け込んできた。ちょっと前までお茶注いでくれてたソフィアさんだ。
私たちと同年代ってか確か一つ上で、どこかの伯爵の娘さんなんだそうだ。ラリマーのような色の柔らかそうな内巻きミディアムヘアーに青い瞳の、きりりとした美人のメイドさんだ。
なんでもお家がちょいと傾きつつあるので自分の食い扶持くらいは自分でとのことだそうだ。この世界じゃ伯爵家の子供が公爵や侯爵の家に出稼ぎに来ることはよくあることだけど、それでもソフィアさんはかなりしっかりしてると思う。
「こちらにおいででしたか、お嬢様。こんなところで一体何を」
「使用人をねぎらうのも雇い主の務めですもの、新入りの激励に来ていましたの。それより要件があったのでしょう?おっしゃってちょうだい」
「は。公爵様が明日いらっしゃるそうです」
「まあ。何事かしら」
ええー。あのじい様が前触れなく明日来るとか。突然すぎる。何事。
本当あのじい様ヤバい。会った回数少ないけど……いやあ、先々代魔術局長は伊達じゃない。好々爺然とした化け物だ。
それが。このタウンハウスにやってくる。ヤバ。いやじい様の家をお父様が管理してるからじい様的には自分の家なんでしょうけど。
「ディラン・ブラス。明日は勤務日ですね?貴方は新入りですが、お嬢様のお気に入りです。貴方の評価がこのタウンハウス勤め全体の評価になると思って、真心を持ってお嬢様に尽くしなさい」
「畏まりました」
「よろしい。貴方は本当にお嬢様のことを想ってくれているのがよくわかります。そして、それに比例した成長。目を見張るばかりです。こんなに飲み込みが早いなんて私も思ってもみませんでした。今後もよく頑張るように」
「ありがとうございます」
お。この場のノリで明日一緒にお出迎えしてくれるスタッフに入っちゃったらしい。
うーむ、本当は夜仕事に集中させるために昼は寝かせとくつもりだったんだけど。でもソフィアさんにもディランにも、それぞれほかの使用人さんたちとの関わりもあるし、しょうがないね。
まあええわ。こいつがしゃちほこばってたら逆に落ち着くでしょ。隙を見て好きに仮眠とってちょ。
さて、翌朝。
王妃教育はお休みの日。というか週に一度の国全体の安息日だ。前世でいう日曜日ってところか。
普段寮に詰めている魔術局長な兄クライヴ・ラヴィリアも帰ってきている。うーむ、この、金髪金眼の巻き毛のゆるふわお兄さんって感じ。
しかしこのゆるふわ、よくある実は腹黒とかではなく、ヘタレ枠なのだ。年上ヘタレ×年下しっかり者に惹かれる層は少なくないよね。わかりみ。
今日は現局長としてでなく孫として会うつもりらしく、局員の正装じゃない普通のおしゃれをしてもふもふ朝食を食べている。まあ金刺繍で縁取りされたシンプルながらもかっちょいい感じのコートとジレとブーツですよね。色は赤系だ。金と赤は不思議とよく会う。
ちなみにこの服装、ほかのアイラブシステム作品でもよく見かける「中世と近世のいいとこ取りカッコいいファッション」なんだよな。
女性のドレスや平民ファッションも、中世とも近世とも言い難い何かって感じ。まあファンタジーだし異世界だしこんなもんだ。ファンタジーだし。異世界だし。大事なことなので二回ずつ言うけど。
まあ、そんな感じで、私たち家族もそれなりな身支度で家長であるお爺様を迎える準備をしている。
私もちょっといいドレスを着ておめかしだ。服飾担当のメイドさんたちもめちゃめちゃ張り切って選んでくれていた。翠緑のドレスに金のネックレス。いやん私超かわいい。
もちろん使用人さんたちも大変うれしそうに張り切って、めっちゃぴしっとした服装をしている。
お爺様と初対面なディランも朝からいつもよりかっちりとしたファッションとヘアスタイルをさせられている。いやこいつのオールバック面白いぞ。妙に似合っているのが逆にツボだ。
朝食を食べ終わって、少しばかり経った頃。
玄関でなく納戸の方からガタッと音がした……と思ったら、いかにもたっぷりとした真っ白な口髭をふんわりと蓄えた、私と同じエメラルドの瞳に白髪というよりプラチナブロンドって感じのふんわりオールバックのイケジジ……ラヴィリア公ことカール・ラヴィリアがにぱにぱ笑って現れた。すげえぞ馬車ですらねえ。魔術発動の気配すらなく現れたぞ。
んで、おもむろにうちの親父殿……じゃなくてお父様こと金髪翠色目のイケオジ、トビアス・ラヴィリアと喜びを表現するかのように挨拶のハグをし始めた。うーん外国の挨拶って感じするね。
ていうか今気づいたけどお父様は公爵位ついでなくてまだ子爵だから、私、よく考えたらもしかして子爵令嬢よね……完全に公爵家の令嬢としていつも公爵令嬢って言ってもらえてるけどね……。
お父様の隣には、それを見て微笑むお母様のペネロペ・ラヴィリアもいる。
お母様も金髪にふんわりシニヨンなんだけど、お母様が金の瞳のちょいツリ目なんだよね。キツネみたいな見た目に仔ギツネみたいなおちゃめさがあって「キツそうでキツくないめっちゃかわいい貴婦人」って感じになってる。私もゆくゆくはこんな感じがいいよ。
「我が息子よ、娘よ、孫たちよ!元気しておったかね」
「まったく父上はいつも突然来るんだから……しかも馬車じゃなくて転移魔法で来るとはね。言ってくれたらもっと納戸を綺麗にしておいたよ」
「いやいやトビアスや!十分綺麗だったとも!タウンハウスの使用人達も十分頑張っておるようじゃないか……おお、ペネロペさんも元気そうで何よりだ!頑張ってくれているそうじゃないか」
「まあ、ありがとうございます!うふふ、お義父さまのおかげですわ」
「いやはやありがとう。うんうん。クライヴ、仕事に励んでおるかね。研究は捗っておるかね」
「ありがとうございます。お爺様が素晴らしいものをたくさん残してくださったお陰です」
「うんうん。よいよい。ヘーゼル、元気しておったかね」
来た。
すっ、とスカートつまんで腰膝曲げてカーテシーをキメる。ここまではええ感じ。
「おかげさまで。お爺様もお元気そうでなによりですわ」
「うむ。よいよい。何よりだとも。昼は王宮のランチに呼ばれておるのでな、ディナーを皆で共にしようじゃないか」
「是非とも」
「楽しみですわ」
よっし!何事もなく挨拶クリア!というよりも別に今までもご迷惑をおかけしていた、というわけでもないらしく、なんなら孫として可愛がられていたっぽい雰囲気だ。
ヒエェ……とりあえず挨拶段階でボロが出なくてよかった……!
ディランのもだけど、むしろ私のだよ。前世を思い出して中身が半分くらい他人ってだいぶ怪しいし。
しかも相手はこの国一番の魔術師にして、世界にたった一人の大賢者だからね。違う世界のことも見えるっていう噂もあるし。
さて。その後のじい様曰く。本題は明日の王宮での大事な仕事で、その懇親会的なものとしての今日の王宮のランチに呼ばれてやって来たとのこと。んで、その前に挨拶のために立ち寄ったのだそうだ。
なんだあ。気が抜けたわ。ビビった。抜き打ちテストとかじゃなくてよかった。
夕食は久々に家長に食事を食べてもらえると知ったタウンハウス付きのヘッドシェフやキッチンメイドたちがやたら張り切ったのか、いつもより豪華で美味しかったです。