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3 よい情報はよい密偵から

 それはある日の夜だった。


「まあ、よくぞここまでいらっしゃいましたわね」

「……」

「確かにここは我が家の金庫部屋ですわ。たまたま私が衛兵を連れて通りかかっていなかったら、貴方はまんまとここの部屋にある私の持つ中でも特に高級なネックレスやイヤリング、そしていくばくかの現金を持ち帰っていたでしょうね」


 ぎゅう、とふんじばられた哀れなイケメン。適度なウェーブのせいでもっさりとした鳶色の髪。前髪の隙間から覗く榛色の瞳。世慣れたようなスレたイケメンフェイス。

 そして、おお、見よこのボロくさい格好を。すごい。本物の盗賊だ。

 すごい。欲しさある。ほらこういうなんかふんわりファンタジーお貴族ワールドでは密偵を雇ったりしてるでしょ。私もちょっと、そういう召使い欲しい。

 ほらその昔なんかで見たんだよ。いいお城に忍び込んだ盗賊を偉い人が「ここのセキュリティは万全だ。そこをかいくぐってここまでくるとは。とても素晴らしい」って言ってそのまま雇っちゃうやつ。あれやりたい。

 やろう。いいね。即断即決だ。なんてったって私の人生だからな!


「えーえー、知ってますとも。どーせ何にもとってなくても、住居侵入の罪でしょっぴかれてなんかキッツイ罰を受けるんでしょ」

「いいえ。私、貴方が気に入りましたわ。我が家で働く気はありませんこと?住み込みで働いてくだされば美味しいご飯とほかほかお風呂とあったかい布団、その他たくさんの福利厚生がついてきますわよ」

「なっ……そ、そりゃあ……ありがてえ話ですが……」

「お、お嬢様」

「流石にそれは」

「但し。私のために影に日向に働いていただきますわ。安穏の衣食住のために、今までの人生を捨て、私のもとで働いてくださるかしら?」


 衛兵たちは、あちゃあ、とも、うわあ、ともつかない顔でがっかりしている。知ったことか私はこのスレ系イケメン密偵をうまく転がして世渡りするんじゃ。

 うまく政治経済世界情勢の情報が自分に舞い込んできたところをイメージするだけで顔が緩む。うへへ。


「……まあその、こんな俺でよければ」


 ヨッシャアッ!密偵ゲットだぜ!

 すごいぞ。自分専属の密偵とか、嬉しい誤算だ。これでかなり有利に今後の人生を立ち回ることができそうだ。

 ついでに執事教育も施して昼は執事夜は密偵……ああ!なんか絶対そうはならないと思いつつ何もかもうまくいきそうなテンションまで来ている!

 これは!もう!十分このふんわりファンタジーお貴族ワールド空気をめちゃくちゃ楽しんだといってもいいのでは?!


「とてもよい即決で、素晴らしいですわ。そうと決まれば早速寝室の手配を。アジトかどこかに何か貴重な荷物やご家族などはおありかしら?」

「いんや。天涯孤独でね。荷物もこんだけですわ」

「そう。ならばすぐに今日からここにお泊りなさい。明日からは今日盗もうとした分以上の日当を差し上げますわ。夕食がまだなら不寝番用の夜食を分けてもらうように。ああ!憧れのマイ密偵!決して逃しはしませんわよ!」


 もうテンションフィーバーマックスヤッターだ。すごいぞ。しばらくこれで元気でいられそうだ。


「お嬢様はここんところ最近何かおかしいんだ」

「見張りをかねて、にはなっちまうがな、困ったら俺たち家付きの使用人が頼りになってやるから。いつでも相談しろよ」

「あ、お、おう……」

「ちょっと。聞こえてましてよ」


 さて翌日。

 取り巻き枠のモブあたりでなんか見たことある見た目の伯爵令嬢にとある部屋の片隅で話しかけられた。

 確か、リリカ・フェインだったかな。フェイン辺境伯のとこのお嬢様で、ブルネットのロングヘアをふんわりと後ろでアップスタイルにした、優しい栗色の瞳の少女。

 作中ではありふれたモブだったけど、こうして近くで見るとなかなかに美少女だ。


「ごきげんよう、ヘーゼル嬢」

「まあそんな他人行儀に。私のことはヘーゼルと呼んでくださって構いませんわ。私もリリカとお呼びしてもよろしいかしら」

「ありがとうございます。では、ヘーゼル……実はその……聞きたいことがあって……」

「まあ。何かしら?」


 手をす、と組み替えて少し遠くを見つめるリリカ。

 何か、とても言いにくそうだ。嫌な予感しかしない。


「では、その……ヘーゼル……追加ディスクは遊びましたか?」

「……は?」

「ああっ、おかしなことを言って申し訳ありません、お忘れください!では!」


 ええっ追加ディスク?!見たことも聞いたこともねえ!宝蘭堂のニュースは毎日ツブヤイターとユアーズチューブ、フェイスファイルまで駆使して隅々までチェックしてたけど、そんな話ひとっこともなかったぞ!

 いや大丈夫この子の言動自体はおかしくない!いやおかしいけどまず逃げるな!ちょっと待て!


「お待ちくださいまし!追加ディスク?この、その……この世界のってか、作品の?」

「ああっやっぱり!なんか急に態度変わったから変だと思いました!あのあの、すみません大事なことだけ簡潔に。誰推しですか!」

「今は誰も推してないよ!ていうか貴族の娘に生まれたからにはお家のために嫁ぐのがなんかそういうアレだよ!」

「ああっ砕けた口調!完全に転生者!そ、その、いえ!そうですよね今は自分の人生ですものね、私、モブとはいえこの世界に生まれて、昨日気付いて、嬉しくて、舞い上がって、とても、と、と……とても失礼なことを……!!」

「いやいや気にせんで」

「あ、ちなみに以前はどなたを?!」

「サウンド担当の羽賀さんと蔵庭さんがもう神で神で」

「ああっなるほど!たしかにそこは!神です!」

「ですやろ!」


 すごいテンションの百面相だ。スーパーハイテンションマックスのところからズドンと落ちて、真っ青に、そしてシャキッと立ち直る。元気だなあ。


 しかし追加ディスクか。

 実はこの作品、たしかにとりあえず基本の全ルート一周ずつして、二周目に入って……ってところで記憶が途切れてるのだ。ううむ、追加ディスクの情報はまだ出る前だったろうか。

 そうか追加ディスクか。

 ううむ、やった勢にとっては多分神ゲーだったことだろう。ここまで熱意を持って他のかつてのプレイヤーに話しかけるのだからおそらくそうに違いない。うんうん。


「そうですか、追加ディスクを……やってない……」

「死んだ後に出たのかなー」

「キャラの推しがまだいない……」

「うん……うん?」

「運命力?強制力……?」

「ちょっと、独り言で話進めないの」


 リリカは首を傾げながらくるくる歩き出す。歩きながら考えるとか誰ストテレスだ。いやわかる。歩きながら考えると閃くことはある。でも人の目の前で突然始めたらびっくりするでしょ。

 んで、何か閃いたのか、ばっとこっちを向いて、そして極めて深刻そうな顔で告げた。


「あの、出会っただけで、テンションおかしくなるくらい大好きな人ができたら、ぜひ教えてください」

「ええ?……はあ……うん……」


 追加ディスクとやらにそんな私の新たな運命的なものがあるんだろうか。そんなまさか。そーんなまさかぁ。


 会っただけでテンションおかしくなる人はいたな。大好きかと言われるとまあ、重要な部下ではある。うん。

 でもこれは関係ないぞ。密偵となるとまた別でしょう。うん。……うん。多分。

 いやでもそうだとしても相手がマイ密偵とか教えられませんよ。密偵だよ。教えてどうするよ。危ないよ。

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