2 いい感じに無事に逸れてると思いたい
「ヘーゼル……私の本を破いたってほんとう?」
「本?」
「その、イレーヌが、ヘーゼルがやったに違いないって……」
「まあ!なんてこと、おいたわしい……そうね、これをしたのは、私ではありませんわ。でも、疑わせてしまうような行動を今までしてしまったお詫びに、と言ってはなんですけど……新しいものが届くまで、私のものでよければ一緒に読みましょう?」
「ほんと?!ありがとう!」
も、もしやあのガチ勢本当にスーパーなすりつけタイムをやらかしおったのか?!
おまえやったのがガチ勢自身だとバレたらどうするんだ!
いや私が完全にあのガチ勢がやったと決め込んでるだけで、実は違うかも知れないけど。うんうん。なんでも決めてかかるのはよくないよ。
「あっ……」
おっと。件のガチ勢イレーヌの登場。なんともうろたえた顔をしている。
申し訳ないが、保身に走った私がきっぱり否定してそのまま話の流れで本を貸してしまったぞ。
「イレーヌ!ヘーゼルじゃなかったよ!えへへ、よかったあ……昨日、友達になるって言ったばっかりだもんね。すぐにこんなことしたりしないよね」
「……貴方、アリアを騙してどうするつもり?」
「えっ?」
「貴方がやったんでしょう?アリアを騙して、自分の手駒にして、次はどうするつもり?」
「え?え?」
「……何をおっしゃっているのか、よくわかりませんわ」
私がそう言うと、イレーヌがとんでもない迫力でギロリと睨む。いやあ美人の怖い顔は迫力がすごいね。
「アリア。騙されてはいけないわ。この女はそういうことをする女よ。よくわかっているでしょう」
「イレーヌ?どうしたの?なんか変だよ?」
「わかって!貴方のためなのよ!」
「だって、昨日のヘーゼルはこんなことしそうなヘーゼルじゃなかったよ」
必死そうなイレーヌとは対照的に、ほぼ無表情……ほんの少しだけ、懐疑的な顔をしたアリアは言った。
「何を、言ってるの?」
「だって、昨日のヘーゼルは、その……なんか、公爵様とかお兄さんとかの誰かに怒られた後なのか、それともなんかあのまま意地悪お姉さんになっちゃった後を考えたのか、よくわかんないけど、とにかく、こんな事をしたりはしなそうだったよ」
にこ、とアリアが私に笑いかける。イレーヌはまあ随分と絶望した顔だ。推しが私の思い通りに動かない、的なそんな表情だ。残念ながらここは二次創作じゃないぜ。
「どうして……?知ってるでしょう?一昨日までのこの女を。ここまでのことをやらかしかねない女だったでしょう……?」
「でも、昨日のヘーゼルは違ったよ」
「どうして信じてくれないの?!私たち親友でしょう?!」
「……し、親友?いつのまに?私たち、ええっと、ヘーゼルもだけど、その……先週会ったばっかり、だよね?」
そう、親友イベントは実は終盤のイベントだ。
数多の苦難に共に立ち向かってくれたイレーヌに、アリアが感謝の意を述べて。そこでイレーヌが、「大丈夫。私たち親友でしょう」って言う。
なので、物語最序盤のこのタイミングでは、まだイレーヌとアリアは友達になったばかりなのだ。
一週間。親友と呼び合うには、アリアにはちょっと短く感じたのだろう。まあ友情は期間じゃないけど……うむむ。
「えっ?……あっ!そ、そんな、まって違うの、」
「ねえ、イレーヌ——私は、私が見たものしか信じないんだ」
おおっと決めゼリフだ。「私は、私が見たものしか信じない」。マジで言うんだ。すげえ。生で聞いちゃった。ごめんねぇなんだかんだでミーハーで。
これのおかげで原作のヘーゼルも実はしばらく見逃されてたんだよね。まあそのせいで何度も罪を重ねちゃうんだけど。
「……そう、そうだったわ。じゃあ、本を借りに行きましょう。殿下が持っているわ」
「あ!それならヘーゼルが貸してくれるから大丈夫だよ」
「何ですって?」
「ええその、話の流れで」
顔をさらに絶望に染める、射干玉の美少女。
小声で私に話しかける。
「信じられない……!貴方、見たくないの?!」
「申し訳ありませんが貴方とは状況が違いますの。流石に、今後の人生を天秤にかけるほどの情熱はなくてよ」
「人生ですって?」
「ねえ、その……何の話?」
「……アリア……」
「……せいぜい勝手に足掻けばいいわ」
親友宣言イベントのタイミングすら忘れていた自称親友。
自分が推してるアリア自身に、どことなく悲しい顔で見られてたのにくらいは、気づいた方が良かったかもしれない。