10 私の人生、なかなかいいじゃん
その後。
私たちは無事に18歳になり、イレーヌとサミル王子の結婚式に参列。
それを見届けて安心したかのように国王陛下の容体は急速に悪くなり、その翌年には崩御されてサミル王子が即位。
新たに王に即位された、サミル王子……じゃなかった国王サミル五世陛下は「父王を失った悲しみは深い、皆が共に悲しんでくれることに後ろ暗い喜びすら感じるほどに。だが私はあえて、父王が望んだこれを発布しよう。大喪の儀を慣例よりも半月早め、国民が喪に服す期間を短くすることで国の経済を保つ。これが私の王としての最初の仕事になる」と。
イレーヌは思ったよりもキリキリ働いていた。
案の定「私が頑張れば推しの暮らしが良くなるでしょ」なんて言ったりしてたけど、その言葉の通りに外交、内政、はては慰問まであちこちに飛び回っては「射干玉の王妃」やら「国民に安眠の夜をもたらす黒耀の王妃」やらなんやらかんやら言われていた。
また、イレーヌの推しへの熱意により、断絶していた隣国との国交も回復。
隣国からの山賊の打倒や戦争に備えて軍備を整えることに奔走していた騎士団長アイザック・エオス卿も、なんと最近では毎日夕方に帰宅し、妻の……元のシナリオ主人公のアリアと大変親しく暮らしているらしい。
アリアとは、というか我々当時の王妃候補たち、特に私たち4人は、嬉しいことに今でも交流が続いており、王妃となったイレーヌが招く形を主としてしばしばお茶会などをしている。
最近では「騎士団長の妻なんだから、もしもの時は私も戦うよ」と言って剣術を学んでいるらしく、王妃教育の時に学んだ魔法と組み合わせて立派な魔法剣士になったとか。そんな彼女の勇気や決意、優しさを慕って性別問わず若い騎士希望者も増えているそうだ。
あと、アリアが最近お茶会の時に「王妃陛下……ううん、イレーヌ。その……あの時はすごくいきなりでびっくりしたけど……今からでも私、親友になれるかな?」って言い出してイレーヌが号泣したりしていた。
親友イベントパスだったもんね……よかったね……と私たちもなんかウルウルきてたら「ヘーゼルもリリカも親友って言ってもいい?」って言い出して私たちも号泣。これはたしかに無限に推せそうと思ったりもした。
リリカは結婚後も安定して私たち夫婦の話を尊がっている。ブレないなー。
こんなノリと勢いの子がいったい何の部分で神官長と意気投合したのか。気になりすぎたので本人に聴くと、「ほらその、私魔術と法術の相似する点に興味があって、その件でちょっと盛り上がったんですよ」とのこと。
おまえまたはぐらかしてないか?ほんとか?大丈夫か?と思ってはいるが、彼女自身神聖エネルギーの使い方にも長けてきているのでたぶんほんとなんだろうなと思うことにした。信じたからな。信じてるからな。
ちなみにしれっと結婚してたし原作中でもしれっと主人公を結婚させることができたけど、ジェイミー・パリエル神官長は結婚できるんだな。って思ったりしたところで、自分もまだまだ前世の感覚が残ってるなあって思ったり。
ああ、あと、最近ではソフィアも、夫同士の仕事の関係で親しくなったらしいリリカから誘う形で、お茶会に参加してくれるようになった。
ついつい立ち上がってティーポットに手を出そうとしては周りのメイドさんたちに「あああ座ってらしてください奥方様!もうソフィア様はメイド職を辞されたでしょう」と止められている。
ちなみに私も最近までソフィアさんと呼んでいたのだが……
「私もメイドとしてではなく、クライヴの妻としてお嬢様のお隣に立てるようになりました。私のことはソフィアと、家族として呼んでくださるととても嬉しいです」とのことで、家族としてだったらお義姉さまでは?と思ったけど、まあ本人たっての要望とのことでこう呼んでいる。
いやーソフィアってばこんなに美人なのにかわいいがすごい。推せる。……って話をしたら、夫の話をちょくちょくしているリリカには「推し変ですか?」と泣きそうな顔をされ、「アリア推せる」と既にぼやいていたイレーヌには「推し変かしら?」と呪わしげな顔をされた。ごめんて。
そう。あのクライヴ兄様は何をするために独立したかっていうと、なんと魔術と法術と霊術を研究する大学の設立をしてしまった。なんでもずっとこそこそ進めていたらしい。まったく、そんな面白いことをしていたなら噛ませてくれればいいのに。
んで設立に尽力してくださったという現国王陛下から「名誉ある学長に与えられる名を新たに授けよう」と言われ、クライヴ・R・アルカデミー名誉学長……って名前と敬称になったりしている。
魔術局の傘下組織としての大学校なのでお兄様主導ではあるのだが、法術との兼ね合いも研究とのことでジェイミー・パリエル神官長の共同で作ったものらしい。
ちなみに私も知りたいことができたら勉強に行ったりしてる。
いやもうここめっちゃ楽しい。
なにせ国内中のほぼ全ての本がある図書館。さまざまな魔術法術霊術を取り扱う実験室。日々侃々諤々の議論を繰り広げる各科の研究室。真摯に学びに打ち込む講義室。広々とした作りの大食堂。出来たばかりなのにオバケが住み着いた霊術科の給湯室。
楽しすぎる。楽しすぎて無限にいられる気がするが、そんなことばかりはしていられない。
私も隠居したカールお爺様の跡を継いで公爵になったトビアスお父様の手伝いをして、次期公爵として必要な知識や経験を積んでいる。
もちろん基礎的なところはバッチリ抑えてあるけれど、やっぱり実際に見たりやったりしてみると結構違うものだ。
例えばうちの公爵家の領地ではメイガスベリーという、体内の魔力源生成を助ける栄養素を豊富に含む甘酸っぱい果物が小麦以外での主な農産物なのだ。これが領民のサラダやデザートになったり、ジャムにしたりしてあちこちに出荷したりしている。
これの流通経路や流通量、農閑期などは、お父様の手伝いをし始めてからなんとかやっと読み解けるようになってきた。
ちなみにお爺様がなんで隠居したかっていうと。
先王ご崩御の時に見たこともないしんなりしょんぼりした顔で「親友のサミル四世がしこたま可愛がってて、私自身ももう一人の息子レベルでしこたま可愛がってたハーバート二世陛下が若くしてなくなってしもうたのに、殉死も禁じられててできんからせめて隠居するわ。もう私は親友とその子供二人に置いていかれて、つらい」って感じで殉死の代わりの隠居を宣言したのだ。
まあ、数ヶ月もしないうちに「よーし!わしあの子の分まで元気に楽しく生きる!」ってスパッと切り替えて大学行って特別講師になってたけどね!あのイケジジのバイタリティは無限なのでは。200歳まで生きても驚かないぞ。ぽっくり逝かれた方が逆に驚くレベル。
「あ、ヘーゼル」
さて。
「ここにいたんすか」
実はさっきもちょっと述べたけど、
「お義父さまが探してましたぜ」
私、結婚しました。
ええと、結構紆余曲折があったというか。
簡単に言っちゃうと。
その、めっちゃ頑張る羽目にはなるけど、公爵家に婿に来るわけだし、伯爵位になるまで頑張ろうぜってやってて。
色々本人も公爵家もみんなでなんやかや頑張って、うちの公爵家の経営を手伝ってもらうがてら勉強させて、それなりに成果が出てきてそろそろ伯爵位もらえるって話が出た頃のタイミングで先王のご崩御。
お爺様が御隠居を宣言されて、喪が明けてからお父様が先に公爵に。この手続きが意外と時間がかかったりして。
やっとディランが伯爵位を得たぞってところで今度はお兄様の大学の完成式典。
んで、そのあとで改めて、公爵令嬢ヘーゼル・ラヴィリアと新進気鋭の伯爵ディラン・ブラスの結婚……という形になった。
「さらっと呼び捨てするんだから」
「そりゃあ、まあ。ムコってか、伴侶ですし?」
結婚してからもディランはよく学びよく働いてくれる。
個人的には頑張りすぎて体を壊して欲しくないとは思うけど、この間それを言ったら「まあこら随分と大きなブーメラン投げたもんですわ。今日は早く寝ますからね、夜遅くまで書類とにらめっこしちゃあダメですよ」って言われたりして。
「ブラス伯ディラン・B・ラヴィリア様だもんね」
「まあ、ええ、はい、おかげさんで」
友達みんなに祝ってもらって結婚して。
お婿さんは優しくて、働き者で、たまにユルくて癒されて。
「死ぬまで名乗り続けなさいよ」
「そりゃ喜んで」
うん。私の人生、なかなかいいじゃん。
本編完結です。ご覧いただきましてありがとうございました。
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