9 私を晩餐会に連れてって
夕方。
タウンハウスの一室。
「お嬢様」
「私は怒ってます」
「すんません」
「着替えの支度するためにソフィアが来るからそれまでの間に弁明して」
「……叙爵が終わったらプロポーズしたくて、詳細も含めて黙ってました」
「そう」
「……」
「……」
「……」
「……して。早く」
「おれの命は貴女に救われました。貴女にふさわしい身分になって必ず戻ってきます。そしたら、おれと結婚してください」
「……戻ってくるんでしょうね」
「もちろん」
「ちやほやされるよ。私より綺麗なおネーちゃんがいっぱいいるよ」
「ヘーゼルお嬢様より可愛い人なんかいるもんですかい」
「いるよ。いっぱいいる。よそ見しないで戻ってこれる?」
「もちのロンですよ」
「……ああ、前に泣くでしょうねって言ったでしょ。あれ、もしかしてこの事だったの?」
「まあ、はい。お嬢様に特別に目をかけていただいているのには、気づいてたんで」
「……しょうがない奴。プロポーズのことだなんて思わないじゃん」
「なんだと思ったんです?」
「処刑」
「おおっと、おれこう見えてどっちかというと義賊よりですよ?」
「私の家に忍び込んだのに?」
「ま、そりゃ違いねえですわ」
「……ふふ」
「お嬢様笑うとフニャってなって可愛いですよね」
「き、急に口説かないの。照れるじゃん」
「はは、そりゃあすんません」
「……ところで今後の仕事はどういう風になるの?」
「ああ、なんかカール公爵かクライヴ卿を通して追って沙汰を言い渡すって言ってましたけどどうなんでしょう」
「おまたせ!お兄ちゃんがやってきたよー」
空気を読まずにドアを陽気にガバッと開けて、ゆるふわお兄様が現れる。テンションフルスロットルだ。花が見えるわ花が。
「お爺様と話してね、このタウンハウスをディランのってかブラス男爵の管理下にして、色々と公爵家の仕事を手伝わせるってことになったよ。んで領地経営の仕事とかちょっとずつ覚えていって……ええっと、えへへ!僕独立するんだ」
「は、急になんの告白ですの」
「だから、婿にして、お爺様の跡を継ぐお父様の跡を継いで、ラヴィリア女公爵の配偶者として頑張ってっていう意味」
「はあ?!」
「あ!ソフィちゃんは連れてくから!」
「ええ?!もう、順番に説明してくださいまし!」
「夜ね!夜!あ!ソフィちゃん来た!愛しのソフィちゃん!」
「お嬢様、お着替えのお時間です。イブニングドレスをお持ちいたしました。ほらほら淑女のお着替えですよ。お二人は出てってくださいな」
「えへへ、こういうキリッとしたところかっこいいよね……」
「では、お嬢様。また後で」
「……はい」
……昼に言ってた結婚ってそういう!そういう、その、私とディランの結婚か!
な、なんで……いやうれしいけど!なんかこう、腑に落ちない……私の人生だと思ってたのに……手のひらの上で転がされている感が強い……!
いや!これはトントン拍子と言うべき……言うべき?
さて、晩餐会。
本当は私は兄様にエスコートされる予定だったが、清い交際をしているとかいうベナリー伯爵の御令嬢をエスコートするとかなんとかで不在。
ってベナリーってソフィアさんの苗字じゃん……と思ったけど、よく考えたら今回の王妃選びは、王子以外のこの国の若手トップたちの伴侶探しも兼ねてたんだったわ。そんな作品だったね。
「お嬢様、お手を」
「はあ……まさか爵位を得たディランにエスコートされてパーティーにいく日が来ようとは思わんかった……」
「ははは。いやあおれもてっきり離れ離れだと思ってたんで『戻ってきたら』なんてプロポーズしちゃいましたよ」
「あ、『しちゃいました』って言った。私の口調だ」
「まあ、もう完全にうつっちまってますよね」
「そのなんとも言えない口調も結構好きだよ?」
「お嬢様の前で気ィ抜きたい時だけにしますわ」
「今までもそうじゃん」
「そうでした」
——新しい男爵と共に現れた私は、まあ予想通りとても注目を受けた。
人々の間では「もしやラヴィリア公爵の孫娘の夫にするために爵位を与えたのでは?」なんていうなんとも核心をついた噂も流れたようだ。
が、救われた令嬢の中に王子の婚約者となるイレーヌが居たということで「王子は婚約者にたいそうご執心らしい」という噂の方が強く流れてたのであんまり気にしないことにした。
そのイレーヌだが。なんか見たこともない、よく熟れたトマトみたいな顔して王子にエスコートされてきた。
曰く。
「すごかった」
「こんな、こんな人だったのね……」
「ええ……」
「むしろアリアをこの人に渡さなくて正解だったかもしれないわ……」
と。あの後だいぶ熱烈にあらためてのプロポーズをされたらしい。
アリアは無事、と言うべきなのかなんというかわからないけど、騎士団長アイザックとともに連れ立って歩いてきた。まあ大変に幸せそうな顔をしている。スチルよりも可愛いなと思うのは友達としての欲目……かな……?
むしろ騎士団長の方がガッチガチに緊張してるぞ。あのスチルアリア目線だったんだな。あれ「ちょっと照れたような顔」って感じだったし。こう、第三者から見ると、その、なんかちょっと……面白いぞ。
リリカはちゃっかり神官長ジェイミーと共に歩いてきた。なんでも、なんか、その……よくわからないがうまくいっていたらしい。
「ちょっと意気投合しまして」
「そうなんですよ」
うーん。全くわからん。丸め込まれた感が強い。
んで。
私をほっぽり出した兄様はベナリー伯爵令嬢を……ソフィアさんを伴って現れた。知ってた速報だね。
「わあ!素敵な人!ヘーゼルのお友達?」
「ベナリー伯爵のご令嬢のソフィアですわ。普段はうちで勤めておりますの」
「初めまして、メルディ公爵令嬢アリア様。ヘーゼルお嬢様のお屋敷でメイドとして勤めさせていただいておりますソフィア・ベナリーです」
「僕のお嫁さんになる人だよ!」
「お兄様は黙っててくださいまし」
「いもうとがつめたい!」
「いつもの扱いでいらっしゃいますでしょう」
「およめさんもつめたい!」
晩餐会は滞りなく進み。
その後に計画されていた舞踏会も滞りなく。
この世界で最も楽しかった思い出になるであろう時間は、華々しく過ぎていった。