8 たしかにルートを逸れたのは私ですが
そしてやってきた安息日の前日。例の叙爵と、婚約者決定の式典の日だ。
ディランは呼んでも来ない。朝からだ。前まで主に面倒見てくれていたソフィアさんが代わりにやってきて朝食を出してくれたりした。
「ディランはどうしたんですの?」
「王宮からの呼び出しを受けたと言っておりました」
ええ……もしかしてなんか、ウチに来る前のなんかそういうアレコレが出てきた奴……?!なんで今日……!
面倒なことになっちゃったな……。この間兄様が友達と呑むっていったからこっそりついていかせたところからバレたんだろうなあ。叙爵の件も知っちゃってるし……。
って、ヤバくない?式典行ってる場合ちゃうでこれ。
「申し訳ございません。私、急用ができましたのでこの辺で失礼いたしますわ」
「お嬢様。本日の式典より大事な用などお嬢様にはございません。何があっても必ず来させるように、と公爵様からもトビアス様からもクライヴ様からも仰せつかっております」
「ええ!ちょっと!」
うっそでしょ。
私のいない間に、ディランがこっそり事故に見せかけて処刑されたりなんかしたらどうすんのよ。
しょうがない。ソフィアさんは仕事してるだけなんだ。式典の途中で上手いこと抜け出すしかない。
私は逸る気持ちを抑えて、馬車に乗って王宮へと向かった。
王宮のホールには沢山の人が詰めかけていた。
アリアやイレーヌ、リリカ、他の王妃候補らも家族と一緒に参列している。
「ごきげんよう!今日が発表の日だね!」
「え、ええ。緊張しますわね」
「まあ、私もしかしたらあなたがお嬢様言葉で喋るの久し振りに聞いた気がするわ」
「私もです」
「酷くありませんこと?」
挨拶も軽口もそこそこにして、ディランを探すためにその場を去る。
こそっと、リリカが「ああっ、やっぱり」って言ってるのが聞こえた。
なんか気付いていたらしい。つらい。
厳かに式典が始まる。
ご病気の国王陛下の代わりに登壇する王子。皆が壇上に注目した。
もう待てない。行かなきゃ。今しかチャンスがない。
彼だけは、ディランだけは、絶対に手放すものか——
「ディラン・ブラス。前へ」
ん?
「貴方は先日の結界崩落事件において、勇敢に魔獣と戦い、王妃候補たちを守り抜いた。私からも、是非とも礼の言葉を述べたい。ありがとう」
ええ?
「そして、その勇気と栄誉をもって貴方をここに讃え、貴方に男爵位を授与するものとする」
ちょっと。
「ありがとうございます。これより、国のために誠心誠意努めさせていただきます」
そういう。そういうそれなの?
だから黙ってたの?!あいつ!この!
うわっなんか水で前が見えないし鼻が熱い!なんだこれ私泣いてる?!
「いた!心配で追いかけてきたけど、よかったよ。なんだか心ここに在らずだったから……」
「……お兄様」
「わあ凄い顔。化粧崩れちゃうよ。いやあ爵位持たせられてよかった!これでなんとかお前を結婚させられるよー」
「ば、馬鹿!なんでこんな大事なこと皆で黙っていらしたの!ってか結婚?!なんの話ですの?!」
「だって叙爵とかお前に言ったらなんか反対しそうだったし……」
「しません!それより、私、てっきり、処刑かと」
「ええ?!しないよ!ていうかそれならちゃんと順を追ってするでしょ!」
「事故に見せかけるおつもりかと思いましたの!もう!お兄様のお馬鹿!」
「ええ?!僕が悪いの?!」
緊張の糸がほつれてズベズベ情けなく泣く。なんでみんなそんな隠してたんだ。酷くないか。
「困ったなあ。二人ともちゃんとそれとなく察せそうな説明しなかったのか。ソフィちゃんもディランくんも隠しかたが下手だなあ……いやヘーゼルも鈍いけど……」
「ちょっと。聞こえてますわよ。……え、ソフィちゃん?」
「あ、それよりももう一つの式典始まるよ。ええと、聞いてると思うけどヘーゼルじゃないからね」
「知ってます。うう……変な勘違いで意味不明の恥をかきましたわ……」
「大丈夫みんなからは感涙でむせび泣いてるように見えてるから」
「……それもありますので、そういうことにしておきますわ」
王太子の婚約者決定の式典は滞りなく進んでいった。
イレーヌが登壇し、書面に署名、宣誓。
この国の成人は男女ともに18歳。正式な婚姻はイレーヌが成人してから執り行うそうだ。そういうところちゃんとしてんだよなー。