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1 テンプレなんかにゃあ負けてらんねえ

 このゲーム、びっくりするくらいテンプレじゃね?と思ったのが、一番最初に思い出した前世の記憶に対する感想だった。


 王子様がいて。騎士団長がいて。魔術局長がいて。神官長がいる。攻略対象は四人。わかりやすいね。

 ヒロインは市井生まれの公爵の落胤、17歳。悪役令嬢は別の公爵のお孫さんで、魔術局長の妹、同じく17歳。わかりやすいね。

 ヒロインと悪役令嬢は王子様の婚約者候補として集められたうちの二人。ほかにもヒロインは親友(好感度チェッカー)を、悪役令嬢は取り巻きを得て、王子様からの好感度を奪い合う。

 悪役令嬢は汚い手を使って勝ちに来て、バレて、追放。風の噂で盗賊だかなんだかの嫁になったなど。うんうん。わかるわかる。


 こーんなテンプレ乙のわかりきった人生なんてやってられっか。

 シナリオ通りの人生なんて送ってやるものか。

 シナリオは始まってすぐだ。まだ間に合う。

 これが私の人生と気付いてしまった以上は私の人生だ。

 ——私の人生を、生き抜いてやるよ!


 さて。

 鏡に映る自分の姿。腰までもある豪華な金の縦ロール。少しつり上がったエメラルドの瞳。うーん。どう見ても悪役令嬢だネ!

 前世は生来平和的な平々凡々の性格だったのだ。汚い手なんぞ真っ平ピラピラに御免被る。

 しかし、意外と背低かったんだな。主人公にあたるヒロインも小柄だったからこんなもんなのか。ヒロインと同じくらいの身長って言ってたしね。

 でも小柄って描写はなかったなあ……豪華超ロング縦ロールと豪奢なドレスで大きく見えてたのかも。シャーってして背中の毛が立ってるネコみたいな感じかな。

 いやヤバイなこの超ロング縦ロール。すごいぞ。今時どんな作品でもこんなテンプレの縦ロールは中々いないぞ。


 とりあえず先に叩いて埃が出ないかどうかだけ記憶や記録を辿って確認しよう。

 ……うむ、日記や日誌を見て前世の記憶と照らし合わせた限り、まだ悪事らしい悪事はしていなそうだ。セーフ。周りのメイドに聞いてもセーフっぽそう。

 よしよし大丈夫、まだ可愛い些細な我儘放題を誰かに怒られたらしいってレベルですみそうだ。転生者が他にいなければだけど。


 さて。明日から早速私としての人生を始める前に、まず見た目が面白すぎて落ち着かないので縦ロールだけでもなんとかしよう。バッサリでいいか。いや貴婦人といえばシニヨンだな。鎖骨やや下くらいまでは残しておいてシニヨンにしよう。

 たまたま通りかかったメイドに縦ロールのバッサリカットと、今度からシニヨンにしてほしい旨を頼むと、真っ青な顔をした。「お嬢様がご乱心なされた」と。失礼な。


 翌日。

 自分の所在地が、王宮からそれほど遠くない城下町のタウンハウスであることを知る。

 ここから馬車で王様達が住んでる城に向かって、学校みたいなノリで王妃教育を受けながら、王子達との好感度を奪い合うって感じ。なるほどなー。

 ちなみに魔術局長だの騎士団長だの神官長だの狙いの時は王子を誰とくっつけるかで結構エンディングが違ってくるんだったはずだ。

 悪役令嬢をくっつけると哀れな暗君に、ぽっと出のモブをくっつけると逆に暴君に。ヒロインの親友をくっつけると真っ当な王として人生を送ることになる。

 んでSNSでは王子×親友クラスタと王子×ヒロインクラスタでまあ血で血を洗う戦争が勃発していたりとかした。懐かしい。

 私?私はほら開発メーカーそのものののファンだったからその……ね!うん!完全に対岸の火事でした!全ルート回収した感想は「これが宝蘭堂とアイラブシステムの新境地か……わるくない……」だったぜ!


 そんなことを思いながら馬車は王宮に到着。

 ストロベリーブロンドのふわふわミディアムヘアーにまあるいブラウンのお目目をした、小柄な可愛い系美少女……原作主人公のアリア・メルディがそこにいた。

 わーははは先制で挨拶してやる。昨日まではタカビー丸出しで、そっちからの挨拶を待ってたからな。なんか一晩で丸くなった私に面食らうがいい。


「ごきげんよう、アリア」

「……お、おはようヘーゼル……頭でも打った?」

「うふふ、本日皆に言われておりますの」


 極力雰囲気を変えすぎないように口調はそのままに、善人風味を醸し出していく。こんな感じか。

 あ、ヘーゼルってのは私の名前だな。多分。ヘーゼル・ラヴィリアが名前のはず。うん。


「あの、えっと……その!髪の毛……ど、どうしたの?あんなに大切にしてたのに」

「気が変わりましたの。今後とも位高きは徳高きノブレス・オブリージュをモットーに、民のために一心に尽くして参りますわ」

「ほんとうにどうしちゃったの?」


 ヒロインが転生者なのかどうかは不明だけど、今後はこの善良さで売っていくからよろしくね。とばかりにふんわりにっこり微笑んで見せる。

 あ、ちょっと戸惑ってるな。いやあ、戸惑わせてごめんよ。気づいたタイミングで方向転換しないと、悪役令嬢ものではドツボでしてな。

 まあヒロインのアリアはそんなに悪感情で受け取ってないみたいだし、セーフよりのセーフ。

 いつのまにかアリアの隣に居た、親友枠イレーヌ・シュラウドはすごい目でこっち見てるけど。


「まあ、でも、私としてもヘーゼルと友達になれるのは嬉しいよ!これからもっとよろしくね!」

「ええ!これからの時代はやはり重要なのは横のつながりですわ。アリア、イレーヌも、仲良くしてくださいましね」

「……そう……そうね、よろしくお願いするわ」


 うん!すごい顔だね!

 つやつやとした黒髪ロングストレートをふんわりとなびかせた、深い黒の瞳のすらっとした美少女はその優しそうな顔を憎々しげに歪めていた。うーん、私この子に何かしたんだろうか。知らん。日記にもなかった。


「イレーヌ?どうしたの?」

「え?ああ、いいえ。アリアは気にしないで頂戴」


 与えられた席につくため進む。

 すれ違いざまに、イレーヌが地獄の底からすり抜けてきたようなか細くも底知れない恐ろしい声でぽそりと呟いた。


「転生者が今更取り繕ったって王子様はアリアのものよ」


 わあ!王子×ヒロインガチ勢だ!声めっちゃ怖!


 さて。気を取り直して今日の教育に励む。日常の基礎的なテーブルマナーからダンス、朗読、詩作、魔術、政治、経済、軍略まで学ぶことは山ほどある。

 幸い記憶を思い出したおかげで一部の、たとえば詩作やら経済やらなんかは名前は違っても同じ仕組みがあったりして前より覚えやすくなった気がする。魔術も科学や哲学に通じるところがあって、ちょっとわかりやすくなった。

 いや、もうほんと今後のためにしっかり勉強しておかねば。なんか奇跡みたいな得体の知れない強制力でうっかり盗賊の嫁になっても、しっかり生きていけるだけの知識を身につけておくことは重要なことだ。うんうん。

 そうと決まればバリバリ勉強。バリバリ勉強。


 ……ううむ。楽しい。

 私だってこのゲームを楽しんだ人間の端くれだ。この世界の空気感はとても楽しい。学ぶこと皆新しく、目に移るものも、前世の記憶やその比較から、新鮮な気持ちで受け取れる。

 それを摂取するこの身が悪役令嬢ヘーゼル・ラヴィリアのものでなければもう少し穏やかな気持ちで楽しめた気もするがまあよし。気にしない気にしない。今は私がヘーゼルなんだ。

 むしろヘーゼルとして生まれ育った経験もあるのでそれはそれで楽しい思い出だ。……お世話になった国王陛下が現在ご病気で臥せっておられるのは心配だけど。そんなことゲームで一言も言ってへんかったやんけ。


 夕方。

 帰る頃近くなってふらりとイレーヌが現れる。

 どうした釘でも刺しに来たか。それとも槍でも刺しに来たか。

 そうよね転生悪役令嬢ものといえば、平常運転悪役令嬢がまんまと王妃の座に収まるのがテンプレだもんね。大丈夫気にしないで。今のところ全然狙ってないから。


「……まあ。ほんとうに破いてくれないのね。酷い人。このイベントがないとアリアと殿下が急接近できないでしょう?早くアリアの本を破きに来て」

「ええ……むりぽ……」


 もうバレてるから雑にしゃべっちゃおう。ふーははは君が王子×ヒロインガチ勢転生者なのはこちらからもバレてるのだ。


「どうして……!貴方わかってるんでしょ?!」

「えってか、あの二人ほらその滅茶滅茶お似合いじゃん?山あり谷ありじゃないとくっつけないカップルじゃなくない?」

「わかってるじゃない」

「じゃあいいよね!」

「嫌よ!私があのイベントを見たいの!」


 あ。これはマジでヤバめのお友達では。

 しかし私も今やこれは自分の第二の人生。他人の推しカプのために人生捧げられぬ。


「……わかったわ。貴方がそのつもりならわたしにも考えがある」

「なにが?」

「今に見ていなさい。私が完璧な王子トゥルーの原作再現を見せてあげるわ」


 全くわからん。

 わからんが、わからんなりにわかったことといえば、そう。

 嫌な予感しかしないということだ。


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