第八話 沙織の決意【後編】
そんな話をしていると、沙織念願の新作バーガーがやってきた。ウェイトレスさんが、おぼんにのせて「お待たせしました」と、爽やかな笑顔で運んで来た。咄嗟に目線はおぼんの上へ。
キタキタと、心の中で呟いて見るものの、なかなかウェイトレスさんはテーブルに置いてくれない。早く置いてよ。テーブル…………に!
視線を移したテーブルの上には、がっちりと沙織の手を握るわたしのお手手。慌ててわたしは仰け反るように手を離す。
「ご、ごめんなさい」
顔を熱くしながら、ウェイトレスさんに謝った。「いいですよ、それじゃ、ここに置きますね」と、あくまでも爽やかに返してくれるウェイトレスさん。しっかりしている、うちに欲しい。
照れ隠しで沙織を見ると、なぜか沙織はウェイトレスさんを睨んでいる。ちょっと、睨む相手が違うって。恥ずかしかったのなら、わたしにでしょ。
まあ、沙織の態度も一瞬で、すぐさまハンバーガーに目をやっていた。
気を取り直し、まず腹ごしらえをしよう。腹が減っては軍は出来ぬってね。
お腹が空いていると妙案も浮かばないし、既に沙織は新作バーガーに釘付けだし。
それにしても新作バーガーのボリューミーなこと。サラブレットな牛さん盛り盛りバーガーって異名は伊達じゃないわ。
霜降り肉が何層にもミルフィーユしている。負けず劣らず、トマトなどの野菜たちもミルフィーユしていて。
これだけで一日分のカロリーを摂取するんじゃないかしら。これだけカロリー表示がされていないってことは、表示できないほどのカロリーってこと? まあ別にいいけど。
わたしは毎日結構な運動をしているから、あんまりカロリーとかは気にしたことないし、沙織は栄養になるところが限られているから、わたしたちにダイエットは今のところ無縁。
とは言っても、沙織はいつの間にか二個注文していて、さすがに食べ過ぎだとは思うのだけど。
勢いよく新作バーガーにかぶり付く沙織。ムシャムシャ、モグモグと気持ちいいくらい平らげていく。フードファイターさながら。牛さんもビックリ。
相変わらず美味しそうに食べるなぁ。もともと垂れ気味の目が更にとろけ出し、頬っぺたも落ちそうな感じ。沙織の食べっぷりは、調味料の一つと言っても過言じゃない。見ながら食べたら、きっと食べ過ぎる。
それにつられてわたしも一口。
あっ、美味しい。お肉は見た目どおり柔らかくて、見た目より脂っこくなくて、お野菜はシャキシャキ、水々しい。もう、ハーモニーと言うよりオーケストラで。これは至高の品、絶品です!
思わず「美味しっ」と言葉が漏れると、空かさず沙織が「美味しいねー」と、満面の笑みで頬張りながら同調してきた。沙織のお目々が一層垂れている。
暫く食事を堪能するわたしたち。まあ、沙織はペロッと食べちゃったから、わたしが食べ終わるのを沙織は楽しそうに見ていた。
なんだか、見られながら食べるの恥ずかしい。早く食べちゃおうっ、うっ、詰まった。ギブ、お水ちょうだい。
なんとか最後の一口を食べ終え、軽く喉を潤したあと、また話を戻すことにする。
「それでさっきの話なんだけど、わたしに考えがあるんだよね」
「考え? どんな考えなの? 湊ちゃん」
「ズバリ訊くけど、沙織は男子で誰か気になる人はいるの?」
「え? え? 気になる人? だ、男子?」
「そう気になる男子」
何を訊くんだと言わんばかりに、顔を強張らせる沙織。
直球すぎたかな。性急すぎたかな。
でも沙織はミルクティーを口に流したあと、頑張って応答してくれた。
「気になる男子っていうか、好きな人はいるんだ。その人のことはずっと前から好きなの」
照れ臭そうにというよりも、真剣に告白している沙織。目線は両手に添えられたミルクティーの方へ向けられているのだけど、口調は力強い。この答えを用意していたように。
ていうか、かなりビックリしたんですけど。今まで沙織からそんな言葉、一度も訊いたことがなかったから、沙織も女の子なんだなって安心しちゃった。
ずっと前から好きって、全然気づかなかった。思い起こしても、思い当たる節がない。
まさか、尊じゃないよね? まさかね。
でもわたしがマコちゃんの話ばかりをしていたから、話すタイミングを与えなかったのかもしれない。そうだとしたら、わたしはただの自己中だ。
ちょっと、自己嫌悪。
「知らなかった。うちの学校の人なの?」
「そうなんだけど、その人を好きなのわたしだけじゃないんだ。ライバルは凄い強敵。でも気持ちは絶対わたしも負けてない」
「わたしの知っている人? 誰なの?」
「ごめん、今は言えない。まだわたしにはその人に向かって、胸張って好きだと言える自信がないの。ライバルに負けない自信がついたら、そのときがきたら言うね。
だから、湊ちゃんがわたしを変えてくれるって、すごく嬉しいよ。さっきはこのままでいいなんて言っちゃったけど」
「そっか。誰かなんて今は訊かなくてもいい。話をしてくれて、わたしも嬉しい」
わたしは沙織の手を再びギュッと握った。すると沙織はまた頬を染めた。
好きな人がいるって言うのは、やっぱり恥ずかしいよね。特にあの沙織が、こんな告白をするなんて凄く勇気がいったに違いない。
今までずっと沙織を見て来ただけに、なんか感慨深い。
すると沙織は、瞳を少し潤ませながら、せがむように言ってきた。
「湊ちゃん。協力してくれるって、もし失敗しても、わたしのことを見捨てたりしないよね? ずっと親友のままでいてくれるよね?」
わたしが見捨てるって、何を言ってるの? どういう発想? 失敗したらわたしが見捨てるってことは、やっぱり尊なの? 尊には悪いけど、どう考えても沙織と尊を天秤に掛けたら、沙織を取るに決まっているじゃない。まだ、尊だって決まったわけじゃないけど。
でも必死に嘆願している沙織に、わたしはもちろんという顔で頷いた。
「当たり前じゃない。なんでそんなことを訊くのかわからないけど、わたしが沙織を見捨てるなんてことは絶対にない。神に誓ってもね。失敗した時のことを考えるより、成功のために頑張ろうよ」
沙織は安堵な表情を見せ「うん」と首を縦に振った。どことなく、瞳が潤んでいた。
「それじゃ、沙織のイメージを変えていくことから始めよう。自信を付けるには、まず見た目だからね。
わたしにはお姉ちゃん直伝のテクニックがあるから任せて! 何か要望はあるのかな?」
「特に要望はないよ。わたしは湊ちゃんがいいと思う感じなら、大丈夫だと思うから」
「いやいや、わたし個人としては沙織が今のままでもいいとは思うよ。でも綺麗になれば必ず自信になるから。経験者は語るってやつ。
沙織はかなり奥手なんだから、少しでも自信をつけた方がいいと思うし、わたしも沙織が変わった姿も見てみたい」
「わかった。よろしくね、湊ちゃん」
「うん、一緒に頑張ろ」
それからわたしは、沙織に『お姉ちゃんから教えてもらった技術の粋』(主に表情の作り方や女性らしい仕草とか。あとナチュラルなメイクね)を伝授した。
髪型はおさげをやめて、ナチュラルカールにし前に下ろすことで、コンプレックスである胸を隠した。
大抵の男子は、胸を強調した方が落としやすいと思うのだけど、コンプレックスなのだから無理をすることはない。胸なんか見えなくても、十分すぎるほど沙織は可愛い。
メガネは黒縁からオレンジのフルリムにすることで、気にしているタレ目を可愛く演出する。これも沙織のタレ目は誰よりわたしが好むところだけど、本人が気にしているなら仕方がない訳で、わたしが可愛いと思える様にアレンジを加えた。
そしてガリ勉のように見えていたであろう従来の沙織の雰囲気が、清楚で可憐な女性へと変貌を遂げた。お昼頃にやっている、変身奥様よりもずっと可愛く変身している。元が可愛いのだから当たり前。奥様、ごめんなさい。
完成した時は、わぁと二人で手を握り合って喜んだ。沙織も相当ビックリしたみたいで、初見したとき、鏡を見ながらこの人誰って言っていた。
だって、本当に素敵なんだもん。テレビのスカウトが絶対来ちゃう。お姉ちゃんにもスカウトされちゃうかも。
まあ、お姉ちゃんは沙織が極度の人見知りだと知っているから、それはないのだけれど。
これで成功間違いなしだわ。どんなライバルか知らないけれど、負けるはずがないじゃない、と、わたしは勝ち誇った気持ちになっていた。
内面的にはすぐに変えられるわけもないので、まず学校の中で下を向かずに顔を上げてみようとアドバイスした。これは焦らず少しずつ、沙織のペースでね。
それに挨拶もできるだけしよう、と促す。二人だけで挨拶の掛け合いを往復練習し、様になってきたところで変な練習をしていたことに気づき、二人で笑い合った。
告白は、もう少し機が熟してから、ということで、容姿の変身も元に戻した。
そして後は、沙織が自分一人でできるように練習する、と息巻いていたので、沙織のペースに委ねることにしたのだった。