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わたしはノーマルなんだからね! 〜私は男の子好きなのに、女の子が私に迫ってきて〜  作者: たられば
第一章 わたしはノーマルなんだから
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第六話 あっけない帰宅

「それでは、諸君。十分後に始業式が始まるから体育館へ向かえ」



 尾崎先生が男らしく、みんなに号令をかけた。何事もなかったかのように、事を進める先生。なんと男らしい。


 そうだ、まず始業式に参加しなければ。何だかんだ言っても、時が止まってくれる訳じゃない。今のところ何だかんだというか、愚痴みたいな事ことしか言ってないけれど。

 いきなり気持ちを切り替えられるほど、器用な性格をしていないけど、ここは時間に頼ろうかな。時間が解決してくれる事を願って。

 よし、体育館に行こっと。


 そして腰を上げると、右手に暖かい感触が添えられた。学校の中では味わったことのない感触。そして普通なら味わうことのない感触。



「湊様、一緒に体育館へ参りましょう。どうか無知なわたくしを案内してくださいませ」



 わたしの右手がマコちゃんの左手に、腕を絡まれながらギュッと力強く握られる。ただどこかに行こうとかっていう、引っ張るだけの感触とは違い、包み込むような、少しでも隙間を作らないとするような、その中に誰も入れないというような握り方。

 さながら付き合いたての恋人同士のよう。いや、付き合いたての恋人同士なら、もっと遠慮した距離感かも。

 ビックリしたわたしは、重なった手を確認した。ここは学校の中なのだから、手を繋ぐことにとても違和感を感じてしまい、解いたほうがいいのかと自問してしまう。

 だけど、相手はマコちゃんだよ。マコちゃんだって「会いたかった」って言ってくれていたんだから、絶対邪険にしていい訳がないでしょ。

 だからここは繋いでいるしかない。


 体育館までの長い長い道のり。先が霞んで見えるような気がするのは、本当に遠いのか、はたまた精神的に追い詰められた結果なのか。

 今まで体育館までの道のりを、こんなに意識したことはなかったから、体育館はこんなに遠かったんだと思い知った。

だって、わたしの周りの人全員が、わたしとマコちゃんとそれを繋ぐ手に釘付けなんだもの。歩くたびに視線が刺さり、その分遠く感じてしまうものよ。マコちゃん目立つし。


 なんとか体育館に入ると、もう既にほとんどの生徒達が並んでいる。自分のクラスの位置を確認し、奥へと歩みを進めた。並びはクラスごとに縦二列だったので、順不同といった感じで積もっていく中の二人。

 うまく? マコちゃんとは隣同士になり、手は繋がったまま並ぶことができた。当たり前だけど誰も手を繋いでいないことに、無理やり意識を外す。心頭滅却したと思ってもらってもいい。


 ところが、尾崎先生が前方でこちらを見て、「そこ、手を繋がない!」と、大喝声が発せられてしまう。当然わたしは、慌てて手を離す。わたしの心頭滅却なんて所詮そんなもの。

 周りではクスクスと笑い声が聞こえ、今度は恥ずかしくて耳まで熱くなる。

 そんなわたしを余所に、マコちゃんは恥ずかしがるどころか、『チェッ』という顔が滲み出ちゃっていた。


 式が始まり、壇上に上がった校長先生はお決まりの文句を並べている限りで、あちこちで欠伸がこだましていた。

校長先生の挨拶は、一言一句が明瞭で、淀みなく、テープにでも録音されているような淡々とした出来だった。途中、音声と口の動きが合わなかった口パク現象は見なかったことにしよう。

尊敬する校長先生のことだ、そんなことはない。

 そして校長先生の挨拶が終わり、教室に戻ることになった。周りではみんな目から涙が滲み出ている。きっと感動したからで、欠伸が出たからではないはず。


 案の定、マコちゃんは帰りも手つなぎデートを要求してきたので、受け入れた。行きよりも帰りのほうが近い気がするのは気のせいかしら。

 このちょっとの時間だけで、人間て慣れるものなんだね。


 教室に戻るとすぐに授業が始まり、勉強に集中することでわたしは日常風景を取り戻した。勉強は好きだから、精神安定剤になるんだ。雑念がなくなっていくのがわかる。

 精神が安定していくうちに、手つなぎデートのことはあっちに追いやれて、マコちゃんのことを冷静に考えることができるようになってきた。

なんだよ、勉強してないじゃんと思われるかもしれないけど、勉強しながら他のことを考えることは、わたしにしたら、音楽を聞きながら勉強をする、そんな感じ。

 今日は始業式の日だから、授業は午前中の二教科だけだ。話ができるタイミングはいつなんだろうと、本日のスケジュール帳を頭の中で開き、この重要案件をどこに入れようかと思案した。

 スケジュール帳が習い事などで埋まっていたとしても、マコちゃんが最優先であるのは間違いない。ゆっくり話をするなら、学校が終わって、お昼を食べながらが丁度いいかな。

話すことが積もりすぎていて、短時間で終わる気がしない。


 勉強とスケジュール管理により頭をフル回転で使っていると、休み時間となり、さっそく話しかけるタイミングが訪れた。

まず始めは何を訊いてみようかと、わたしは時間を無駄にしないよう即座に後ろを向いた。

 するとマコちゃんは「湊様、お花を摘に……」と、なぜかモジモジ。

 わたしが不思議な顔で小首を傾げ見つめていたら、「も、漏れそうでございます」って、おトイレに行きたいんじゃない。急いで手を引っ張って、お手洗いに連れて行ったわ。


 手を繋ぐって、いろんなパターンがあるのね。おトイレに行くことを『お花を摘に行く』って言い方もあるみたいだけど、どこで覚えんたんだろうそんな言葉。

だけど、マコちゃんなら頷けるかも。言っても似合うところが凄い。

 お手洗いが終わるのを、廊下で待つわたし。待っている間に、お嬢様もお手洗いに行くんだなって考えた、わたしってバカなの? でもアイドルは用を足さない理論、今のわたしならわかる。

 結局、休み時間はお花摘タイムになったので、会話ができなかった。そもそもそんな短時間で話すことなんて、たかが知れているけれど。



        ♀



 二時限目が終了、すぐ後の終礼も終わり、よし、今度こそ、と再び振り返る。振り返りながら、口が待ちきれなくて、マコちゃんの目を見る前に先走る。



「ねえ、マコちゃん、お昼……」


「申し訳ありませんが、急用がございますので、お先に失礼させて頂きます」



 見ればマコちゃんは、帰りの準備万端といった格好。既に立ち上がっていて、残念そうな顔をしつつ、微かな笑みを浮かべたまま、そそくさと下校してしまった。

余りにもあっさり過ぎて、ぽっかりと開いた心。すっかり折れた意気込み。


 何だろう、あんなに喜んで、恥ずかしげもなく寄り添ってきたというのに、あっさり帰っちゃうなんて。別にわたしと話をしたくなかったなんてこと、ないと思うんだけど。

本当に急用なのよね。そうなのよね。

 どこか逃げるように帰ったのも気になるのだけど、それを訊きたい相手が、既にわたしの目の前にはいない。



「湊、今日は凄いことになってたな」



 不意に横から声がかかった。尊だけどね。

 呑気に澄ました顔しちゃって。本当に凄いと思っているのかしら。まあ、このわだかまりを尊に発散しても仕方がないのだし。



「うん。まだ半日しか経ってないのに、どっと疲れたわ」


「あの子がお前の言っていた、マコちゃんなのか?」


「そうみたい。小さい頃は完全に男の子だと思っていたのだけれど、違ったみたいなのよね」


「その割には意外と冷静だな。散々訊かされていたから、もっと取り乱すと思ったが」


「そうなのよ。わたしも思いのほか心が穏やかなのがびっくり。

 たぶん混乱のあまりどうしていいかわからないんだと思う。いろいろ訊きたいこともあったんだけど、すぐ帰っちゃったし。

 連絡先もわからないしね」


「なるほどな。ということは、明日に持ち越しということだな。その様子じゃ心配はいらなさそうだ。それじゃ、俺は先に帰るから」


「うん。じゃ、またね」



 そして、右手を上げ軽く振りながら、尊を見送った。席を立つなり、女の子達が寄ってきて、一緒に帰ろうとせがんでいる。相変わらずモテモテだこと。

 さて、わたしも帰ろうかな。

 

 わたしは家でピアノと合気道、それに勉強が控えているから、部活には入っていない。

だから、いつも学校が終わるとそのまま帰るんだ。いわゆる帰宅部ってやつ。

 たまに、友達と雑談したり、勉強のわからないところを聞かれたりするんだけど、さすがに始業式はないか。


 前方では、チラチラとこちらを伺う沙織が見える。あんなに気を使った行動を一日中していると、それだけで体力が消耗しそう。

 そして沙織は、わたしが帰るのを確認次第、どこからか付いてきて校門の外で一緒になるっていうのが、いつもの流れ。


 わたしは立ち上がると、いつものように周りのみんなに向かって「わたしも帰るね。みんなまた明日。バイバイ」と挨拶。周りのみんなも、いつものように「また明日ね」「バイバイ」と返してくれる。

 友達っていいよね。


 最終的にわたしが沙織と帰ることを、みんな知っているから、一緒に帰ろうとは言って来ない。沙織がわたし以外の人を拒絶するのがわかっているから。

そんな沙織のことを気遣ってくれる友達は、わたしの誇り。

何かあれば力になってあげたい、と思う。

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