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わたしはノーマルなんだからね! 〜私は男の子好きなのに、女の子が私に迫ってきて〜  作者: たられば
第一章 わたしはノーマルなんだから
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第五話 突然の再会

 尾崎先生は、廊下側へ向かいドアを勢いよく開けた。横開きのドアが、ガラッというよりピシャっといった感じで、風圧がここまで来るような勢いで。ここでも男らしさをアピールしているように見える。

 それを傍観しつつ、わたしは『今までのやり取りの間、編入生を待たしていたのかい』と心の中で軽いツッコミを入れながら、編入生が入ってくるのを待った。


 ドアが開かれ登場したのは、傍らで妖精が舞うのを想像させるような、可憐で清楚なお嬢様って感じの女の子だった。フワッと生暖かい風が通り過ぎる感覚。サッと後ろに花のアーチが延びていくのうな錯覚。その中をお嬢様が進んでいるよう。


 容姿といえば、銀色の髪、藍色の瞳。頭の後ろで髪を大きなリボンで束ね、銀の艶やかな髪の先端が、腰元でサラサラと揺れている。肌が白く艶やかで、後ろの席にいるわたしのところでもわかるくらいに美しい。

 顔立ちはどちらかというとこちらの国の人という感じなんだけど、西洋人形に見えるくらい常軌を逸していた。大きな瞳にまつげが長く、ピンク色の唇が愛らしい。


 だけど、外国からきて、マコちゃんと同じ髪、同じ瞳。う〜ん。


 尾崎先生が手を引き、編入生を教壇へと導く。こういうときの尾崎先生はとても紳士的で、手をそっと背中に回し、王子様がお姫様をエスコートするような、そんな素振りで壇上に上げた。かたや編入生も、慣れた感じで身を委ねていて。まさに上流階級というに相応しい様だった。

 編入生が立ち位置を固定させると、尾崎先生は一歩下がる。そして、紹介を始めた。



「それじゃ、簡単な自己紹介をしてくれ」


「みなさん、お初にお目にかかります。瀬野 真琴と申します。

 先ほど尾崎先生も仰っていましたとおり、海外からの帰国により不慣れな点も多いものですから、ご迷惑をお掛けすることもあるかと存じます。

 不束なわたくしではございますが、宜しくお願い致します」



 その挨拶の後、ニコッと笑みを溢す。その微笑みは、まさに天使であり。世界には天使がいたんだと錯覚に陥る。

 シーンと静寂に包まれた室内は、時間が止まったような感覚で、息を飲むのも忘れてしまうほどの空間と化していた。

 あまりにも離れた世界観に、みんなは一瞬戸惑ったのだと思う。

 だけど、ワンテンポ置いてから、ワーっと盛り上がった。わたしが知っている所でいうと、豪快なピアノ演奏が終り静寂に満ちた会場の空気、からのスタンディングオベーション、まさにそれだ。

 そりゃあ、こんな子が来たら当然の反応ね。きっとどのクラスでも同じ反応を見せると思う。

 それよりも、瀬野 真琴って言わなかった?

 セノ マコト、『マコちゃん』と同じ名前。


 マコちゃんも海外に行っているのだから、女の子になって帰ってきたの?

 いやいや、「相応しくなる」って言ってくれたのだから、性転換なんてするはずがない。わざわざ性転換する意味もない。

 でも同じ銀色の髪。髪質も透明感もあのときのものと同じ。

 確かに男の子だったはず。間違いなく僕って言っていた。

 藍色の瞳。澄んでいて、何かを見据えるような実直な瞳。

 カッコいい少年だった。何度見ても自分の心に嘘がつけないほどの魅力的な少年。

 そしたらやっぱり別人? でもやっぱり、そんな偶然あるわけ。


 そんな思いを巡らせていても、時は無情に過ぎていき、尾崎先生が問答無用と進行していく。

 わたしの思いなど、知る訳がないのだから、当然といえば当然。いくらわたしに固執していると言っても、この思いは汲んでくれない。待ってくれない。



「ちょうど絢瀬の後ろが空いているな。まあ空けておいたんだがな。そちらを向けば一気に綾瀬と瀬野が視界に入ってくるなんて、贅沢極まりない」



 とか言って、瀬野さんを「あそこに座れ」と席に案内している。それを訊くと、先生は瀬野さんが編入してくることを知っていたのかと過ぎり、恨めしく感じてしまう。


 そして当の瀬野さんは、言われたとおりこっちに近づいてくるのだけど、ずっとわたしの方を見ている気がした。マコちゃんだからなのか、自意識過剰だからなのか、どちら方がいいのかも判断がつかない。

 やっぱりマコちゃんなのかなぁって、ぼーっと瀬野さんを見ていることしかできない、今のわたし。瞬時に判断ができるほど、わたしの脳判断も優秀じゃない。

現実逃避でもするように、視界がボヤッとした夢の中へと姿を変えつつ……

 わたしの側まで来た瀬野さんが躓いた? というような、なんか不自然な形でわたしに、もたれかかってきた。いつものわたしなら受け止められるのに、放心状態のわたしは瀬野さんに反応できない。


 気がつけば……

 わたしと瀬野さんの唇が合わさって……


 何が起きているのかわからなかったわたしの目の前に、瀬野さんの顔が。


 …………近い。


 わたしの表情は一転驚きに変わり、大きく目を剥いた。何が起きているかは判然としないけど、唇同士が接触したのは紛れもない事実なわけで。

それにその唇がなかなか離れないのも、現在進行形な事件であり。それがキスだとわかるまで、相当な時間を要したのだった。

 クラスは一斉に「おー」という驚きとも関心とも取れる、唸り声が合唱された。奇しくもそれは、これがキスだと教えてくれた合唱。わたしのファーストキスが公開されたということの証明。

 そして瀬野さんは、クラスの合唱など意に介さず、わたしと顔が離れる際に、感無量といった涙声を口にした。



「お会いしとうございました。そして、愛しております、ミナト様」



 やっぱり、やっぱりそうだったんだ。この瀬野さんが、あのマコちゃんなんだ。

 近くで見ると確かに一致する。髪が、瞳が、肌が、雰囲気が、ちょっとした仕草が、微笑み方が、シルエットが、何もかも全てが、写し絵を合わせるように一致していく。

元絵はわたしの記憶の中でしかない。それでも、脳裏に刻まれたその記憶は忘れるはずがない。この純愛は忘れようがない。



「マコちゃん?」



 わたしには、その言葉しか出てこなかった。

 いっぱい、いっぱい色々な疑問はあったけど、もう今は名前しか言えない。



「そうでございます。湊様」



 マコちゃんは渾身の笑顔で、わたしを抱きしめてきた。

 薄っすらと瞳に涙を浮かべて。


 本当にマコちゃんなの?

 抱きしめてくる力が全然強くない。凄く、か弱い女の子っていう感じ。

 出会った時に合気道で稽古した時の方が、力強かったんじゃないかって思えるほど。


 でも、ギュッとする手に、懐かしさ似た優しさが伝わってくる。本当に会いたかったっていう、想いが伝わるほどの優しさが。

 甘い香りの中にも懐かしい香り。この香りをわたしの体が、細胞が覚えていると訴えてくる。

 ああ、本当にマコちゃんなんだね、おかえり。

 そう思ってしまう自分がそこにいた。



「瀬野、感動の再会みたいで申し訳ないが、後にしてくれないか。俺はそういうのも大好物だから見ていたいところだが、この後のこともあるのでな」


「あ、ごめんなさい」


「取り乱してしまいまして、申し訳ございませんでした」




 尾崎先生にそう制され、マコちゃんは優雅に謝罪し、わたしの後ろの席に座った。


 未だ脳が遅疑逡巡をしていて、鼓動がいつもより早い速度で脈打っていた。十年間待ち焦がれていた人が現れてのだから、それは当然のこと。

それに加え、マコちゃんが女の子だったこと、突然のファーストキス。冷静でいられる訳がない。

 とりあえず気を紛らわそうと沙織を見たら、なぜかどんより空気を纏っていて、肩を竦めていた。これはダメだ。負のオーラで一層気持ちが落ち着かなくってくる。

 視線を横に流し尊の方を見てみると、尊はポカンと口を開け固まっていて、役に立つような気がしない。

 マコちゃんはというと、後ろなんか見れないよ。


 クラスのみんな、わたくしごとでお騒がせしてすみません。

 よりにもよって始業初日に。

 別にわたしが悪い訳じゃないことがわかっていても、謝りたくなる気分になる。もちろん、マコちゃんのせいじゃない。

 でもできてしまった結論は。


 わたしの初恋が実らなかったこと。理想彼氏ができなかったこと。将来の結婚相手がいなかったこと。わたしが生涯寄り添いたいと願った男性が存在しないこと。


 わたしのこれまでの努力っていったい。


 これからどうしたらいいんだろう。

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