第三十話 第三の刺客【結】
「湊様がご傷心になっておられるところを、見過ごすわけには参りません。失礼ながらわたくしたちも、ご同席させて頂きます」
訊き慣れた声にわたしは、伏していたテーブルを顔で蹴り、勢いよく声の方を向いた。
少量の涙は、周囲の空気と混ざり気化していく。
そしてそこには、カオル君をじっと見つめるマコちゃんと、マコちゃんの後ろで隠れるように動向を伺っている沙織がいた。
顔を上げ、呆然と見つめた。
それもそのはず、二人はついてきていないと安心しきっていたのだから。
この場に二人がいるってことは、どこかでバレたのだろう。
プライバシーの侵害である。
そんなことより、なぜここに来たのかをまずは訊こう。
「あなたたち、何で?」
わたしは言葉を発した。
思ったより声が出ない。
どうもさっきの傷心を引きずっているらしい。
それをかき消すように、カオル君は言葉を被せてきた。
「君たちがミナの。そうか、ちょうど良かった。ぜひ同席して貰いたい」
以外だと言わんばかりの顔を、マコちゃんたちはしていた。
すんなり受け入れるとは思えなかったようで、キョトンとした様子を見せる。
が、程なくして了解したと頷き、自分たちが飲んでいた飲み物を取りに行く。
それが後ろの席だったので、いつからそこにいたのだろう、と疑問を抱きながら、わたしはその行動を見守った。
こうなったら二人がいた方が、わたしとしても心強い、かもしれない。
と、淡い期待も持ちながら。
片側三人掛けのベンチシートだから、わたし側にマコちゃんたちが座ることになった。
奥側にマコちゃんが座ろうとしているので、テーブルとわたしの隙間を「んしょ、んしょ」と言いながら通っていく。
掛け声は普通なんだ、と感心し、その掛け声の可愛さに、満悦となる。
更に、サラリと銀色の髪がわたしの鼻を掠め、甘い香りが鼻孔を擽る。
やっぱり素敵、マコちゃん。
はたからは、美少女三人、対、美少年一人と見えなくもないだろう。
自分のことを美少女と言ってしまったことは、勘弁してください。
「それじゃ僕からいくよ。
初めまして、野西 香です。みんなはカオリって呼ぶから、カオリで構わないからね。ミナはカオルって呼ぶけど気にしないでくれ。
えっと、ミナと最初に会ったのは、って、僕の紹介を長々としても仕方ないね。君たちの名前を訊かせてもらおうかな」
「承知いたしました。お初にお目にかかります。わたくしは瀬野 真琴、そちら側にお座りになっていらっしゃるのが西條 沙織さんでございます。
香さんのことは、かねてより、わたくしも沙織さんも存じ上げております。今年編入して参りましたわたくしにも、お噂は拝聴させて頂いておりますので。
湊様が香さんのことを、カオルさんとお呼びすることも、心得ております」
三人はまずお互いの名前を紹介し合った。
沙織はマコちゃんの言葉に、ウンウンと相槌を打っているだけだから、二人が三人の紹介をしていたことになる。
お互い堂々と向き合っていて、とても初対面だとは思えない。沙織は別。
早くも意気投合しそうな雰囲気を醸し出しているのは、気のせいだろうか。
そしてマコちゃんの言い分から察するに、わたしとカオル君の話を盗み聞きしていたらしい。
カオル君がわたしに対する呼び方は、さっきの話を訊いていないと心得られないのだから。
わたしはというと、ミルクティーを口元に付け、傍観している。
ここはひとまず、みんなの動向を伺うとしよう。
「そうか、君たちも知ってくれているのか。話が早くて助かるよ。単刀直入に言うと、僕は君たちと同じようにミナの恋人になったんだ。これから仲良くやっていこう。
それにしても、君たちも可愛いね。こんな可愛い子たちとこれから過ごせるなんて、夢のようだ」
さすがスポーツマン。
ビシっとシュートを決めるように直球を投げてきた。
これにはマコちゃんも沙織も、唖然となった状態。
しかもマコちゃんたちにまで、可愛いと恥ずかしげもなく言っている。
この辺が、男の子っぽいなと感心する。
男の子全員が、恥ずかしげもなく可愛いというなんて、思ってないけど。
沙織に至っては、「か、可愛い……」なんて呟き、まんざらでもない様子を見せていた。
カオル君は、もうすでに、わたしたちの中に入る気満々だ。
だけどマコちゃんは、臆することなく、すぐに切り返した。
「湊様がご同意されているのであれば、わたくしたちが異論を挟む余地はございませんが、先ほどの湊様は伏せてご傷心になられていたご様子。強引にということであるのならば、見流すわけには参りません。
もう少し詳しいご事情をお訊かせ願いたいのですが」
「ああ、そうだね」と言いながら、今までの経緯をカオル君は説明しだした。
シクスクでの出会いに始まり、長期間のチャット交流、わたしの運命の人を知ったこと、最近になってその人が女の子だと訊いたこと、そして自分がトランスジェンダーであること。
最後にわたしと会うことを約束し、告白に至ったことで締めくくっていた。
いつのまにか、カミングアウトされている、二歩目三歩目たち。
マコちゃんは静かに頷き、沙織はポカンと口を開けていた。
わたしは沙織から垂れるよだれを、ハンカチで拭き取ってあげる。
さっきのわたしの口といい、沙織の口といい、なんとも締まりない口だこと。
沙織のよだれは意に介さず、マコちゃんは言った。
「ご事情は概ね理解させて頂きました。先ほどの湊様はご傷心ではなくご憂慮であったと。そして、香さんはわたしたちの朋輩に成られたと。
湊様が博愛をお与えになると仰るのであれば、なんの異論がございましょう。
さて、そう致しますと、この後の展望に香さんがお関わりになるということでございますね。
なれば早急に、わたくしたちとの親密度を、上げた方が宜しいかと存じます」
マコちゃん、勝手な解釈入っちゃてるよ。
これまでどおり、わたしを祀って、一人で納得しちゃってる。
結局、何も変わらないのね。
でもさっきのわたしは、ご傷心だったのよ。
ここで温和な雰囲気になっているところに、水を差すのも忍びないから言わないけど。
ん? 展望って何? マコちゃんたちはどんな展望を持っているというのかしら。
「理解が早いな。こんなにすんなり受け入れて貰えるなんて思わなかったから、驚いたよ。それじゃ、僕がミナを好きでいていいんだね」
「良いも悪いも、それを決するのはわたくしたちではなく湊様。わたくしたちは湊様の博愛により、お側に所在することを許された身ですので、全ては湊様の想われるがままに」
う~ん、またそれか。
だけど今度は泣かさないように、注意してみよう。
「マコちゃん、別にわたしは一緒にいることを許しているわけじゃないよ。ただ親友だから、一緒にいたいからいるだけ。
そもそも博愛って何? わたしは普通に大切だと思っているだけで、そんなたいそうなものじゃないよ。
それに許す許さないや、上下関係もないから勘違いしないで」
「申し訳ございません」
別に怒った口調では無かったはずなのに、肩を竦めるマコちゃん。
寂しそうに上目遣いをしながら、わたしの方を見つめてくる。
それにしても、いつもこんな感じになるのに、全然改善されない。
この手の説得は、マコちゃんに対して意味がないらしい。
わたしたちの様子を見ていたカオル君が、穏やかな顔つきで言った。
「ははは、ミナらしいな。でも真琴ちゃんの気持ちもわかるな。
ミナから見れば普通に友達なんだろうけど、ミナのことを想っているこちらから見れば、やっぱり悪い気がするんだよ。ミナはノンケだって断言しているんだからね。
だからってミナが気を使う必要はないし、気を使われても困るからそれ以上は言えないけどな。
そして真琴ちゃん。君はミナに傍に置いてもらっていると思ってても、態度に出さないことだね。
ミナは僕らの想いを、十分にわかったうえで一緒にいてくれるんだ。そんな態度を出しちゃったら、一緒にいることがいいことなのか、迷わせちゃうことになるよ」
マコちゃんは、カオル君の言葉に、黙考していた。
わたしもカオル君の言うことは、確かに理解できるのだけど、確かにあってはいるんだけど、なんていうか、もっと単純に、お互いが大切だから、必要だから一緒にいるってことができないのかな、って思った。
恋愛感情と愛情の区別、考え出すと奥が深くて、結局判然としないものだ。
これは永遠の課題となりそう。
わたしより、カオル君との理解度が高いマコちゃんが、納得いったとばかりに返答する。
「はい、香さんの仰ることは、ご最もでございます。
以前、湊様にも自分を卑下するより、堂々としていた方が良いと仰って頂きました。わたくしも湊様と永遠にご一緒させて頂きたいので、以後気をつける所存です」
「それと僕にも気は使わないでよね。僕は三年だけど、ミナの恋人としては後輩に当たるんだからさ」
カオル君の威風堂々たる発言は、この場の空気を掌握しているようだった。
三年生だからなのか、性格がそうだからなのかはわからない。
でもずいぶんと説得力がある。
ただ、わたしたち、恋人じゃないから。
気がつけば、いつのまにか雑談に耽っていた。
マコちゃんがうちに住んでいることや、沙織や尊が近所だってこと、尊は男の子の幼馴染がいること、マコちゃんとの約束のことなど、カオル君が知らない情報を公開し、マコちゃんや沙織も、尾ひれをつけた。
カオル君は一つ話す度に「うらやまし〜」と、呟きを漏らしていた。
飲み物が空になったので二杯目を注文したあと、わたしが先程から気になっていた疑問を、マコちゃんに訊いてみることにした。
「それはそうと、マコちゃん。さっきカオル君に、展望がどうのって言ってたよね。何? その展望って」
「は、はい、実のところ、もう沙織さんとその実現に向かっておりまして、その、同好会を作ろうとの思いを馳せておりまして、その」
何だかシドロモドロに答えている。
怪しい。非常に怪しい。
何せわたしを抜きに進めているなんて、今まででは有り得ない。
わたしはマコちゃんに、ジト目を向けてみる。
マコちゃんは俯き、モジモジと言いづらそうな態度を取った。
右手と左手の人差し指を、ツンツンと合わし、もうこれ以上訊かないで、とオーラを出している。
そんな行為はとても愛らしいのだけど、隠し事の方がもっと気になるので、煩悩を断ち切るように振り返り、今度は沙織を凝視する。
人ごとのように傍観していた沙織は、わたしの直視が刺さりアワワな状態となっていった。
「沙織、白状なさい」
わたしは、カオル君に慣れてきていた沙織に、脅迫のような勢いで迫った。
二人の態度からして、わたしに言えないようなことをしているのは、間違いない。
いつそんな結託をしていたのか想像もつかないが、ここに現れたのだって二人で相談し合ってのことだから、わたしのいないところで話をしているんだ。
別に話すのはいい。
合気道の練習のときだって、勉強のときだって、いくらでも話す時間はあるし、二人は親友同士なのだから、話すこと自体は微笑ましい。
だけどわたしを巻き込むような行為は、ちゃんと相談して欲しい。
そんな隠れてコソコソなんて、やって欲しくない。
と、思いを込めながら、沙織の瞳を捉える。
すると沙織は、後ろにいるマコちゃんを一瞥し、話し始めた。
「実はこの前、教室で真琴さんと二人だけのときに、尾崎先生が来てね。湊ちゃんの同好会を作らないかって持ちかけられたの。
どんなことをする同好会ですかって訊いたら、女の子限定のいろんな相談や悩みごとを受ける同好会をって。
湊ちゃん、結構、相談されているじゃない? 勉強でわからないところがあれば教えてあげたり、スポーツで助っ人を頼まれたりしてさ。
そういうの、尾崎先生としては、ちゃんとした活動として認められたいらしいの。
善意も立派な活動なんだから、評価されないのはおかしいってね。
それに自分が顧問をやるし、部屋も用意するから心配するなって言ってた。
ただ湊ちゃんには同好会がカタチになるまで絶対言うなって。反対するに決まっているからって」
そりゃあ、顧問が尾崎先生ってだけでどんな同好会でも警戒はするけど。
よりにもよって、わたしが相談にのる同好会って。
そんな同好会、聞いたことないわ。
そもそも善意の評価って、どうつけるのよ。
しかも評価されたくてやるようになっちゃったら、本末転倒も甚だしい。
そういう善意って、結果的に善意となったっていうことだと思うから。
だとすると、やっぱりわたしは反対しちゃうわね。
だからわたしに相談しなかったっていうのも、わかるっていえばわかるけど。
でも、女子生徒限定なんて、尾崎先生らしいわね。
確かに柔道部の先輩の一件以来、男の子は尊しか寄って来ないのだけど。
「それで何で沙織とマコちゃんは承諾したの? いくら尾崎先生が言ったことだからって、わたしが反対しそうなことをやるとは言わないと思うんだけど」
「それは、尾崎先生が学校にも湊ちゃんといられる個室があったら、いいと思わないかって言われたから。それを言われたら、わたしも真琴さんも、即決でオーケーするじゃない。
学校で湊ちゃんと個室だよ! わたしにしたら、天国を作ってくれるみたいなものだよ!」
そこは即決じゃなくてと思いつつ、尾崎先生のノリで人参をぶら下げられたら、断るのは無理よね。
尾崎先生も、沙織たちが首を縦に振りそうなことを、ちゃんと用意してる。
用意周到にことを進めているあたり、即席で考えたものじゃなさそう。
第一、個室の割り当てを断言するってことは、すでに教頭先生まで話を通してるってこと。
一朝一夕で、できることじゃない。
でも確か、同好会って……
「確か同好会って、四人からだったよね。わたしと沙織とマコちゃんで三人、一人足りないじゃない」
「ですから、香さんがご入会して下されば成立致します」
不意に後ろからの発言。
沙織の話が勢いに乗ったせいか、復活したとばかりに合いの手を入れるマコちゃん。
もしや横で聞き耳を立てていた時点で、その展望まで計算していたんじゃ。
だとすると、マコちゃんたちは最初から、カオル君を受け入れるつもりで話に加わったということになる。
ということは、この場はまさかのアウェー?
今更か。
そこでアウェーからホームになった、カオル君が言った。
「でも僕はバスケやってるから、そこを辞めてというのはちょっと難しいかな。正直、僕個人だけの問題なら、ミナの為に辞めてもいいのだけど、やっぱり仲間も大切だからね」
「それはご安心くださいませ。部活動と会活動はご兼任なさっても問題ございません」
「そうか、それなら僕も入るよ。いや、入らせて欲しい」
わたしがいるところで、わたしを無視して話がどんどん進んでいく。
だから、わたしを巻き込むことは、相談して欲しいんだって!
まだ同好会の是非自体が、解決していないんだから。
わたしは思い立った。
止めるのは今しかない。
「でもやっぱり、その同好会は荷が重いよ。具体的な内容も明確じゃないし。正直、ちゃんとした同好会になると思えない。わたしも尾崎先生と話してみる」
「それはもう遅いんだ湊ちゃん。
尾崎先生、善は急げってこの前、同好会の創設届を提出しちゃったの。会員は後で付け加えておくから、教えてくれって言って。
週末に提出されたはずだよ。
一度提出された届出と同好会名は、半年間取り下げることができないんだって。そろそろ承認が降りてる頃だろうし、既に会室の改修も尾崎先生が進めちゃっているし」
なんだ、結局事後報告なのか。
わたしの介在する余地なんて、ないんじゃない。
尾崎先生、自分も混ぜてくれって言って、冗談かと思っていたのだけど、こんな強硬手段に出てくるとは。
尾崎先生にはなんだかんだいってお世話になっているし、たまに恩返しもしなくちゃね。
と、強引に自分を納得させた。
ん? 同好会名?
どんな同好会名にしたのだろう。
「もう。今回は大目にみてあげるけど、今度からそういう大事なことは、ちゃんとわたしに相談してよね。
それで同好会名は、どんな名称にしたの?」
「それは真琴さんが付けたんだけど……」
なぜか苦笑いを作る沙織。
するとマコちゃんが、自信満々に胸を張って宣言しだした。
身を乗り出し、テーブルの上にある飲み物たちが波打つ。
「わたくしが付けさせて頂きました。その名も『ソウユリノカイ』でございます」
ソウ百合の会って、そのまんまじゃない。
わたしたちが所属して、この名前じゃ相談に来る人なんているの?
女子生徒限定なのだから、百合って入れたら、その世界に巻き込まれるって勘違いしそう。
まあ、マコちゃんが真剣に考えたのなら、尊重するしかないか。
……そのまんま?
そのまんまって、もしかして……
「そのソウッていうの、もしかして、わたしの字を使っているわけじゃないよね?」
「もちろん、お察しのとおりでございます。湊様が主にご相談をお受けになるのですから、湊様のお名前が冠にくるのは必然。
それは世の理でございます。
湊様を慕う遍く子羊たちの、お悩みをご解決為さるお姿。なんと大義がおありになることでしょう。
湊百合の会、なんと気高き響きなのでしょう」
ガーン!
それ色々なところに公表されるのよ。
新聞部の学校新聞や学校のホームページ、PTAの広報誌なんかにも。
わたしの学校生活終わった。
あはははは。
わたしは壊れ、マコちゃんは酔いしれていた。
そんな様子をカオル君は、満足そうに
カオル君と沙織は意気投合し、会での活動に思いを募られているようだったのだけれど、わたしにはショックの鐘の音だけが、無情に鳴り響いていたのだった。




