第二話 現在のわたし【後編】
今日は、二年生になった最初の日。
そうそう、わたしは十七歳の女子高生で、共学高校に通っているの。
私立三枝高等学校。
この辺では有数の進学校で、お兄ちゃんに勉強をマンツーマンで教えて貰ったから、入ることができた。
これもマコちゃんのおかげのようなものね。いや、これはお兄ちゃんのおかげか。
そしてその学校へは、家からはそう遠くない距離だから、歩いて通っているんだ。
学校に登校しているのに、なぜ私服なのかって?
それはうちの学校が、私服オーケーだからだよ。
今日は始業式ということもあり、花柄の白いワーンピースを着てきたの。
可愛いでしょ。
桜の花と同化しているような気がして、春を身についているような感じ。
男の子たちはどう思ってくれるのかな?
マコちゃんは?
「湊ちゃん、ひどいよ〜。始業初日から置いていくなんて」
そういいながら女の子が追いかけてきた。
親友の『西條 沙織』。
わたしの家の隣に住んでいる女の子。
少しタレ目で愛らしい瞳をしているのに、黒縁メガネでその愛らしさを隠してしまっている。オリーブ色の髪をおさげにして、なるべく目立たないように努力していて。
だけど、スタイルがすごく良くて、胸なんか男の子が振り返るくらいなの。わたしもそれなりにある方だと思うんだけど、沙織と比べたら悲しいかな自信をなくしちゃう。
沙織にしたら、そんな胸はコンプレックスで嫌だって。
服は紺色のダボっとしたシャツに、黒い長めのスカートを着ていて、目立たないようにって感じが出まくっているんだ。
まるで春に似つかわしくないというか、わざと春から遠ざかっているような、そんな感じの着こなし。洋服の好みは人それぞれだから、否定をする気もないのだけど。
きっと桜色の服装は、沙織にこそ似合うと密かに思っている。
「だって沙織、校門抜けたら、またわたしから離れるんでしょ。家から学校までの時間なんて何分もないじゃない」
「わたしは、湊ちゃんと一緒に登下校したいの。何回も言っているでしょ」
そう口にし、沙織は頬を膨らませている。
頬を膨らませた沙織も、とても愛らしい。喜怒哀楽全てが愛らしいんじゃないかって思ってしまうほど。
じつは沙織、あんまり賑やかなのが得意じゃないの。なぜ苦手なのかは、まだ訊けてないのよね。
出会った頃から、人見知り全開だったから、こういう子なんだなって納得してた。
でも、やっぱり学校では人と接するのは避けなれない。当たり前だけど。
わたしは、普通に老若男女問わず接するから、一緒にいると沙織には辛いみたい。まあ、学校にお年寄りはいないから、若男女ってところ。
だから沙織は「学校では、わたしに近づかなくていいから」って言うのよ。
近づくなって、おかしな事言うと思うでしょ。
でも本当に、他の人と向かい合っちゃうと緊張して話せなくなっちゃう。なんとか話せるのは、先生とか極々一部の人だけ。
それにわたしは自分磨きの甲斐あって、わたしは可愛い子なのだと勘違いしてくれている。それはお姉ちゃんのおかげだとも知らずに。
だから自慢じゃないけど、一年生の時は男の子に本当にモテて、十二回も告白されたんだよ。いや、ほんと自慢じゃないよ。自慢じゃないってば。
それで十二回目に告白してきた人が柔道部の三年生で、あまりにしつこく手を引っ張るもんだから、勢い余って投げ飛ばしちゃったのよ。それも校庭のみんなが見ている前で。
その先輩は地区でも有名な程強かったみたいで、『綾瀬に手を出したら怪我ではすまない』って瞬く間に噂は広がったんだよね。
それからは告白がピタッとなくなっちゃった。中には結構かっこいい人もいたから『勿体なかったかな』って思ったり。でもそこは『マコちゃん』一筋だし、どうせ断るのだから、丁度良かったんだけどね。
そんなことがあっても、まあ友達は仲良くしてくれる。お話ししたり、お昼ご飯食べたりね。
それが沙織は嫌なんだって。
だからって、「誰もわたしに近寄らないで」とも言えないし、沙織に「みんながいるのは我慢しなさい」とも言えないから、沙織の提案を受けることにしたってわけ。
「ごめんね。そんなに怒らないでよ。わたしは沙織が笑っている方が好きだよ」
そう言ってニコリと微笑むと、沙織は笑顔を取り戻してくれた。
沙織が怒った時は、大抵こう言うと機嫌を直してくれるから、もう何か決まり文句って感じ。
こんな笑顔ができるのに、他の人に見せることができないなんて勿体無いなぁ。
「今日から二年生だね」
「うん。二年生でも湊ちゃんと同じクラスになったから、本当に良かった」
「沙織、教室の中であんまり話さないじゃない。それなのに良かったの?」
「勿論そうだよ。湊ちゃんがいると安心するんだ。湊ちゃんがいなかったら登校拒否になってたかも」
う〜ん。沙織に限っては笑えない冗談だ。
この前、一緒に映画を見たとき、わたしはいいところでおトイレに行きたくなって、「ちょっとお手洗いに行ってくるね」と席を外したら、沙織、涙目になって「わたしも一緒に行く」って付いてきたほどだから。
その映画は、沙織がとっても楽しみにしていた映画で、誘ってきたのも沙織だったから、悪いことしちゃったの。それに人の多い映画に行きたいって珍しいことだったしね。
そのほかにも思い出せばキリがないくらい、わたしがついていないとダメな記憶が多い。
だから登校拒否なんて非常にあり得るのだし、そうなってしまったら、それこそ責任重大だもの。
沙織もわたしみたく、好きな人でもできれば変われると思うんだけどなぁ。
よく「あの人カッコいいよね」とか男子の話をする時があるから、キッカケさえあればいけるのかもしれない。まあ、その男子というのは、テレビの中の話なのだけど。
「どうしたの? 湊ちゃん。ぼーっとしちゃって」
「え? いや、ちょっと沙織のこと考えてたんだ」
「もう、湊ちゃんたら、朝から変なこと言わないで」
変なこと? という言葉は少し気になったのだけれど、はにかみながら呟いている沙織を見て、親友のために一肌脱がなくちゃ、と改めて思った。
♀
そういえば街の紹介がまだだった。
さっきの桜並木は公園の中にある並木で、ここは結構な大都市の中心地なの。だから、緑は淋しいことにあまりない。あるのは公園の他に、街路樹がポツンポツンと学校の敷地の中くらいで。
わたしは緑が好きなのに、哀しいなぁ。
途中に、コンビニがあったり、マンションが並んでいたり、病院や郵便局、交番などなど。まあ、どこの街も一緒ね。
ブティックホテル街もルートの途中にあって、そこだけは通るの恥ずかしくて。今、ちょうどそこを通ってる。
沙織も恥ずかしいのか、ここでは二人とも自然と口を噤む。
いつかここにマコちゃんと。そしてあんなことやこんなことを。ダメダメ、朝からこんな妄想膨らませてちゃ。
顔が熱くなる。きっと紅くなってる。
沙織を見ると、顔を紅らめていて、きっとわたしと同じだ。沙織はどんな妄想をしていたのかな?
いや、脱線をもとに戻そう。朝からする話じゃない。
わたしはブティックホテル街を通り過ぎたあたりで、沙織に話を振った。
「ねえ、沙織。今日は教室まで一緒に行こうか」
「やだよ。約束でしょ」
「そう」
結局、照れ隠しを補うための話は空を切っただけで、後に続かない。
いつの間にか、校門のすぐ側まできていた。