第一話 現在のわたし【前編】
満開に咲き誇った桜が風に揺れながら、今が見頃だよ、と囁く。
その天幕を潜るように、わたしは通い慣れた学校までの道のりを、一人歩いていた。
ゆらゆら揺れる桜から零れ落ちる香りは、とても心地よく、爽やかな気分であり。
春の訪れを感じさせるその道は、とてもお気に入りの道だ。
初恋の日から十年の年月が経ち、わたしは未だ、マコちゃんを待っていた。何回目の春を迎えただろう、この桜並木の桜たちもすっかり賑やかになっている。
お気に入りの場所は、好きな人とも一緒に見たいもので、この桜もあっという間に散ってしまうのだから、また来年の辛抱かなと思いつつ。
散ってしまった花びらを、名残惜しく思ってみたり。
それでも待つしかない。彼との約束を信じて、自分を磨きながら……
♀
自分磨きとはいってもどういう女性になるべきか、悩んで悩んで頭から煙が出そうだった。マコちゃんに合う女性とはどういう人なんだろう、どうあるべきなんだろう、なんてね。
いざ帰ってきたときに、この程度の人だったのかなんて、がっかりさせたくない。自分から似合う女性になると断言したのだから、それ以上の女性像を目指さないとプライドが許さない。
だからそうなる為には、いっぱいいっぱい努力しないといけない。時間を無駄にせず、より高みを目指して。
効率よくスキルアップするには、どうしたらいいか。普通なら悩みどころなのだけど。
運よくわたしの家族は、超一流の人たちばかり。
お母さんがピアノ教室の先生で、おじいちゃんが合気道の師範、お兄ちゃんが名門塾の講師、そしてお姉ちゃんがモデルさんなの。そんな出来すぎた話もあるものよ。
だから、手近な所に協力してもらい、自分磨きをすることにしたんだ。やっぱりこの恵まれた環境に甘えるしかないと思って。
マコちゃんの将来像を勝手に思い浮かべて、そこにわたしの将来像を並べてみたりして、釣り合っているかを考えてみる。でもなかなか想像が難しい。子供のころのわたしでは発想が貧弱すぎる。
でも、きっと才色兼備な女性が理想的なのかなと、周りの先生方、じゃなくて、プロフェッショナルな家族の様子を改めて見てみたの。
そうしたら、みんながみんな輝いて打ち込んでいた。
真剣な眼差しで、努力を惜しまず、妥協は決してしない。
小さいわたしには、憧れて余りある存在たち。
そしてマコちゃんとの事情をみんなに相談したら、快く協力してくれた。
目標に向かうわたしと、みんなの期待に応えることに快感を覚えるわたし。
相乗効果ってやつで、どんどん成長して行く自分が気持ちいいくらいだった。
本当は、合気道は辞めてもいいと思っていた。
もともと合気道を始めたのは、過去に襲われたとき、何もすることができなくて、自分が強くならなくちゃと思い立ったから。
そのときは、自分の身は自分で守らなくちゃいけない、と思ったわけで。
でもマコちゃんが現れたとき、逆に守ってほしいなってときめいてしまって。
弱いほうが健気かなってね。
多感な時期だったから、しようがないでしょ。
けれど、いざ「辞める」っておじいちゃんに言ったら、「真に美しい女性とは、凛々しさも必要であるから、合気道は続けるべきじゃ」とわたしの心を擽り、結局続けることにしたんだ。
勉強はお兄ちゃんに、ピアノはお母さんにみっちり叩き込んでもらった。もっとも、両方ともまだ未完成であり、鋭意発展途上中なのだけど。
自分に力がついてくるのを体感し、問題があれば乗り越えて、成果として得られたものは快感に変わる。
せっかくだから欲張って、何でもかんでも自分のものにしてやろうと意気込んだんだ。
もちろん、容姿にも磨きをかけたわ。
わたしの髪はお母さんやお姉ちゃんと同じ、漆黒のような黒色。
短髪だった髪の毛を大事に伸ばし、腰元にかかるくらいになった。
お姉ちゃんも協力してくれたお陰で、自慢の艶々でサラサラな髪。
これはきっと、マコちゃんも喜んでくれるはずよ。
さらに表情の作り方や日々のケアをしっかり教えてもらい、お姉ちゃんみたいなモデルさんになった気さえした。それは最近の話だけどね。
お母さんやお姉ちゃん譲りのつり目が、『女の子っぽくない』とコンプレックスだったはずなのに、言われたとおりに表情を作ってみると、見違えるほど美人になったんだ。
もともと素材は良かったのだから、お父さんとお母さんに感謝だね。
そんなこんなでここまできて、今はマコちゃんが帰ってくるのを『羽化を待つセミ』のようにじっと待っている。あーあ、いつまで待てばいいのやら。
早く帰ってこないと、羽化して飛んで行ってしまうわよ。なんて。