8.酒と歌と
巨大羊狩りが終わった後は、ごく自然な流れで、酒場「道草亭」へとなだれ込んだ。
私に負けず二人も酒好きなのは明白ね。ドガは大量の素材が手に入ってホクホク顔だ。
「マスター!エールを3杯! 今日のお勧め料理3つと、温野菜の盛り合わせ。チーズもお願いするわ」
酒場のマスターへ、ビッグシープの肉を少しお土産に渡しながら注文をする。初めて来た時から美味しい料理を提供してくれる、せめてもの御礼だ。渡した時、驚いていた。けれど、さまざまな技能を持つと聞く彼方からの旅人だったなと、納得された。冒険者稼業をすることを話していたしね。
本日の仕事は、夕飯後に開始予定だ。エールのグラスを3つ持てば、テーブル席の一角に座る兄弟の所へ戻る。グラスを運ぶのは慣れている。
「はい、お疲れさま!」
「おう、お疲れ様じゃ!!」
「おお、お疲れ様! 二人とも、ありがとうな。これで装備を供給することもできるしのぅ。ジンガも今度は、炭鉱に一緒に掘りにいくかのぅ」
グラスをそれぞれ、掲げて乾杯だ。ぐいっと傾ければ、炭酸が喉を震わせる。美味しい! マスターからまずはと出されたお皿はチーズの盛り合わせだ。少し癖のある香りのあるチーズが数種類とカナッペみたいな薄く切った硬めのパン。そして、枝付の干し葡萄風の果実の盛り合わせ。燻製の香りがするチーズの一片を、エールと一緒に口に放り込む。
「しかし、毛を刈るか。羊と言ってしまえばそうじゃが。魔物だったからのぅ。他の魔物もそうじゃろうな。が……」
「今回のは羊だったしね? 毛を刈ることは明白だったけど、毛が鋼のようだったら、駄目だったと思うわ。それに、もっと強い魔物なら…戦闘技術が高くないと厳しいかもね」
ジンガがパンにチーズを乗せながら、思案気だ。今回はたまたま、羊の魔物ということで毛皮が刈れた結果論だ。例えば鱗の生えた魔物の鱗が欲しいとして、戦いながら鱗だけを剥ぐのは難しい気がする。
角がある魔物の角が欲しければ、そこだけを予め折ったりしなければいけない。凶暴な魔物なら、なおさら難易度が高くなるだろうし……ジンガもその事をいいたいのだろう。
「なかなか、希少と思われる部位は、戦利品としても数少ないから…狙えればでいいじゃろう。この先、魔物素材は有益になってくるからのぅ。この情報を教えてやれば、そういうことに向いた技能も探すだろうしの」
ドガが、干し葡萄をチマチマと食べながら答えたわ。その言葉に不思議そうな顔をしてたらしい。
職人二人が教えてくれた。テストプレイ時の情報だがと……魔物素材は加工することで、装備の素材として使うことができ、また特殊な付与が付きやすいという。
曰く職人の腕も必要だが希少素材ならば、その確率が高くなるという。この付与効果は、技能補正や体力・精神力等があり、どのような素材、組み合わせ、加工をしたらいいかは、まだまだ研究を始めたばかりであるとのこと。
「なるほどね。ビッグシープの毛は、どんな風になるか楽しみね」
「おう、とりあえず……魔法技能職の初期装備よりは、いいものが作れるとおもうぞい」
ドガが満足げに、エールを飲み干す。生産が本当に好きらしい。ジンガも触発されたのか、また掘りにいかないと、と笑っている。そして、ふと香ばしい匂いに視線を向けると……マスターがお勧め料理を持ってテーブルの近くに居た。
「おう、おまちどうさん。今日のお勧めは、ブラッククックの胸肉焼きだ。好みで調味料を振ってくれな。ケイ、明日は羊料理を用意するからな」
そんな言葉と共に置かれる皿を見て……お皿を置いて戻るマスターに、エールを追加注文する。
お皿の上は、これは鶏肉だ! 鳥胸肉みたいなお肉は、掌より大きくて、皮の面がカリカリに焼かれている。焦げ目が何とも美味しそうだ。付け合せに、キャベツ? みたいな野菜の千切りがたっぷり。ソース状の調味料が2種類ついていた。
思わず<鑑定>してみる。ブラッククックは、飼育用鶏で黒い鶏みたい。そのまんまね…この街の近くの村の名産らしい。
おお、村があるのね……これは、鶏肉求めて行かなければ。装備が揃ったら、絶対行こう。二人ともエールを追加している。
わかるわ……運ばれてから、少々無言になって、鶏肉を頬張ってしまう。皮はカリカリなのに、肉を噛めば溢れる肉汁。鶏肉のようで鶏肉でないわね、これ。
「しかし、ケイ。あれは驚いたぞ……まさかのぅ?」
ふと、唇を脂に濡らしながら、ジンガが狩の最中に起こった出来事を口にした。うむと、ドガも頷いている。髭が油で艶々に。そして、エールは2杯目だ。
「たまたまよ?それに……他も取得されているみたいだしね」
そう、羊狩りの最中に事は起こった。順調に狩り全体は自体は進んだ。途中、大地の精霊が遊んでしまって、羊がジンガに突撃して怪我をしたが、ポーションで間に合った。
羊が連鎖してしまって、ドガが追いかけられ、大変だったけど。慣れてくる頃には、皆手際よく毛を刈ることができるようになって……余裕ができたから、毛を刈る間にやってみたのだ。
「<鑑定>をみんな、あんまりしてなかったのね」
毛を二人が刈る間に<鑑定>をさせてもらった。初めのうちは、戦闘に不慣れで<鑑定>をする暇がなかったのだ。やはり<鑑定>しないと気になって仕方がない。魔物を鑑定するのは、初めてだったし。
[ ビッグシープ:魔物化した羊。元は飼育されていたものが、魔物化し繁殖した。草原地帯に多く生息し、群れを成す。その毛皮はさまざまな用途に使われる。肉は美味しい。ステータス:昏倒中 ]
ビッグシープの情報がウインドウに表示され、新しい情報を得ることができて満足した。その後だ。
『プレイヤー:ケイが「初めての観察者」の称号を得ました』
あの初日に聞いた……運営アナウンスが流れたのだ。一瞬、ドガが動きを止めてしまって、角にひっかけられてしまったわ。そう、新しい称号を得るアナウンスだった。
「で、結局どんな<称号>だったんじゃ?」
「確かに、今アナウンスされているのは<初めての~>系の称号のみじゃが、少ないのう」
ドガが興味津々に尋ねてくる。タイミング的に一緒にいたので明白だ。
ゲーム開始から3日目が経過していた。<称号>システムが実装されて、プレイヤーは条件を満たせば取得できるようになった。その中でも、初めてその称号を得ると運営アナウンスに告知されてしまうのよね。
最初は特にシステム実装だったせいか、チャットログの中でも一際大きく流れていた。恥ずかしい。
まぁ、名前とプレイヤーがそうそう一致しないからいいと思うけれども。
そして、どんなのがあったかというと、私が確認できた範囲では、<初めての討伐者>。これは、魔物化した魔物の中でも特異進化したものが、最初に倒された時だったらしい。特異進化したものは、違う名前がついていたと。討伐には苦労したらしい。察するに、初めて名持ちの魔物が倒されたのだろう。場所は街道沿い。
その周辺を縄張りにしていた魔物だったそうだ。これで、縄張りから先の街道が安全になった。これは、街の冒険者ギルドに貼り出されていたから、私も知っていたわ。
公式HP掲示板には、取得されたものが投稿されてリストになっていた。称号の詳細は、ステータスや技能構成と一緒で、プレイヤーの個人情報とも取られており、ほぼ開示はされていない。私の場合、考えてもいなかっただけなのだけど……
「称号の説明は……こんな感じね。見ても問題ないわ」
ステータスカードを他人も見えるようにアイテム化して、情報開示の操作をした。<称号>を指さして見せる。
[初めての観察者:いち早く<鑑定>を100回行った好奇心旺盛な者に与えられる称号。よりじっくりと鑑定することができる。観察することが大好きな貴方へ。<鑑定+1>]
今回、得ることができた<称号>の内容だった。最後の一文、何かしらね?運営……。確かに、せっせと片っ端から<鑑定>して、メモに書いてきたけれども。観察魔みたいじゃない。うーむと、ドガが唸っている。それは、その隣に並んでいる<称号>だろう。
「ケイよ……。わかったが、その横のはなんじゃ?もう一つ」
「<初めての探索者>…初日にアナウンスされたヤツだな。どこかで聞いた名前だと思ったが」
「ええ。隠すつもりはないけれども、あまり人にいう気もないわ。まぐれだと思うのよ?」
ステータスに記入されていた2つの<称号>。この2人なら見せても問題ないと思ったわ。そして、取得した時の事を話す。そして、ジンガが納得したように頷いた。どうしたのかしら?
「ケイらしいというか……鑑定も、儂も生産の為に<鑑定>はよくするが、まだ50回ぐらいじゃの。地図を完成させているのか…書写で地図を複製すると需要があるかもしれんの」
「いや、それよりも、<歩行補正>じゃ。ケイとパーティ組むと、何時もより歩くのが速く感じたぞい? もしかすると、このせいかもしれぬ」
ドガが思わぬ情報をくれた。<書写>の技能は、地図も複製できるらしい。詳しく聞きたいけれども、ジンガの言葉も気になる。どういうこと? と聞き返し、エールのジョッキを空けた。もう一杯飲もう。
「ああ、少しばかりじゃが……歩行速度にも補正がつくとしたら、移動において効果ありじゃな」
体感的だがと、ジンガは付け加える。自然と歩く速度が、速いつもりじゃないのに、速く感じたらしい。あの狩場までに到着するには、もう少しかかったと。殆ど一人だったから、気づくはずもないわ。
あの称号の補正にはパーティも効果があったはず。まさかね?
だとすれば、1日の移動距離が延びることになる。旅には大きなメリットだ。旅に出られるのはまだ先だが、覚えておくのもいいかもしれない。
「ケイ……儂も一つもっているんじゃ。<始まりの熟練者>の持ち主は、この黒革の胸当てを一番良い品質で作れた時に、流れおった。どうやら、いち早く最高品質を作ったものが得たようじゃ。効果は作成の成功率があがる、というものじゃ」
ドガがエールを飲み干し、真摯に言葉を吐き出した。ほれと、胸当てを指さして。<鑑定>をしてみろということかな?<鑑定>を発動させて、ドガの胸当てを見る。虫眼鏡のアイコンが重なり。
[ 黒狼の胸当て:ブラックウルフの革を使って作成された胸当て。硬く鞣してあり耐久にも優れている。DEF+3/品質 A/製作者 ドガ ]
おお、品質A! 市場や街中で色々な者を<鑑定>したけど、品質Cが普通である。眸を思わず瞬かせてみてしまう。腕のいい職人だったのね……
「運が良いというか、テストプレイヤーで経験もあったしのぅ。何枚か作っていたらな…いいものが出来たと思った瞬間じゃった。こうやって愛用しておる」
ドガが少し誇らしげに、胸当てに触れていた。儂も作りたいと、ジンガが隣で頷いている。今回の素材でもっと作成して、腕を上げたいと張り切っている様子を見て、ふと思いついた。
「急ぐことはないわ。むしろ……ドガの腕を見込んで、私も装備をお願いしていいかしら?」
「ほう、それがいいかもしれんな。儂じゃ協力できんが。金属加工なら任せてほしいがのぅ」
「そう。あとまだまだ材料がいるしの、今度また皆で行こうかのぅ。どうじゃ?」
「それもいいわね。旅用の道具を揃えるにしてもお金はいるから。助かるわ」
ジンガが頷き、聞いたドガは、二つ返事で承諾してくれた。おお、脱初期装備ね! どんなものが、作成できるのかしら。新しい装備の期待に、わくわくしてくる。新しい服を着るときと同じね。
そして、狩りのお誘いは勿論歓迎だ! また後程、時間などを打ち合わせすることにした。
「ケイは一応……後衛の立ち位置じゃし、魔法を使うからMP回復を阻害しない布系の装備がよいの。何か希望があるか?もちろん、使うのはビッグシープの毛じゃ」
新しく運ばれてきた温野菜に、甘辛いディップをたっぷりつけて、エールと一緒に豪快に飲み込むドガ。そうねと……考えてしまう。
「ドガが身に着けているような、革の部位鎧をお願いしたいわ。特に胸当て。それと丈夫な手袋と、膝までの長靴があると嬉しいかも。ローブも重ね着としてつけたいから…こう、かぶるより羽織る感じでお願いできないかしら?身軽なのが好きなのよ。あとね、詩人らしいもの!」
ええ、想像するのは詩人らしい身なりよ? 革の部位装備の上には、ローブを重ね着をするつもり。あとは、旅に耐える靴と手袋が欲しい。そんな我儘な希望を告げても、了解とドガは笑う。できたら連絡を入れようと快く言ってくれる。好きな色も聞かれた。<染色>があるそうだ。さすがだわ。
「バードらしくか。こだわるのぅ。ケイよ、あれじゃ……バードといえば、魔法の歌みたいなのは、やはりないのか?」
装備の情報を手帳に書きだしたドガを片目に、ジンガが、ふと思いついたように尋ねる。ああ、やっぱり…そう思うわよね。
ファンタジー小説や主にゲームの中で登場する詩人は、味方を助ける魔法の歌を歌っている。聞くだけで、勇気が鼓舞され、敵を打ち砕くの。そんな冒険小説もあったわね……よくあるRPGゲームの中でもバードという職業の立ち位置は、そんなイメージなんだと思う……思わず零れる溜息。
「この世界に……あるのかしら? 技能で存在しているかも、しれない。けど……まだ、私にはわからないわ。あるとしても、現実には戦闘となると歌を歌ってられないと思うのだけれども」
ゲームを始める当初、そんな技能がないかな? と淡い期待はあった。けれど、この世界に存在するのはごく普通の<楽器演奏>と<歌>の技能だ。
魔法の歌や呪歌と言われるもの。バードならばと、この世界はゲームの中の世界だから……皆そう思っているかもしれない。事実、噴水で演奏をしている時に、パーティに誘われたことがあった。支援職は数が少ない。彼らはそういうイメージで誘ってきたのだろう。
勿論、そんな<技能>は、ないことを教えたけれども。「役立たねえ」という返事だった。気にしては、いないけれどもね。多分、そう思われることは、あるだろうとは思っていたから。
知らないだけかもしれないけど。今、それを知る由もなくて……逆に、今日は、初めて街周辺の比較的討伐しやすい魔物と戦った。もし、そんな歌があったとしても、呑気に歌うわけにもいかない。ファンタジー小説等との違いでもある。VR世界では、今にでも魔物は襲ってくるのだから。
エールを一口飲めば、言ったジンガも、なんだか言ってしまった事に、気まずいといった雰囲気だ。正直な人だと、そんな様子に笑ってしまう。よし、チーズの盛り合わせの皿を押しつけてみよう。もっと、飲みなさいとばかりに。
「吟遊詩人になりたかったのよ……こうやって、街で歌うの。旅をして色々な物も見てみたいわ。叶うだけで、このゲームに万歳よ? でも、それが…もし存在するというなら、それを求めて旅をするのも、面白いと思わない?」
ウィンクを軽くしてみせた。だって、ないものねだりは仕方がないし、今でも十分楽しんでいるからね。でも、存在するなら、やっぱり歌ってみたいと思ったわ? そこは正直に思うわけね。
ぶっちゃけ効果とかゲーム的にどうなのかは、不明だけれども。ほら、イメージ的にも、憧れる要素の1つでもあるわ。
なんでって? かっこいいから! 私って結構単純なのよね……思わず探す楽しみに、にまにまとしてたらしい。その様子を見て、ジンガもつられたように笑い出す。
「儂の場合は、やはり最高の武器を作りたいものじゃ。防具ものぅ、現実で、刀鍛冶をやってみたかったんだが、そうはいかなくてな」
ぽろりと、プレイヤー事情を零してくれた。だから、その厚い肩をばしばしと叩いてしまおう。
「この世界で、できるんだから、いいじゃない? ご飯もお酒も、リアルと変わらない美味しさよ?しかも、太らない! 最高じゃない。さあ、もう一杯飲みましょう?」
「おう、そうじゃ。この世界は、できないことも実現するぞい。弟よ」
メモをしまい込み、静かにと聞いていたドガも弟の肩を、ばしばしと叩いている。ちょっと、力が……痛そうなんだけれども。なんだか、楽しくなってきてしまって……うずうずとしてしまう。リュートを背嚢から取り出し、エールのグラスを空にしてから。
「ちょっと……私歌ってくるわ。何か、リクエストあれば、歌うわ!」
酒場の中を見渡せば、今宵、一日を生きた人々がやってくる。テーブルの周りは賑やかな空気に染まっていた。カウンターの隅の丸椅子の席へ向かいながら、リュートの弦を調整をして、今日は何を弾こうかしら。
ああ、ドガ。その曲弾くの? え、踊りたくなってきたって? 酔ってないわよね。……ジンガ、顔赤いけれども、酒あんまり強くなかったのかしら。あ。また、追加のエールが運ばれている。ちょっと羨ましいのだけれども。
終いになったら、私ももう一杯飲むことを心に決めて――弦を弾いた。