7.羊とお爺ちゃん
ドガと約束した時間の少し前にログインをする。それまでは、リアルで溜まっていた所用を片付けてログインができなかった。
ゲームを同じく始めていた仕事仲間から連絡も来ていたが、どうやらプレイ時間がすれ違いの模様。まぁ、アイツとはそのうち会うだろう。腐れ縁だしね。
2回目となる宿部屋での目覚め。身支度を済ませれば「道草亭」の1階へと降りて行く。今日は予め朝食を要らない事を告げていたけれど、レマさんはお弁当にしてくれて……本当に感謝してもしきれない。
ツインズ内の時間はお昼前。すっかり待ち合わせに使われるようになっている広場の噴水。噴水の淵のベンチに腰掛けてドガを待つ。少々早めに来てしまったかな? 丁度いいとリュートを取り出せば、練習も兼ねて弦を爪弾く。この噴水で歌おうと思っていた曲だ。それは……
穏やかな旋律の曲に詩を乗せる。この世界の名前でもある創造神の神話。双子の神の諍いを綴った歌だ。そう……街の中心にある噴水の像は、双子神の彫像だった。
双子神は色々な姿で伝えられている。顔の同じ男神、女神の双子だったり、一つの身体に二つの同じ顔。または、二つの身体が裏表になってたりと、表神と裏神とも呼ばれたり、姿は様々に伝わっている。
仲違いをしてしまった結果、生まれた魔石。それの影響を受けたのが魔物だと。人々……プレイヤーに伝えたかった。ゲームの説明書には書かれていないことをね。この世界を楽しむ為、もっと楽しんで欲しいから。お節介だけれども、詩人は、物語を語る者だ。
歌いだしてから……少し視線を四方から感じた。「そうだったのか」とか近くのパーティの魔術師らしきプレイヤーから聞こる。眼鏡が印象的な男の魔術師だ。わざわざパーティを呼び止めて聞いてくれてた。その様子に微笑みを返す。また「音が煩い」と吐き捨てるように通りすがる戦士に、申し訳ないと頭を下げた。けど……少しでも、耳にとまれば、いいなと思う。
「ケイ! 待たせたな!」
太く響く声が聞こえる。声に視線を向ければ、ずしずしと音を立てそうな歩き方で、老冒険者が歩み寄ってくる。ドガだ。今日はその背に弓を背負っている。けどけど……えぇ!? その後ろに思わず視線がいってしまう。ドガが二人いる?! ドガのそっくりさん?!
「いえ、待つのは嫌いじゃないから。問題はないわ。あの……後ろの方は?」
「そうか、今日はよろしく頼むのぅ。あぁ……もう一人の仲間で、儂の弟じゃ」
ついドガの隣に立つ仲間に、視線がいってしまう。その様子に、この反応に慣れているとばかりに、ニヤリとドガが笑う。どこか悪戯な笑みだ。ドガの言葉に一緒に来た男は、一つ頷いて名を告げた。
「儂はジンガという。ドガの弟じゃ。ケイ、昨日の話は聞いておる。そして、今の詩もな」
ドガの弟というジンガ。名前の雰囲気まで似ているわ……思わず頬を緩め笑ってしまいそう。ドガとジンガ。二人の姿はそっくりだった。まるで、双子? 言葉どおり兄弟にも見えるわ。
ジンガもまた、背丈は私の肩ぐらい。けれど、体格はみっちりと筋肉が詰まったような厚さでどっしりとしている。皮膚の色は薄褐色で、皺のある老齢を思わせる顔を白髪と髭が包んでいる。老齢のドワーフを思わせる雰囲気だ。やはり、それを目指しているのかな?
プレイヤーの実体から年齢や体格をカスタマイズできるからといっても、思いっきりのいい。リアルでも血が繋がっているのかな? そんな風に思わせた。
双子のようなドガとジンガ。双子爺ちゃんと呼びたくなる。けど、違いはちゃんとある。ドガは髪を短く刈り込んで、髭は2㎝程で顎から耳下までブラシのように揃ってる。
ジンガは髪が長い。オールバックにして白髪は肩下まで三つ編みに垂らしている。髭はサンタクロースみたい! 髭も髪も伸びるゲームだから、さぞ手入れは大変だと思う。
そして装備も違う。ドガは、黒革の胸当等の部位装備を主体に背中には弓。ジンガは鉄製の胸当てとガントレット。そして、鉄製の変哲もないメイスだ。
しげしげと観察してしまうのを、二人は楽しそうに見ている。ドガはニヤニヤと楽し気に。シンガは、ふぉふぉと、おじいちゃんみたいな笑い方だ。その笑顔に気を取り直して。
「はじめまして。ジンガ。バードのケイよ。今日はよろしくお願いするわ。聞いての通り、戦闘には向いてないのだけれども。ジンガも……ドガと同じ、生産を主に?」
手を差し出せば、がしっと握られる。力強い手だ。手を離せば、リュートをしまって杖を取り出す。
「ああ、兄貴が裁縫じゃからの。儂は鍛冶じゃ。武器はこの通りメイスを扱う。しかし、興味深い歌だった」
「裁縫と鍛冶。他の生産も嗜む予定じゃが、ジンガと二人で店を出すのが目的でのぅ」
「それは素敵ね。この世界の神様、貴方達と同じ双子の神様ね。他にも神話があるみたいで……」
おお、生産兄弟! とても楽しそうだ。店を手に入れる、そんなプレイもできるこの世界だ。
「ドガ兄弟だ」と……周りから先程とは違う視線を感じる。テストプレイヤーで知人が多いかしら? しかし、ドガ兄弟。呼びやすいわね。本人達は視線や声に気にした様子もない。
「今日が初戦闘となるけど、がんばるわ」
「よしきた……行くとするかのぅ」「おう!」
元気な掛け声とともに、ウインドウが現れた。
『ドガからパーティ申請があります。<お前の毛は儂の毛>に加入しますか?』
パーティの名前に、思わず噴出してしまっても悪くないわよね? 加入を許可すれば、視界の隅に、ドガとジンガのステータスバーが棒線で表示された。パーティを組むとお互いの体力・精神力が見ることができた。ステータス異常も追加表示されるとのこと。
このゲームでは、初めは基本値で、種族レベルがあがると体力・精神力が少しずつ上がっていく。他には<技能>で追加される。<体力増強><精神力増強>等だ。また、装備に一部「付与」として付く場合もある。二人とも私よりHPが多いから、技能か装備の追加分かな?
「では、行くとしよう。まずは南門じゃな」
ドガがリーダーとなって、先頭を行く。広場から繋がる南門を潜れば、街道が続いていた。南門は最初にログインした場所だ。街道は、この地域の主要道で大きな街や国まで続いていくらしい。
装備が整い技能が充実したら、旅をして街道を歩いてみたいと思っている。ログイン3日目にして初めて郊外に出ることになる。広がる街と違った景色に、つい足を止めてしまう。なんだか遠足みたいにドキドキするのは仕方がないわ。
南門の街道から西側は牧草地が広がっていた。青々とした草色の平原が広がり、風を受けて草が波のように揺らぐ……のどかな光景。ジオスは中継的な街で商業が多いようだが、それを支える酪農地域もあるようだ。街道西側に広がる牧草地帯をさらに西へ行くと、森林地帯に変わっていく。
私達が向かったのは、牧草地帯と森林地帯の境目。森林からは狩人や冒険者といった武装なくては立ち入ることはなく、魔物の種類も増えると聞いた。ちらほらとパーティで森へ向かう冒険者とすれ違う。
今回の目的であるビッグシープ。事前に冒険者ギルドで調べておいた。言葉どおり魔物化で巨大化した羊だ。もともと牧草地帯で飼われていた羊が、出没した魔石の影響で魔物化。そして、繁殖してしまった。時折、牧草地を荒らして被害が出ている。冒険者ギルドにも依頼が貼ってあったので、ドガに連絡して受けた。一石二鳥である。
牧草地帯を通り過ぎ、木々の姿が見えはじめる頃。景色の異変に気づく。思わず足を止める。
「酷いものね。これが被害ね」
牧草地のいたる所で、草が剥げ土が剥き出しになっている。剥き出しになった箇所は、穿られたような土の盛り上がり。そして、無数の獣の足跡。荒れ果てた牧草地は、魔物を恐れ放置されたままだった。かなりの範囲。その中で――森の近く、背丈の高い叢の中に、気配と大きく揺れる草。
「いた、遠くに群れがある。調べておるかもしれんが、奴らは本来臆病らしい。だが興奮すると凄い勢いで突撃してくるんじゃ。しかも、近くのビッグシープも連鎖する。昨日はその連鎖に手を焼いたのじゃ」
「いるぞ、あれじゃ……。弓で一匹ずつ、引き寄せてやろうぞ。ケイ、準備はいいか?」
「ええ、作戦どおりに」
ドガが背中の弓を取りだし、忌々しげに説明する。その傍ら、メイスを両手に構えたジンガ。準備は万端だ。精霊魔法を実戦で使う……僅かに緊張を孕む。
ここには、広がる大地、緑……そして、牧草を揺らす風を感じる。精霊は……いる。
移動中に打ち合わせはしていた。まずは、ドガが弓で引き寄せる手筈だ。その前に、二人へ道具を渡しておこう。大きな鉄の鋏を2つ、それぞれに渡しておく。
「本当にやる気じゃな。そう上手くいくか……」
「問題ないわ」
「よし、いくぞ!」
疑問を孕むジンガの声に鋏を渡して、強く頷く。やってみないと、始まらないわ。
ドガの掛け声と共に、ギリギリと弓が引き絞られ――ヒュゥン! 矢が放たれた!
それは、およそ30m程先、草を群れと離れて食んでいた一匹のビッグシープに向かい――
ンメェエエエエエエエ゛!!!
ドガの矢が命中したらしい。普通のサイズならば可愛らしい鳴き声は、太くけたたましく、鳴き声をまき散らしている。そして……でかい! 遠目にはわからなかったが、土煙を上げて迫ってくる羊。
ちょ、でかい!! いや羊もどきね。大きさは1.5mぐらい。大きな黒色の鋭利な角、瞳は赤く濁っている。そして、大きな身体を覆う灰色の毛皮……もふもふだ!
いや、でも大きすぎでしょう? 近づいてくるとわかる大きさ。名前通りね。ッ! ……接近してくる! 私は息を飲みこんで、羊を見据える。眉間にはドガの矢。いい弓の腕をしてるわ。一歩踏み出して、杖を真正面に構える。
「大地の精霊よ! 精霊よ、全ての命を育む大地の精霊よ……我願うは、その手により汝らの地を荒らすものを、戒めよ!!!」
杖を大地へと指し示しながら、言葉を紡ぐ。精霊よ……聞いてくれますように! まるで神頼み、いや精霊頼み。大地に住まう精霊へと願いを伝え……羊が迫る迫る迫るッ――!!!
メエエエエエエエエエ゛メ゛エエエ!!! ッメエ゛?!
言葉が終わると同時だ。地面から、ぽこぽこと土の塊が湧いた。なんか輪郭が曖昧な小人にみえ……る?
それは跳ねるように動けば、土で出来た蔓のように形を変えて、迫りくる羊の脚をひっかけた!!
結果、大きな羊は脚を捕られ、鈍い鳴き声と地響きと共に、地へと叩き付けられるように転倒だ。
「ジンガ!!」
「おぅ!!」
声大きく呼びかければ、応の合図と共に……ジンガのメイスが、転倒した羊の頭に容赦なくビュゥッと振り下ろされた! 何かが砕けるような音が響き、羊は泡を口から吐き出し、大きく痙攣したように震える。
羊の頭の上に気絶を示す、アイコンマークが点滅した。点滅している間が気絶してる間だ。まだ、地の蔓は脚を引っ掛けたままだが……念を入れる為に、精霊へと呼びかける。
「大地の精霊よ…さらなる戒めを。ドガ、ジンガ! 今よッ、気を失っているうちに!」
羊の全身に土の蔦が這う。蔦を運んでいるのは、先程と同じ茶色の小さな小人? 今はそれよりも急がなければ……私もローブのポケットから鋏を取り出す。シャキン! 鋏の音が響き渡り。
羊といったら、毛刈りでしょう?
3人がかりで、鋏を走らす! 走らす! 普通の羊と違う巨体だから大変だ。気絶させている間に、ひん剥かないと! これが私が気づいたというか……ドロップで毛が手に入らないならば、直接、毛を刈ってしまえばと思ったのよ。7割程度、毛を刈った頃。哀れな姿になった羊の巨体が、脚を激しく揺らし暴れ出した。――退避!
「ジンガ、とどめを――!」
言葉の前に、ジンガのメイスが再び……ゴゥッ!! 唸りを立てて暴れる羊の頭に振り下ろされて、――ビッグシープは、ぐずぐずと輪郭が崩れ溶けるように……消えた。討伐だ。
魔物を倒すと、こうなるのね……そして、地面には生肉の塊と黒い角が一つ。戦利品として落ちたものだ。ゲーム的だけどちょっとシュールよね。そして、周囲には散らばった毛玉。灰色の毛玉である。3人、少し呆然としていたかもしれない。無言でドガが毛玉に触れて持ち上げる。
「うむ、ビッグシープの毛じゃのぅ。しかも……ドロップより品質がいいかもしれぬ。うーむ」
「毛刈り、じゃな」
うむと、深く頷いたジンガ。担いでいたメイスを地面へ降ろす。ドガは、なんとも言えない表情で毛玉の品質を見ている。しかし、ジンガのメイスは凄い一撃だった。
もしかすると<剛力>技能も持っているかもしれない。そして、私はひそやかに精霊がお願いを聞いてくれたことに、ほっとした。あの小人みたいなのが、大地の精霊? うっすらと形が見えて……羊が倒れた箇所を見れば、土が少し盛り上がっているだけだった。
「ケイよ。どうやら、倒す前に毛を刈るほうが、効率がよいようじゃ。必ず刈ることが出来るからのぅ。いや、盲点じゃった。狩ることばかり考えていたからの」
「羊と聞いたからね。昔、旅先で羊の毛刈りを手伝ったこともあるし」
「だのう、ヤツの体力自体は低い。群れには気を付けてやれば、良いかもしれぬ。しかし、ケイの精霊魔法。皆……テストプレイでは、投げ出しておったが……なかなかじゃないかの」
ドガがしみじみと髭を擦る。成功するかしないか、精霊次第だから……わかるような気もするわ。
周辺に散った羊の毛を、ジンガが周囲を警戒しながらドガと一緒にかき集める。<気配察知>も発動させておこう。MPが減るのね、この技能。しかし、この毛玉は、魔物とは思えない柔らかさで少し気持ちいいかもしれない。ちょっと匂いと汚れがあるけれども。どんな布になるのかな。
「しかし、ドロップの倍以上じゃ、この調子で進めてみようかの」
「了解じゃ。次の奴を弓で引っ張ってこよう」
「わかったわ。危なくなったら私も殴るわ」
杖を握りしめてみせたけど、微妙な顔をされた。細腕はやめておけって? そりゃ……ドガ達に比べればね、そうだけれども。儂がトドメを必ず! ジンガがメイスを握りしめ、決意を強く言われてしまったわ。
ツインズ時間で2時間程、羊狩りならぬ、羊毛刈りを続けた。その日の戦果は大漁だ。
途中色々と……色々と起こったけれどもね。成功を祝って3人揃って、その日の夕方には酒場になだれこんだ。今日はエールが美味しく飲めそうよ!