5.子供心はだいじ
念願の職業、バードになった!! まだ、初心者だけれども。
詩人ギルドで登録後、練習室を借りて、ツインズ時間で2時間程練習をした。
おかげで、<楽器演奏>と<歌>の技能が上がった。LV5になったら、新規技能を習得する際に使える技能ポイントが貰えた。新規技能が取得条件満たしたら、使うことにしよう。技能取得のポイントは技能ごとに違うらしい。難しかったり、レアだったりすると多く使うのかな? 私は溜めてから使うタイプ。慎重派なのよ。
練習している間、ギルドマスターであるエルザさんに興味津々に聴かれていた。少し恥ずかしかったけれど……時折アドバイスをくれて助かった。エルザさんとは年齢が近く……アバターの年齢だけどね?
リアルではエルザさんは妹ね。可愛い妹になりそうなね。話が弾み、街でお勧めの美味しいお店等教えてくれた。訪れたい店リストがどんどん増えていく。
そして、外出をお誘いしてみたけど、仕事中だからとの言葉。高性能AIで会話や交流には不便ないけれども、行動範囲は決まっているのかもしれない。少し残念かな。
バードギルドを後にすると、空腹を感じた。数値が上がっているのが、なんとも現実的だ。
休憩がてら、昼食で貰ったサンドイッチを広場の片隅で食べる。次の目的地は冒険者ギルドだ。
仮登録のままだった冒険者ギルドの登録を正式にしないといけないし、路銀を稼ぐ手段を増やさないといけない。冒険者というのも純粋に楽しそうだしね。
冒険者ギルドは、広場からも目立つ建物だ。職業ギルドが立ち並ぶ東のメインストリートの入り口。広場に面した場所にあるのは、利便性の為かもしれない。建物は3階建の石造建築で玄関扉がない。アーチ状の門が玄関となっている。緊急時に出入りしやすいためかな?
門をくぐって入れば、バードギルドと違って人の波。学校の教室程ある室内にカウンターがいくつも並んでいる。その中で、ギルド登録受付場と看板が出ている箇所へ並んだ。
室内には、プレイヤーも多いがNPCの住民もいるようだ。その理由は、装備が初心者用ではなく使い込まれていると一目でわかったこと。かっこいい!! 一緒に付いて行きたくなってしまう。
時々、視線を少し感じる。特に背中のリュートに……今は第一装備が楽器なのだから仕方がない。リュートで魔物を殴らないから、安心してほしい。戦闘用技能も訓練はしていくつもりだ。
「ギルド登録をお願いします。……これが身分証明です」
「おや……バード?」
順番が来て、ステータスカードを渡すと……受付の事務職然とした年配の男性が驚いたように声をあげた。まじまじと顔を見られる。笑顔で返してみた。バード家業と併用しても問題ないはず。ただ組み合わせとしては珍しいかもしれない……多分。
「はい。一応生業として……けど、戦闘技能も少し心得があるので、無理しない程度に」
「はぁ……まぁ、貴方も例の旅人達の一人ですか。貴方達は思いもよらない技能を持っていますからね。よいでしょう。ただ……受けた依頼が失敗すると、中断料がかかるのを、覚えておいてくださいね」
各職業ギルドからの複合ギルドでもあるせいか、試験はなかった。登録書類を提出すれば、ステータスカードに冒険者(仮)が消えた。その横にレベルを示す数字が書かれている。
「各職業ギルドでの位もありますが……冒険者ギルドも同じでギルドでどれぐらい依頼を達成したかの数値もあります。達成数が増えれば、難しいものも受けることができます。……無理はしないことです。あと、パーティを組むことをお勧めしますよ」
説明を受ければ、あとは依頼を受けるも自由だった。参考がてらにギルドの依頼掲示板を見てみる。
沢山の紙と冒険者達が並んでいる。その中の一枚の紙を見てみる。
[依頼No.XXX ワイルドピッグ討伐 依頼主:XXX]
昨日食べた豚……美味しかったあれね! ワイルドピッグの討伐は、そのままの討伐依頼だろう。
街近くの牧場主が依頼者で、戦士ギルド等の各ギルドにも共用依頼となってた。この場合窓口が分かれているだけで、依頼主からの褒章は同じだった。
冒険者ギルドの依頼は多岐に渡っている。雑用的なものから専門的な技能がいるもの。職業ギルドに出されている物も条件付きで掲示されていたり、複数名で推奨されるもの等。とりあえず、私も条件が合えば……可能ならば受けられそうだ。
けれど、今日の目的は別である。冒険者ギルドには訓練場が併設されていることを、エルザさんが教えてくれた。バードギルドの練習室と同じようなものらしい。
1階の階段付近の案内板を見て、訓練場となっている3階へと向かおう。
「さて……まず、何からしたらいいのかしら」
訪れたのは、魔法演習用の的がある一画。周囲を観察するように見渡す。
魔法陣が床に描かれており、魔法の暴発や衝撃等に備えていると説明があった。部屋の中央には、石で造られた1m程の長方形の的がある。的はつるんとした不思議な質感で、見たことのない文字が刻まれていた。
<鑑定>してみる。魔法攻撃を吸収すると説明が出てきた。安心して練習することが出来そうだ。
数人のプレイヤーと思われるローブ姿の者が、それぞれ的から離れて練習をしていた。
「おお、凄い……本物の魔法!」
空いている的に向かいながら、練習光景に思わず歓声のように声をあげてしまう。
だって魔法よ? 魔法! タネのあるマジックではないのだ。魔法もタネというか技能はあるけれども……子供の頃、「いでよ、ふぁいあーぼーる!!」と遊んでいた、ちょっと恥ずかしい記憶が思い出される。
的に向かって、拳大の炎の弾がぶつかって、弾ける! 地面から土の壁が盛り上がって的を囲む!
矢のような石つぶてが、的に次々と飛来していく!
あれは<魔術>の技能かな。取得していないので詳細がわからない。初期説明では、<魔術>は、魔力を具象化する技能とあった。技能が多すぎて複雑なのを今更になって思う。
私も試そう。初期で取得した<精霊魔法>だ。あ、まって……どうやって、使うんだろう。
えっと、技能の説明を読もう。簡単な説明がステータス画面の技能欄に書かれている。
[精霊は自然に存在してます。もし貴方が力を借りたいなら、精霊を感じて想いを伝えましょう。上手く伝われば、精霊は叶えてくれます。その精霊が存在しなければ力は借りられません。注意しましょう]
……。とっても抽象的だった。あれよね? 精霊は存在する。昔、森には大きなぬいぐるみのような精霊が居ると信じて……森に叫んでいた、幼少時を思い出した。子供は純真だということに、しておいてほしい。誰にだってあるはずよね。
そして部屋を観察する。壁際の松明の炎……窓から流れる風……私に今感じられるのは、この程度だ。
松明の炎をじっと見つめた。意識を炎のみに集中されて……あれ……なんか。
チラチラと踊る炎の合間に覗く「形」がある。
あれは!! 噴水でも似たようなものを見た。まさか、あれは……似たような気配は。
「炎の精霊よ……。力を貸して! ……燃やしなさい!」
うう、恥ずかしい! 憧れていたけれども……口に、言葉に、この歳になって出すのって。
演劇でもやっていれば、良かったかも。上手い言葉が出てくるかもしれない。
けれど、精霊がいたら、こんな風にと思って……言葉を紡いだ。
刹那、松明の炎が大きく揺らいだ!! おおおお?!
まるで生き物のように、小さく揺れて揺れて……焔が歪んだ風船のように膨らみ……
ぷすん
音を立てて萎んだ。松明は何事も無かったように、周囲を照らしている。……。呆然。
思わず、膝をつきそうになった。恥ずかしかったのに。でも精霊はいるの? 思わず炎を見つめた。
「ふふ、精霊には、きちんと思いを通じないと駄目ですよ? 少し、足りなかったみたいね」
後ろから、穏やかな女性の声が聞こえた。振り向けば、刺繍が見事な黒いローブを着た女性が佇んでいた。その手には複雑な彫刻がされた杖。金色の髪が背中に広がる秀麗な顔立ちの女性。
「<精霊魔法>を習いたてのようね。私はリーナ。登録している冒険者だけど……精霊使いとして働いているわ。貴方を見て……昔を思い出して、声をかけてしまったの」
微笑を浮かべながら、その女性は話しかけてきた。装備を見ると熟練の冒険者に見える。ということは、NPCだろうけど、ベテラン冒険者なのは間違いない。
話を聞いてみる。リーナさんは、依頼を受けてるパーティを待つ間、珍しく訓練所が賑わっているのをみて、覗きに来たとのこと。
「ケイといいます。冒険者に登録をしたばかりで……手解きは受けたものの。思いを伝えるですか……」
「<精霊魔法>を得ているということは、精霊の姿が少しは見えているでしょう? 意識してみるといいわ。命令というよりは、こうしたいと、伝えるのが大事ね。例えば……」
<火の精霊よ……その全てを受け入れ包む炎を以ちて……火花の如く爆ぜ、宙を震わせよ!!>
リーナさんの柔らかくも凛とした声が響いた。その杖が松明に言葉と共に向けられた瞬間。
松明の炎が大きく揺らぎ揺らぎ――
空気を孕むように膨らみ……破裂音と共に、火の粉が大きく爆ぜた!!!
同時に、その言葉を喜ぶように……火の塊? 生き物のような「何か」が跳ねたのがわかった。
思わず、ぽかんと唇を開いてしまう。花火の始まりのような火の力強さ。
生き物のように見えたのが精霊? この衝撃を言葉に上手くできない、ドキドキしてくる。
「わかったかしら? ……伝えるのって難しいわね。まずは何をしてほしいかを、思って……応えてくれるかを待つしかないわ。熟達していけば思い通りに動いてくれるし。姿をはっきりとみることもできる。まずは、貴方たちの存在を知ってますと伝えてね。あと、<精霊語>を覚えるのもいいわ。彼らの言葉で伝えれば、より正確に力を貸してくれるわ。熟達した精霊使いは、自由に言葉を操り、精霊を友人としたそうよ?」
そしてと、リーナさんは杖をトンと地面へついた。この杖もと付け加えて。
「杖は指揮棒みたいなものね。杖の品質や種類によって、精霊に伝える力を増幅することができるわ。余裕があれば、上質なものを買い求めてもいいかもしれない。まずは、精霊を信じ見て、伝えることが大事ね。慣れてくれば、その場に存在する様々な精霊の力を同時に借りることができるわ。精神力には気をつけなければいけないけれど」
助言はこれぐらいかしら? と、片目をウィンクするリーナさん。驚きで固まっていた思考に活をいれると、急いでメモ帳を取り出して、教えてもらったことを書き留めた。その様子を見て、くすくすと笑われてしまう。教えに感謝の言葉を告げる。
「しかし、貴方……本職はバードなのね。珍しいけれども、旅をするには自衛手段もいるしね。それに、精霊は歌も好きらしいわ? 私は<歌>の素質はないから、彼らの言葉で歌ったことはないけれども……歌うと、どうなのかしら? 余程<精霊語>に通じていなければいけないけど。目指してみる?」
そんなことが出来るという。このゲームの技能システムは、熟練すれば上位の技能も存在すると説明書にあった。それの1つになるのかもしれない。
まずは、基本の<楽器演奏><歌>を。バードとしての腕を磨かないと、本末転倒になる。
あと、聞きたかったことを思い出した。
「あの、杖って……。殴ってもいいですか?」
「え?」
「……敵に接近されたときに、こんな風に」
右手に握っていた杖を軽く上げて示した。そして、片足を少し前に出して半身に構える。
杖先は魔術訓練用の的に向ける。直接攻撃する訳にはいかないので、そこに居るとして――
「――ヤッ!」
勢いよく踏みこみながら、杖を上段から腹の前へ打ち落とす。
一歩引けば、真っ直ぐに的に向かって突いた。的には当ててない。形のみだ。
「こんな、感じです?」
随分と久しぶりの感覚に、自分でも首を傾げてしまう。
そう、子供時代の話だ。「ごっこ遊び」に、はまる時期ってあるよね? 戦隊ごっことか。
ファンタジー大好きだった私は、「冒険ごっこ」に興じていた。拾った棒きれを、ぶんぶんと剣の代わりに振り回してね。魔法とかいって、泥団子投げたり、近所の公園を走り回っていたのだ。
あまりにも、お転婆すぎて……ある時、一緒に遊んでいた幼馴染に怪我をさせてしまった。
そんなに元気が溢れているならと、両親に近所の武術を教えていた教室に放り込まれた。
礼儀も躾けたかったに違いない。そこへ高校生後半まで通ったっけ……。その中で杖術に触れたのだ。
それから歳を重ねて、身体は覚えていたのか、護身術として痴漢迎撃に役に立ったこともあったり、治安の悪い所に迷い込んで恐ろしい目に遭った時、傘が役に立ったこともあった。とても反省したけど。
自分からできるからって挑んだりしない。そんな程度だから、ゲーム内で戦闘職として、本格的に立ち回れる程ではない。
「武器として……衛兵が無傷で捕えるのに見たことありますが、そもそも杖としての耐久や品質があるでしょう」
リーナさんは少し呆れた様子で教えてくれた。精霊使いは、やはり後衛の役割なんだろう。
少し頑丈なのを買って、もしもの時に使おう。なんだかリーナさんには、微妙な顔をされている。私も、昔のヤンチャな記憶を思い出して、少し気まずい……ごめんなさい。でも、この世界なら少しは役立つような気がした。<棒術>って技能もあったしね?
気を取り直したリーナさんに色々教えてもらった。後衛として如何にパーティをサポートするかだ。そんなイケイケに、敵に向かうつもりはないはず。お転婆なのは、幼少時代に卒業したはずよ。
まずは、<精霊魔法>の技能を、もう少し実戦レベルにあげようと、訓練を続けた。