39.大地の歌
大地を抉るように移動するワーム、その動きは10m近くもあるのに鈍くはない。
ワームにしてみれば排除しようという冒険者達から逃れるように、最初は拘束から逃れようと身を捩り暴れたりしており、卵を掃出し眷属を呼び寄せていた。
しかし、鋼の矢を幾度も打ち込まれ、魔術師からの魔法で戦士達の武器で牽制され、ワームは私達を排除すべき物だと理解した頃には、その攻撃は苛烈なものとなっていた。ジナンさんは逃げなくていいと、冒険者達に発破をかけていたけれども――死闘の開始だったかもしれない。
巨大なワームの動きは地面を削り森林を薙ぎ倒し、放置された鉱脈前は既に大きく開いた空間になっていた。ワームを中心に冒険者達の包囲は完成されてきている。
身軽な戦士達はワームの注意をひくように、近づいては皮膚を斬り裂いては離れる動きだ。あまりワームの体力を削る事はないが、その後方で魔法を繰り広げる魔術師達に注意を行かぬようにする為の役割でもある。
また重戦士はワームの隙を見て、その身体に斧や大剣を打ち込んでは確実に傷を与えている。所々ワームの鱗が剥げ、肉が露出し出血を見る事ができる。
しかし、この巨体を思えばどれだけ傷を負わせればいいのか――魔法も炎の弾等で着実にダメージを重ねているようだが、まだまだワームの動きは鈍る事はない。
取りつく重戦士達を押しつぶすように身を捩る。ミミズのような身体なのにうねる動きは躍動に満ちて巻き込まれた軽戦士は、骨折等を大怪我を負い後方部隊へと治療を受けている。
すでにパーティ毎の動きはない、乱戦といった状態だ。見知った顔がその中に確認できる。確実に牽制しているのはヘレナとリリィさんだ。私から見れば牽制ということは真っ先にターゲットにされるのに、よく的確に動いていると思う。
ドーイさんとジークさんは、重装備を生かして果敢に胴体へ取り付いて、重量級の武器を打ち付けている。ライアートとハイドさんは回復魔法を適時、掛けながら攻撃魔法を放っている。
カイさんは怪我人を救出するべく、卵から生まれた蛇を蹴り殴りと討伐しながら、回収しては回復効果のある魔術符を使用している。ちなみにこれは購入すると高価な消耗品だ。しかし、ケチることはねえ! と怪我人に言ったのを聞いていた。
私は自由に動くシンクの跡を追いながら、精霊魔法で支援をしているが、こういった時の戦闘技能の低さに悔やまれてしまう。せめて……魔法の歌みたいな支援ができればいいのに。何度もふと思ってしまう。今は出来ることをと、近寄ってくる蛇の頭を大地の精霊の槍で貫く。
他の冒険者達も力を合わせといった感じだ。卵から生まれた蛇の魔物を駆逐し、好機を見ればワームに攻撃をしていく。
「また、ブレスだ――!! 退避!!」
ワームのまるで口が顔というような頭部から放たれる息。熱を孕んだ麻痺性の息は焼けつく息ともいうべきか。ブレスに触れた身体は皮膚が熱で火傷を負い、神経を犯し身体が麻痺をしていく。
ブレスを吐くために喉を震わせる事が、このワームの特徴だとジナンさんが教えていたから、ブレスの被害はそんなに出ていない。しかし、ブレスの余韻が残る間は接近する事もできず。その間に卵がどんどん生み出されていく。この繰り返しに冒険者達には焦燥感が漂う。
元凶の魔物がいる事は事前にわかっていたので、ポーション等の物資の準備はしていたがそれは限りがある。長期戦となると――しかし、逃がす訳にはいかない。目印の魔導印を付けているが、それは時間が経つと消えてしまうのだ。ブレスに対しての対策もあるが、ブレスと共に体当たりを喰らった冒険者の一人が力尽き――死に戻りをした様子を見てから、参加する冒険者も腰が引けてしまうのは仕方がないかもしれない。そんな中だ。冒険者の混戦の中を縫うように移動していたシンクが――ブレスの前に飛び出した!!
「シンク?!」
<ダイチ ケガス! サレ!>
ワームの巨体の前に、小さな獣が飛び出して――まるで仁王立ちのように見上げれば、ワームの口から焼けつく息が吐き出され――シンク?! その速さにシンクの元へ辿り着けぬままに、驚きに足を止めてしまう。
キィイイイイイイイン!!
シンクの赤い額の宝玉が光を放った! それは優しい大地の色に似ている色だ。刹那、光は大地からシンクを中心として半円のようなドームを形成していき――ブレスがシンクへ到着すれば、まるで弾かれるように霧散した。半円のドームはまるで結界のようで、大地の精霊の存在を濃く感じることができる。まるで、大地の精霊を使ってバリアを張ったような、イメージだ。バリア、バリア……?
「いまだ、打ちこめ!!」
シンクの生み出した結界により、やきつく息は霧散しワームに知能はあるのか、それとも本能的に戸惑ったのか動きが止まる。間髪入れずジナンさんの声が響く!! さすが、ベテランだ。隙は見逃さないのかもしれない。
瞬時に攻撃魔法が何種類も飛び交い、ワームの頭を直撃し――ワームの巨体が揺らいだ。その隙を戦士達が見逃す訳なく、一斉に武器を振う!
シンクを囲んだ結界? みたいな薄い光。その根元は地面が円の形に盛り上がり、大地の精霊がやった! とばかりに弾んでいるのは気のせいかしら? 振り返ったシンクが、どや! みたいな顔で私を振り返る。
その額の宝玉はまだ淡い光に包まれている。カーバンクルという額にある宝玉の名のついた幻獣を思い出してしまう。ファンタジーの世界に存在して、よく無敵の盾みたいなバリアを使うけれども。まさか、ね?中位精霊であるシンクの指示に大地の精霊が働いたのだろう。
「高位の精霊が使える司る存在を力としたものだ。使えるならば、とっとと使ってくれればって。あんたの使役獣じゃないから仕方がないか。ちょっと、上手く言いくるめてブレスを封じてくれ。結界みたいなもんだ!」
ジナンさんが魔法を操る手を留めずに叫んでくる。え、え、え?! ジナンさん。あの体つきで魔法使いだった。武闘派の魔術師らしい。近づく蛇を蹴り倒して魔法を打ち込んでいたのを見た。精霊に詳しいのは、わかったけれども。ちょっと何がなんだか、わからないけれど。
「シンク、息から、皆を守って!」
<ケガレ! ハイル! チカラ タリナイ! モット チカラオ ウタヲ>
「それは、あとで。ハイルさんの仇よ――!」
シンクが何か訴える表情とどやって感じを感じる。しかし私のMPが減っているのは、なんでなのかしら。全く理解ができない。一度、精霊獣に付いて本格的に調べなければいけないわ。もっと大きな都市に……
シンクが歌と強請る声だけれども、ご褒美は後でだ。減ってしまったMPを回復するべくポーションを飲めばやっぱり苦い。
シンクが結界を張った隙に、一斉に打ち込まれた魔法はかなり有効打になったようだ。怒声のような冒険者達の声が響けば、横たわり痙攣するワームの身体に武器が突き刺さり魔法が焦がしていく。そして、とうとう――
「ハイルの仇だ!!」
老齢を感じぬ動きで自ら作り上げた鎧と武器を纏ったジークさんの斧が、巨大な斧が――ワームの尾を切断する。ワームの巨体が大きく暴れれば、大地へと牙を剥き逃げる如く蠢き始める。土煙が大きく立ち上がり。
「逃がすな! 完全に潜るまでに――な、?!」
ジナンさんの声が途切れれば、それは起きた。切断されたワームの尻尾。まるで生きているように暴れれば、その片方に頭が生えたのだ。こんな馬鹿な! という声がベテランの冒険者から響いてきた。そのことから、通常のワームでは起きないことかもしれない。二匹に分裂したワームは冒険者達に襲いかかり――
「逃がすな! いや――!!」
本体というべきワームは潰れかけた頭部が地面へ潜りこみ、姿を消して――地面が揺れる。まるで地震だ!
思わず態勢を崩してしまえば……そして、ヤツは再び地上へ現れる!
その口には現れた場所に立っていた冒険者を咥えて!? 悲鳴が響き渡れば――ワームの姿は再び地中へ。 再び潜る時には冒険者は地面へ叩きつけられ――散った。プレイヤーだったのだろう、死に戻り、だ。あまりの景色に呆然とする冒険者達もいれば、必死に分裂したワームの相手をする。そして、再び――地響き! 見えない地面の中からの攻撃に動揺は広がり。
<ダイチ ヲ ケガスナ!!>
シンクが飛び出せば、再び「何か」をしたようでもあり、ワームから初めて鳴き声のようなギィギィといった虫の鳴くような音が響いて――地面へ身体を打ち付けられる。ワームが地中を移動するのを阻むように、大地の精霊がワームの移動する大地に満ちていた。けれども――それは一瞬の事だった。
一体何が――シンクの身体が薄い? 言葉通り薄いのだ。まるで陽炎の如く、身体の輪郭を薄くさせていき――消えてしまう?! 力を使い果たしたように。思わず駆け寄りその身体を抱き上げれば。
「シンク?!」
<ウタ セイレイ ウタ チカラ ハイル ムネン>
淡い光を額の石へ宿しながら、まるで泣き出しそうな声の思念が私の脳裏へ響いて。歌と乞う声は――シナ湖で水の精霊、湖の主ともいえる精霊と会話したことを思い出す。水の精霊は……
<ソレハ イニシエ ノ ギホウ。ウタガ ワレラ ニ チカラ ヲ アタエル>
言っていた。まるで幻のような言葉だと思った。精霊に力を与える歌なんて。けれども、けれども。ハイルさんの無念を晴らすべく、力を振うシンクの姿に、何を思えばいいのだろうか。
私は装備を杖からリュートへと変えた。落ち着いていままで知ったことを思い出せ。
今まで断片的に情報を得る事ができた。精霊は歌を自ら奏でる事が出来ないので、一族以外が生み出す歌を好む。それは精霊に力を与えるという。その力とは何か――精霊語で精霊魔法を使えば、精霊達は自らの言葉で伝える、使用者に快く応えてくれる。歌が好きという精霊達、彼らの言葉で歌えば? そんな考えをいつしか考えるようになった。
けれども、どうやって――シンクを見る。元は大地の精霊が憑代を得て、ハイルさんと共にあった為に中位の精霊として姿を持つ事ができた存在。今はどこか力を行使したせいか、輪郭が曖昧になってきている。このまま、力を使い果たしてなんて考えたくもない。私はシンクに、旅の仲間に力を与えることができるだろうか?
私はリュートを構えた。爪弾くは大地の歌だ。それは大地の精霊の眷属たる古の一族、ドワーフ達に伝わる曲だ。ジークさんに、ドワーフの一族に遭わなければ知る事が出来なかった曲だ。その曲を私は爪弾く。 古くからドワーフの一族に伝わる、大地の共に生きる彼らが、大地そのものを讃え祈る曲だ。精霊に奉るそんな古い曲。
私はその旋律に乗せて――精霊語を紡いだ。紡ぐ内容は精霊魔法と同じ。精霊に願う言葉。ドワーフの大地の曲に精霊語の歌詞を載せて行く。
戦場となった放置された鉱脈の前に、場違いに音が響く――ぎょっとしたような視線を受ける。私はただ言葉を紡いだ。
「豊かなる大地に存在する、大地の精霊よ。捧げるは共にある音。大地を穢す物の動きを――その……」
精霊語で歌詞を紡ぎ、精霊魔法と同じように大地の精霊へと願う言葉。言葉を口にすれば精神力を示すMPが一瞬で減っていく。寧ろ、音を爪弾き精霊語の歌を口にするたびに、MPがめりめりと減っていく。その感覚に思わず頭痛を覚え、虚脱感を覚えるが――
「大地が――? ワームの動きが止まったぞ?!」
冒険者達の声が遠くに聞こえる。歌を途切れる事なく紡げば――腕から大地へ跳んだシンクの身体が大きく震えだす。
そして、地面の上では大地の精霊の小人達がはっきりと姿を現し、ワームの生み出す穴を囲んでいる。まるでノームが地中へ潜ることを拒むように。ワームはその事態に身動きができないのか、巨体を悶えるように大地へと打ち付けていた。
大地の精霊に力を、与えてる――? やばい……MP枯渇に意識が飛びそうで。カイさんが駆け寄ってくるのが見えて、視線をMPポーションへと示す。飲ませようとするのを首を振って拒む。歌をとぎらせる訳にもいかなくて――カイさんが、困ったような顔をして――うん。MPポーションを掛けられた。
飲むより効果は薄れるけれども。歌を歌いだしてMPがガンガン減っていることと、今起こっていることを察したのかもしれない。
「ケイ?! その歌は――……一体?! MPがやばいぞ! そのままじゃ気絶する。っ、リリィに貰っておいてよかった」
カイさんとパーテイを組んでいて幸いだったかもしれない。パーティメンバーのHP・MPは見ることが出来るからだ。そして、カイさんが、ぎょっとしたように視線をやるのは……シンク?!
シンクの身体が淡い光に包まれれば、そこに居たのは一匹の獣だ。強靭な四肢を大地に踏みしめ、額の宝石は神々しくも光を秘めている。シンクに似ているけれども、大きさが! 大きさが! もふもふというよりは、精悍な身体をもち艶やかな土色の毛並みをした獣へと姿を変えていた。その大きさは獅子ぐらいの大きさかもしれない。
<我ノ本来ノ スガタ ケガレヲ 払ウ!>
いつもとは違う明瞭なシンクの声。その瞳が私を見る。常とは違う知性ある輝きを秘めて。その存在は力ある精霊と精霊魔法に通じる者ならばわかるだろう。私は歌を紡いだまま、息を飲めば――
<マダ 果タサヌ 主ヨ 礼ヲ 大地ノ子ラ ケガレヲ 留メヨ!>
シンクの姿をした獣が大きく声のような鳴き声を上げれば――大地の精霊の力は増していく。既にワームは大地の精霊の力によって地面へ縫い付けられたような状態だ。それを冒険者達は見過ごす事はなく―――大地に捧げる歌、大地の精霊の歌ともいえる歌を紡いだ私は、カイさんの慌てた声が掛けられるのを聞きながら――意識がぷつん、と途切れた。




