36.いざ
リーズ村に日が昇る――ツェルトから出れば周囲は野営のテントで溢れている。
その数は前日より増えている。野外でも野営技能があればテントを張ることによってセーブエリアになる。
冒険者には必須技能になってきている技能だ。テント一つに技能を持ってる人が一人いれば有効なので便利だと思う。ここでログインとログアウトをしているプレイヤーも多そうだ。
まるでテント村のようになっている村の周辺から、魔物除けの柵を抜けてリーズ村へと入る。
村を囲む魔物除けの柵は昨日から強化作業が行われている。ジオスから半日で到着することができるので、続々と物資や支援部隊が到着して対策が進んでいるようだ。
村の広場には大きなテントが張られてギルド職員が忙しく出入りしている。その傍には机が置かれ、冒険者達の対応をしている職員の姿。状況報告や討伐数、出現している魔物の種類等を記録している様子。また、テントの横には食料や医療品などの物資が積まれていて、仕分け作業が行われていた。
夜も荷馬車を走らせて来たようで……そう荷馬車、町で管理している荷馬車が緊急事態として動員されていると聞いた。ジナンさんは各地への連絡が大変だと言っていた。これもそうなのだろう。
しかし、荷馬車といっても馬車といっていいのかな? まさしく荷馬車だけれども、荷台をひいているのは馬じゃなかった。牛に似ている動物だ。普段見る牛と違うのは、黒色の毛並みが長く、身体つきはがっしりとしてとても逞しい。額には2本の角ではなく、1本の角が額の真ん中に生えている。そして尻尾が短い。牛? でも、ちょっと違う。そんな生き物だった。鑑定すると名前は<アグ>という動物だった。この世界の家畜として広く飼育されており、力が強い為に荷馬車をひくのに使われる。肉も美味しく、毛は季節ごとに生え変わり、落ちた毛も有効活用されるそうだ。ジオスの周囲に広がる牧草地帯。ここに放牧されていたみたいね。
アグは荷馬車につき2頭づついて、人に慣れているのか大人しく繋がれていた。世話をする御者も近くにいるのだろう。
他には医療用のテントもあり、ヒーラー協会からも人員が到着していた。白いローブを纏ったヒーラー職の人達が数人準備をしている。ヒーラー協会が設置されたということは、プレイヤーの死に戻りはここになる。
プレイヤーが死亡になると種族スキルである<ヒーラー協会の加護>により死に戻りになる。その場合、戻る場所は死亡した現場から近いヒーラー協会になる。街から離れた場所で死に戻ると、パーティと離ればなれになる事もあるようだが、今回はすぐに戦線復帰できるだろう。
また、村の一角ではプレイヤー有志によって支援活動が広がろうとしている。色々な什器を設置している冒険者、プレイヤー達の中に見知った顔を見つけて歩いて行く。
「こんにちは!」
村の納屋を借りて設置されているのは簡易の生産施設だった。生産ギルドも協力をしているらしく、冒険者を支援する施設の一環として什器を持ち込んだようだ。本格的なものは無理だが、簡単な武器防具の手入れができるという。長期戦となれば助かるに違いない。それぞれ作業をしている中に、ジンガとドガの姿を見つけたのだ。
「おお、ケイか。なんだか大きな事になったのぅ」
「ええ。でも、みんな来てくれて……」
「生産者の繋がりで呼びかけてきたからのぅ。生産技能がメインじゃが、多少は戦えるし村を守ることはできるだろう。まぁ、大半はイベントのノリが大きいかもしれんがな」
ドガ兄弟を含むプレイヤーの生産者も大分集まっているそうだ。公式HPの掲示板にも専用の情報板が作られていると教えて貰った。
早速、私も公式HPを開くシステムメニューに触れて……視界に広がるHPのウインドウ。掲示板にアクセスして……良かった。事の成り行きが昨日冒険者達に伝え歩いたように、ちゃんと伝わっている気がする。フラグ回収は歌のお姉さんと書いてあるけれど、こればかりは事実だしね。やがて、武器のメンテナンスや調整に訪れた冒険者達の相手で、忙しくなってきたドガとジンガに挨拶をして立ち去った。
そして、気になる事がある。それは街を出てからシンクが姿を見せない。首飾りの石の中は空っぽのままだ。これだけ長時間、姿を見せないのは付いてくるようになってから初めてかもしれない。なんだか不安になってくるわ。気づくと一緒に離れずにいたから。といっても、契約を交わし使役している精霊でもないから、なんともいえない感じだ。……どこにいってるのかしら。
水の精霊であるスイは指輪になったままね。指輪に触れると気持ちがわかりやすくなった。そこからはどこか怯えたような感情が伝わってくる。
ジークさんはギルドマスターのジナンさんと一緒に行動している。ジークさんの長年の経験は生きた日年月からくる情報だ。そして、魔石についても詳しいそうだ。大地に突如生まれる魔石。神々の残した瑕跡ともいわれるモノ。地脈地質に詳しい古の一族だからかもしれない。魔物の出現はどれぐらいになっているのだろうか……続々と村を出て行くパーティを見やる。基本単独行動の私は、こういった時足手まといにしかならないかもしれない。少しやるせない気持ちになってくるわ。
「おはよう、ケイ。ん、どうした?」
「おはよう。貴方も夜越しをしたのね」
「久々に知人が集まったからなぁ。ついテントで話し込んでしまった。今日は長い時間ログインできそうでよかった」
不意に声をかけられる。少し驚いてしまった、ぼんやりとしていたらしい。振り向けばカイさんが居た。どうしたと聞かれてしまって。
「こういう時に、あまり何もできなくて――少し考えてしまったわ」
「あぁ、まぁ。俺らは冒険者っていえば半端だしなぁ。まあ、それ以外に出来ることもあるだろ?
昨日、集会所から音が聞こえていたぜ。ああいうのも、大事だろ。プレイヤーは、はりきっちゃいるが、住民にとっては死活問題だからな。俺も絵を描くぐらいしかできんからわかる。が、まあ出来る事をやろうって事でな」
「そうね……少しでも不安を和らげればと思うけれども。後シンクが昨日からいなくて――」
集会所での演奏を聴かれていたようだ。音が漏れていたようで……不安に泣く子供や、固い顔の表情の大人達に大丈夫だと、気持ちを込めて演奏をしたけれど。そう思ってくれるならば嬉しいと思う。認められた気がして少し安堵してしまったのかしら。不安をカイさんに零してしまえば、なるほどと頷きを一つ。
「とりあえず、この後の予定は――?」
「昼から放置された採掘場へとギルドマスター達と向かう予定ね」
「んじゃ、それまで周囲の魔物の討伐戦に当たる予定だから、一緒だな」
放置された鉱脈が魔石の鉱脈となっていることに、ジークさんを含むギルド職員は対策会議も開いている。それが終わるまでは待機予定だ。その間にと言われる。けど、決定されてる?! 思わず目を見開いてカイさんを、仰ぎみてしまう。
「ケイの場合、動いたほうが楽なタイプだろ。安心しろ。今組んでるパーティ、ケイと気があうぜ。多分同じ事考えてなぁ。でもな、やろうぜ! って集まってきた奴らだから」
カイさんがにやりと笑えば――そろそろ飯を食い終えて、テントから来るだろうと親指を後ろに差した。ということでと、彼は言えば……問答無用というばかりに、目の前にウインドウが浮かぶ。
『カイからパーティ申請があります。<イロモノ>に加入しますか?』
カイさん?! イロモノ?! えええッ?! カイさんを見れば、さっさとしないと絵をばらまくとか、なんだか脅された。何か違う気がするのだけれども。この事態でパーティは必要になってくるしね。迷う暇もないようだ。申請を許可すれば――パーティ専用チャットウインドウが開いた。
パーティを組むと専用チャットのウインドウが使用可能になる。ドガとジンガと組んだ時は同行していたから使わなかったが……初めての利用かもしれない。今更初利用な事に気づいてしまった。
『ということで、一人追加だぞ。とりあえず、基本は変わらずだ』
『はーい! おお、噂の!』
『カイ、どこでナンパした―?!』
パーティチャットがすごい速さで流れて行く。同時にパーティ情報としてメンバーの体力・精神力のバーが名前と共に画面の片隅に浮かんだ。えっと、パーティチャットのやり方は。こうだったかな?
『詩人のケイです。よろしくお願いします』
『そうそう、詩人に画家に、踊り子に、曲芸師、手品師ってとこだな。あれだ、一座開けそうじゃないか?』
カイさんの発言がパーティチャットで流れる。その言葉に思わず、またカイさんの顔を見れば実に楽しげだ。そして、右手を大きく上げれば――
「おい、ここだ!!」
合図をするように手を振るとテント村の方から何人か歩いてくる。そのアイコンを見ればパーティの色をしている。今、話しているメンバーよね? 踊り子に曲芸師って。思わず近づいてくるメンバーを見てしまう。
「はじめまして。ケイさん! 私は踊り子のリリィよ。ふふ、噂の詩人さんに会ってみたかったわ」
「カイ、いつのまに。本当に……俺はリブロだ。曲芸師をしている。同じくだなぁ」
「私はハイドです。ケイ嬢さん。確かにそうですね、こうゲームの中でも特殊プレイをしているものが」
「特殊っていうなよ。性癖みたいじゃないか。俺はノーマルだ。せめてネタと言え!」
踊り子、曲芸師に手品師?! 思わず3人を見つめてしまう。
一人は若い女性。華やかで艶やかなといっていいだろう妙齢の女性だ。鮮やかな金髪を高く結び、滝のように背中に豊かに流れている。髪飾りも華やかな物だ。白い面に、淡い色の化粧は誰から見ても華やか美人といっていいかしら。ソフトレザーの革の防具は、防具というよりドレスのようにぴったりと身体のラインに沿って作られている。うん、女性からみても良いスタイルだと思う。とても魅惑的だ。露出が多いのも気にしてない、そんなデザインになっている。けれど、その腰には細身の二本の曲刀を帯びている。
もう一人はカイさんと同じ年ぐらいの男性だ。日焼けした顔に刈り上げた黒髪のショートヘア。眦が鋭く、入れ墨かな? 眦に色が乗っている。カイさんと違ったまたワイルドさを感じる男性。その身体は細身だがしなやかな筋肉を纏っているのが、防具の上からでもわかる。
曲芸師という言葉通りかもしれない。彼もまたソフトレザーの動きやすそうな装備をしている。その腰にはダガーが幾つか装備されている。
3人目は年齢不詳で若いようにも年を取っているようにも見える男性。黒い衣装にゆったりとしたローブ。何故か頭にシルクハット。柳目で目が開いているのか閉じているのか。チョビ髭が目立つ男性だった。杖を持っているけれども、その杖はどうみてもステッキに見える。そして、手品師だと名乗った。
えっと、これは――思わず、ぽかんとしてしまった。
「まあ、パーティの名前通りだな。所謂ネタプレイヤーてヤツだ。なんか縁が出来ちまってなぁ。たまに、何かあるとつるんだりしてる。まあ、皆自由にやってるヤツばかりだ。ケイもだろう? けど、今回みたいに……何かできることがあればと」
「そうよ。リーズ村にはこの間、興業中にお世話になったのよ」
「俺もだな。最初、彷徨った時美味しい飯を食わしてくれてな」
「祭りに参加した時が、とても楽しく――」
彼らは楽しげに口にする。やってみたいプレイを行くプレイヤー達は、じつに楽しそうでもある。戦闘職には負けるけどねーなんて、色っぽくリリィさんはウィンクを飛ばしてくる。ぜひ、踊りを見てみたいわ!
「ということでだ。ネタプレイヤーでも、協力の気持ちっていうのは変わらんということで。一匹でも討伐するぞ」
「「「了解」」」
何が出来るか――私でも出来る事。そして、色々な仲間が居ることを知って、気分が高揚してくる。現金かもしれないけれどもね。<イロモノ>パーティ、出陣と行こうかしら。




