34.酒と水の精霊
「道草亭」の厨房の片隅で、私はシナ湖で取れた魚の燻製を調理していた。
何故か突発的に大集合になってしまった酒場の一角。後から来たライアート達は、私が連絡したジークさんの一件が気になって戻って来たらしい。
事実、冒険者ギルドで調査隊の護衛募集の依頼があり参加するとのことだった。
ベテランの冒険者を募集していたが、彼方からの旅人で実績を積んでいたライアート達は依頼を受ける事が出来たという。その挨拶を兼ねて酒場へ来てくれたそうだ。
冒険者ギルドの依頼を通じて、一緒に行動するのは初めてになりそうね。
フレンドが同行してくれるのは心強いわ。ジークさんにもその旨を挨拶していた。初めてドワーフ族に会う彼らの表情は、緊張していたり興奮している。その気持ちがとてもわかる。ジークさんは私よりさらに若い雰囲気の冒険者に、玄孫だのぅと笑っていた。
そして、カイさんも依頼は受けていないがリーズ村へ行くことに決めたらしい。道中同行するそうだ。私がシナ湖からジオスへ向かう間、リーズ村のブラッククックの美味しさを語りすぎたせいかしら?
シナ湖から持ち帰った魚の燻製。味はスモークサーモンに似ている。丁度、皆が集まっていたから、この世界の魚を皆に味わって貰おうと思いたち調理に至る。
皆で食べるには少し足りないので……薄く切りわける。丸く伸ばした薄いパン生地の上に、スライスした玉葱っぽい野菜といくつかの香草を広げてその上に魚の切り身を置いた。塩と胡椒でシンプルに味付けをして、溶けやすいチーズを乗せる。ピザみたいな感じね。これなら少しだけど皆の口に入ると思う。
お土産でもらった小魚の燻製は軽く炙っておく。ちょっと癖のある味で、お酒にはとっても合う! けど、どうやら酒を飲みなれていない若い<3A>のメンバーには微妙かもしれない。
出来上がったピザもどきを持って酒場の一角へ戻れば、既に混沌としていた。
ジンガとドガはジークさんと酒を酌み交わしている。やはり話しているのは、生産関連のことだ。専門用語が飛び交っているのが聞こえる。しかし、ジークさんの手元にあるお酒の瓶。この間飲んだ度の強い酒だ。ジークさんの酒豪っぷりに、ドガ達、気づくと潰れなければいいけれども……
カイさんはマイペースだ。初めはエール以外に色々なお酒を少しづつ嗜みながら、話の聞き役だったり、話の種の提供者だったりする感じ。
今はなんだか絵を描いている。はがきぐらいの大きさの紙に、鉛筆でさらさらと描きこんでいる。
何を描いているのかしら? 表情はとても楽しげだ。私はメモ取るのが好きだけれど、彼は絵で思ったことを描き止める性分なのかもしれない。
残る<3A>のメンバーは、ヘレナとルイの女子コンビはシンクで遊んでいる。その毛並みは彼女たちの櫛でブラッシングされ、肉球を揉まれ、やっぱりもふもふされている。
シンクは諦めの境地のように、おもちゃになっている。シンクは女性や子供には大人しくしているのよね。精霊に性別はないけれど、当てはめるならばどっちなのかしら? ライアートとドーイは何やら地図を取り出して話し合っている。
「魚の料理が焼きあがったけれども、まだお腹には入るかしら?」
「食べる! 食べる! ケイお姉ちゃんの料理なら、全然入るから!!」
ヘレナが勢いよく手を挙げる。その隙にシンクが逃げた。私の頭の上にしがみ付くように乗っかってくる。なんだか必死なものを感じてしまって、思わず笑ってしまった。尻尾が垂れてなんだか元気がないしね。もしかして、逃げるタイミングを見計らってたとか? シンクに逃げられて、ああああと、がっかりな声が聞こえてくるけれども食欲が勝ったらしい。興味は私が持ってきた大皿へと移ったようだ。
ヘレナ達には大き目に切り分けたものを渡そう。食べ盛りのイメージがすっかり定着してしまっている。
今日はお酒は飲んでいないようだ。次回ログインの時に二日酔いになりたくないとのこと。
ピザー! 魚ー! と歓声を上げながら、無心に食べだすのを見て、生産話と酒を飲むのに夢中な3人にも切り分けたお皿を回しておこう。そのうち食べるだろうしね。絵を描いてるカイさんにも机の上から回して。
「お、この間の魚か。俺も釣りをしたらよかったなぁ」
「いい場所だったわ。また行けばいいしね。ラギオスでは海釣りもしてみたいわ……釣れるかわからないけれどね」
この世界には魅力的な場所は多い。まだ見たことのない場所がとても楽しみだ。一足先に活動範囲を広げてるメンバー、ライアートとドーイにもお皿を持っていき。
「今度はどこへいくの? はい。どうぞ。シナ湖のお魚で作った料理よ」
「ありがとうございます。ラギオスの冒険者ギルドの依頼を受け始めているんですが……魔物の種類が変わって戦い方も違ってきました。やはり私達のパーティは構成に偏りがあるので、色々悩んでいるのです」
「体育会系だからな。みんな。どうみても。第二陣も来るから……ここは人をと」
「ギルドを設立しようとも、相談していたんです。先日、まさかあんなシステムになっているなんて――」
ギルドという言葉に思わず、あぁとちょっとだけ苦笑いがこぼれてしまったわ。その理由はね?
シナ湖から帰ってから過ごす間ににシステムチャットが流れたのだ。
以前、私が<称号>システムを開放した事を告知されたように、システム的にかかわる事が告知されるアナウンスだ。それは――
『プレイヤー:ギルバードがギルド作成機能を開放しました。以後「彼方からの旅人」間でギルド作成ができます』
それはギルド作成機能を開放するアナウンスだった。そうギルド機能。ギルド、クラン、チーム等色々な呼び方があるゲームシステム。元々ギルドという言葉は、このゲームの中でもあるように組織や団体を示す言葉だ。
MMOやFPS等オンラインゲームの中においては、プレイヤーが作成できるコミュニティシステムをさすことが多い。
共通のコミュニティシステムを持ち、ゲームプレイにおいて一緒に遊ぶメンバーが集まった集合体みたいなイメージだ。事実共通チャットがあったり、ホームと呼ばれるメンバーだけの家、拠点を持つ事が出来たりするゲームもあったっけ。
このゲームでは、初期の段階では導入されていなかった。むしろ、作成できるのか? あるのか? なんて掲示板で言われていた。結果、作成システムは未開放だったということだ。
ステータス画面の<所属>というのがギルド所属情報になるみたい。
このギルド機能を、プレイヤーがなんらかの方法で開放したってことね。その告知が先日流れていたのだが――そんなことより、開放したプレイヤーの名前。
私はよく知っていた。そう――私にゲームの参加権をくれたリアルでの友人のプレイヤー名前だった。まぁ、今だにゲーム中で会ってないけどね? リアルでもたまに会うし、今更の間柄。腐れ縁のヤツだからそのうち会うだろうし、アイツなら色々やりかねない。その時は、軽くへぇなんて思ってただけよ。どうやって開放したかは、掲示板ではまだ報告されてない。情報を開示するかはプレイヤー次第だ。
解放されたギルド機能は、公式HPによると一定の条件を満たせば設立できるとのこと。
まず、ギルドリーダは種族レベルが10以上のこと。拠点となる家を所持している事。
参加メンバーは種族レベルが5以上あること。機能的にはギルドメンバーが同時に話せるチャット機能が解放される事や、一定の集団を構成しているということで、冒険者ギルドでは集団専用の依頼を受ける事ができる等があるそうだ。
自由度が高いゲームだけれども、こういったゲーム的要素も取り入れてることを知る事が出来た。
「MMOゲームならではの機能ですが……他のゲームより機能は少ないですね。そこが現実的かもしれませんが……あくまで、コミュニティツールとして、ゲーム内のプレイの幅が広がるみたいだけですし。でもこの先、長く旅をするならば隊列組んだ方がいいですし、大きな依頼も受けれます。特異進化した魔物にも複数で対応できると思うのです」
「たしかにね」
「今は、とりあえず……ラギオスかジオスに家を買うかで、悩んでます。ラギオス、高いんですよ!」
自由都市ラギオスは、ジオスの4倍の規模だという。ジオスが街とすれば言葉どおり都会だ。都会の土地は高いに決まっているわ。男子2人組は溜息をついて……なんとか、なればいいわね。と励ましておこう。
私は旅をすることが多いから定住地を持つ予定はないわ。むしろ、あまり一か所に留まるのは少し苦手なのよ。だって、いつかはね?
「気長に依頼を受けていずれは家を所有できればと思います。無駄使い大好きなメンバーがいるので、こう、きりきりとしないと」
ライアートは、ちらっとヘレナとルイを見た。女子二人は散財好き? 多分、お菓子や服とかに目がない気がするわ。先日買ったリボンを身に着けていたけど、目ざとく買った場所を聞かれたしね。装備代もとか、なんだか。ライアート……気苦労が絶えないみたい。でもきっと、これは性格ね。地図を再び見ながら、次の依頼はと頭を付きあわせ出した二人から離れて――どうやら、みな料理と酒を楽しんでいるよう。私は演奏を始めるとしよう――
賑やかな時間が過ぎて、学生である<3A>は遅い時間になるからとログアウト。ジークさんはNPCの行動プログラムなのか規則正しく宿部屋へと戻っていく。
残っているのはカイさんとドガ。酒場の営業時間ももうすぐ終わりの時間。落ちる前に相談事もあってカウンターの席へとついていた。
「で、これのことか? 結局水の精霊なんだよな?」
「ええ。シンクとはまた違った感じなのだけど。ちなみに楽器を弾いたり、お酒を飲んでいると出てくるのよね」
「また、ケイは色々なもの拾ってくるのぅ」
皆の視線はカウンターの上に置かれたお猪口みたいなガラスのカップに頭を突っ込んでいる白い蛇。その傍にはシンクがちょっかいを出そうとしているのか、落ち着きなく尻尾を振っている。
ちなみに麦でできた蒸留酒を飲んでいたら、私のグラスにいつのまにか巻きついていた。さすがにあれなので、マスターにグラスを頼んだのだ。かなり奇妙な顔をされ、水の精霊だと教えたらさらに微妙な顔をされたわ。うん、わかる。酒を飲む?精霊なんてみたことないわよね。
真っ白な小さな蛇だ。目は鮮やかな蒼玉。1センチ程の胴体で長さは10センチ程。つつけば滑らかな鱗の感触が伝わってくる。蛇ね、どうみても蛇ね。
「蛇だな。まぁ、シンクもなんかの獣だしなあ、しかし、いつもはケイのポーチの中に?」
「お酒を入れていた小瓶にね? ちなみ瓶は別のアイテムに変化したわ。もう、わけがわからないけれども」
「シンクと同じ扱いでいいんじゃろ? 大地の精霊に、水の精霊か。ふむ。そのうち火や風やらも拾ってきそうじゃのぅ。ケイは」
ドガがにやにやと笑いながら酒の入ったグラスを傾けている。いや、拾おうと思って拾っているわけじゃ……なんかのフラグを拾っている気がするわ。
「いいじゃないか。旅の道連れで面白いな。よく見ると可愛いぞ」
カイさんはなんともおおらかに答えれば、スケッチブックを取り出して描きだす。なにか触発されたようだ。酒のグラスに頭を突っ込んだ蛇の姿なんだけどね?
蛇といっても気持ち悪さがないのが、精霊のせいかもしれない。ちなみに水の精霊が入ったと思わしき酒の瓶は「精霊の小瓶」という名前に変わり、別のアイテムになっていたというオチね。割れなくなったという効果つき。
「んで、名前とかあるのかのぅ?」
「シンクと違って言葉が聞こえないのよ。感情的なものは感じるのだけど。下位から中位に変化しようとしている精霊のようなことを、そんなニュアンスをいわれたわ」
一緒にいるうちに力のある水の精霊になるのだろうか? 寧ろ私の技能次第なのかは謎だ。しかし、名前がないのは確かに不便ね。名前か……
「名前が欲しい?」
私の言葉は聞こえるのか、水の精霊は頭を向けた。いつのまにか酒がなくなっている……精霊が酒を飲むのか、それとも水としてるのか考えると混乱しそう。そういうものと思っておこう。のん兵衛の精霊だと。シンクも果物とか好きだし、精霊は不思議だ。
白い蛇は音もなく私の袂へやってくる。
<ヨブ ヨロコブ ケド カリノ ナ>
ふいに、シンクの声が飛び込んでくる。その意味に思わず唸ってしまう。名前があるほうがいいのね?
じっと蛇と気づくと見つめあってる――そうね。う、名前のセンスって難しいわ。その蒼色の瞳が宝石のように美しい……
「ソウね。貴方はソウよ」
うん。決めた! え、単純だって? いいじゃない。カイさんとドガが呆れたような微妙な視線を送ってくる。いいじゃない、蒼玉のソウよ。だって綺麗な蒼い瞳の色なのよ?
私の言葉が聞こえたか、ふるりと小さな蛇の身体が震えたように見える。
<アルジ>
そう小さな掠れるような小さな声。まるで水音のようなポツンと精霊の言葉が聞こえた。思わず目を見開けば――しゅるりと、指に冷たい気配。小さな蛇は右手の中指に絡みつくように這えば――瞬く間に指輪があった。
「………」
「ほぅ」
「ふむ。こうやってフラグを拾っていくのか。なるほどのぅ」
中指に嵌る蒼色の石製の指輪。まさか? 水の精霊? いや、ソウなのかしら。混乱を落ち着かせるために深く息を吐き出して。<鑑定>。
[精霊の指輪] 精霊が主と契約した証の装飾品。水の精霊が宿っている。/品質R
これは名前を与えたことによって契約したことになったのかしら。えっと、精霊の中には精霊使いと契約し使役することができると聞いたけれど。ちなみにシンクは謎だ。多分、私とこういった契約はなされてないと思う。あくまでもハイルさんの形見に宿った精霊として、ついてきている感じがするのだ。私の指を見て、しばし皆沈黙をすれば。
「特に害があるわけじゃないしな。綺麗な指輪でいいと思うぞ?」
「品質Rか。ユニークじゃの」
カイさんが暢気に笑いながら肩を叩いてくる。ドガは鑑定をしたらしく、その品質に唸っている。
ちなみにRはレア。生産では作ることが出来ないアイテムにつくことが多い。
シンクがなんだかちょっと不機嫌そう? あれ? いや、貴方は私に押しかけてきてるだけよね。他の精霊と親しくするのはダメなの? 子供じゃないんだから。ああ、もう!
拗ねたようなシンクが私の胸元に頭を突っ込んで、ぐりぐりと暴れている。がしっと抑え込んでしまおう。その様子にカイとドガが爆笑しだすし――もぅ、精霊ってなんて気まぐれなのかしら!




