33.美術は3
ログイン30日目。
「道草亭」の宿部屋でログインをする。シナ湖から帰ってからは街中で活動していた。いつも通り酒場で演奏をしてログアウトをしている。
シナ湖のお土産の小魚の燻製は女将さんに渡したらとても喜んでもらえた。お客さんに提供できる数ではなかったけど、マスターと夫婦で食べるのを楽しんで貰えればいいな。
身支度をして一階に降りていこう。今日は先日買った細い紺色のリボンで髪を纏めてみた。このゲームはリアルと同じように髪が伸びる。最初は肩上程度の長さだったけど、今は鎖骨下ぐらいに伸びている。
冒険者ギルドから放置された鉱脈へ、調査隊が出発するのは間もなくだ。色々調整に時間がかかっているみたい。
明日ログインしたら丁度の時間になりそう。その前に、一度冒険者ギルドへ状況を確認するために足を運ぶとしよう。
ジークさんも「道草亭」に泊まっている。夕食の時間になると自然と顔を合わせていた。
生産ギルドでドワーフの技術を教えていて、人族と久々に関わり若返るとか言っていたわ。古の一族は長命な種族が多い。どうしても一族のみで暮らしていると変化が少ない。寿命が短い人族の変化に満ちた生活は刺激になるようだ。それを嫌う者もいるというけれども。
今日は明日の準備も兼ねて、かねてから挑戦してみようと思っていたことをやるつもりだ。それは<書写>だ。本や書類を複写したりすることばかりに使っていたけれど。魔導符というものを作成する技能でもあるのだ。実はこれはカイさんが教えてくれた。彼は書写の技能を伸ばしているそうだ。絵と違うけど、描くことに似ているから面白い。それに旅に実用的だと言っていて、興味をひかれたのだ。冒険者ギルドへ行く前に、書写ギルドで技能上げをしよう。
西の商店街にある生産ギルド。その中で書写ギルドへと向かう。生産ギルドは職人の教育を担ってる面もあるので、各ギルドへ登録をすれば生産ギルド内の施設を使う事ができる。私も料理を大量に作成する時は料理ギルドを使っている。
書写ギルドは、商店街の中でも書籍関連を扱う店や地図の店、魔法関連の店の中心部にある。既にギルドへ登録済で何度か足を運んでいた。
2階建の木造建築の書写ギルドは、他の生産ギルドとは違って事務所的な雰囲気に溢れている。またギルド内に街の住民が出入りする姿を見る事ができる。
それは購入するには高い本を、言葉どおり書写してもらう為だ。書写ギルドでは持ち込んだ書籍を有料で写してくれるサービスを提供している。
書写ギルドに登録していると、ギルド内で書写技能を使ったアルバイトみたいなこともできるそう。結構人気らしくて、カイさんもお小遣い稼ぎをしていたと言ってたわ。それで画材を揃えたとか……
書写技能を持ってる人は、書籍や地図、魔導符の販売者を兼ねている者が多いのは納得だ。覚えておくと活用の範囲が広いと思う。
書写ギルドの事務受付カウンターで、施設利用を申し込む。ここでは素材等を購入することができる。以前、書写技能を取得した時に一度訪れた事があるので迷うこともない。工房というよりは図書館のような雰囲気の部屋。その室内では何人かの冒険者や住民の方がさまざまな作業をしている。ちなみに、シンクは作業に集中するからと伝えてある。結果、どっかに遊びに? 行ってしまったけどいつもどおり。そのうち戻ってくるだろう。もう一匹の水の精霊は未だ静かなままね。
長方形の机のような作業台がいくつか並び、壁には本棚が室内を向くように設置されている。その中から、魔導符初級という本を借りてこよう。そして、作業室の入り口の傍にあるカウンターへ歩いていく。作業に必要な素材と道具を購入する為だ。カウンターの中にはギルド員でもある女性の姿。
「こんにちは。初級の魔導符を作成したいと思ってますが……書写技能は複写まではスムーズにこなすことができます。魔導語も初級を習得していますが、必要になるものを購入できますか?」
「こんにちは。初級、ですね……それでは、この一式を購入されるといいでしょう。作成の基礎はご存じですか?」
「はい。書物と技能を持つ知人に聞いた限りですが……」
「初級ならば、作成に失敗しても素材が失われる程度なので……大丈夫でしょう」
ギルド職員の女性は、カウンターの後ろにある棚から小さな木箱を取り出す。お道具箱みたいな感じだ。どうやら、初級魔導符作成キットとして販売しているのかもしれない。それを購入すれば、空いている席へと向かう。さて――魔導符の作成の開始だ。
そもそも魔導符というのは、魔導語を描きこんだ紙の事。そのまんまよね。魔導語はこの地の古の文字を用いる言葉だ。その文字、言葉、自体に力が秘められる。
これを法則に合わせ、魔力を持って言葉にして発動するのが<魔術>ね。言葉自体に力があるので、さまざまな物に用いられている。魔除けの護符に刻まれたり、建築に刻まれたり。作業としては、特殊な紙に技能を持って魔導語を決められた配置に書き込む。この魔導符があれば、魔導符自体に魔力が籠るので魔力が使えない人でもその力を発動することができる。
例えば「火」の意味を持つ魔導語を紙に描きこんで、魔導符が作成する。そして、あらかじめ決めていた発動キーによって、火を起こすことができるのだ。
魔術と似ているけれども、使用時に魔力を使わなくていい。また魔術程、複雑なことは出来ないらしい。一般的には火起こしや水、緊急用の照明弾みたいな魔導符が人気のようだ。
椅子へ座ると早速作成開始! まずは何を作成するか――ここはやはり、火を付ける魔導符からかな。ちなみに魔導符で生み出した火や水には、魔力で作られたものとして精霊は宿らないということ。少し残念だけれど、それが理ならば仕方がない。借りた本は「これで、できる! 簡単初級魔導符作成」という本。それを開けば……この効果はこの頁と、索引を見て、頁を開いた。
「う。魔導符って……」
そういえば、実物を見た事なかったわ。へぇ、便利なものがあるのね、と感心しただけで購入もしたこともなくて。開いた本には火付の魔導符の見本が一面に載っている。同じものを特別な紙、魔法紙と呼ばれる魔力を込めれる紙に同じものを書き写すだけの作業だ。
「美術の成績……カイさんが、楽しい技能って言っていた理由がわかったわ」
魔導符は、行ってしまえば紋様と文字を組み合わせものだった。<魔導語>は本を読む為に技能を上げているから、理解できる。その「火」の魔導語がまるでカリグラフィみたいに書かれ、その周りを炎のような文様が取り囲んでいる。そう、とてもデザイン性があるものだった。このデザイン性が魔力がわりの一部になっているかもしれない。他の頁もめくってみる……魔導語を含む一枚のデザイン画のようなものが並んでいた。
画家であるカイさんには、とても楽しい作業なのは間違いないわ。私? 美術の成績もセンスも明後日の方向よ? く、これは――やるしかないわ。
道具箱を開き理解した。書写でも使った書写用の魔法道具でもあるペンと筆。インクが入った小さな瓶もあり、他には……色々な形の定規だ。これを使って書けということが明白だ。最後に魔法紙が何枚か入っていた。
とりあえず、いきなり本番の魔法紙をやる度胸はないわ。旅先で絵を描く事もやってみたいと思ったこともあったけれど、結果はあきらめたレベルだ。デジカメ万歳よ。
練習用にリュックの中から白紙の本を出す。書写用に持ち歩いているものだ。メモにも使えるから何冊か常備している。複写スキルならば、自信あったのに。甘くなかったわ。
まずは、普通のペンで火付の魔導語を見よう見まねで書いて。いや、なにか文字の一部の太さが違う?なんで、こんなに文字が装飾されているのかしら……い、歪ね。さっぱりだわ。これは前途多難……ペンを握りしめ、がっくりと肩を落としていると。
「ああ。最初はそんな感じですよ。他の本に複写用の文字が載ってるので、まずは複写でその文字を書き写すことをお勧めしますよ。紋様もパターンが決まっているので……その本もあります。けれど、複写スキルで書いたものは効果が低くなったり、複雑なものは作れないから慣れるまでですね」
ひょっこりとカウンターに居た女性職員さんが、私の文字を見てアドバイスをしてくれる。どうやら、初級道具一式を購入したことから、心配して見に来てくれていたようだ。そうだったのね。複写スキルというのは、私がいつも使っている<書写>技能のスキルだ。
技能を上げるとスキルを覚えることが出来る。それは精神力、MPを使って任意に発動できる技みたいなものだ。剣術のスキルならば<二段攻撃>みたいな技等。技能レベルが上がってくるとスキルを覚える事ができる。ここらへんはゲーム的だと思う。また複数の技能を覚えないと覚えれないスキルもあるらしいわ。書写技能のスキルである複写は、一瞬で言葉どおり複写するのだ。
「あ、ありがとうございます!」
お礼を伝え早速教えて貰った本を借りてくる。まずは魔導語を書こう。魔導語の辞書みたいになっている本から「火」の言葉を見つける。本当にカリグラフィーみたいな感じなのよね。
それを練習用の紙へ複写する。そして、もう一冊の本を広げて……火付の魔導符に使われている紋様は……魔導紋様という題名の本は、その名前の通り文様ばかりのってる。紋様自体が魔導語に属しているものなのか……
いくつかパターン集みたいにな本は、美術の本を読んでいるみたい。美術館とか眺めるのは好きだけれど、自分が描くとなればさっぱりの人間よ。
「よし……これで、一緒よね? あれ? 成功しているかわからない。もしかすると」
練習用ではなくて、本番用の魔法紙を取り出す。複写自体は上手くいっているから……大丈夫なはずだ。道具を持ち替える。初めてだから失敗しても仕方がない。
よし……文字を複写。そして、それを囲むように紋様を複写して。出来た? カリカリと複写スキル、ようは自動ペン状態で紙へ描きこんで……火付の魔導符の例と同じように書き終わり。仕上げに発動キーを普通の魔導語で、四隅に記述すれば……MPが10分の1程減るのがわかった。減るっていうことは成功かな?
「お?!」
黒一色で書かれていた火付けの魔導符。その文字と紋様の色が赤く染まった! 成功かな? 初めてだらけで……思わず、きょろきょろとしてしまう。MPが減ったから作成できていると思うけれども。火を生み出す効果なので安易に試す事が出来ない。
「成功ですよ。その調子で初級ならば複写のみで出来ると思います。がんばってくださいね。もう少ししたら魔道符の専門技能が学べるかもしれません」
先程アドバイスをくれたギルド職員の女性と目が合えば、近づいてきて作成したものを見てくれた。どうやら、作業場を使っている人達にアドバイスをするのも仕事なのかな?
アドバイスをくれた職員は他の作業者に歩いていく。何やら紙が燃えあがっている。何があったんだろう……寧ろ、失敗するとああなるのかしら?
しかし、魔道符の専門技能? 書写技能から派生する技能かしら。初級以上の符を作るためには専門も習得しなければいけないのかしら。鍛冶でも技能があがったら、<剣作成>や<槍作成>と技能が派生したといてったっけ。旅には初級の符で間に合いそうなので、専門技能まで上げるかは悩ましいところね。
しかし、手書きとなると絵心の無い私にはかなりハードルが高い。けど便利なアイテムだ。複写スキルを使って作成できる初級ならば、なんとかなるかな? よし、幾つか作ってみることにしよう。
カリカリとペンを走らせて、走らせて――作業を続けることとなった。
噴水広場で、リュートを爪弾く。やっぱり音楽はいいわ……書写ギルドの作業を数時間続けた私は、久々に噴水広場で演奏をしていた。慣れない作業で精神的に疲労困憊の気分だ。
何時の間にか石の中に戻っていた、シンクが肩の上に乗ってくる。ああ、うん。オヤツをすっかり忘れていたわ。
リュートを弾き出すとポーチの中の瓶から気配が強くなる。気づくリュートを抱える右腕の隙間に白い蛇が鎮座している。
この子の身体は5センチぐらい。袖の中にいるから周りに見えないけど、擽ったいのだ。
なんだろう、肩にはシンク。腕には水の精霊と……とまり木じゃないのよ? まったく。
書写技能は魔導符を作成したことで、かなり上がった。書物を書き写すより技能の上がりはよいみたいだ。しかし、得意なものと不得意なものってあるわよね。
嫌いじゃないけれど……成果として、火付、水呼び、照明の符を何枚か作る事ができた。けれど、結構失敗してしまった。便利だけれど、難しい……ちなみに買うと結構な値段がする。その理由がわかった。
シンクにポーチから出したナッツをあげる。時折撫でていいですか! と興味津々のプレイヤーや住民の子供達が寄ってくる。拒むことはないわ。ね、シンク? そして、歌のお姉さん! と翻訳して欲しい本を持って相談にくるプレイヤーもいる。私、言語でも商売が出来そうな気がしてきたわ。あと被っている帽子のお店を聞かれたり……しばし、噴水広場での演奏を楽しめば冒険者ギルドへと向かうおう。
冒険者ギルドの受付で、用件を告げると――以前、お会いしたギルドマスターの秘書のような女性が応対してくれる。特に準備には問題ないが……先発隊として少数精鋭で送っていた斥候の職員の戻りが遅れているという。大丈夫かな? それだけの情報を得るとすっかり外は夕暮れ時だった。
「道草亭」へ戻れば、今日も演奏をしてログアウト予定。やっぱり酒場や広場で演奏している時間が一番楽しいわ。酒場へ入ればマスターにいつも通り挨拶をして……いつもの席へと移動しようと――あれ?!
場の一角に見慣れた顔がいた。いや、並んでいた。え、え、ちょっと、いつの間に?! 酒場の一角に座って、すでにエールを飲んでいるのはドガ兄弟。そしてジークさん。それにカイさんが居るじゃない!
「おう、ケイ! ログインしてたから、きっと来ると思っていたぞ」
「先に飲んでおるがのぅ」
「今日もお疲れ様だ。いや、生産ギルドで指導をした後、酒の話で盛り上がってのぅ……」
「よぅ、ケイがここで歌ってるって聞いていたから覗きに来たんだ。丁度な?」
一度に挨拶やら会話が飛び込んできたわ。ちょっと待ってったら! どうやら話を聞くと……ドガ兄弟はジークさんに弟子入りをして生産ギルドでみっちりと技能上げをしているらしい。
プレイヤーとしてリアルの発想を持ち出すドガ兄弟に、ジークさんは興味を抱きこうやって酒を飲みかわす仲までになったようだ。
カイさんはたまたま覗きに来て……件のドワーフであるジークさんの姿。そして、一緒にいたドガ兄弟の事は名前と姿を知っていたとのこと。ちなみにカイさんの名前もドガ兄弟は知っていた。
放浪の画家プレイヤーて掲示板にも登場しているらしい。私と一緒だなって、ドガが茶化してくるんだけれど。画家として色々な人を描いてるカイさんは、コミュニケーション力もばっちりだろう。すぐ打ち解けあったようだ。
「交流を深めるのはイイ事だと思うけれども……驚いたわ」
「酒のな、特に酒造りの話題で盛り上がっていたんじゃ」
いいな。その話題。マスターがケイも飲むだろう? とエールのグラスを渡してきた。わかってらしゃる……あとで、しっかりとお礼を言おう。
まずは、駆けつけ一杯よね。酒好きによる酒の話に加わろうと空いた椅子に座れば――酒場の扉が勢いよく開いた。何やら騒がしい声。静かに入りなさい! とか、先に連絡するべきだとか。あら、聞いたことある声よ。
「ケイお姉ちゃーん!! 居た―!!」
ケイお姉ちゃん、居ますよ。ヘレナだった。いや、ヘレナ達かな? <3A>パーティが勢ぞろいで酒場へ入ってくる。一番に駆け寄ってきたのはヘレナ。久しぶり!! と抱きつかれた。ヘレナの頭の上にシンクが跳び乗った。待ちなさいったら!
「なに、これ。可愛い――!」
「なんじゃ、その動物」
「ケイさん、こんばんは。お久しぶりです。メールの件でラギオスから帰還しまして……」
シンクがヘレナに捕まってもふられる。その姿を見たジンガが驚きの声。そういえば、まだドガ兄弟には、シンクの事を伝えてなかったかも。ライアートが深いため息をついて挨拶をしてくる。
なんだか、大集合なのだけれども――とりあえず、皆。着席しましょう!!




