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31.精霊の歌

 湖畔にリュートの澄んだ音色が響く。音が響いていく感覚が心地よく、溢れるように言葉が歌になって出てくる。奏でているのは、この地に生きる人々が自然を司る精霊を讃える歌。豊穣と平和を祈る民衆に古くから歌われてきたものだ。日々穏やかで豊かな日々を過ごせますように、そんな人々の普通の願いを歌ったものだ。


 ふと、気づけば祠の周辺にはさまざまな色彩が溢れている。祠の屋根に乗っている青い蛇の姿をした中位の水の精霊。その周辺を舞う半透明で小鳥の羽が生えた人魚のような乙女達。

 草叢の影で遊ぶシンクの背中の上には、シンクと同じ大地の精霊。小さな茶色の小人達の姿が見える。

 ふわりと悪戯に頬に触れる風。目の前をするりと、鳥の羽みたいな耳を持つ小さな存在が飛んで行き、草叢を揺らし遊んでいる。風の精霊かな? 他に植物の精霊等……この場所に存在する精霊が見えるのは気のせいかしら。

 火の精霊の気配がないのは、火がこの場所に存在しないからだろう。祠の周囲に集まる精霊は、音と歌に反応しているようだ。その光景に息を飲みそうになるが、歌を途切れさせる訳にはいかない。


<ヨイ オトダ ソノ ネイロ フルイイチゾクノ モノ。 ワレラハ コトバハ アレド ウタハ ナイ。ダカラ ヒカレル>


 一曲の区切りがつき、歌詞のない曲を奏でると祠の精霊が語り掛けてくる。精霊達に言葉はあるけれども、自然の一部として存在するもの。その存在は物質的なものではない。

 古き存在だが、知を持ち身体を使いさまざまな物を生み出す事ができる古の一族と違う存在だ。

 

 それにしても古の一族の音色というのは、古の一族が作った楽器の音かもしれない。

 ドワーフのジークさんが作った楽器。楽器を鑑定をした時に知ったのだけれど……妥協したという言葉は、どこが妥協したのか聞きたい程の品質だった。楽器の弦には魔力が馴染みやすい魔法銀ミスリルが使われていて、この楽器自体に力があるのだろう。だから、こう精霊が集まっているのは楽器の力もあるかもしれない。


「そうなのね……精霊語で歌を歌えば、貴方たちにもっと届くのかしら」


 精霊達は自ら音楽を生み出す事はできない。だから、音楽を好むということを初めて理解したわ。シンクが歌に反応する理由が少しわかった。思わずふと湧いた疑問を思わず言葉にしていた。

 その言葉に祠の主は驚いたように首を私に向ける。そして、響く淡々とした精霊の声は、どこか懐かしむような声色。


<ソレハ イニシエノ ギホウ。ウタガ ワレラニ チカラヲ アタエル>

「古のぎほう、技法?」

<フルキ カミヨノ ツカイテハ トダエタ >

「?!」


 古の技法、今は途絶えてしまった技能。それはもしかすると……魔法のマジックソングの事?!

 精霊語で歌う歌は精霊に力を与える歌。今は途絶えていると……では、何の歌を? どうやって? また力を与えるとは?


「私の故郷には、魔法のような歌というものが話にあります。それはこの地でも存在するのでしょうか……」

<ニテイテ チガウ カツテハ ウタイテガ イタ シカシ ヌシハ ウタモ ワレラ トノ カイワ モ マダ ミジュク>

「……昔は、古の時代はあった? けれど、私はまだ……?」


 古の技術、精霊がいにしえという程の時間の流れ。それはいつの時代の事だろうか? 神代の世界? 精霊の時の流れを知る事は出来ない。

 けれど、精霊語の歌、精霊の歌はかつてあったということよね? 人に言えば、遥か昔の事すぎて、お伽噺と言われてしまうかもしれない。でも、精霊の言う事だから、お伽噺ではないだろう。

 それが私が思う魔法の歌とは違うかもしれないけれど、精霊に力を与えるという歌。その技法があるという。しかし、肝心なのは明らかに未熟と言われてる。そうよね……楽器の扱いも、精霊語もまだ片言といっていい熟練度だ。精霊に力を与えるような演奏。そして、精霊語に熟達するような精霊使い。そのレベルにはまだまだ遠いだろう。


<ソナタ ウタ ココチヨイ。ダイチノ キニイル ドウリアリ>


 うん。褒められたのかな? やっぱりシンクは私の音楽を気に入ってついて来ているって事なのかな。ふとシンクをみれば、その背中にさまざまな精霊を乗せて走り回っていた。精霊同士って仲がいいのかしら?


<ダイチ ノハ ヒトト ナガク イタ カワリモノ>


 おおう。シンクよ……同じ精霊から変わり者扱いされている事実。うん、奔放で自由気ままな精霊っていうのはわかっていたけれど。これは長い間、ドワーフのハイルさんと一緒に居たせいかしら。

 ハイルさんは首飾りの石に精霊が宿っていたことを、知っていたのかしら。今となっては知るすべもないけれども。大事にしていたのはわかっている。ふと、青い蛇……水の精霊の視線が遠くを見るように首を動かした。


<フム カワリモノ ヨイ イクガ ヨイ ヘンカノ キザシカ>


 水の精霊からなんだか少し困惑したような空気を感じる。え? え? 何かしたかしら……水の精霊との会話ですっかり楽器を弾く指は止まってしまっている。気づけば精霊たちは身を潜めてしまっていた。

 あら、シンクの背中に一匹の白い小さな蛇がぽつんと残っているわ。むしろしがみついているといった感じかしら。シンクが離すように首をぶんぶんと振っている。


<ソノモノ ハナレガタイノ カ フム XXXXXX>


 シンクにしがみついた精霊と水の精霊が淡く水色に点滅する。まるで会話するように。相変わらず、時々言葉がわからないことがある。祠の精霊が見つめる。いや見つめてくるように感じる。


<ヨイ イクガヨイ ヒトノコヨ ミジュクナ モノ タノム>

「え、頼むって? えっと」

<ダイチト オナジ ナンジト イク>

「?!」


 シンクにしがみついていた一匹の白い蛇から喜色が伝わってくるのだけど。えっと、まさかよね?

この子がついてくる? ええええ?!

 驚きのあまり固まっていると、シンクの背中から降りた蛇が私の足元に這ってくる。爪先から膝へ這い上ってくると、腰に付けたポーチの辺りを彷徨う。正直、小さいといえども蛇に纏わりつかれている。けれど、嫌な気分にならないのは精霊の化身だろうかしら。その小さな精霊はポーチの中の一つの瓶を見つけるとその中に溶け込むように消えてく。ちょっと、その瓶?!


<ミジュク スガタヲ トルノハ ワズカ。ナンジニ フサワシイ スガタトトロウ>


 祠の精霊。中位の水の精霊は、そんなことを言った。えっと、これは……どうやら、まだあまり力のない水の精霊が私を気に入って……ついてくるってこと?! 中位程ではないけど姿をとれる力の持ち主。私の技能によって姿が変わっていくと? とりあえず、もう混乱の極みよ。私の顔は間抜けな表情をしっぱなしだろう。茫然としていると……


「邪魔をしてしまったか――? 色々な光がケイを囲んでいた……一体何が?」

「カイさん? ああ……精霊達よ」


 祠のある高台へ姿を現したのはカイさんだ。祠の周辺に視線を巡らせ、唖然としたように佇んでいる。

 精霊なのかと目を見張っている……そして、私の抱えるリュートに視線を落とすと納得と頷く。しまったという表情を浮かべれば深く腰を折り頭を祠へと下げる。


「すまない。祠の主よ……邪魔をしたようだ」

<ヨイ ワレラヲ エガク モノヨ>

「?!」


 カイさんが息を飲むのが伝わってくる。祠の主の声が聞こえたのだろう。カイさんは精霊語の技能を取ったけれども、レベルはそこまで高くない。なんとなく精霊の声か? ぐらいの程度らしい。しかし、力ある精霊の言葉は、はっきりとカイさんにも意味が伝わったようだ。そして、精霊の格を、湖の主の存在を察したのかもしれない。


<ウタウヒトヨ レイヲ イウ イチドダケ ワレノ チカラヲ >

<ワレラノ ケンゾク タノム セカ ノ ヘンカクハ オトズレル>


 祠の主は、宝石のような青色の瞳を瞬かせれば――ふわり、霧雨のような細やかな水気を浴びたような

清廉さに身を包まれた。そして、祠の屋根の上に座る姿が……まるで霧のように姿が消えて行く。残ったのは、その場所に居た証拠のように屋根の上に水の湿った跡。そして、ポーチから覗く瓶に精霊の気配。


『水の精霊の加護(小)を受けました』


 システムメッセージがチャット画面に流れる。……。今のは加護? 思わずリュートを抱えたまま呆然としていると、カイさんの声が響く。


「今のは、この祠の主……水の精霊だったのか? あんなにはっきりと精霊の姿と声を聴いたのは、はじめてだ。今、ケイの身体を何か光のようなものが……一体、何が何やら。幻を見ているようだ」


 無精髭を指先で弄りながら、言葉通り幻に包まれたような表情をカイさんはしている。私もそんな表情をしているに違いない。周囲を見渡せば、他の精霊の姿もまるで何もなかったように存在感が希薄になっている。

 周囲を見渡す私の視線とシンクの視線が珍しく重なった。何か言いたげに尻尾を振れば、私の膝へ飛び乗る。前足を胸元によじ登るように置くと、すんすんと匂いを嗅ぐように顔を押し付けられる。なんなの?!


<ミズノ ニオイ アル>


 シンクの言葉が脳裏に響いてくる。いつもは、どこか子供じみた声色なのだけど、今はちょっと面白くなさそうな声をしている。リュートを背中に担ぎなおして、両手を自由にすれば、シンクを抱き上げる。その頭を撫でながら、シンクの不機嫌そうな声の意味を考えてみる。もしかすると、


「さっきの光は、水の精霊の御礼だと思うわ……演奏に対してくれたみたい。一度だけ助けてくれるそうよ」


 チャットログを再度確認する。システムメッセージの言葉を確認して、ステータス画面を開く。空白になっていた備考欄に<水の精霊の加護(小)>という単語が追加されていた。説明文を見ると一度だけ身を守ってくれると書いてある。大地の精霊であるシンクは、水の加護を得たことに面白くなかったのかしら? 謎だ……シンクと意思疎通を潤滑になるように、精霊語の熟練度を上げないといけないわ。


「いや、なんだか。俺はすっかりお邪魔だったなぁ……すまん」

「それにね……精霊が一匹、ついてくることになったわ」

「はぁ?」

「その言葉は私もいいたいわ」


 カイさんが私に頭を下げてくる。そして、私の言葉に唖然とした表情。うん、わかるわ。


「水の精霊が、私の歌を気に入ってついってくるって。シンクと違って形はあんまり取れないみたいなんだけど……この瓶の中に住み着いたみたい。でもね? この瓶の中ってお酒なのよ」

「…………蛇?」

「蛇の形しているわね」


 そう腰のポーチに忍ばせていた瓶の中身は水ではなくて酒だ。旅の道中に楽しもうとしたとっておきのお酒よ。蛇に酒ってどんな昔話かしら。むしろ! 水じゃなくていいの?! 酒がいいの?! は、この瓶の中のお酒はどうなるのかしら。……。カイさんと思わず沈黙の時間だ。


「なんていうか、お前さんは色々引き当てるなぁ? ま、精霊使いでもあるんだろ?」

「確かに詩人についで、精霊使いでもあるのだけど」


 詩人としての生活についで精霊使いとして冒険の旅になりつつある。いいのだけど……他のプレイヤーも色々引き当てているのかしら? シンクがなんだか不機嫌そうに私の頭の上に居座る。仕方がない、少しは甘やかしておこう。思わず溜息をつく。カイさんがそれを見かねたのか、


「もう少し行った場所で絵を描いていたんだ。祠のある場所に、妙な光が幾つか浮かんでいるのを見つけたんだ。何かと思って、<鷹の目>を使ったらアンタがいるじゃないか。何か危ない事になってないか、気になってしまってな。しかし……慌ててしまったらしい。リュートを弾いているのに気づいていれば。しかし、精霊だったとは――いやはや」

「危ないと思って来てくれたのね。ありがとう。遠くからはそんな風に見えていたのね……なりゆきで、祠の主に、精霊に演奏をすることになってしまって……今思うと、本当に幻のようね」


 演奏をしている間の時間は、幻だったのではないか……そんな心地が湧いてくる。それにしても、精霊が気になる事を言ってた。


「カイさんのこと、精霊を描く人といっていたわ」

「……だな。普通の絵だと思うが……前、俺が精霊に懐かれやすいのでは、といっていたが。エルフと縁を結んだのも絵を見てな。精霊の気配を感じると。ぶっちゃけ、わからん。……精霊魔法の技能を取ってみるか。魔法技能は、からっきしだったんだがなぁ。この世界の景色を、精霊がいるという景色を見ることができることは、本当の景色を見ることになるかもしれん」

「気づくとね、色々求める事が増えていくのよね」

「それが、楽しいんだがなあ」

「まったく。また色々疑問が増えてしまったわ」


 背中に担いでいたリュートをザックに収納すれば、ズボンに付いた草きれを払って立ち上がる。結構、長居をしてしまったわ。いや、そんなに時間が経っていない? やっぱり不思議だ。


「そろそろ集落に戻らないと、日が暮れてしまうぞ。俺は片付けて来たから、一緒に戻るか」

「そうね」


 頭の上に乗っていたシンクが定位置とばかりに肩の上へ移動してくる。その様子をカイさんは、


「随分と懐いているのか……精霊だよな? 不思議な存在だな」

「足代わりに思われているような気が時々するの」


 冗談めかして言う。実際、自分で歩く事は遊ぶ以外滅多にしないのよ……仕方が無い子。そして、新しい水の精霊の子。本当に精霊は気まぐれだ。後で水の精霊の子に話しかけてみよう。話が通じるかしら?

 一周して集落に戻るには時間が足りないようだ。来た道を戻ることにして、二人と一匹で歩き出そう。




 集落が薄闇に包まれる前に戻る事が出来た。集落では夕ご飯の準備の真っ最中だ。何処からともなくおいしそうな匂いがしてくる。焼き魚の匂いが多いのは、この集落ならではだろう。湖から戻ってくる私達の姿を見つけた住人が――


「ああ、詩人さん! 遅かったねえ。皆待っていたよ。画家のお兄さんも一緒だったのかい。同じ彼方からの旅人だったねぇ。さあさあ、集会所へ。皆、暗くなれば集まってくる」


 はしゃいだ様子で、手振り身振り大きく話しかけてくる。本日も宴会は開催のようだ。勿論、歓迎だけどね。カイさんが隣で精霊にも人にも人気だなと、肩を震わせて笑っている。声を出してもいいのよ?

 乞われるままに集会所へと向かう。既に子供達が、昼間教えた遊びで遊んでいた。その遊びを見たカイさんが、微妙な顔をした。


「なあ、あれって」

「一緒に遊んでもいいのよ?」


 一万尺の大きな山で踊っているらしい手で遊ぶ歌。ちなみに29番まであるそうよ? 私は3番ぐらいまでしか知らないけれど。微妙な顔をしていたカイさん。しかし、懐かしいな! と声をあげれば子供達の輪に入っていった。けれど、カイさんは周りより頭一つ大きい大柄の身体で、日焼けした肌。さらに蓬髪と無精髭の少々怪しい風貌の彼は、子供達には未知の存在らしい。ちょっと怖がられていたが……子供好きなのか、少し後には仲良くなっていた。シンクは既に石に戻っているわ。……逃げた。



 二日目の夜も歌と演奏。さらにカイさんが踊り出して、とても盛り上がった。カイさん、<舞踊>の技能も持っているらしい。人の事を言えないが、カイさんのスキル構成も変わっている気がする。ただのリアルの趣味の延長っていってたけれど。テンポの速い曲に似合う、妙にアクロバティックなダンスだった。ダンスに詳しくないから、わからないけれど。見事だったわ。





 水の精霊に巡りあってからは、穏やかに集落で過ごした。

そして集落を離れる日。釣り上げた魚は住民の方の手によって燻製に仕上がっていて、幾つかの他の魚の加工品もお土産に貰った。とても美味しそうだ。リュックの中に収納しておけば、かなり日持ちをすることができるだろう。宴会のお礼らしい。お礼を言いたいのは私の方だ。とても楽しい一時を過ごす事ができたのだから。

 カイさんも同じようにお土産を貰っている。カイさんも湖の風景の他に、集落の人々の似顔絵を描いて渡していたらしい。そして、カイさんと一緒にジオスへ戻る事になったのだ。


 1週間程滞在して丁度絵が描き終わっていた事と、ドワーフ族に会いたいということ。ジークさんに関する一連の事を昨日朝食を取った時に話してあったのだ。私と違った視点で色々なものを見たいというカイさん。興味があったのだろう。


 シナ湖はジオスとラギオスの間に位置している。ジオスを離れラギオスへ拠点を移しても、また来る事は出来るだろう。また来訪したい旨を集落の人に告げて――ジオスへと帰路へとついた。


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