30.湖の精霊
湖畔の朝は実にゆっくりとしたものだった。朝食を取りながらカイさんと歓談を楽しんだ後、彼は絵の続きを描くと言って別れた。
肝心の釣りは朝食後再開した。それから1時間ぐらいがんばったけど、釣りの成果はあんまり見られない……釣れたのは一匹の大きな魚だ。大きさは30センチぐらい。実は巨大な川とかに住む2m近いものが捕れたらどうしようかと思ってた。ファンタジーの世界だからありそうな気がした。実際、湖の中央付近ではたまに獲れるという。生息はしているのね……唯一の釣れた魚は、見た目はアユに似ている。<鑑定>をすると名前がわかった。先日、酒場で食べた魚と同じだった。料理になっていたのでわからなかったけど、元はこの魚らしい。この付近ではよく獲れ食べられる魚と説明があった。
とりあえず内臓を処理する。ここらへんは普通の魚と変わらない。燻製にできるのかな? 日持ちをさせたいからできるといいけど。住民の方と相談しよう。
お昼前、集落に戻ると住人の方達が、働いたり子供の世話や家事をしている。私に気づいた子供達が、駆け寄ってくれば――
「お歌を歌って! お姉さん、遊ぼようよ~」
と、ねだってくる。大体小学校以下ぐらいの子供達ばかりだ。小学校ぐらいの年齢になると立派な働き手として、大人を手伝っているのを知っている。子守をしている老齢の女性が少し困ったよう表情を浮かべれば、私は大丈夫と微笑んで見せる。子供と遊ぶのは嫌いじゃない。
「ええ、じゃあ。一緒に遊びましょう。けれど、このバケツを返してくるから待っててくれるかな?」
「おや、釣れたのかい。なかなかの大きさじゃないか。内臓も処理してあるし……良ければ、うちで今日取れた分と一緒に燻製にしてやろうかのぅ。燻製液に漬けておけば、明日にはできるようにしておくよ」
「本当ですか? 折角だから日持ちするように加工できるかと思っていて、ありがとうございます」
「ああ、子供達と遊んでくれるみたいだしねえ。その礼じゃ」
「そんなことで、よろしければ。誰にでも歌で喜んでもらうのは、嬉しいものです」
御婆さんへ魚を入れていたバケツを渡す。バケツも共同の場所に持っていくだけだからと返却もしてくれるそうだ。ありがたい。途端、子供達に両腕を取られる。
「お姉さん、遊ぼう遊ぼう。お歌も歌って~!」
「ええ、そうね。歌遊びがあるのよ? 一緒に遊びましょうか」
子供の頃、わらべ歌に合わせて遊んだ事を思い出す。友達と向き合って、お互いの掌を歌に合わせてリズムを打ち鳴らしたり、皆で横に一列に手を繋いで歌ったり。次第に鬼ごっこや、だるまさんが転んだをこっちの世界にアレンジして教えたら、完全にお遊び時間になってしまった。
気づくと子供の数が増えてる――?! シンクは隠れるように私のフードに埋もれていたけれど、今となっては子供にもみくちゃにされている。遊んでいるのかな? 遊ばれているのかな? 気にしないことにしよう。嫌だったら、石の中に入ってくることだし。しかし、子供は元気ね! 気づくとあっという間にお昼の時間だ。昼ご飯だと呼ばれて各家庭に帰っていく子供たちを見送る。
もう、そんな時間なのね……私も昼食を取ろう。朝食をしっかり取ったので、お昼は軽めに済ませるつもり。ザックから取り出したのは、なんちゃってグラノーラバーだ。好きなナッツ類を何種類か選んで、オートミールっぽい穀物、刻んだ干した果物。それらを蜂蜜とバターを少し混ぜたものと混ぜ合わせる。撥水加工してある型紙を長方形に作って入れて……後は固めるだけ。固まったら食べやすい大きさに切って紙に包んだ。リアルでも簡単で作りやすいから、こっちでもやってみた結果、空腹度も結構回復する美味しい携帯食になったのだ。それを齧りながら、午後からは湖の周辺を散策する予定だった。
簡単な昼食を済ませれば、湖の岸辺に沿って歩き出す。住民の方によると湖の周囲は大人の足で約3時間程、歩くと一周できると行っていた。今から行けば夕方までに帰ってこれるだろう。今日も集会所で宴会が開かれる予感がする。はっきりと言われてないけれども……歓迎だけれどもね。
杖を装備しながら<気配察知>を発動する。集落から離れてしまえば、そこは魔物がいつ出てもおかしくないフィールドだ。街で手に入れた地図は街道周辺はしっかり描かれているが、シナ湖の集落周辺になると人があまり行かないせいか、結構大雑把な地形図になってしまっている。なのでシステムマップを起動して、久々にマス目を埋めて行く気分ね。シンクも私の肩に……頭に乗っている。帽子を買おう。街に戻ったら帽子を買おうと決心した。風も吹いてないのに髪がぼさぼさになるのよ! もぅ。本来は精霊とあって、重量は全く感じないけど、動きは影響するのよね。不思議ともいえる。
湖の周辺は穏やかな景色だ。時折、森の上空から湖へと勢いよく猛禽のような鳥が水面へと突っ込んで行く音が聞こえる。<気配察知>は今は約100m程の範囲に意識している。集落の住人の方が、この湖の守り神の御蔭で魔物の被害はめったにないという。守り神? 湖の北の高台に小さな祠があるという。そこを訪れるのも目的の一つだ。
<ウタ ウタ ミンナ イル ウタ!>
「みんな、何がいるの?」
集落から大分離れた場所へ差し掛かれば、シンクが頭の上で跳ねだす。それを、はしっと押さえながら、首を傾げる。いつもの催促だろうか? それにしても、皆ってなに……いや、シンクの仲間と言えば精霊に決まっている。精霊? 思わず周辺を見やれば、「キャフ」「ウフフ」 囁くような笑い声が聞こえた。
<ウタ セイレイ ウタ スキ>
さらに催促をされれば、仕方がないのでいつもと同じようにハミングを始める。歌うのは、子供達に先程歌ってきかせた童歌だ。シンクの首がぶんぶんと揺れる。ええ、これじゃ駄目なの? コトバ、だって? ハミングじゃないってことね。仕方がない、ゆっくりと歩きながらなら大丈夫だろう。
私はこの地に伝わる湖に住むという、幻獣の伝承を歌う。昨日、住人の方が曲を教えてくれた。この世界には、シンクみたいな精霊獣と別に幻獣という生き物がいる。そう、ファンタジーでお馴染みの存在だ。この事は図書館や冒険者ギルドの資料で知っていた。
この世界の幻獣は、古の一族と同じ存在だ。神々の指先から直接生まれた命。ドワーフやエルフ等、神の形と似た生き物。それ以外の知能ある獣に近い存在が幻獣だ。人族やドワーフ族等とはまた違う知識あるこの世界の住人達。その住処を良く知られているのは一部の存在だけ。有名なのは、エルフ族の集落に比較的近い場所に住む神馬族。ユニコーンやペガサス、ケンタウルスと呼ばれる古の種族。あのファンタジーの代表格、竜も存在しているというが、滅多に姿を見せることなく伝説の生き物と呼ばれているらしい。いつかは、古の一族にもあってみたいものだ。殆どが伝承やおとぎ話の住人に近いらしいけれどね。
そんな幻獣がこの湖には住むという、本当かな? この地の伝承を歌いながら歩き続ける。
なんだろう、とっても先程から気のせいじゃすまない程に……シンク以外の精霊の声と気配を感じる。
シンクとは精霊の格が違うのか、湖の漣の音に似た笑い声のような音、森の木々の葉が揺れる音に似たような囁きにしか聞こえない。けれど、歌っている歌に惹かれている? リーナさんの言葉を思い出す。
精霊は歌が好き。精霊語で歌を歌ったら? と。彼らの言葉で歌を歌ったらどうなるか――精霊語で精霊魔法を使役する時、精神力をがっつり使う。それだけ強い力を持つ言葉なのだろう。
精霊の応える力も、はりきったものになるけれどね。制御が難しい。使役する短い言葉ですら、精神力を消耗するのに歌を全部精霊語にしたら? 多分、昏倒するような気がしてならない。結果、どんな歌がどんなふうに精霊に影響するのかわからないけれど――
やがて祠があるという場所に、近づいてくる。地図を見るとそろそろだ――そして、気づいていた。徐々に精霊の気配が濃厚なことに。濃厚と言うのは明らかにいますという存在感だ。シンク以外にもうっすらと輪郭が見える精霊がいる。目の前を3センチ程の小さな小鳥の羽が生えた透明な人魚のようなもの。まるで乙女のような雰囲気。それは精霊、水の精霊だ。いつもは曖昧にしか見えないけれども――……
<ミズノ! ナカマ! ウタ スキ!>
水の精霊と思わず精霊語で語りかける。
<ステキ! ヒト! ダイチノコ イッショ! キミョウ イイ!>
シンクと違った、まるで童女のようなコロコロとした声が響いた。それは岸辺を漂い手招きをするように、くるくると回った。
シンクがその動きに誘われるように――肩から飛び降り走っていく。待ってと、迷うよりも追いかけるしかないわ! 辿り着いた先は小さな祠だった。
岸辺から続く少し高い場所、湖を一望できるような場所に草叢に囲まれて祠はあった。手入れはされているが古びた大理石のような質感の石で造られている。形はリアルでみたお地蔵さんとか祭ってあるお社に似ているわ。大きさもそれぐらいかな。祠の周辺には先程見かけた水の精霊達が……舞っていた。そう、なんと数えたらいいか、一人二人? 数にすれば3つ。水の精霊、水の乙女達が漂っている。シンクは? 思わず周囲を見渡せば、ひょっこりと祠から頭を出した。思わず、その粗相に声をあげてしまう。
「駄目よ、シンク。そこは神聖な場所なんだから……」
<ヨイ ヒトノコヨ マダ ワカイユエ チオハナレ ハシャイデルノダ>
「だからといって……え?」
自然に聞こえてくる精霊語に、思わず言葉を返して気づく。シンクの声じゃない?! 視線が声の元を探して――目を見開いた。祠の屋根の上に、ちょこんと一匹の水色の蛇がとぐろを巻いて座っていた。
それは水色? いやどう表現したらいい色だろう。青色の青だけれども、日の光によってキラキラと鱗が反射して色々な青色に見える。透き通った青、緑のような青。深い海のような青。なんて美しい色だろう……その瞳は青玉のように輝いて、理知の光を浮かべている。これは……
「水の精霊とお呼びしていいのか……」
シンクがその鼻先で蛇を突いている。ちょっと、シンク?! その精霊は……
<コノ ムスメタチ ト ニタヨウナモノ タダ ナヲモツダケノ モノ>
中位の水の精霊だ。滅多に人の前に姿を現す事がない。シンクもまた位から言えば、精霊獣という力ある精霊で同じ位にあたるのだけれど。全くその感じがしないのは、シンクだからよね。
けれど、この水の精霊、名を持つというだけでその存在を知ることができる。
高位の精霊を初めて目にして、その存在感。力を理解する。きっと彼? 彼女? はこの湖を守る存在だと。今はごく普通の小さな蛇に見えるけれども。寧ろシンクと同じ精霊獣として姿を取っているのかもしれないが。精霊はまだまだ知らない事が多いわ。
「無粋にお邪魔してすみません。つい、連れが?」
シンクの事はなんといっていいか。旅の道づれといえば道連れだけれども、精霊としては、契約らしいものもしてないし……悩んでいれば。
<ヨイ ムスメラ ガ ウタ ダイチノ ガ ジマント>
水の精霊が曰く。昨日からシンクはこの場所に遊びに来てたようだ。いや、普通ならば他の精霊の縄張りに触れないようにするようなのに、シンクは……それで珍しがって水の精霊達は一緒に遊んでいたようだ。どうりで居ないと思ったら……遊ぶというより、じゃれ合うのかな? そんな感じに見えてしまう。そこで、歌のことを聞いた水の精霊が、興味深く招いたらしい。えええ?!
<キミョウ ダガ オモシロイ ダイチノ ト ヒト。 ヒトノ ウタハ ワレラニハ ココチヨイ>
そういうものなのか。えっと、これは歌って欲しいということかしら……リュートをザックから取り出せば、これかしら? と首を傾げて確認をする。
どうやら、精霊同士の話でシンクが自慢? 歌の存在を語っていたらしい。シンクとは片言の意思疎通だから、一体何が何やら……しかし、乞われたならば、詩人としては応えなければね。
祠の前へとリュートを抱えやすいように片膝を立てて座る。弦を軽く調整すれば爪弾く。澄んだ音が湖畔に響く――じっと、青色の蛇が私を期待を浮かべて見つめてくる。その周辺を、きゃらきゃらと水の乙女達が舞うように漂っている。シンクは尻尾を振って、はしゃぐように周りを飛び跳ねている。
こ、これは――まさか、湖を散歩に来て、水の精霊達の前で演奏会を開くなんて思いもしなかったわ!




