29.絵描き
ログイン25日目。
集落の集会所の床でログインをする。集会所といっても他の建物と同じ規模。内部が大きな部屋になっているだけの建物だ。その片隅の床の上にツエルトを引いて、マントに包まって寝ていた。
湖畔に建てられているせいか、朝の空気はどこか水気を含んだ清涼とした空気。
ジオスの街やリーズ村とはまた違った空気に満ちていた。
シナ湖の集落は、昔は湖から捕れる魚を主な産業とした村だったという。近年になり街道から離れている事と、自給自足の質素な生活を嫌い人の流出がはじまる。今となっては小規模な集落になっていったという。現在も住んでいる方は古くから住んでいる土地なので、離れれないと。ほかに理由があることも言っていたけど詳しくは聞くことはできなかった。ちょっと気になるわ。
昨日の夜は宴会というにはささやかなもの。普段夕ご飯で食べているものを持ち寄って、少し品数を追加して、お酒もいつもより多め。ちょっと贅沢なご飯を食べた。そんな感じの宴の中で、私はリクエストされるままに曲を奏でて歌った。
やっぱり人気の楽曲はジオスと同じ。英雄譚や恋歌等。子供には民謡を強請られる。彼方からの旅人と、あらかじめ説明して、リアルの曲も弾いたら結構好評だった。
ジークさんのリュートは本当にいい音がする。ボディも体にしっくりと抱えることができて、弾くのが楽しくなってきて、随分と夜遅くまで演奏していたわ。
そして、今。朝早い時間から――私は湖畔で釣りをしている。船を繋ぐ桟橋。その近くで竿でも結構釣れると、昨日聞いたのだ。いくつも切株が並んでいる場所が目安だと。皆さん、仕事以外でも自給用に釣っているみたいだ。
折角なら自分で釣って食べたい。切株に座ると釣り針に餌を付けて、水面に糸を投げこんで……待てばいいのよね。
上手くいくといいなぁと住民の方には、微笑ましそうに言われた。餌も分けてくれたし。ちなみに竿はジオスの「道草道具店」で、来る前に購入済だ。
今後釣りをする機会があるかもしれないしね。海とかでも釣ってみたいわ。ラギオスは港があるから期待できるかも。
「なかなか、釣れないものね――」
リアルでも釣りの経験は少ない。見様見真似だ。釣った魚を一時的に入れておく水の入った桶も借りたけど……まだからっぽね。むしろ、餌の方が減っていく。気づくと逃げられている!
そうそう釣れないとわかるけれど――ポチャン! あ!
「あ、また食べられてる……」
餌ばかりが湖の魚に捧げられていく――気分転換に朝食を取ろう。切株の傍らには、既に携帯コンロを設置して、お湯を沸かしていた。竿を適当な石で固定すれば、朝食の準備にかかる。移動中でなく、時間に余裕があるので携帯食はしまったままだ。
今日の朝食は、保存が効くものを用意している。沸いたお湯は紅茶を入れる為に使う。この世界にも紅茶があったのだ。名前は違うけど、まったくそのままなので紅茶と呼んでいる。お茶の産地や葡萄酒の産地にも、旅の途中に行ければいいな。
お湯を沸かし鍋をどければ、フライパンを取り出す。ワイルドピッグのベーコン。その小さな塊をザックから取り出して、薄く……いや、少し厚めに切っちゃおう。フライパンで軽く熱して、その上に住民の方に貰った卵を割っていれる。なんだか、昨日歌ってくれたお礼にと色々いただいてしまってる。
お金よりも嬉しかったりする。あまりにも色々頂いたので、お返しに未開封のお酒の瓶を渡した。先日、飲んだブランデーみたいなお酒だ。大層喜ばれた。旅の間に飲もうと思っていたけれども、お礼したいしね。……もう2本持っているし。
やがて、ベーコンのいい匂いと共に卵が焼き上がる。ベーコンエッグだ。その間に雑穀のパンを用意して、薄く切る。このパンは日持ちを優先に作られているせいで少し硬い。色は少し茶色がかっている。コンロの脇の火で軽く炙って温めて――
「あ、焦げちゃう」
ベーコンエッグの乗ったフライパンを火から放す。それをフライパンから滑らせてパンの上に乗っける。薄くて軽い木のお皿の上に移動させて完成だ。
大したものじゃないけれど、外で食べるご飯って美味しいのよね。簡易コンロの固形燃料に蓋をかぶせて消火をする。火の取り扱いは注意しなければ……ベーコンの上で少し黄身が崩れた目玉焼きが美味しそうだ。あれ、そういえば――
「シンク?」
少し前まで、私の釣りをする姿を暇そうに見ていた精霊獣の姿がいない。ご飯時になると、ちゃっかり食べれるものを狙って帰ってくるのに。おかしいと、周囲に視線を巡らせると同時だった。
ガサリと草を踏む音が聞こえて――木立の合間から一人の男性が歩いてきた。
「いい匂いするなぁ……なぁ、これアンタのペットか?」
「シンク?!」
男の右手には、ぶらんと首根っこを摑まえられたシンクの姿。思わず目を見張ってしまう。私以外に触れられるのは、あまり好まないのだけれども。思わず男を見る。昨日の宴の中に、交じっていた顔?
年頃は私と同じぐらいだけれど、赤銅色の蓬髪に顎に広がる無精髭で年齢不詳だ。低い声色が私に問いかけてくる。宴会の時は普通の服装だったから、住人だと思っていたけれど。今は黒革で作られた防具を兼ねた上着とズボンを着ている。その腰にはショートソード。目立ったのは、黒い生地のエプロン。エプロンは色々な色で汚れている。
「ごめんなさい。私の連れです。何かしでかして――?」
「ああ、昨日は連れてなかったから、わからんかったが――こんなけったいなモンを連れているのは、プレイヤーの冒険者ぐらいだ。だろ? いや、コイツにはただ絡まれただけだ」
男はほらと、シンクをぽんと投げるように腕を動かす――くるんと宙で回転したシンクは、私の肩の上に飛び乗った。男の言葉に、あぁと合点が付いた。もう一人、この湖を訪れている変わった旅人というのは、彼のことだろう。
<ゴハン!>
「ごはん、じゃないから」
<オヤツ!>
「おやつは、まだでしょ」
<ヘンナ、ニオイ!>
「変な、匂い?」
男が私とシンクのやり取りを聞こえたように、ぷっと噴き出した。しまったわ。いつもの癖で話していたけれど、精霊語は人には聞こえない。独り言を言う変な人って思われそうだ。
「そいつ、精霊かなにかな? 実態があるのは初めてみたが。興味深い」
「ええ、声、聞こえたの――? ああ、ごめんなさい。うちの子が何かご迷惑をかけたみたいで。先に謝るべきだったのに」
「いやいい。昨日は楽しませてもらったからな、詩人のケイ。俺は、まあみてのとおりプレイヤーのカイだ」
慌てて頭を下げた。首根っこを摑まえられていたシンク。何かやらかしたの、間違いない。纏わりついたって、本当にもう。そして、やっぱりプレイヤーだった。こんな場所で物珍しい。いや、私もだけれども。男のアイコンが名前とプレイヤーを表示されるものになる。それにしても……不思議だ。
「ええ、精霊の、精霊獣という存在で……一応、旅の道連れなのかしら? ほぼ勝手についてきている感じだけれどもね。それにしても精霊使いなの?」
「いや、精霊語を少しわかるだけなんだ。絵を描いていると、なんらか妙なものに絡まれたりすることが多くてな。気づくと精霊語の技能が生えていた。それで、そいつらが精霊という事もわかったし、ついでに覚えておこうと思ってな。言葉は色々覚えておくと便利だからなぁ」
「絵を?」
思わず、きょとんとしてしまった。男のエプロンに付いているカラフルな汚れは絵具? 視線が思わず行けば、カイさんはニヤリと楽し気な笑みを浮かべて。
「ああ、アンタが詩人であるように。俺は画家を目指している。リアルに無い景色を求めてな。歌のお姉さんの噂はかねがね。俺みたいなネタプレイをしてる奴、いないと思っていたからな」
「その名称はやめて頂戴……気が抜けてしまうのよ。確かに、この世界は見たことのない景色ばかりね。
とても楽しそうだわ……エプロンの汚れはやっぱり絵具かしら」
「ああ、あっちのほうで、この湖の絵を描いているんだ。湖の絵を描きたくなって1週間前にこの場所に来た。今日も絵を描いていたら……こいつが」
なんと、画家さん! 旅をして絵を描く……そういうプレイスタイルもあるのね。確かに現実にない幻想の世界を直接目で見て、描くことができる。詩人とまた違った表現方法だけれども、親近感を抱いてしまったわ。そして、最後まで言わないでもわかってしまう。
「お邪魔してしまったのね。ごめんなさい。気づくと、興味のままに動いているみたいなのよ」
「精霊っていうのは、そういうもんらしいな。俺も絵を描いてると、精霊っぽいのが見える時がある。なんでかしらんが……しかし、姿ある奴に、じーと見られたり頭の上に乗ってくるのはな」
カイさんは、がりがりと頭を掻いて、まいったなぁと笑った。そうすると眦が下がって愛嬌のある雰囲気になる。カイさんはどうやら、精霊に好かれる部類みたい。リーナさんみたいに、時々そういう存在があるらしい。それか、描いている絵が精霊の好奇心を引き寄せているかもしれない。
「本当に申し訳ないわ。今朝食を作っているところだけれど、もし良ければお詫びにどうかしら?」
ベーコンエッグの乗ったトーストを見せて。こんなものでよければと。食材はまだあるしね。シンクはザックの端を突いて、何やら催促している。ナッツと干した果物を出しておこう。暫くはおとなしいはずだ。いい匂いの元はそれか、なんてカイさんは言って。
「ああ、それはご相伴にあがろうかな。いつも絵を描いてて食べるの忘れるんだ。空腹システムが面倒でならない。いつも、料理なんて面倒で、携帯食ばかりだから暖かい物は嬉しい」
カイさんは、どっかりと携帯コンロの近くに胡坐で座った。早速、先程と同じ手順で調理を開始する。 男の人だから、沢山食べるかしら? ベーコンは太目に切ってフライパンで焼こう。同時に目玉焼きを空いたスペースで作る。パンはボリュームを出すために2枚切る。ボリュームを大目にしたので、2枚のパンで挟んだサンドイッチだ。私はお腹いっぱいになってしまいそうだけど。その様子を興味深く見られている。カップがあれば紅茶が出せるんだけど。
「飲み物を入れるカップは持っている?」
「ああ、あるぞ。酒と水しか飲まんが。旅の基本用品は揃えている。しかし、手際いいなあ」
「切って焼くだけのものよ。折角いい景色ならば、余裕あれば美味しいもの食べたくて」
出されたカップは、木をくりぬいたカップだ。白樺みたいな木材を使っている、私と同じカップだ。もしかすると、
「道端道具店で、道具を買ったのかしら。私も同じものを持ってるわ。ほら。はい、どうぞ……紅茶は少し冷めてしまったけど」
「おお、ありがとう。いいな、美味そうだ。ああ、そう。最初は皆ジオスだからな。あの店は実にいい。画材とかもジオスには、欲しいものがなかった。が、あそこの主が取り寄せてくれたんだ」
「私も色々お世話になったわ」
ワイルドピッグのサンドイッチを渡し、私も少し冷めてしまったけどトーストにかぶりつく。やっぱこのベーコンは美味しいわ。頑張って作ったかいがあった。そう、手作りよ。
「美味い。このベーコン、いいな。やあ、朝から贅沢した気分だ」
「でしょう? ここに来る前に作ってあったの。暫くここでのんびりする予定だったから、少し余分に持ってきてよかったわ」
「あんた……いや、ケイだったな。手作りか……やっぱり物好きだなぁ。俺は<酒造>の技能を取ってみたが。あれは、なかなか難しい」
「そんな技能が? 錬金術でも作れると聞いてたけど」
「おう、酒好きでな。ケイもかなり強いとみた。昨日の宴会ですすめられた酒を全部飲んで、けろっと歌っていただろ? イイ音で声だった」
蓬髪の前髪の下から覗く青い目が真面目に告げてくる。少し照れてしまうじゃない。思わず口元をゆるませて、
「ありがとう。予想外に喜んでもらって、良かったわ。そして、お酒造りがきになるわ」
「俺も最初は不審がられたが、似顔絵を描いてな。大抵これで打ち解ける事ができる。あっちこっち回ってるが、まずはいいな。……多少よく描くのがコツだ。酒は他の生産と違って少し時間かかる感じだな。錬金術とは違った種類の酒がつくれる」
カイさんが、にやりと口角を上げる。<酒造>技能を説明してもらう。そして、なかなか旅慣れているようだ。思わず素直に強請ってしまおう。
「放浪の画家ってとこね。ジオスの他、どんな場所に行ったのかしら――とっても気になるわ」
「こっちもそうだなあ。吟遊詩人って、とこだろう。歌も絵も変わらんかもしれん」
「私も、ちょっとそれを思ったわ。なんて奇遇かしらってね」
紅茶のお代わりを互いのカップに注ぎつつ、うんうんと頷き合えば、顔を見合わせて笑う。笑い声が湖畔に響いていく。
それから、カイさんとは色々話をした。情報交換と言えば情報交換だ。
どのような旅をしているか、どんなことしてきたかだ。互いに似たような感じなのが明白で。話は弾んでいく。案の定、カイさんは、あっちこっちふらふらしている。そう言ったら、私もだと言われた。
画家として芸術ギルドに所属しているそうだ。そんなギルドもあるのね。描いた絵を売ったり、似顔絵を描いては路銀を稼いだり、やっぱり冒険者稼業も兼ねて、気の向くままに絵を描き旅をしているらしい。
「いいわね。それにしても、エルフの里にまで行っているなんて――」
「偶然知り合ったエルフに案内されてな。絵を描いてきたぞ。素晴らしかったな……ケイこそ、ドワーフの知己だろう?」
「まだ、ジオスの街に居るわ……その後、里に帰るならば、一緒に行ってしまおうかしら」
「いいな。それ。どんな暮らしや景色か気になる。ドワーフ語もエルフ語もコボルト語もいけるぞ」
「仲間ね。私もやっぱ言葉は旅の上では必要よね。だからって、精霊語まで覚える人は少ないと思う」
そう笑い会えば、自然とフレンド登録を交わした。けれど、プレイスタイルが似てるといっても、気軽に一緒に行かないとか言わないのは、言わずもがな。お互い、ふらりふらりと気ままに歩くのが好きなのを知っているからだ。思わぬ出会いに、暫し歓談の時を過ごした。
……魚? 大きいのが一匹。友人を一人、得ることができたわ。




