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3.街を歩けば、うっかり拾う

 噴水広場へ再び戻って来た時、街中に鐘の音が響き渡る。正午を知らせる鐘の音だ。

 初めてログインしてから、色々確認して、まずはやっぱり散策だろうと町中を歩き回った。

 徐々に道端に増えていく住人の露店を覗いたり、後程旅の準備に利用しそうな商店をチェックしたり。気づけばゲーム時間で2時間程歩き回っていたみたい。おかげで街のいたるところまで、ばっちりよ。


 ちなみにこの広場、調べたら名前も「噴水広場」だった。そのまんまね。ゲームの始まりの街としてはわかりやすい構図だろう。未だに響く鐘の音に人の流れが少し変わっていく。そんなところまでリアルだ。


 鐘の音は先程、立ち寄った官舎からだ。この街を統治する自由商業都市「ラギオス」の出張官舎は、街の中でも一番大きい館だった。

 屋上にあった鐘は時刻を告げる鐘でとても目立っていた。この街は街道沿いにある補給地点となる衛星都市のひとつらしい。町役場といった出張官舎の衛兵さんに色々聞いてみた情報である。街の規模としては、小規模。良くも悪くも始まりの街として、こじんまりとまとまっているのだろ。


 鐘は6回重音を響かせ……ツインズ内の時間表示は現実と同じだが、ゲーム内では現実時間の2倍で進む。初めて広場に行った時は朝9時。今は、12時と視界の片隅にゲーム内時間が表示されている。その下には現実時間が並んで表示してある。街の散策だけで時間が過ぎて行く。楽しいのよね。建物から現実の西欧を旅行した雰囲気に似ているけど、行きかう人の服装や、会話。見たことのない道具等を見るだけで楽しいのよ。


「すっかり歩くのに夢中になっていたのね。……これ美味しいわ」


 行儀悪く歩きながら食べているのは、林檎に似た果実。通りがかった街角で果実を扱う屋台で購入してみた。

 姫林檎みたいだが色が紫色だった。果肉は林檎より少し柔らかく、食むと爽やかな酸味と甘みが感じられる。味覚の再現に驚嘆しかない。リネという果実で焼いても煮てもと、やはり林檎のように多様に楽しめると、屋台のお兄さんがいってたっけ。それを幾つか購入していた。少し空腹を感じていたので早速食べている。


 1つ100(J)ジニ。屋台を見たりすると1Jは1円ぐらいかな? 空腹度が上がると体力、いわゆるHPが減っていく仕様なので食料は必須だ。ステータスを見て少し上がっていた空腹度が、果物を2つ食べれば減っている。そして満腹感も感じられる! 素晴らしい。


「しかし、さっきは驚いたわ……」


 ステータスを開いたまま小さく溜息。噴水の端に設置されたベンチへと座れば、ウインドウを見つめる。広場から出てからは、散策がてら地図のマス目を埋めるように歩き回った。どこに何があるかが気になる性分だ。

 マッピングの懐かしさもあって、道という道を歩いてみた。歩く程地図が描かれて行く。楽しいのよ。

 路地一本あるけば、その周辺も描かれた。ついで<鑑定>もして、鑑定のレベルも上がるし名前がわかる、一石二鳥。そして、おかげで面白いことが起きたのだ。むしろびっくり? どうしよう? 害はないだろうけれども。



 それは地図のマス目が全部埋まった時だった。<ジオスの地図が完成しました>と、地図の完成を告げるウインドウが出て消えて……ちなみに場所は城門近くのヒーラー協会の前。



『プレイヤー:ケイが「初めての探索者マップメイカー」の称号を得ました。以後<称号>システムが機能します』


 システムチャットと共にアナウンスが流れたのだ。ログを思わず2度見したわ! 名前?! 称号?!


 ステータスを開くと称号の箇所に「初めての探索者」の文字があった。ステータス画面のデーターに<称号>という項目が追加されている。まずは<称号>機能の説明を読んでみる。


 どうやらプレイヤーの行動によって追加されるようだ。討伐したり、何か初めて作ったり、システム的に達成が行われたら得ることができると。なんらかの効果や影響があったり、名前通りだけのものもある。

コレクター的な要素もあるようだ。なるほどね。そして、私が得た称号はというと。


 プレイヤーで初めて地図を完成させた者の称号、とあった。Oh……


 1日目にして、ログイン早々に街を全部歩くような物好きは少ないかもしれない。

 普通なら戦闘や生産やらに向かうかもしれない。居たとしても、たまたま私が一番目になってしまっただけよね? しかし、プレイヤー名まで出すのか! 運営よ。まぁ、ソロプレイになるだろうし。名前を交わしたりして認知されないと、プレイヤー名が表示されないし。最初のプレイヤー数を考えれば気にすることはないだろう。


 称号を見ると……


[初めての探索者:地図をいち早く作成した探索マニアの為の称号。ちょっとした悪路でも元気に歩ける。さあ、歩こう! <歩行補正>(同行者含む)]


 マニアってなに! 説明文にちょっとツッコミたい。そして、どうやら称号の効果が少しあるようだ。悪路って……どんな道も歩けってことかしら。ゲーム的に考えると……毒沼もガンガン歩けちゃう?! なんてね。そんなに甘くはないと思うけれども。しかし、毒沼を歩くような状況って、どんなのかしら。


 とりあえず……ありがたくもらっておこう。そういうことにしておいた。





 気を取り直して完成した地図を、思わずニヤニヤしながら広げた。地図を眺めるだけも好きなのだ。

街の全容が地図の完成でわかった。広場から伸びる広い道は4つ。


 北へ官舎に繋がる道。その周辺は住宅地が広がっていた。広場周りを見た通り、区画が整備されているのはメインストリート付近だけのよう。だから、広い道を外れると迷子になりそうだ。……なりかけた。道を教えてくれた親切なおばさん、ありがとう。美味しいご飯の店もしっかり聞いておいたわ。


 そして、東側が職業ギルド区画。東門の前まで関連施設が連なっている。住人とプレイヤーと思う人々が忙しく出入りしていた。同じような初期装備の人間がぞろぞろと歩いているのよ? ちょっと面白いわ。

 反対の西側の道には、商店街らしく各生産系のギルドが並んでいた。露店もかなりの数が出ていた。また行く予定だ。

 西の道の終わり西門の前は、大人な歓楽街の景色が広がっていた。どこも変わらないものである。ちなみに18歳以上のプレイヤーだと、大人な体験もできるそう。あくまで自己責任っぽいけれどね。プレイヤー間では、セクハラ対策がしっかりされており、身体に直接触れるには許可が発生する。無視をすれば、言葉通り痛いお仕置きが待っているそうだ。悪質なのは運営的指導ね。


 中継街らしく商業よりの施設が多い。農産物の多くは近隣の村から運ばれてとのこと。肉類は周辺の森から得ることができ、これは冒険者ギルドと狩人ギルドが統括しているとのことだった。


 初期設定に冒険者(仮)というのも理由が分かった。街などに入るには一定の身分が必要なのだ。住所不定正体不明では、まっとうに門をくぐれないという。

 冒険者ギルドで発行された見分証を持って、この街に入れているという設定のようだ。

(仮)なのは、冒険者が嫌とか、アウトローに行きたいプレイヤーの為。ログイン後、ある程度経つと正式に冒険者ギルドに登録しないと消えてしまう。ほかっておくと、街にスムーズに出入りできなくなる。仮登録が消えるまでに生産ギルド等で見分証を得れば、問題はないみたい。

 メインは吟遊詩人だけれど、冒険者家業も憧れる。後程、ちゃんと登録しにいかないとね。





 まずは、その前にやりたいことも多いのだけれど……現実のお腹も満たさないといけない。

 一度ログアウトをしてから続けることにした。ちなみに仕事は纏めて休みが取れるように調整済。

 自営業のいいところよね。この数日はまとまった時間にログインできそう。








 さて、再びログイン。街は夕暮れ時。私は酒場で飲んでいた。


 西の商店街のメインストリートから少し離れた路地にあった酒場「道草亭」は、昼間散策して見つけた宿兼酒場。年季の入った木造建築の宿だ。路面側に、樽の植木鉢に小さな花が植えられている。その風情に惹かれたのだ。


 丁度、植木の手入れをしていたのが、厳つい顔の店の主。宿確保も兼ねて話しかけたら宿泊可能だった。話してみるととても穏やかな店の主だ。

 このゲーム、宿等の宿泊機能があるところでログアウトすると、ログイン時に特典がつくので、ちゃんとベッドでログアウトするのが良いみたい。これは、公式掲示板に書かれていたテスタープレイヤーからの情報だ。


 結果、夜からの酒場営業時間に戻ってきたのだ。わざわざこの時間にログインしたいのは、飲みたいからに決まっている。


 自他ともに酒好きだ。味覚に関しては昼間実証済だし。現実と変わらなく素晴らしい。

 なんといっても……飲みすぎても太らない!! 太らない事に喜ぶ女性プレイヤーは、多いと思うわ。つい飲み過ぎてしまいそうで、二日酔いとかあるのかな。



「姉ちゃん、いい呑みっぷりだなぁ……彼方(かなた)からの人って、皆、女でもそうなのかい?」


 本日2杯目のエール。一杯目は、駆けつけ一杯だ。

 2杯目はゆっくりと、味を楽しんでいる。仄かな柑橘系の香りが食欲も進む。キンキンに冷えているわけじゃないけれど、芳醇な飲みごたえだ。一緒に頼んだのは、ソーセージの盛り合わせ。香ばしく少しの焦げ目。付け合わせは温野菜。


 店内に客はまだ少ない。マスターの作業するカウンターの前に、話し相手がてら座っていた。


「いえ、私がお酒好きだけかもしれないわ? マスターの料理も美味しいし。これは何の肉を使っているのかしら」

「その呑みっぷりみりゃ、好きなのはわかるさ。あぁ……ワイルドピッグの肉を使ってるんだ。最近森の近くで大繁殖してたのが討伐されてな」

「初めて食べた肉だけど、美味しいわ。あ、もう一杯ちょうだい。あと、野菜の煮スープも」


 5㎝程の細長いソーセージ。香草がしっかり効いていてエールによく合う。フォークを刺すとピシッと張りがあって肉汁が溢れるのだ。が、肉は魔物化した豚でした。魔物肉が通常の肉扱いなのね。美味しいけど。

 へぇと、美味しければ気にしない性格だ。試しに<鑑定>すると、お肉の材料と使われていた香草の名前が出た。

 追加で出てきたスープは、屋台で見た「こちら」の野菜を使ったもの。出汁は鶏系かな、くたくたに煮込まれた野菜の優しい甘味が美味しい。


「……それはそうと、姉ちゃん。詩人(バード)かい? 昼間は楽器、背負っていたからさ」

「えぇ、……というよりは、バードになりたいってところかしら。まだ人様の前では躊躇うわ」

「そうかい。いやなぁ、前までいた吟遊詩人がな……他の街へ出てしまってから、酒場も少し寂しくてな。バードギルドに派遣依頼をしようと思っていたからさ。呼ぶなら綺麗な姉ちゃんがいいだろう?」


 マスターはそう冗談めかして言えば、肉を切り分けながら。


「ギルドにはいったか?」

「ギルド?」


「ああ、とりあえずギルドに登録しなきゃ、この街では仕事できんぞ。その様子なら、まだだったか……演奏で稼ぎたきゃ、一度バードギルドへ行くといいぞ。したら、こっちも頼めるしなぁ」


 思わずグラスを傾ける手を止める。なるほど……詳しく話を聞いた。

 この街で仕事を請け負うには、各職業ギルドに入会が必要と。ちゃんとした身元保証も兼ねるし、どれだけ実力あるかギルドが証明するとのこと。

 職業用の依頼はギルド経由が多いこと。これをこなせば、職業の腕が認められていくと。

 これは剣士でも魔術師でもそうだし、果ては家政婦等の大小の職業ギルドがあると教えてくれた。

 冒険者ギルドは、それに含まれない雑多な仕事になるという。なるほど……


「じゃ。明日にでも早速行ってみるわ。……その、私の演奏でよければ、一度聞いてもらえるとありがたいわ。バードって名乗れる程じゃないけど」


 憧れの吟遊詩人。躊躇っていては仕方がないので、まずはやってみようが、私だ。

 マスターと約束を交わした。次の予定は決まったわ。


「あ。マスター、もう一杯お願い。ついでにこれも」


 その日は酒場が混みあうまで過ごし、ログアウトをした。


『運営サイド 業務日誌 そのいち』


「一日目で、称号システム!」

「ちょ、しかも……この物好き称号が、最初かよ」

「討伐系で来ると思ったけどなぁ」

「とりあえず、すぐ機能予定だったけど」

「ネタ称号!」

「技能と組み合わせると有益なんだよね」

「「「「え」」」」

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