24.精霊の獣
夜の出来事がまるで夢だったかのように――森の木々の合間から朝日の光が差し込み明るくなっていく。
私の肩の上に乗った小さな獣。しきりに肩の上で足踏みをしているのに、その重さを感じないのが不思議。
大きさは少し大きいリスぐらい? 体毛は柔らかく亜麻色の毛色。首の回りと尻尾の先の毛はふわふわで真っ白だ。狐のように見えるけれども、耳は大きく垂れ下がっている。少しフェネックに似ているかな?
大きな尻尾は私の耳元を擽るように動いている。一番目立つのは薄茶の瞳の上。額にある2cm程の赤い石。ハイルさんの首飾りだった石と同じ輝き。
「精霊獣?」
「うむ……まさかこの目で見ることができるとは……守り石として選んだ鉱石に、精霊が宿っていたかもしれぬ。それがハイルと一緒に過ごし、実体化できる程の力を持つ精霊となったか……」
ジークさんは私の肩の上に乗った小さな獣に、目を細めて語りだす。精霊獣と呼ばれた獣は、何か言いたげに私を見上げている。ふわりとした毛がくすぐったいわ……思わず指で頬をつっついてみよう。
創造神が世界の器を作った後。その世界を彩る為に、神々の四肢から生まれたと言われる精霊。
この世界に存在するものは、多くとも少なくとも世界に住むものとして、精霊の影響を受けるという。
ドワーフ族が大地に生きる者というのは、地の精霊となった神の脚。その指先から生まれたものだからだ。
自然の中で永い時を過ごした物は、それ自体に精霊が宿り精霊そのものになるという。
例えば、地に長く埋まっていた鉱石は大地の精霊の依代となる。大きな湖に長く生きた魚は、水の精霊の依代になる。エルフが大事にする古の樹は、長く生きた樹の精霊そのものであると、語られている。
自然に宿りさらに永い時間を過ごした精霊は、精霊としての力を強くし、世界の理の1つではなく、自らの意思で物事に干渉できる力を持つようになる。その為に姿を実体化することがあるという。
実体化した際、獣の姿を取る精霊を精霊獣と呼ぶ。伝承の中には人の姿を取ったりするものもいたらしい……
精霊語を学ぶ際、エルフ族の本に書いてあったことを思い出した。精霊にはその持つ力によって位があるという。
普段、精霊使いとして何気なく力を借りてるのは、世界の理に沿って存在している下位の精霊と位置づけられる。
それが永く存在することによって、中位の精霊となる。中位の精霊となると、自我を持ち個体としての存在となる。物に宿り、やがて実体を持つことが出来る精霊はこの位に位置するのだろう。
時折、気まぐれに精霊使いに自ら使役されることを選んだり、召喚される事を許可する中位の精霊もいるらしい。
熟練の精霊使いと呼ばれる者は、中位の精霊を従えるといわれている。さらに上位の精霊となれば、自然現象のそのものだと。雨を呼び、地を揺らし、風を意のままに操る。その力を精霊使いが借りるには、精霊の扱いに秀でるエルフ族であっても、難しいといわれている。
今目の前にいる獣は、赤い宝石に宿った大地の精霊。それが中位の精霊となり、物質化する程の存在となったものだ。長い年月を生きているジークさんでも、その存在を見たのは数回だという。
「ハイルは、その首飾りを大事にしておったからの。首飾りに宿っていた精霊も、本人が知らず懐いていたかもしれぬ。こうやって、死して尚……離れんかったようにな。おかげで、無念が本人の希望と思ってしまって力を貸しておったかもしれぬが……」
ジークさんはどこか懐かしそうに話して歩み寄ってくる。私の肩上に乗っている獣の頭を、武骨な手でぐりぐりと撫でる。
「それでこの精霊は、なんといっておったのだ――わざわざ実体化してまで、訴えたい事があったのだろう」
「ええ。まだ精霊語に熟達しているのではないので、断片的にしか聞き取れなかったのですが……この先は、危ないものがいる。だから、ハイルさんは行かせないように頑張っていた。行ってはいけないと、私達を止める為に姿を取ったようです。やはり、何かが――そして、ハイルさんがいなくなったことを悲しんでいました」
精霊から伝わる感情につられて泣いてしまいそうになった、主だったのか友人だったのか。生まれてからハイルさんの傍に居た精霊が、名を呼んでいたことを告げる。その言葉にジークさんは唇を僅かに上げて。
「そうか、ずっとハイルの傍にいてくれて……ありがたい。一人で逝く事はなかったのだな……守り石の精霊よ。血族として礼を言おう」
小さな獣に頭を深々と下げるジークさん。獣はきょとんとした表情で……そして、私の肩からジークさんの肩へと飛び乗った。すんすんとまるで普通の獣みたいに鼻を鳴らし。
<ハイル ハイルノ ニオイ スル デモ チガウ>
「匂いでもするのか? さて、ケイ。この獣は行くことを止めているようだが、理由が知りたい。如何するか……」
「何らかの……ハイルさんを死にいたらしめた何かがいるとすれば、危険を感じます。けれど」
ハイルさんを死に至らしたものは、何か……もし魔物に近い敵性の生き物がいたら? 現実感溢れるこの世界。その住人であるジークさんの命は一つだ。ゲームと信じられない程の世界だけれどゲームの中。プレイヤーたる私は最悪死に戻りするだけ。けれど、その事を説明するのは難しい。一度引いた方が良い判断だと思う。けれど――ジークさんは。
「そうじゃがな……早い方が良いと、儂の勘がな」
「……わかりました。危険を察知したらすぐ戻りましょう」
私はリュートを仕舞って杖を取り出す。精霊獣が再び跳ねると――私の頭の上に飛び乗った。なにこの子……精霊とわかるけれど、なんだか和んでしまう。
<ダメ イチャダメ キケン! ウタ キケナク ナル! ハイル イナイ!>
「ええぇ……」
「どうした、ケイ? 先程から獣が何か言っておるようだが……」
獣はダメダメと駄々を捏ねるように、頭の上で足踏みを始める。髪の毛がッ! その様子にジークさんは、少し笑いを堪えているような雰囲気。もう。
「行ってはだめだと。危険だと、歌が聞こえなくなると。駄々をこねる子供みたいなんです。そして、やっぱり歌に反応するようです」
「……かもしれぬな。精霊は歌を好むというのを聞いたこともあるが。ハイルに最後の力を貸したのは歌に反応したのもあるかもしれぬな。ケイが死ぬと歌が聞けなくなってしまうと」
精霊は本当に気まぐれらしい。私の髪の毛を鳥の巣のようにした獣は、重さを感じさせない動きで地面へ降り立つ。そして、ぽっかりと空いた採掘跡へと走って行き――私達は追いかける。
<ダメ ゼッタイ ダメ!! イキモノ デ ナクナル!! イカセナイ!>
獣を追い越して穴に入ろうとして……甲高い音が響き、思わず耳を両手で防ぐ。
キィイイイイイイイン――!!
「?!」「な――!」
<ダメ イカセナイ チカラ タリナイ>
採掘跡の入り口の穴を覆うように――巨大な土壁が地面から盛りあがり、まるで結界のように穴を塞いでいた。その景色に目を見開けば――
くらり。瞬間、膝を付いてしまった。な、なに。この脱力感……血の気が一気に引いたように、気持ち悪い。膝を付いた前には一匹の獣。首を大きく振って、そして……陽炎のように消えていく。
獣が居た場所に、赤い珠がまるで何事も無かったように転がっている。ちょっと、何……そして、気づく。精神力がMPが枯渇寸前な事に?! この気持ち悪さはMP枯渇か。
「ケイ! 大丈夫か?! 何が起こった。この壁は……精霊獣の仕業か?」
「精霊が行かせないと……壁を作り出したのは確かです。何故か私の精神力を使われて。それも半分以上……あれだけの力を使ったとしたら、それだけの消費だったかもしれませんが。回復剤を飲めば大丈夫です」
腰のベルトポーチからMPポーションを飲む。ああ、不味いわ……MPが回復すれば気分もましになってくる。しかし、精霊が力を使ったのは理解した。目の前の土壁は、いや土壁というよりは岩の壁だ。
とても人力で打ち破って入れることはできなさそうだ。しかし、何故……私のMPが。精霊に吸われた? 何が起こったかが理解できない。ジークさんが、転がっている赤い珠を拾い上げる。すでに普通の宝石みたいだ。
「のぅ……どうやら憑かれたか? いや、言葉が悪いな……気に入られたか?」
はい? 思わず赤い珠に目が行くわ。精霊はとても気まぐれだという……ハイルさんという元の主が、ジークさんに再会を果たし無念を晴らし、亡霊より解放された。主を失った精霊は? 妙に歌に固執していた気がするのも聞こえていた。呆然としてしまったわ。
「大地の精霊は、自分では移動できぬ。その性質故な。風や水の精霊はまた違うだろうが。お主についていくことにしたんじゃないか? 押しかけ女房ならぬ……精霊か」
「ちょっと待ってください! ジークさん。その首飾りはハイルさんの形見じゃないですか? 勝手に着いてくるって、押しかけ精霊?! だから、主としてMPを勝手に使われたとか――そんな馬鹿な」
「気まぐれだしのぅ、特に大地の精霊は――不動のもの故。動ける機会があれば見逃せないかもしれぬ」
「まって、まって……」
ジークさんが拾い上げた赤い珠を、承知とばかりに私の手に置いた。途端にまるで着けろとばかりに赤い珠は再び姿を変える。それはハイルさんが身に着けていた首飾りだ。思わず、ぽかんと口を開けてしまったわ……ジークさんの固い手が私の肩を叩く。
「少しばかり、強引な精霊なようだが……実体化する程の力ある精霊だ。精霊使いとしての能力があるのだから、今後役に立つ事があるだろう」
「けれど、この首飾りは――ハイルさんのッ!」
ジークさんは眦を優しく下げる。そして、懐からは一冊の古びた本を取り出す。触れれば崩れそうな表紙をそっと撫でて。それは首飾りと一緒に残ったハイルさんの本だ。
「これはハイルの日記だな。あいつはマメな所もあったからのぅ。きっと旅の事も徒然と書いてあるのだろうな……知られたくなかったこともな? 兄の権限で読んでやるがの」
ジークさんは冗談めかしていえば、これで十分と語る。
「ケイは吟遊詩人として――世界を巡るのだろう? ならば、それを……ハイルを連れて行って欲しい。そう思ってくれぬか? 若い頃から色々な所を巡るのを好んだ弟だ。弟の願いを叶えられることほど、嬉しいことはない。それにな、装飾品は使ってこそ価値がある」
「ジークさん……」
その言葉に、ゆっくりと紡がれる優しい言葉に胸が募る。私でいいのだろうか?
一緒に歩いてくれますか? ハイルさん……首飾りをそっと撫でて。
「まあ、余分な……いや、旅の共になるようなものもついておるしな」
「押しかけ精霊……契約や了承もしていないのに。勝手に力を使うような、ですね」
「う、うむ……」
「首飾りになったのも、やったね! そんな感情が伝わってくるような気がするのですが」
「おう……まあ、あれだ。あとで姿を現したら、あの岩をどけるように願うしかないのぅ。その前に冒険者ギルドへ報告をせねばならぬな。必要とあれば助力を。人にとって危険というものを確認しなければならぬ」
「力が足りないと、精霊は言ってました。もっと人が多ければ、精霊も許可するかもしれません」
「一度、心残りだが……街に戻るかの」
精霊獣、元の姿に戻りなさい! 念じても一向に無視をされている気がするのは気のせいかしら。なんて子なの……仕方が無く首飾りを身に付ければ、ジークさんが深く頷く。そして、響く声は。
<ツカレタ アルイテ>
なんだって――!? 私は、駄々っ子のような精霊に憑かれた? 懐かれた? かもしれない。
そして、ふと思い出した。昔読んだファンタジー小説の中で、額に宝玉を持つ獣の事を。
磨き丸く仕上げられた柘榴石。真っ赤に燃えるようなその宝石の名前を持つ、その空想上の生き物の名前は……カーバンクル。……憧れていた生き物よ? ファンタジー小説の中で召喚されたり、不思議な生き物の幻獣として登場されたりするね。それにとてもよく似ているのだけれど……純度の高い柘榴石に精霊が宿り、そんな解釈もできるけれど。……なんだか、とっても、腑に落ちないのは何故かしら。




