22.辿り着く先は
冒険者ギルドへ足早に到着する。今日はずっと小走りになっている気がする。
冒険者ギルドにも過去の依頼やその結果をまとめた資料が、自由に閲覧できるようになっている。アナログだと思うけれどもリアルとは違う。文字の情報が生きている世界だ。閲覧の申請をすれば、早速資料の詰まった棚を見る。
資料は地域で分けられ、さらに年代で分けられている。数が多い……リーズ村の周辺についての依頼を探そう。年代も5年前と鍛冶ギルドの報告書で知る事が出来ている。大分、絞れる?
「あった……これ?」
資料を読み耽る事、どれぐらい経ったのかしら。放置された採掘地に関連する依頼がいくつか見つかった。
一つは調査隊の護衛の依頼。これは鍛冶ギルドの報告書と重なっている。これは無事に護衛任務完了になっている。その後、未確認魔物の調査依頼。これは……失敗している。何人か冒険者に死亡者が出ている。そして、また護衛依頼が何回か出されているが、未受理となっている。
そして……真新しい依頼がある。それは現在も継続されている依頼だ。3年前ぐらいから? 少々特殊依頼とあり、依頼者はリーズ村からだ。
その内容の詳細は、書かれていないがアンデッド討伐だ。アンデッドは魔物とはまた違った概念から生まれる存在とされ、魔物と区別されている。実態の無い存在として特殊な武器等が居るため、依頼は放置されているようだ。
「………」
希少な鉱脈、冒険者の護衛の鉱脈調査隊、報告されないままの調査依頼。出現している討伐依頼。なによりも……ああ。
「ハイルさん……」
未受理の護衛依頼。依頼者の名前はハイル。組み合わさる情報に……思わず目を閉じる。細い息が唇から零れる。
どうしたら、いいんだろう? ジークさんに、どうやって話すべきだろう。
いや、まだ。護衛依頼を出して未受理という事は、調査隊と別にハイルさんが、炭鉱に行ったと決まったわけではない。
それに、討伐依頼が出されたままのアンデッド……鉱脈が手放された理由だろうか? わからない。
けれど――行かないと。何所に? 放置された鉱脈に決まっている。
探索だけなら、なんとかなるはず……実際見てみないとわからない事もある。それにリーズ村から出されている依頼も気になるわ。もうね、考えているだけじゃ、始まらないのよ。行ってみないと! 決めたからにはね。
ジークさんが待つ「道草亭」へ戻る前に、西の商店街へと立ち寄った。野外を探索する為の道具は昨日揃えた。もし魔物が居たらと、今のままでは、不安にかられる装備があったのだ。
もともと新調予定だった装備、それは杖だ。今まで初心者用の杖を使っていたけれど、かなり酷使してしまったらしく、耐久度が低くなってしまった。それに気づいたのはジンガだ。
何をどうしたら、そんなに使い込んだかって言われてしまった。色々殴ったせいかしら? ともあれ、最後の初心者装備を変えなければいけないと思った。
<木工>技能も取ればいいんだけれども、流石にそこまでやると器用貧乏な気がしてならない。既に私の技能一覧はなんていうのかしら……まとまりがないことになってきているわ。
ドガ兄弟の知り合いに<木工>を主にやっているプレイヤーがいなかったので、今回はライアートさんが杖を購入したという店へ来ていた。確かこのあたりのはず――見つけたわ。
辿り着いたのは「真理の鏡魔術店」だ。なんだか、魔法使いの男の子の映画。その杖を買うシーンを思い出してしまった。そんな雰囲気だったのよね。普通の民家みたいな小さなお店の玄関を潜る。ギシリと扉が重たい気がするのは気のせい? 気のせいじゃないわ。
「こんにちは」
「おや……こんにちは。ふむ、精霊使いじゃな。どんなものを探しに来た?」
玄関を潜って目に入るカウンターからではない。視線を巡らせれば、店の片隅に古びたロッキングチェアに座る老人がいる。この人が店主かな? ライアートが少し変わった店だと言ってたけれど。言われた言葉に驚いて。
「杖を……遠い地から来た旅人のケイと言います。生業は詩人ですが、精霊使いとしても。失礼ですが……知人のライアートという魔術師からここを紹介されました」
「ああ、あの小僧か。珍しく<魔術>の理を理解しているようで、彼方からの旅人にしては、いい<魔術>使いになりそうだったな。詩人? 半端だな。お主はそんなに精霊に懐かれておるのに」
「へッ?」
間抜けな声を出してしまった。魔術店の主、老ドワーフのジークのように髭と白髪に覆われた老人だ。まるで賢者のような雰囲気。まがった腰を揺らしてロッキングチェアが揺れている。
「なに、こういう店を長くやっているとな、ある程度の事はわかるもんだ。ケイだったか、特に土の精霊に懐かれておる。あとは風だな。思うことはないか? 人族は精霊の加護はないが……たまぁに、それなりに懐かれているやつがいる。理由? 精霊に聞けばいい。奴らは基本的に興味本位だ。まあ、詩人というならば……」
歌が気に入られていると? そんなまさか。けれど、精霊魔法を使う上で、確かに土の精霊に呼びかけると成功率が高い気がする。特に精霊語を使ってお願いすると、時々やりすぎる場合があるわ。
姿も一番よく見える気がする。小さなお爺ちゃんみたいな精霊が現れるのよ……好かれている?
ちなみに精霊語は、かなり単語を調べることができている。
精霊語を使うとなんというのだろう。ぶっちゃければ、親愛度があがる気がするのよね。とあるエルフの本を読んだ時に精霊語とは何かという文章で、自分達だって母国語で話しかけられれば、張り切ってしまわない? そういうことである。
事実、精霊語で呼びかけると「声」「姿」を意識できる確率が上がっていた。ごっそりと精神力、MPが減るのはそれだけ、魔導語と同じように力がある言葉なのだろう。
「歌ですかね。時々……歌ってると、片隅に居る時があるんですが」
「まあよい。今使ってる杖を出せ」
「はい。えっと、すみません」
先に謝っておこう。背嚢から杖を取り出して見せれば。絶句された。そして、溜息。
「初心者用の杖なのは、良いとしておこう。だが、痛みが激しいのは……杖で戦う方法があるが、この杖はそういう杖じゃない。見た所……魔法も使いながら、これで戦っていたのか」
「ええ……護身用の杖と精霊使いの杖は、やはり違うものでしょうか」
「当り前じゃ。誰が敵を直接殴る精霊使いや魔法使いがおる。いや、お主か……」
だって、便利なのよ? 精霊魔法で先制後の応戦には今のスタイルでは必須になってしまっている。
こうなれば2本揃えるか……持ち替える余裕はある? 微妙だ。
私のプレイスタイルでは、どうしても単独の比率が高いから、仕方がないとも言えるけれど。いつもどのように使っているかを説明すれば、どんどん呆れた顔になりつつも……無造作に杖が沢山入れられた棚から、一本の杖を持ってきた。
「これだな。これしかない。高いぞ」
「これは……」
長さは余り変わってない。薄茶色の樫の樹みたいな質感で硬く掌に丁度収まる太さだ。木製なのに僅かに重みを感じるのは、何故だろう? 先端には白銀色の金属が蓋をするように覆っている。金属は杖には使われないのではないかと、首を傾げる。早速<鑑定>だ。―――?!
[黒樫と魔法銀飾りのスタッフ]黒樫の杖を少量の魔法銀を使って強化している。軽量ながら耐久にとても優れ、身を守る為にも用いられる。(使いこなしにくい)力補正小 MP補正大/品質 A/製作者 ハイル ]
「これは――!!」
「身を守りながら戦う魔法技能職用だと、少し前に、ふらりとやってきたドワーフが路銀が欲しいからと売っていったのだ。ドワーフの作品だし、素材はここらへんじゃ扱うことが難しい魔法銀を使って補強されておる。使い手がなかなかいなくてな。ずっと置いたままだったが。お主には、うってつけだと思うが――高いぞ?」
「いえ、そうじゃなくて――そのドワーフの事を!!」
なんていうことなの。思わず早口になってしまい、言葉が上手く出せない。商店街に足跡は残っていたけれども、決定的な確証はなかった。けど、弟さんの作品があったのだ! 先程鍛冶ギルドと冒険者ギルドの情報の裏付けが出来る。そんな様子に落ち着けと店主は肩を叩いてくる。私は事情を話して――なんてことなの。
「そういうことか……奇遇というかそういう運命だったかもしれぬな。当時、ドワーフが滞在していると話題になっておった。特に鍛冶ギルドの奴らは、毎日のように技術について聞いておった」
「……おいくらですか?」
<鑑定>した情報は、魔法銀!ミスリルよね。あの……ファンタジーでは、定番の魔法に馴染みが良い特殊な金属だ。それが補強に僅かだが使われているという。それだけで高い気がするわ。店主が告げた値段に……そうよね。そうよね。嘆息が零れた。そして、ふと。
「これは、代金の代わりになりませんか?」
背嚢から取り出したのは「魔結晶」。凶暴化したブラックウルフから拾ったものだ。店主はそれを見て、瞳をくわっと見開く。
「これは、どこで―」
「リーズ村の近くで、襲われ狩ることができたのです」
「リーズ村……最近、魔物に襲われたという。冒険者ギルドから連絡が来ておる。凶暴化の魔物をお主が倒したというのか」
「リーズ村の襲撃にも居合わせました。異常事態と、聞いています。今からこのドワーフの方の足跡を追って、近くまで行く予定です」
「……いくら、持っておる」
えっと、とりあえず。今日の宿泊代を除いた費用を全部言ってみた。半分にもなってないけれどね。杖でこの値段……ジークさんにも見せたい。店主から聞いた売ったドワーフの容貌は、ジークさんに聞いたハイルさんの姿と似ている。本当にハイルさんの作品か、わかるだろうか?
「貸してやる」
「え?」
「貸してやろう。その金でな。魔法契約を交わせばよいじゃろう。冒険者達にはよくあるぞ? まあ、よっぽど位ある冒険者じゃなければ、貸さぬがな」
えっと、リースみたいなものかな? いや、いいの? えええッ?!
知らないのかと……店主は説明してくれる。装備を買うには金がかかる。その為の借用制度みたいなものがあるらしい。いくばくかの金を払い、残りを支払えば、所有権が外れるのだ。けれど、いつどこで死ぬかわからない冒険者にはリスキーじゃないかしら。だから、ある程度の冒険者ギルドのランクがいるとのことね。……私はいいのかしら?
「ほれ、契約書を作成する。どうせ、何年も店の中で眠っていた杖だ。使われるのが本望だろう。彼方からの旅人は、簡単に死なない加護があると聞いておる。あとは、そのドワーフの兄弟の事を聞かせて貰えばいい」
「……ありがとうございます」
契約を決めた。ジークさんの事はおいても、私はこれが欲しいと思ったのだ。
全財産の殆どを支払い、残りの金銭に関しての取り組みを決める。詩人ギルドが身分を保証してくれる。逆に、持ち逃げ等することできないように、魔術契約を交わされるという。
この魔術契約は<書写>ギルドが扱ってる道具の1つだ。契約内容を決めてサインをすれば効力が発揮される。例えば、期日が迫っても返品されなければ、そのアイテムが所有者に問答無用で召喚されるとか。……魔法って凄い。逆に容赦ないわ。死んだ場合も所有者に戻る旨など、書かれることが多いという。
契約を済ませれば、杖を受け取る。――胸に思わず抱えてしまった。ジークさんの弟さんの作品だと感じている。ジークさんにも確かめて貰わないと。
店主に深く頭を下げると、私は店を後にした――「道草亭」に戻ろう。
ジークさんに判明した事を伝えよう。とても、言葉に言い難いけれども、真実が欲しいと願ったジークさん。私はどんな結果でも傍に寄り添いたいと感じていた。明日にでも、リーズ村へと立つ準備をしなければいけない。