21.探し求めて
西の商店街でいつもお世話になっている「道端道具店」へと向かう。ジークさんの弟さんを捜索する上で、野外を出歩く事もあるだろう。今回は村での依頼料も入った事から、消耗品の他に思い切って旅行用調理器具とテントを買う予定だ。魔道具で作られた生産用簡易料理台は、まだまだ手が出ない値段。なくても簡単な調理は火を起こしたりしてできるしね。
「こんにちは」
「こんにちは。あぁ、アンタかい。今日は何を探しに来た」
カランとベルを鳴らして店の扉を開くと、老齢の店主の声。変わらずカウンターの中では、のんびりと本を読んでいる。既に何度か来る度に品定めをしてある。目的の物が置いてある棚へと向かいながら。
「少し懐に余裕が出来たので、旅行用の調理器具とテントを買いに来ました。前に教えていただいた商品にするつもりですが、何か他にお勧めのものがあれば」
そう応えれば、調理器具のセットが入った箱を手に取る。この中身はアウトドア道具で言えば、クッカーセットだ。リアルの物と一緒だけど、鉄製だったりして少し重い。私が選んだのは小さな鍋と鍋の蓋がフライパンになる道具だ。鍋の中の空間には固形燃料を入れておくことができる。折り畳み式の三脚も合わせて購入した。包丁は持っている小型ナイフでいいし……これで野外でも基本的な調理ができる! あとはテントだけれども、これだけの量は、さすがに背嚢もそろそろ一杯になってきてしまった。採取や料理用素材、楽譜等もあるので中々厳しい。実は少々整理整頓は苦手なのよ。勿体ない癖があるの。
「収納用品を見せて貰っても?」
「ああ、確かに野営も込みの旅なら、もう少し荷物入れは大きい方がいいな」
別の棚を指さされる。そこには、背嚢や背負い子、さまざまな大きさのザックが置かれていた。学生時代、旅の一環として野山を歩くトレイルをしていたことを思い出す。ザックにしよう。大きさは……中型でいいかな? 帆布のような手触りの生地で作ったザックを一つ手に取る。<鑑定>してみる。
[旅人のザック]船の帆にも使われる丈夫な布で作られたザック。耐水加工を施されいる。背に長時間背負っても疲れにくい構造になってる。所持量+40/品質 C/製作者 シナ]
収納量が今に比べて大分増えている。今の旅人の背嚢は20個しか入らない。見た目は長方形型で雨蓋がついている。横にポケットもついてて地図を入れるのに便利そう。色は薄カーキー色。背負ってみても良い感じだ。これも購入しよう……が、テント代が。
しっかりしたテントから、単独用のテントに変更しよう。いくつか考えていたけれど、結局、金銭も考えて選んだのは簡易テントだ。ツェルトと呼ばれるものね。大きな布みたいな自力で張るテントだけど、色々使えて便利だ。少しばかり所持金が減ってしまったが、今後旅をする時や、野外を散策する時に役立つだろう。道具屋の店主にも、人を探しているちらしを渡す。
「数年前だと思うのですが……ドワーフ族の旅人を探しています。もし覚えがあれば」
「ふむ……この街にあまり人族以外は来ぬが……はて。家内にも聞いてみよう」
「ありがとうございます。今日もいい道具を買わせていただきました」
店主へ礼を言って店を出ると、夕暮れ時だ。「道草亭」へと行こう。久々になるが、出来る日は演奏をする予定だ。それに「道草亭」には、今――
「こんばんは。ジークさん。今日ちらしを作成して、色々な方に配ってきました。何かわかるといいのですが」
すっかり馴染んだ「道草亭」。酒場の一角にフードを被り人目を避けるように、カウンターの片隅の席で、エールを飲んでいる老ドワーフへと声をかけた。詩人ギルドで話をした後、逗留する宿を探しているという彼に、この宿を紹介していた。ジークさんは、エールを軽く掲げ、フードに隠れた視線を向ければ、頭を軽く下げた。
「ありがたい」
「いいえ、私に出来る事は少ないので……もっと各地を巡っている経験豊富な詩人であれば良かったのですが」
「ケイは、彼方からの旅人だと聞いている。長く生きた儂らも聞いたことのない遠い地からとな――」
「ええ。まだ、弟さんの手がかりは少ないのですが、色々な伝手に聞いてみています。いくつか、確認したい事があるのですが――」
ジークさんの許可を取り、隣の空いている椅子へと腰を掛ける。マスターに頭を下げ、エールを一つ注文した。ジークさんに、この地方で採取できる資源を書いた紙を見せる。
「目新しい素材を探していたと聞いて――この周辺で取れる資源です。ドワーフから見て興味を引く素材はありますか? もしかすると、里へ帰る前に、この地で探索していないかと思ったのです」
「なるほど……拝見しよう」
ジークさんに紙を渡して。マスターからエールを受け取ればグラスを傾ける。くぅ、美味しい! やっぱり一日の締めはこれだと思う。情報で一杯だった頭も少しすっきりした気がするわ。アルコールでそうなるのは、お前だけだって言われるけど。難しい顔で紙を見ていたジークさん。こんなに調べたのかと、小さく呟いて。
「わざわざドワーフ語でありがたい……いくつか、気になるが。希少というものはない。しかし、お主、良い飲みっぷりだな? ドワーフとためをはれそうじゃ」
え、そこ?! 思わずきょとんとしてしまったわ。やはりドワーフは酒好きなのかしら?
「ドワーフの方は、やはりお酒が好きなのかしら? ……すみません。好奇心なのです。実は私たちの故郷は、人族しかおらず……おとぎ話のようなものでしか語られていなかったので」
「……素直な娘だの。ああ、酒は我らの血と同じと、言われるぐらいにのぅ。ハイルは自分で酒を造るほど、酒飲みだった。美味い酒でな……ふふ、面白い詩人だな。我らの事を知りたいと」
「そうですか。……はい、正直言えば。少しお会いしたことを、どきどきしてました」
素直に言ってしまったわ! その答えに、ジークさんは肩を震わせて、かかかと笑い出す。初めて聞いた明るい声だ。少し安堵したような気もするけれど、素直に言ってしまって子供みたいだと、恥ずかしい。少し誤魔化すように、リュートを新しいザックから取り出そう。
「いくつか、貴方達の歌も知っています。良ければ、弾いても?」
「ああ……我らの歌を知るというのか……この地で聞くとは、おもわなんだ」
「色々な地を歩き、その土地で生きる人達の歌を知りたいと思ってます」
歌い継がれているものには、意味があると思っているわ。リュートの弦を爪弾く。ドワーフ族の歌は、ゆっくりとした曲調が多い。私は好きだ。奏でるはドワーフ族の中で、子供を寝かしつける時の歌という。子を思う親の気持ち、親愛なるものへの愛情が詰まった歌だと思った。せめて、少しはジークさんの気持ちが慰められますように……そう、願うばかりだ。
ログイン18日目。現実での溜まっていた仕事を一気に片付けてから、少しいつもより遅めにログインになった。ゲームの中の事だけれども、もう一つの世界の事は気がかりになってしまう。かといって、仕事はキチンと終わらせたけどね。
「道草亭」の宿部屋でログイン後、フレンドメールの着信に気づく。前日は引き続き、ジークさんの弟さんの情報を求め聞き取りをしていた。その結果、弟さんがこの地を寄った手がかりは掴めていた。それは商店街で配ったちらしを見ての答えだった。
数年前にドワーフの旅人が街に来た事を、何人かが覚えていたのだ。故郷に帰る前にと、旅先で作ったさまざまな物を売りに来たらしい。
多分、里へのお土産や外貨を得るためだと思う。この街には珍しいドワーフの来訪とその作品だった事もあって、その作品を扱ったお店から反応があったのだ。ただ、おおよそな月日が定かではなく、ただ来たという情報だ。
ジークさんにそのことを伝えると、そうか、と感慨深く頷いた。弟さんが……この先どこにいったか、手がかりはまだ見つからない。ジークさんはジークさんで、街を歩いたり工房を覗いたりしているらしい。
フレンドメールを開けばジンガからのメールだった。ドガ兄弟はドワーフが滞在している事を知って、早速会いに来ていた。勿論、弟さんを探す協力者としてだ。
ドワーフ族に憧れていたドガ兄弟とジークさんの出会い。ドガ兄弟はあくまでもドワーフの雰囲気を模しているだけで人族だから、ジークさんから見たら老齢の人族にしか見えないだろう。けれど、職人同士ということで交流を深めていた。二人からジークさんへの尊敬がびんびんに伝わってきたわ。
最後はやっぱり酒宴になっていた。それが昨日の出来事。
メールを開いて中を確認する。それはとても大きな情報だった。ジンガは今ログインしているわね。
フレンドチャットを飛ばして、今から会いに行く段取りを取る。ジンガの居場所は鍛冶ギルドになっている。西の商店街にある鍛冶ギルドへ、身支度を整えると向かおう。その足取りは速くなってしまう。
「こんにちは! ジンガ。連絡ありがとう! 本当なのあれ?!」
「おう、ケイか。ああ、古い採掘地の事じゃな……資料を取ってある」
鍛冶ギルドは石造りの重厚な雰囲気だ。ギルドの奥には鍛冶の施設もあるので、どこか熱気が漏れている気がする。
ジンガはギルドの室内で鍛冶に関する資料が入った本棚が並ぶ壁際。本棚の前にあるベンチで発見した。歩み寄れば早速本題にはいる。
ジンガはドワーフならば、やはり鉱脈に興味があるのではないか? とその関連を調べてくれていたのだ。この地域周辺の鉱脈。最近プレイヤーの生産者により、新しい鉱脈も発見されているという。
ジンガも鉱石を採掘に郊外を回っているから、そっちの情報は詳しい。
「先日行ったリーズ村からさらに少し行った場所。数年前に希少な鉱石が取れそうと、一時的に騒がれた鉱脈が発見された。小さな集落もできていたようじゃが、調査の上、新規の鉱脈とは登録されなかったらしい。魔物が出たという噂が広がってな……結局、その鉱脈は放置されるようになってしまったそうだ。そこで、その話は立ち消えてしまっている。鍛冶ギルドでも、その鉱脈の探索部隊を出しておってな……」
ジンガさんは一枚の紙を差し出した。鉱脈を調査した報告書の束から、この鉱脈に関する報告書を見つけ、書き写してくれたようだ。報告書は、何時何処で誰がと基本的なことが書いてある。その調査隊名の中にハイルという文字――!!
「弟さんか、わからん。ただ、ドワーフ族は大地に属する古い一族として、鉱脈を知る技術に長ける一族と、ギルドマスターが教えてくれた。街に立ち寄った機会に依頼をしたかもしれぬ」
「ジークさんも、この周辺で産出する資材を見て貰ったのだけれども。やはり鉱脈が一番気になるとは言っていたわ。あり得るかもしれないわ」
「だがな――……」
「ええ」
放置された鉱脈。そこで何が起こったのか……報告書には、安全に採掘できないという事しか書かれていない。何かがあったのだろう。ギルドに聞いても、魔物か地形の悪さか、なんらかの理由があれば、そういった記述になるとしか、教えてくれなかった。
もし、ハイルさんが調査隊に参加して、その後は――?
「冒険者ギルドへ行ってみるわ。この鉱脈に魔物の出現があったかどうか。討伐依頼が出されていたかもしれない。ありがとう、ジンガ!」
「おう。儂ももう少し調べておくのぅ。ジークさんにも、あまりよくない情報だが……よろしく頼む」
ジンガへお礼を言って、報告書を複写させてもらう。書写技能が大活躍だ。この二日でかなり技能が上がってしまったわ。希少な鉱石が取れる可能性のある鉱脈、調査隊、今は放置された炭鉱……ジークさんは、どう考えるだろうか?