20.出会い
「依頼ヲしたい」
と、年老いた声が言葉少なく答える。その言葉はゲームでの共通語だが、どこか訛りがあるような響きに聞こえて聞きづらい。エルザさんが少し困ったように首を傾げる。事実、この街で人族以外を見かけたことはなかった。エルザさんも面識が少ないのかもしれない。その様子に思わず……
「古の時から大地に住む隣人よ……お会いできた事に感謝します。私は遠い地から来た旅人のケイと言います。何かお手伝いをする事が出来ませんか?」
言葉に出したのは<ドワーフ語>。胸に右手を当て頭を下げ、彼ら種族に対する敬意を示す。私の言葉はドワーフ語になっていると思う……きっと。読んだ事はあっても話すのは初めて。
ドワーフ語と意識することで、会話は出来ると私の予測だけれども。……違っていたらどうしよう。少しドキドキするわ。
ドワーフの老人は私の言葉を聞き、驚いたように肩を動かした。眉毛に覆われた瞳、鉄色の瞳が私を凝視した。
「故郷を離れ暫しの時。久々に我らの言葉を聞くと思わなんだ。それが異邦の地から来た者からとは。いや、良い。礼を言おう……共通語は少々苦手故」
ドワーフの老人は胸に右手を当て頭を下げる。これはドワーフ族の挨拶だ。ドワーフ語を覚えてから図書館に彼らの文化や歴史に触れたものを何冊か読んでいた。実はファンタジー小説で一番好きな種族というミーハーな所があったのだ。学んでいて良かったわ。思わず笑みが浮かんでしまう。
「いえ。問題はありません。この地に生きる方々とお話ししたく言葉を学びました。ギルドマスターには言葉を訳しましょう」
「ケイさん……貴方は本当に驚かせてくれるわ。ギルドの依頼というならば、話を聞いていただけるかしら?」
エルザさんが少しほっとしたような表情で、依頼を受け付ける書類を持ってくる。老人はその紙を一瞥して頷く。翻訳してくれないか? とドワーフ語で申し訳ないように告げられ。
「すまぬ。歳を重ねてから里を出て、共通語をあまり使い慣れておず、また言葉を多く覚えておらぬゆえ……詩人ギルドに依頼したい。人を探して欲しい。いや、見かけなかったか……ただ情報が手にあればと思っている」
ああ、これが……納得した。各地を歩く詩人達。リアルと違って情報を伝達する方法は少ない。
この街に郵政機能はあったけれど、調べてみたら結構な値段だった。一般住民が気軽に使うのは厳しいだろう。だから、こうやって人と人の間を歩く、詩人のような職業に話が来る時があるという。
リーズ村の祭りを宣伝してほしい、情報を広めて欲しいといったりね。
冒険者ギルドにも出されたりするが、基本は狩猟等のほうが実入りがいいので、あまり受けられる事が少ないようだ。
「弟を探している。もう何十年も前に里を出た。便りを都度送ってきていたが……この地へ向かったという便りを最後に……途切れてしまった。だから、せめて。もう大分月日が経っておる。死んでいるかもしれぬ、が。せめて……足取りを知りたいという思いが募り……儂も老い先が短い。だから里を出てきた。街や人の話を聞き詩人に人探しの依頼をし、この街にたどり着いた。なんでもいい。何か、知ることができれば……と」
年老いたドワーフが、とつとつと語る。若い日に里の外も見たいと、家族の反対を押し切り出て行った弟。旅先で便りを都度送って来たが、それが急に途絶えてしまったという。
いつか帰ってくると信じていたが、それは訪れず……ただ月日が経ってしまったという。そのことを悔い、数年前に彼は弟の足跡を探すことを決め旅に出た。
色々な街を巡り辿り着いたのがこの街。……その想いが胸に染みる。
親愛の者を亡くす思いは私は知っていたから。そう、知っているから……思わず胸元を握ってしまった。ゲームの住人でもそれは同じだと思う……だから。
「弟さんの消息が分かれば、いいのですね……私も協力させてもらってもいいですか? 詩人としては経験は少ないですが……冒険者として活動もしてます。何かできればと」
思わず口に出していた。その様子にエルザさんは、驚いたようでもあり……老人は静かに聞いていた。
そして、深く頷く。
「依頼をしよう。情報を集めて欲しい。儂が知っている情報もお主に伝えよう。儂は赤色の石の里から来たジークと言う。暫しこの街に逗留する予定だ。……もぅ、この地を最後にしようと思っている」
「わかりました。酒場で、広場で……貴方の弟さんに関することを、知らせ調べましょう」
「よろしく頼む……報酬はその若い人族の娘さんと話すとしよう」
ドワーフの老人は名を告げれば……疲れたように、深い吐息を吐き出し。目を瞑る。それは彼が長い間、辿り着けない旅をしてきたことを思わせた。そして、エルザさんに改めて詩人ギルドへの依頼を告げた。
そして弟さんに関する情報をと私に告げて――私はその情報を受け取る事になった。
ログイン16日目。ツインズの時間は昼下がり。私は図書館で大量の書物に埋もれていた。
この世界にはプレイヤーと同じ人族以外に、いくつかの種族がいることを知っている。
それは神話からも知る事ができる。あくまで神話としてだけれども――
創造神と呼ばれる双子の神。存在が生まれた時には己の周りには何もなかった。それを寂しく思った神は、自らの力を分けて自らの胸を土台に世界の器を作った。ただの器だったそれに、己の腕と脚から世界を動かすものとして4つの力を生み出した。それが精霊達である。右腕は火に、左腕は風を、右脚から土を、左脚から水を。
精霊により世界は4つの力に満ちて彩られた。器が賑やかになった。しかし、不偏な世界に変化が欲しいと思った双子の神は、さらに四肢の指から自分達の姿に似た生き物を生み出した。
右腕の指から生まれる火に属する生き物、左腕の指からは風に属する生き物、右脚の指からは土に属する生き物、左脚の指には水に属する生き物と。生き物は神に似た四肢を持ち知識を持つもの。精霊に近くも別の存在……幾つもの命が生まれた。
長い時を経て、神から生まれたものは数少なくなってくる。それらの種族は古い一族と今は呼ばれているという。その一つが右脚の中指から生まれた土に属するドワーフだ。
ちなみに、人族は――精霊の影響を受けぬ唯一の生き物として、後の時代に神が戯れに瞳から生み出したという。それは何故かというのが、また考えされられるものだった。これがこの世界での種族や生き物成り立ちの神話の大筋だ。
その古の種族の一人に私は会うことができた。それもファンタジー小説や映画で憧れていた存在に。
あの老ドワーフの願いを少しでも協力が出来ればと思った。その境遇に、肉親を無くす事に重ねてしまったからかもしれない……
私の両親はすでにこの世にいない。大学に進学して1年目に……両親は事故で他界した。その後、祖父の元で暮らしたが……その祖父も数年後には病で亡くなった。両親に兄弟もなく、一人っ子だった私。言ってしまえば天涯孤独というやつかしら……当時は色々と。ふ……随分経つけれど、時折、ちくりと痛む事もある。
旅が好き、ある意味根無し草とも古い友人に言われたけれど。その通りなのかもしれないわ……だからこそ、かもしれない。この老ドワーフの力になれたらと思ってしまうの。
まずは、情報を整頓したいと机に向かっていた。
老ドワーフ……ジークさんの出身は、赤色の石の里というドワーフ族の集落だ。ドワーフ族は村単位の規模で集落を構えるという。
大体は近くに鉱脈が多いのは、神話で彼らが土に属する生まれと言われることからだろう。ドワーフの特徴は大地と暮らす職人というイメージが強い。ファンタジー世界の住人としてだけど。
この世界でも似ているみたいだ。必要な物を他種族と交流することで得ている。なので、案外人族の街に近い場所に集落があったりすることもあるそうだ。
また、逆に商業目的で他種族の居住区に出てきたりするともいう。ジオスに居なかったのは、街の規模が小さいからかもしれないわね。
ジークさんの出身の集落は、ジオスから西の森を越えて――山脈を一つ越えた場所にある。道を知る者ならば4日程の道程だという。案外近い? いや、山越えだから。まだ歩いたことのない距離だけれど、行ってみたいわ。ただし、今は登山道が崩落してる場所があり山を越えるのは困難らしい。
弟さんが旅に出たのは約50年前。閉鎖的な村の空気を払拭したいと若い頃から様々な活動をしていたらしい。そしてジークさんの反対を押し切り、旅へ出たという。北にある自由商業都市ラギオスから船に乗り各地を巡っていたと、便りから知る事ができたという。
もうすぐ帰ると……再びこの地域に戻る船に乗るという便りが最後だった。ジークさんは弟さんの消息を知るのに、あえて旅に出て足跡をたどって来たという。弟の見た世界を、老い先短くなった今見たくなったからと――
ラギオスで色々聞き尋ね、実際にこの地には戻ってきた事は確認することまでは出来た。
それも数年前の話だ。これは、もぅ……ジークさんもわかっていると頷いていたが、なんだかやりきれない。
それなら……なぜ、里に帰れなかったのか。いや、実は生きているのかもしれない。では、なぜ? 繰り返される想い。それに決着を着けたい、知りたいと締めくくった。
最後の言葉は、彼は何度繰り返した言葉だと思う。皺に覆われた眦が薄く濡れていた。
図書館にある地図を広げてみる。それを<書写>で書き写す。図書館に来る前に新しい技能を習得してきた。沢山の資料に目を通すつもりだったから、<書写>技能が活躍すると思ったのよ。
事実、私の手は速記というべき速さのペン運びをしてくれている。
<書写>技能は、生産みたいに複写の技術や魔方陣を作る技術もある。今後の何か役立ちそうな気もするので、上げて行こうと思う。
図書館にある地図は殆ど地理的なものしか書かれてない。その地図を書写で書き写して、公式HPの掲示板で攻略情報を覗いて、現在どこまでプレイヤーが歩いて何が発見されているかも書き足していく。
ここからは予想の段階になる。ジークさんの弟さん。名前はハイルさん。
ジークさんとは20年違いの生まれだという。ジークさんは里に籠って物を作るのが好きだったが、ハイルさんは外と交流するのを好んでいたドワーフだ。
職人であって商人だったのだ。旅の目的は外の世界をより見てみたいことと、新しい素材を探すことも含まれていたという。
商人ということなら、ジオスの商人さん達に聞いてみるのもいいかもしれない。
職人の面でいえば、素材探し……鉱物とかもかな。ならばこの周辺の鉱脈というのは、どうなっているのかな。気になるわ……ジンガにメールしてみよう。
後は後は……酒場のマスターに、何かいい案が無いかも聞いてみよう。冒険者ギルドにも何か足跡が残っているかもしれない。
外の世界を見てみたいと言っていた弟さん。その気持ちは私には凄い理解できた。
彼が私ならと――想像したことも書き留める。良い景色を見たいとかないかしら? そういった方面も調べてみたい。
調べたいリストを纏めると、この周辺で採取できる素材の分布地図も書き写す作業に入ろう。
図書館に半日程籠れば、すっかり夕暮れが近くなっていた。写した本はかなりの数になった。<書写>技能万歳ね。けれど、流石に半日ずっと文字を読んでいると、その情報量に頭が一杯になって来てしまったわ。
それに、街に戻ってきたばかりのこともある。リーズ村での依頼で使ってしまった消耗品を補充をしたい。西の商店街へと行こう。
それにとジークさんの弟さんの情報を求めるチラシも手書きで作ったので商店街にも配りたい。これも書写技能で、一度に何枚もコピーのように作ることができた。噴水広場でも配ってみたいと思う。
せめて――彼の大切な家族を、見つける……知ることができればいいと願いながら。