18.襲撃
村を囲む夜の森から――幾重に重なる狼の遠吠えに、宴会の雰囲気は一瞬にして混乱に陥る。
咄嗟に逃げようとしたのか、イスやテーブルが倒される音、皿の割れる音、子供の泣き声が響き渡る。
「女子供を集会所に避難させろ!」「護衛はどこに行った?!」「ブラックウルフの群れ?! なんでこんな場所に?!」
慌てながらも村長の声が響き、村の男達が動きだす。魔物が住む世界だ。準備や備えはあるのかもしれない。村の倉庫へ走って行くのは、武器を取りに行った様子。村長は呆然とする街からの観光客を広場の真ん中へ集める。商人達は雇った護衛を呼びよせて、不安な様子を見せて集まっている。
「ケイ!」
「ドガ!ジンガ!」
駆けよってきた兄弟から即座にパーティ申請が飛んでくる。パーティを組んだ方が、離れていても会話がしやすいだろう。
申請を受理すれば<気配察知>を発動させる。泉で凶暴化したブラックウルフに襲われて以来、重要だと感じていた。毎日、街を歩く時も余裕あれば発動させて技能を上げていた。おかげで、前より広い範囲を感知し精度が上がっている。範囲を広くすれば精度は落ちてしまうが、おおよそがわかる。狭い範囲だと精度が上がった。
<気配察知>を発動すればシステムマップにマーカーが浮かびあがる。NPCを含む生き物のマーカーと敵性のマーカーの色は違う。敵性の赤い色……複数?! 村を囲むように近づいている。ライアート達を見れば、驚きながらもすぐ装備を戦闘用のものへ変更している。
冒険者達は驚いて戸惑い、周囲を見渡している者が多い……思わず、注意を促すようにリュートを大きく響かせた。しかし、喧騒と怒声にリュートの音は、かき消されてしまう。ならば――声を皆に届けて欲しいと……精霊に願う。
「風の精霊よ……声を届けて!!」
夜の風が一陣、人々の隙間を吹き流れ……
「魔物の襲撃よ!! <気配察知>を使える人は発動を!! 今、南と東に複数の群れの気配を感知したわ。武器を取りましょう。 いつも通り狩ってやればいいわ! ……折角のお祭りを、邪魔されてしまったのは許せないと思わない?!」
声が風に乗り広場に響いた。格好つけているようで少々恥ずかしいけれど、そんなことは言ってられないと思うの。ハっとしたように動き出すプレイヤー達。折角のお祭りを……私、まだ一杯しか飲んでないのよ?! そんな冗談を付け加えれば、プレイヤー達の空気が少し緩んだ気がした。
「ケイお姉ちゃん! <3A>は村の南方面に行ってきます! ルイ……斥候職が先行! 大きな敵を感知したよ!」
「儂らは戦闘は苦手じゃから、村人をサポートしてくるぞ!」
ヘレナがロングソードを右手に掲げて、大きな声で叫んだ。プレイヤーの間に<3A>だと、広がる声。攻略で有名なパーティが参加していることに気づいたのもあるが、事態を把握したかもしれない。そうだそうだと、冒険者達の気勢が響く。
「おう! イベントか?! 村に魔物を入れるな!!」「パーティ申請ください! 二人の参加です!」
「襲撃か! 村の災難と知っちゃな! 上手い肉、まだ食べたいぞ!!」
パーティを組んだ冒険者達が村の外へと飛び出していく。ドガとジンガは、見守り役の村人の元に状況確認に走って行く。
「まさか、こんなことになるとは……ケイさんもお気をつけて」
ライアートが杖を振りながら言葉をいくつか紡ぐ。<魔導語>の響きだ。私も知識の為に<魔導語>を新しく修得していたので、内容がわかる。あれは付与だ。力と俊敏を上げるものかな? 私もいつかは歌として使いたいものだけれども、今は少し魔法の歌と言うものが無いことが悔やまれる。存在しているのだろうか……戦いになると、詩人は無力かもしれないわ。
ライアート達のパーティメンバーの身体が淡く白く輝く光に包まれる。軽くジャンプをしたヘレナは、そのあだ名「超突娘」の通りね。
「よーし! 行くよ――!!」
パーティを先導するように威勢よく走っていった。その後を慣れた様子でライアート達が村の外へ消える。その様子を避難の指示していた村長がびっくりした顔で。
「こんなに冒険者達が村祭りに参加してくれていたのか――ありがたい。まだ、村の中には魔物は来てないみたいじゃが。発見されたのは、ブラックウルフだと伝達が来た。何故この村に……奴らの生息地はもっと北なのじゃが」
「……そうですか。私も何か出来ることがあれば。多少戦闘技能を持ち合わせてます。村の様子を見てきます」
指揮をする村長に頭を下げる。先日のブラックウルフといい今夜の襲撃も異常だという。
<気配察知>を発動させたまま、逃げ遅れた村人が居ないか、魔物が侵入してないか、確認しながら足早に歩く。ドガとジンガは村人達の所だ。マップの集会所の位置にパーティマーカーが写っている。昨日、地図を完成させておいて良かったわ。村全体の詳細が手に取るようにわかり……! 気づく。走り出す!
村の北西にある民家、その飼育小屋の付近で、二人組の女性冒険者が複数のブラックウルフに囲まれている! <気配察知>とマップを見て囲まれている状況に気づいて、たどり着くことができた。
女性冒険者は背に何かを庇うように、剣と槍を振り回し魔物を牽制しているが、今にも牽制が崩れそうな雰囲気に、思わず飛び込む。
「大丈夫?!」
「歌の……お姉さん?! 子供が逃げ遅れててッ!」
「そのまま……動かないで……大地の精霊よ……お願い、この地を乱す穢れたモノ達を……その力強い腕にて……穿てッ!!」
「――!!」
杖をブラックウルフの群れに向ける。群れは5匹。突然の乱入者である私に敵意を見せれば、その内2匹が飛びかかってくる! が――こちらの方が早いわ! 夜の闇の中でも大地は眠らない。大地の精霊に願い乞えば。
ギャィイイインン!! キャィイン!
地面から湧きあがるように小さな小人の姿。その手には槍のような細長い土の塊。それが獣めがけて放たれて――見る間にそれは大きな土の槍となり、飛び掛るブラックウルフの身体を貫き動きを縫いとめる。同時、杖を構えて踏み込めば――まず一匹目! その喉元を狙い、突くッ! ぐしゃり。骨の砕ける音と感触に、魔物の身体が崩れ落ち消える。杖をその勢いで二匹目の頭部を目掛け、杖を振りおろし――鈍い音と共に、二匹目の魔物が宙に溶けるように消えて――普通のブラックウルフなら、冒険者ギルドの依頼で狩り慣れているわ――残りは?!
「こちらも、討伐完了です――!!」
「歌の、お姉さん……ですよね?」
この瞬間、ブラックウルフの意識が乱れたことを、女性冒険者達は見逃してはいなかった。二人とも戦士技能の持ち主だったようだ。視線を向ければ、私に意識を反らしていた3匹は斬り捨てられ、槍に貫かれ討伐されていた。子供の泣き声が響き渡り――安堵に息を吐いた。間に合ったみたいね。
「詩人のケイよ。この周囲にもう気配はないみたい。怪我は?」
「いえ、ありがとう。村の外に様子を見に行ったら、子供が襲われてて……逃げ遅れたみたいなの」
「歌の……バードさんなのに強いんですね。子供を庇いながらでは厳しくて、助かりました」
泣く子供を宥める女性冒険者は、助かったと頭を下げ。もう一人は驚いた顔をしている。その様子に、外も出歩く事もあるのでと、明るく笑って答えた。え、だってそうよね? きょとんした表情を浮かべるけれど、そうよねと笑い声が響いて、子供が安心した様子で泣き止む。まだ4歳ぐらいの男の子だ。その腕にはブラッククック。あらあら……
「守ろうとしたのかな? みんな、集会所に居るから行きましょう?」
「歌ってた人?……行く、ぐすッ」
男の子に手を差し伸べれば、まだ涙を零しながらも手を握ってくれる。女性冒険者達は、周囲を見てくると告げて村の外へ歩いて行く。子供の手を引いて集会所へと、周囲を警戒しながら歩いていくと――
『でっかい狼、皆で倒したよ――!!』
ヘレナからフレンドチャットが飛び込んでくる。でっかい狼? 思わず足を止めてしまう。村の南方面から、どよッと、大きな歓声のような音が微かに聞こえた。
そして異変が起きた。開いてたマップに写っていた敵性を示すマーカーが消えたのだ。え、魔物が倒された? 同時に――
『プレイヤーが「リーズ村の救援者」の称号を得ました。』
運営アナウンスが響いた。……何が起こったの。流石に私も把握できなかった。その後はフレンドチャットが入り乱れて状況が、状況が―――!! ちょっと待って!!
村の広場は、先程までの恐慌が嘘のように穏やかになっていた。村長がライアート達を含む冒険者達と何やら話をしている。倒されたテーブルやイスを村人達と片付けた後、まだ料理が残っているからと、新しいお皿がテーブルの上に並べられていく。被害が殆どなかったことも幸いして、祭りの雰囲気が少し戻ってきていた。
ライアート達の報告によると、村の南方面の森近くに、5m程の巨大なブラックウルフが群れを引いて現れたという。巨大なブラックウルフに名前がついていたことから、特異進化の個体と判断できた。
そして、周囲の冒険者達と力を合わせ……いや、かなりのプレイヤーが参加していて、一方的にタコ殴りになったらしい。一応、こういう状況って……ゲーム的にはボス扱いよね? そして、討伐した瞬間、群れは逃げるように去っていった。その後に、アナウンスが流れたという。
村長達と話終えたのかな? ライアート達が戻ってきた。ヘレナが飛びついてくるわ。
「お疲れ様! でいいのかなぁ。なんか急すぎて驚いてばっかり!」
「魔物の襲撃でしょう……ブラックウルフの特異進化。異常事態なのは明確ですよ。村長さんに冒険者ギルドに報告してもらうように、今参加した冒険者達と話していたんです」
「なるほどね……以前の泉のブラックウルフといい……何か起こっているのかしら」
「けど、運いいよね――! 大きな狼は強かったけどさ。プレイヤーが沢山居たから、誰も死ななかったし、大怪我もなかったよ」
ヘレナが横に座って懐つきながら言う。それは良かったわ。前線でそんなことが起こっていたのね。送り届けた子供は、無事両親と合流したけれども、心配のあまり怒られていたわ。ドガ達は神妙な顔で……
「もし、ケイがこの祭りを宣伝してなくて、プレイヤー達がおらんかったら……のぅ」
「……村が危なかったかもしれませんね。だからでしょうか? 称号を得たということは」
ライアートが深く息を吐く。今日、村の祭りに大勢のプレイヤーが来てなかったら? この村はどうなっていただろうか。少しぞっとしたわ。私一人じゃとても対処できなかったはず。そして、称号の事だ。私は気づくと3つめの称号ね……そう、私も取得していたのよ。
「この村に襲撃時にいたプレイヤー全員が取得しています。敵の討伐数などは関係ないみたいですね。このような、複数取得は初めてじゃないでしょうか? 効果は、まあ……私は良いと思いますが」
どこか疲れたような顔をしたライアートは、そういって小さく笑った。この村に滞在していた冒険者全員が、魔物が倒された後に称号を得ていたのだ。称号の確認をしたプレイヤー達の反応は。
「なんだこんな称号!」「笑える!ブラッククック美味しいし、いいじゃん?」「初めての称号が……」
そんな声が、運営アナウンス後から今も雑談の合間に聞こえてくる。私はステータス画面を開く。
[リーズ村の救援者:リーズ村の窮地を救った者達へ感謝を込めて。リーズ村の村人からの好感度があがる。少しだけお値打ちに、ブラッククックが買えるかもしれない]
称号の効果は、なんとか微笑ましく思ってしまったわ。ぜひ、またこの村に来たいと思ってしまう。
けれど……本来は生息しないブラックウルフの群れ。その凶暴化した個体、特異進化の個体。何か異変が起こっているのは明白よね……思わず、言葉を閉ざしてしまえば。
「さあ。冒険者の皆さん。おかげ様で……大きな被害は出なかった。お礼にはならないかもしれませんが、祭りの料理はまだまだあります。ぜひ堪能していってください」
村長が舞台の上で宣言するように言った。おお!! と冒険者達から歓声が上がる。まだ何があるかわからないから、エールは少し控えめだけれども、少しは飲んでいいよね?
エールで喉を潤せば――私は村長の立つ舞台へと向かった。魔物の危機が去り、祭りがまだ続くというならば。私はやることは一つだ。少し景気づけるような、明るい音楽を私は奏でるとしよう――