17.村祭りにて
祭りが開催される前日にリーズ村へ移動して祭りの時を迎えていた。
移動は依頼を受けた商人さんと一緒に馬車の横を護衛がてら歩いてだ。当初、詩人が? と言っていたけど、冒険者ギルドでの登録証を見せればちょっとだけ納得してくれた。<気配察知>は常に発動だ。先日の失敗もあるしね。
祭りが開催するまでは、村の中を自由に散策しよう。リーズ村は、人口300人程の村。山脈の麓を背に森に囲まれ、殆どの住民がブラッククックの飼育に携わっていると聞いたわ。
山から湧き出る清水が良い飼料になる草を育てる。それを目的とした集落が生まれ、村となり今となっては特産地となったらしい。
手作りの魔物除けの柵に覆われた村は、3世代で住む木造の平屋家屋といくつかの飼育小屋が点在し、その周辺は飼育用の飼料を作る畑が広がっている。ブラッククックの声が賑やかに響く農村だ。
いつもは飼育小屋から飼料用の畑に放し飼いになってるけれど、お祭りとあって今日は飼育小屋の中だ。
到着していた時はあちこちに放し飼いにされていて、うっかりぶつかりそうになったのよね。
ツインズ時間で正午を過ぎた頃、私の仕事は開始となる。村の祭り会場の舞台で曲を演奏することだ。舞台は祭りの為に即席で作られた木の板で作った小さな舞台。
今はその舞台でいつもより少し良い服。晴れ着を纏った村人が、声を高らかに歌を歌っている。そう、のど自慢大会が開催されているのだ。小さな舞台は、村の広場の真ん中に設置され、大勢の観客で賑わっている。
長閑な村は、今はお祭りの賑やかさに満ちている。ブラッククックの黒い羽と色鮮やかな大きなリボンを使った飾りが、家の軒先や玄関等に飾られている。リボンが旗のように揺れて、とても鮮やかだ。ちなみに飾りはお土産にもなっていた。商魂逞しい。
村の集会所ではブラッククックの品評会が行われ、商人が集まっている。村の広場は催事場であり、小さな舞台を中心に屋台が広がっている。人々は屋台で買い食いをしながら、催しを楽しんでいるの。
私が演奏しているのは、村人たちの参加型のど自慢大会の伴奏。大会といっても審査があるわけでもなし、気ままに歌って、後で誰が良かったとか、そういう感じらしいわ。
村人が歌う演奏をしながら観客を見る。観客の中には、ブラッククックの料理を頬張るプレイヤーと思しき人も多く見れる。結構プレイヤーも祭りに来ているんじゃないかしら。ドガ兄弟や、ライアート達にも昼食時に会ったしね。彼らのフレンドも誘い合って来ているという。
ジオスで宣伝した効果があったのかしら? 屋台を回り、物珍しそうに色々購入している姿も、商人の目論見どおりだったかもしれない。私のお勧めはブラッククックの燻製肉ね。
しかし、熱い歌声だわ。若い村の男性が謳っているのは恋の歌だ。予め村長に、弾ける曲のリストを渡している。30曲ぐらいね。恋の歌、もしかすると村に意中の女性でもいるのかしら? 曲が終わると冷やかされているしね。ある逞しい男性は、酒場でも人気の英雄の歌を歌い大盛り上がりだ。
自由参加であり、のど自慢の間は飛び入り参加も可能だった。だからか、ノリノリのヘレナが飛び入り参加してきた。 歌った曲はリアルの曲よ。小学校で殆どの人が習うだろう、ふるさとを思う歌ね。ツインズの住人にも郷愁を覚えるのか、沢山の拍手を貰っていたわ。パーティメンバーは呆れていたけれども。
のど自慢の演奏を終えれば、次の演奏の仕事まで待機時間。のど自慢の次は、旅芸人による演劇が舞台で行われている。次は夕方から、ブラッククックの新作料理のお披露目に合わせての演奏だ。酒も振る舞われて、大層盛り上がるらしい。
宴会に参加するのは、村に泊まる人が多い。即席の宿泊所は集会所と民家の空いた部屋。雑魚寝上等だけれども、それも楽しいと思うわ。日帰りの観光客もいるので少し人が減るかもしれない。
また、護衛付きで野営する商人達もいる。馬車に荷物を載せてしっかり準備してきているのだろう。
冒険者の多くは村の近くで野営だ。ドガとライアート達も村のセーブエリアで野営をするそうだ。
私は依頼で来ているので、集会所の片隅に泊まる手はずになっていた。夕方まで私もお祭りの屋台をひやかしにいこう。
昨日の時点で既に地図も作成済よ。その地域の地図を完成させるとナンバリングが付くことに、2枚目の地図を完成させてから気づいたわ。ナンバーがあるということは……地図の収集というのかしら? 地図を完成させていく楽しみも旅に加わったということね。
屋台で買ったブラッククックの串焼きを片手に歩く。黒胡椒と香草がぴりっと聞いた素朴な味。エールも欲しくなる味ね。後で香草の種類と味付けを聞いてみよう。 時々プレイヤーと思わしき冒険者に話かけられる。皆楽しそうで祭りを楽しんでいるようだ。
「歌のお姉さん、楽しんでる? 知らせてくれてありがとう」「イベント告知がないのに、イベントがあるなんて。知らなかったら来れなかったよ」「この村の存在すら知らなかったから、ありがたい」
やっぱり歌のお姉さんって呼ばれているんだけど……名前を告げないとプレイヤーアバターに名前表示がされないシステム。だから名前を教えても、歌のお姉さんになっている……いや、別にいいのよ。ちょっと不思議なだけで。悪い雰囲気の綽名じゃないしね?
広場にある屋台の列。その一角に見知った集団を見つけた。彼らもしっかりとブラッククック料理を堪能している様子。
「ヘレナ。先程の歌、上手だったわ」
「ケイお姉さん! お仕事お疲れ様! みんな楽しそうだったから、歌いたくなったの」
「そうやって、NPCの祭りに参加するのはヘレナぐらいよ。恥ずかしかったわ」
「まあ。村の方に喜んでもらっていたみたいですしね」
<3A>のメンバーが揃っていた。周囲を見れば、少し離れた所でドガとジンガの姿を発見する。既にエールを片手に料理を食べている。明るいうちからのエール! 羨ましい。羨ましい。仕事の後の一杯は最高よね?
「そういえば、最近……歌のお姉さんとか呼ばれるんだけれども、噴水の詩人さんはわかるけれど」
「!!」
「それは……」
「私が原因でしょうか、やはり……」
ヘレナの視線が動揺したように彷徨う。ルイがライアートをチラチラ見ながら、右肘でライアートの脇腹をつっつく。ライアートが神妙な顔をすれば、じつはと。
「公式HPに掲示板に、ケイさんが教えてくれた事を書いたのです。それが発端になってしまったというか……」
生真面目なライアートは公式HPの掲示板に、魔物から素材を直接取ることや、精霊語の事や星見の遺跡を攻略した謎解きの答えの切欠。エルフやドワーフ達が暮らしていて、その言語があることを書いたらしい。そこまでは私も知っている。
プレイヤー名は伏せていたみたいだけど……噴水にライアート達といる姿を見られているし、隠しようもないわよね。さらに冒険者ギルドで翻訳の手伝いをした事。気軽に翻訳をしてくれる事とかも広まってしまった様子。oh……
「掲示板のスレッドに……【歩く情報源】歌のお姉さんを見守るスレ【聞いてみよう】というのが」
「立ってしまったのです。ケイさんが歌っている歌が、各地の言い伝えだったり、古い伝承だったり。それが切欠でその場所に行ってみたらダンジョンを発見したとか。後は文字が読めなくて攻略に行き詰まった時、見せたらエルフ語で読んでくれて、進むことができたとか。街のどこに何があるかも答えてくれる。それと、私が書いた情報も元は―――と。そのスレにはケイさんが発した情報が寄せられているのです。今日のお祭りのことだって……」
「うん! 歌のお姉さんが、お祭りの宣伝してるぞ――って! 結構なプレイヤーがそれを見て、村に来ていると思うの」
「書き込んでいる人も悪意はないみたいで、あくまで情報源としてですね。だから、プレイヤー名は伏せられていますよ? だから、その通称が……」
歌のお姉さんと。ルイさんが、おずおずとHPのアドレスを教えてくれたけど、見るのが怖くて開けない。ライアートの釈明のような言葉を聞きつつ、ヘレナはいい事だと思う! と朗らかね。名前は知られてないけれど、姿は知られているからね! 通称が……それになったわけね。でもね、でもね。
「最近、話しかけられることが多くなったのは、わかったわ。けれど、なんでお姉さんなのかしら――」
最初にそう呼んだ人、出てこい。某教育テレビを思い出してしまう。でも、吟遊詩人は歌を歌って、人々に色々なものを伝達するのが役目でもある。
それは感動的な歌で心を揺さぶったり、遠い国の文化や歴史を教えることだったり、そう思っている。その役割を果たしている気もしないでもない。そういう風に思っておこう……ちょっと、飼育小屋に隠れてきてもいいかしら。
理由がわかってすっきりしたところで、エールを一杯飲んだ。大丈夫、仕事中だけど、これは水分補給よ。水分補給。うん。ちょっと、掲示板の事を聞いて動揺していただけじゃないわ。
「なんじゃ、掲示板のアレか。まあ、気にするな! ケイはふらふらしているだけじゃからのぅ」
「うむ。まあ、良かれということじゃ。ほれ、そろそろ新作料理が出てくるぞ?」
ドガ兄弟が豪快に笑いながらやってきたわ。顔が既に薄く赤い。もう何杯飲んでいるのかしら?
知っていたのね? と片目でみやれば。別に問題ないからのぅと、ニヤニヤされているだけだ。
まったくもぅ……と思わず、やさぐれた振りをすれば、さらに笑われたわ。そんな彼らを後にして舞台へ再び戻った。
舞台に村長の姿。新作料理のお披露目の挨拶だろう。皆に挨拶をすると舞台の傍らに演奏役として付いた。弾く曲をいくつか村長を打ち合わせをしていた。やがて乾杯の合図と共に、祭りの宴会が始まった。
夕暮れ時、広場には大きな松明が設置され、薄暗い中でも結構な明るさだ。屋台の数は減り、料理を載せるテーブルが並べられ、その合間を私は演奏しながら練り歩いていたわ。
その方が盛り上がるかなって。お酒も振る舞われ、皆聞いているかわからないけれども、バックミュージックにはなっていると思う。それが目的でもあるしね。
野営予定で夜を気にしなくていいプレイヤーが、この場には多いような気がする。野営用のテントが村のあちこちに見かける。すでにパーティ用にテントも活用されてるみたいね。
けれど、野営ということもあって、エールの量は控えめかもしれない。ドガ兄弟は違ったようだけども。
村長からのリクエストの1つ、私の故郷のお祭りに合う曲をお願いされていた。
この曲はどう? と決めていたのだけど。こんなにプレイヤーが来るなんて予知できなかった。
また、なんだか――言われそうな気がしてしまうけれども。踊りたくなるような曲は、アレよね。やっぱり。私はリュートを軽快に爪弾いた。運動会や野外学習でよく踊るあの曲だ。軽快な、炎を囲んで踊りたくなるわよね。
試に色々弾いたら村長が気に入ってしまったのが一番の理由だけれども――
「ケイお姉さん――!! 躍るぅ!!」
「この曲か……思い出すのぅ」
ヘレナは予想通り嫌がるルイの手を取って踊りだしたわ。少しお酒が入っているんじゃないかしら。
大学生……呑み慣れてない雰囲気はそのせいね。酒を料理を楽しんでいた冒険者……一部、なんか異様な盛り上がりを見せている。村人達にも好評だ。ヘレナの踊りを見よう見まねで、一緒に踊りだしたみたいだ。こうなると演奏にも力が入るわよね―― 弦を強く鳴らした、その時だ。
「魔物だ――!! 村の近くに魔物の群れが――!!」
見回り役の村人がカンテラの炎を激しく揺らし、広場へと飛び込んできた。
賑やかな喧騒が一瞬で凍りつく――その空気を切り裂くように、狼の幾重にも重なる遠吠えが村へ響いた。