1.ゲームを始めよう
改稿版新規投稿をさせていただきます。改定前の投稿は暫くしてから取り下げ予定です。
子供の頃、本を読んでは夢を見て空想をしていた。
いつか魔法が使えるかもしれない。自然の中には妖精がいるかもしれない。人がまだ行ったことのない土地には、竜みたいな生き物がいるかもしれない。人の言葉を喋る動物、時間の流れを自由に旅する少女に、いつか会えるかもしれない。深い深い海にはきっと巨大な鯨が泳いでいるんだ……子供の頃、沢山の空想の物語に私は夢中だった。
イイ歳になれば、子供の頃の夢や想像なんて黒歴史と言われるかもしれない。事実、色々やっちゃってた感もあるけれど。
ふとした瞬間に未だに思い憧れる。未だ知らない世界があるかも? なんてね。
それが今、科学技術で現実に体験できる時代となったのだから……子供の頃、夢中になったゲームの世界。それを体感できる技術は人の手によって作り出された。ゲームという偽物でも私の夢は叶ったのかもしれない。
暗転した視界。ふ、と気づけば視界に映るは大量の本、本、本の海が目に映る。
思わず周囲に見渡せば、本棚自体が壁になった空間にいた。本棚の壁はぐるりと円形になり、上は際が見えない。図書館に似た不思議な空間。
ゲームに初めてログインした時はチュートリアルが開始されると、ソフトと共にダウンロートしたゲームの手引書には書いてあった。勿論、手引書は熟読済。
手引書の内容は簡潔なもので、基本的な設定とアバター作成を含むチュートリアルについて。それだけだ。後はゲームでお楽しみください! という、とっても不親切であり、親切な手引書だった。自ら情報を探っていく事に、わくわくするわ。
本棚の壁に気を取られていたけれど、ふと気づいた。目の前には小さな木製の机と丸椅子。机の上には一枚の紙が置かれている。
紙を見ると「ゲームを始めますか?」とシンプルな文字が書かれている。机の前の椅子に座れば、その文字はなんだか催促するように点滅をしている。思わず、指先でつっついてみる。
<チュートリアルを開始します。>
柔らかな女性の声がどこからともなく響く。どうやらチュートリアルが開始されたようだ。ようやくゲームの中に入り込んだ実感が湧き、色々観察する余裕が出てくる。
まずは身体を見る。普段見慣れている現実と変わらない姿だけど、違うのは見覚えの無い白色無地のワンピースを着ていることだ。両手指先を意識して動かす。動いた…深呼吸を一つ。
「これが――仮想空間……なの?」
普段と変わらない感覚に声が弾んでしまう。自然と胸が高鳴ってくる。机の上の紙に書かれていた文字が変化していく。
『ようこそ、<Life in the world of twins>へ。アバター設定を開始します。始まりの書に掌を触れてください』
これが私の初めてのVRゲーム<Life in the world of twins>への始まりだった。
机の上の紙に再び触れると、一冊の本になった。それがまるで操られるように頁が捲られていく様を驚きながら見つめる。データーを読み込んでいるのかな?
『個体情報の確認をします。掌をそのままにしてください。……、ID確認、生体登録確認……ユーザー:ハルタ ケイコ。確認できました。アバター作成に移ります』
声と共に開かれた本の頁から、ふわりと浮かぶように立体的な画像が現れた。浮かび上がる物体は…
「これは……こうやってみると……なんていうか」
それは、自分の家のベッドの上でVRゲーム機を設置し寝ている自分の姿と一緒だ。いつも見慣れた身体が立体的な画像になって浮かんでいる様子に、何とも言えない気持ちね。鏡を見るのと違う感じ。
私こと春田恵子の姿、目の前に浮かぶ姿はまさしく分身。思わず手を伸ばして右手の甲を触ってみる。質感共に人の身体に触れている感覚と同じだ。思わず、自分の身体なのに興味深く指先とかを触れてみる。
「肌が――若い気がするなぁ……サービス?」
凄いぞVR。変なところで感心した。肌の曲がり角を過ぎてはや数年。まじまじと見れば今の「自分」より若い気がする。そういえばと思い出す。
「確かアバターのベースは変えられないけれども、年齢や体格、色素は変更可能だったっけ。基本年齢がこれなのかな」
ログインする前に熟読した説明書を思い出す。そう、このゲーム<Life in the world of twins>は、ツインズと名前が付けられた世界での暮らしを楽しむゲームなのだ。
もう一つの生活。異なる世界である<ツインズ>という世界で暮らそうがコンセプトのゲーム。
就職して普通の住人として暮らすのもよし、技能を磨いて冒険者や職人になってもよし、店の経営から士官を目指したりと、農業や漁業を楽しんでもよい。自由に生活をすることができるゲーム。
開発には色々な業種の企業が参加したという。それだけVRという技術に期待されているのかもしれない。
そのせいか、もう一つの生活という言葉通り、異世界、つまりファンタジーの中でも現実的な生活を体験できるのがうりだ。テストプレイヤーから、ファンタジーな生活なのに現実過ぎて困った等、悲喜こもごもな評価を得ていた。
けれども私はこのゲームを、どれほど待ったことか。幼少時ファンタジー小説やゲームに没頭した日々。
空想の世界に憧れに憧れ、まだ見ぬ景色や文化を知りたがった。それが高じて学生時代から日本海外問わず、さまざまな土地を歩き旅している。大学の専門も地域民族学だ。社会人なっては仕事も関連して、1年の半分は海外でバックパッカーだ。
今まで医療や軍事利用がメインだったVR技術が、世界でゲーム市場を牽引していた「リード社」により娯楽用として開発。最初は仮想空間で簡易な愛玩動物に触れあうゲームや、1人用のアクションゲーム等だった。今となっては開発を重ね、感覚をそのままに、仮想世界へ身を置く程となった。
VR技術を使ったゲームは幾つかリリースされている。このゲームはシナリオは存在しないといわれる程、NPCは高度なAIを搭載し、現実に劣らない世界システムを構築したと謳われていたのだ。
何度もゲームテスト試験を重ね、本日正式サービスが開始だ。発売が決まった時、迷うことなく少々高額なゲーム機材を購入した。正式オープン後はプレイヤー数が制限されていた。
そこを仕事仲間のつてを使いに使い参加権をもぎとった。仕事仲間もゲームは好きだから、そのうちゲームの中で会うこともあるだろう。
VR機材は高かったが、まだ見知らぬ「現実にはない」世界に暮らし旅をすることができるのだ。暫く「現実」での旅はお預けとなる。けれど、これから未知の世界をゲームの中で旅することができるのだから、後悔はしてないけどね。
それにしてもアバターをどうしようか。机の上の本の内容がアバター作成用の頁に変わっている。
ゲームのアバターとして選べる種族は人族と呼ばれる、いわば人間のみの設定。ファンタジーでお約束の種族は、アバター設定にはない。ゲームの中にはいるのかな? これもまた情報は開示されていない。
あくまでも、自分の分身が仮想空間で暮らすという設定の為のため、性別変更もできない。カスタマイズも「現実」をベースにして手を加えることとなる。
「うーん、年齢はこのままにして……どこまで調整できるのかしら」
浮かんでいるアバターに触れるとくるりと体が一回転し、目の前にウインドウが広がった。背景が透けたウインドウの内容は、アバターのカスタマイズを調整するボタンが並んでいる。本の頁はカスタマイズ各種の設定情報だ。
「それにしても大学ぐらい? 若返って得した気分だし。あの時の勢いも大事よね。他は……」
ゲーム内のプレイヤーの年齢設定はシステム上から15歳以上となっている。さすがに10代は今の現実の歳では色々と厳しい。あの10代のテンション……黒歴史を思い出した。封印。大学時代もそれなりに勢いがあった気もする。若さ故よね。
思い切って髪色を真っ赤にしてみた。大分印象が違って別人にも見える。アバターの部位ごとの色相を色々触ってみる。
そして落ち着いたのは、灰色に近い銀色。北欧を旅していたとき、日本人と反対の色素に憧れたからだ。
北欧在住の友人は、艶やかな黒髪が羨ましいといったけど。瞳は好きな色の青。
そして、原型を留めないレベルまではできないが、鼻の高さや睫毛の長さ、輪郭の微調整等ができた。
やや垂れ目の瞳を少しだけ切れ長に修正。髪は手入れが楽で定番となっていたショートボブから、セミロングにしてみる。ゲームの中ではきっと手入れとかいらないようだし。多分。何やら髪も時間経過とともに伸びると書いてあったけど。どこまで現実的なのかしら。肌は健康的に見えるように髪色と瞳の色に合わせる。
「おお、別人? ぱっと見れば姉妹ってとこかしら。 体型はそのままでいいかな……」
その気になればモデル体型も可能だが、違和感は少ない方が良いかな。現実とかけ離れると、感覚が狂って操作に違和感を覚えるみたい。背丈は160cm程だ。3サイズ? 設定が見えないな。どうやらいじれないようだ。女性プレイヤーの夢が……サービスが足りん。
「完成っと」
カスタマイズウインドウを閉じれば、そこには私だけど私じゃない分身が居た。
本体に類似だとやり直しらしい。そして、再び響く声は――
『アバター設定を終わります。技能設定に移ります』
周りの本棚の壁から、辞書のような本が何冊も飛んできてアバターに周辺に浮遊する。そのうちの一冊に手を伸ばせば、辞書の厚さなのに重さを感じない。開けば戦闘技術のタイトル。まさか、戦闘技術だけでこの量!
「これは……聞きしに勝る……」
このゲームの根幹的なシステムの一つ。プレイヤーの個性は「技能」によって決められる。色々なゲームでもシステムとしてあるスキル制だ。行動することによって「技能」が増えていく。
技能の経験を積めば派生した技能を得ることが出来たり、スキルと呼ばれる技能による技を発動できる。技能がパッシブであり、スキルがアクティブだ。その数はとても多いらしい。
机の上の本は、技能設定のススメという頁に変わっている。頁の中には検索画面のような文字入力が用意されている。本を読んで探すのもよし、検索して手軽に探すもできる仕様のようだ。
本の虫としては一冊づつ読んでいきたいけれど、膨大過ぎる。単語を検索すると、それにあった本が本棚から飛んできた。
「(剣術)(槍術)(金属加工)……(物乞い)(検死)(ジャグリング)(基礎言語(人))……言語の種類もやたら多いわ」
昔やった古いMMOを思い出す。ゲームにある武器の技術からはじまり、イメージがわかない単語も数が多い。何に使ったっけアレ、と思わずページをめくる手が止まる。基礎言語(人)というのもある。基礎というからには、それ以外にもあるのが察せられる。どれだけ技能があるのと思わず開発陣にツッコミたい。
『初期技能は10個選択できます。その後はツインズの生活で覚えることができるでしょう。覚え方は、既に覚えた技能のレベルが上がる事で、ボーナスポイントを得ることができます。それによって新しい技能を追加できます。……10個選択してください。』
頁を進めると流れるアナウンス。技能を使う、訓練することで経験が溜まる。上がるごとに貰えるポイントで、取得条件を満たしたした技能を追加で習得することができる。数に制限がないようだが、器用貧乏になることも否めない。
けど、最初に取る技能は決まってる。このゲームでやりたいことは既に決まっていた。
日常では出来ない職業、小さい頃……憧れていた。
『(楽器演奏)(歌)を取得します』
詩を歌い楽器を奏で各地を旅する<吟遊詩人>。そう、昔読んだ冒険小説やゲームで登場する職業だ。新しい世界を旅するなら、色々見て知りたいという旅目的。選択時に初期装備の楽器一覧も出てくる。
悩んだが、一つの楽器を選択しておく。
ファンタジーの中で生活するならと夢想していた。元より音楽は好きだ。言葉や文化が違っても、音楽で通じるものがある。海外を訪れるたびに感じることだ。ゲームの中でも一緒だろうか。わくわくしてしまう。そして残りの技能を選択する。
『(精霊魔法)(杖術)(料理)(鑑定)(気配察知)(野営)(採取)(投擲)を取得します。変更が無ければ決定ボタンを押してください』
以上を選択した。各地を旅することがメインだが戦闘手段は必要だろう。やはり憧れていた<精霊魔法>、その関連装備でもある<杖術>を選択。<杖術>は戦闘にも使える。補助戦闘用に投擲。ちなみに杖は少しばかり馴染みがある。
<気配察知>は、一人で歩き回る事が多いだろうから。<野営>も情報を読む限り重要と思えた。
他は生産技能の<料理>。これは自分の趣味も兼ねる。食べることは大好きよ。お酒はもっと好きね。
<鑑定>は調べることが好きだから、外すことはできない。最後は資源を鑑定して使えるものがあれば<採取>だ。
こうしてみると、ある意味ネタプレイともいえる。暮らすことが目的だから、ネタプレイばっちこいだ。
「楽器ってどんな楽器があるんだろう……」
設定完了ボタンを押せば、アバターの姿が変化した。技能にあった初期装備をまとった姿だ。
ローブのようなものを身にまとい、杖と弦楽器みたいなものを持っている。詳細は後で調べることができるみたい。
『アバター設定、技能設定が終わりました。変更はありませんか? 以上問題なければ、次にお進みください』
『今からシステム内ルールを説明します……』
アバターと技能を設定すれば、手引書にもあったシステムの説明が始まった。
長い……これをすべて聞いてるプレイヤーは少ないに違いない。要約すれば現実につながる犯罪等の禁止行為。ハラスメント項目、そしてプレイヤー間の犯罪システム等……そして、本の頁が再び捲られる。万年筆まで浮かび上がった。
『最後の設定になります。アバターの名前を記入してください』
私の分身の名前、それは「ケイ」。名前を短くしただけ。ペンで書き込む。その質感もリアルだ。
入力が済めばアバターの頭の上にプレイヤーを示すアイコンと名前が表示される。
『すべての設定が終わりました。ケイ様。今から始まりの町「ジオス」の門へ転送します。「ツインズ」での生活をお楽しみください……』
万年筆を机に置く同時、視界が暗転した。