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怪談 1


登場人物紹介


賀茂かも京介きょうすけ

栄藍えいらん高校の一年生。「休み時間探偵」


春山はるやまほたる

賀茂のクラスメート。剣道部に所属。


杉本すぎもと紗妃さき賀茂のクラスメート。「兼部の鬼」



平城ひらき みやこ

賀茂たちの担任。美人。



それと便座カバー。


 その日は朝からダメだった。


 財布を忘れて遅刻しそうになるし、入る教室は間違えるし、さっきの授業ではピンポイントで分からなかったところを当てられた。もう散々だ。


 いや、ピンポイントでなどと言い訳している時点でダメ人間じゃないか……。


 休み時間だが、教室内に俺から話しかけにいくほどの仲のやつはいないし、かといって教室の外に出ても疎外感を味わうだけだ。おとなしく本でも読もう。


 そう思っていたら、


「ねえ、カモちゃんも聞いてよ」


 隣の席から声がかけられた。杉本紗妃さき。クラスメートだ。


 見た目だけなら大和撫子だが、その実ほとんどの文科系クラブに在籍する、自称「兼部の鬼」。この異名、実は自分でつけたらしかった。


 まともじゃない。


 しかも自分で名乗るに飽き足りず、俺に「休み時間探偵」などという呼称を与えた張本人だ。まあ、俺自身がまいた種でもあるのだが……。


 今日は長い黒髪を後ろでまとめている。そこを見ればスポーツ少女に見えないこともないが、運動のほうはからっきしダメらしい。


 どうしてそんな目が出来るんだと言いたくなるような楽しげな目で、こちらを見てくる。その視線が、最近は少し苦手だったりする。


 あとカモちゃんはやめてくれ。


「そうだ、どうせ暇なんだろ?」


 杉本に続けてそう聞いてきたのは、これまた同じクラスの春山ほたるという女だ。女だが、口調が男っぽく、性格もさばさばしていて男寄りだ。


 さらに俺より少し背が高く、力も多分こいつの方が強い。剣道部に在籍していて、一年生なのにインターハイを狙えるほどの腕前らしく、つまり腕っ節でケンカしたら絶対に負ける。


 春山とは、先日の校外学習の時に同じ班になって以来、たまに話すようになった。


「心外だぞ、春山。俺だって忙しい」


「へえ、授業が終わってからずっと放心してたけど?」


「それは……今後の()()をだな――」


「ちょっとカモちゃん! しかめっ面でそんなこと言うとか反則!」


 杉本が肩を揺らしてくつくつと笑いだした。俺も自分の発言がつまらんギャグになっていたのに気付き、赤面する。


「や、違う、別にそういう意味で言ったんじゃ……」


「真っ赤になってるけど? 賀茂」


 春山がニヤニヤしながら()()()()()た。いや、心の中でまた同じことやってるし……。


 俺は無理やり動揺を抑え、いつまでも笑いやまない杉本に言葉を投げかけた。


「で、なんだよ、杉本。話があるんじゃなかったのか」


 杉本がまぶたを拭いながら言うには、なんでも杉本が所属している怪談研究会の集まりで創作の怪談話を披露しなければならないのだが、出来がいいのか自分ではよく分からないので聞いてほしいということだった。俺は隣の席、春山はたまたま近くに来ていたということで、白羽の矢が立ったらしい。


「怪談研究会? なんてのもあるのか、うちの学校」


 俺たちが通う栄藍えいらん高校は、「自主創造」がモットーで、たいていのことは生徒が自主的に話し合って決める。


 一応、県下では有数の進学校ということになっているから、そんな自由な校風でも荒れたり問題が起きたりはしていないのだろう。ちなみに、とても私立っぽい名前だが、公立の学校だ。


「そうよ。私も知らない文化部がまだあるみたいなのよ……悔しいのだけど」


「紗妃も物好きだよなあ」


 春山の言葉に俺も頷く。何が楽しくて、そんなにも多くの部活に入るんだか。


 俺も一応は文芸部に身を置いているが、俗にいう幽霊部員だ。まあ、文芸部自体ほぼ活動らしきことはしないらしいので幽霊みたいなものだが。


「楽しいわよ? 怪談研。二人も入ったらいいのに」


「そう言われても、怖い話を考えたりなんて、出来ないしなあ」


「ああ、それは月一回の『集い』の時だけよ。普段は大したことしてないわ。各自が怖い本持ち寄って読んだり、交換したり、それと便座カバー」


 杉本の言葉に首をかしげる。便座カバー? なんでいきなり? 俺は意味が分からず戸惑ったが、春山はそうでもないみたいだった。


「おい紗妃、そのネタはちょっと古いだろ」


「ええー、名作に新しいも古いもないんだよ」


 そして二人でやいのやいのと楽しそうに会話を始めた。俺はすっかり置いてけぼりだった。トイレにでも行こうかな。


 俺が立ち上がりかけたとき、ちょうど思い出したように


「で、今日が初めての『集い』の日なんだけど……聞いてくれる?」


 と杉本が言った。


 仕方なく腰を落ち着けると、杉本は自作の怪談を話し始めた。春山も俺も、緊張の面持ちで耳を傾けた。






 友達の友達から聞いた話なんだけどね、こんな噂があるの。


 深夜零時に洗面器に水を張って覗きこむと、将来の旦那さん、もしくは奥さんが見えるんだって。それを聞いたある女性は、面白半分でやってみようと思ったのよ。


 お風呂場の洗面器を取ってきて水で満たして、女性はあるものを用意した。


 剃刀よ。


 その噂では、覗く時に、女性は剃刀、男性は櫛をくわえないといけないことになっていたの。そして、本当に将来の相手が映っても、一言もしゃべらないこと。


 弟の剃刀を拝借すると、女性はゆっくりくわえた。そして、時計の針がちょうど零時を指したとき、水を覗き込んだの。


 そしたら、本当に映っていたのよ。男の顔が。


 はっきりしていなかったけど、知らない人だったわ。それでよく見ようと目を凝らした時、ついうっかり口を緩めてしまったの。


 剃刀が、ぽちゃん、と落ちて、水面が波立つに紛れて男の人の顔は消えてしまった。でも、波がおさまった時、水面には一筋、赤い、血のようなものが揺れていたそうよ……。






「へ、へえー、けっこうやるじゃん、紗妃」


「まだよ」


 春山が話しかけたのを杉本が鋭く制した。春山が、くっ、とのどを鳴らす。


「この話は、これで終わりじゃないの」






 数年後、彼女は結婚することになった。両親の勧めで知り合った男性よ。


 肩書も性格も申し分なく、顔も好みだったけど、その顔には深い切り傷があったの。結婚して初めての夜。傷を撫でながら、どうしたのと聞くと、ずっと前に斬られたんだと言う。


 誰がそんなことを?


 そう尋ねると、その男性は……。






「お前だっ!!!」


「ひっ」


 春山が小さく叫んだ。


 杉本は目をかっと見開いて俺を数秒間凝視していたが、反応がないことを確かめると真顔に戻り、


「ええー、今のダメ?」


 と残念そうに首を傾けた。


 どこかで聞いたような話だった。だが、杉本の話し方が上手いせいか、飽きはしなかった。伊達に怪談研究会に入ってるってわけでもなさそうだ。最後の顔も、杉本が美形なため、妙に迫力があったしな。


「まあ、よくあるパターンだよな」


「そっか~。でもこれしか用意してないよ」


「別にいいと思うぞ? 間の取り方とかも絶妙だったし」


 正直な感想を言ったつもりだったが、杉本は若干落ち込み気味だ。無理なフォローみたいに聞こえただろうか?


 ふと、春山が黙ったままなのに気付いた。見ると少し顔色が悪い。ほう、さては。


「春山、もしかして、怖い話苦手か?」


「べ、別にそんなことはない!」


 いつもは自信たっぷりな態度の春山が、珍しく目を泳がせている。図星だ。


 杉本もそれに気付いたらしい。


「へー、そうなの、蛍」


 からかうように春山を見上げる杉本。春山はあわてて弁解を始める。


「違う! さっきのだって、全然怖くなかったし! そんな男、木刀ではったおしてやるよ!」


「いや、男がかわいそうだろ……」


 春山がそんなことをしたら、剃刀で切るくらいでは済まないだろう。だが春山は俺のつぶやきにも、


「うるさい!」


 と、完全にムキになっていた。意外だ、こいつがこんなに取り乱すなんて。


 杉本はおかしそうに追い打ちをかけた。


「じゃあ蛍。カモちゃんにも怖い話、してもらおうよ」


「え?」


 意図せず重なる俺と春山の声。


「ね、カモちゃん。とっておきのやつを」


 そう言って杉本は悪い笑みを受かべた。ふむ、そういうことならお安い御用だ。本はけっこう読んでいる方だし、そういう話のストックもないことはない。


「ええー、じゃあ一つだけ。あれは三年前の――」


「ちょっと待った!」


 声色を変えて気持ち良く話し出したところを、春山に止められた。


「賀茂の怪談話を聞くくらいなら、私がとっておきのを話すよ。えー……」


 そう言って、芝居がかった口調で話し出してしまった。杉本と俺は顔を見合わせたが、おとなしく春山に合わせることにした。


 場合によっては、こっちの方が面白くなりそうだしな。と、この時の俺はのんきに考えていたのだった……。






 この学校の家庭科室の前って薄暗いだろ? 放課後なんかは通るだけでも怖いと評判だ。そんな気味の悪いところに、これまた古いトイレがある。


 ある男の子……京介君にしておこうか。京介君は霊なんて信じない朴念仁だったから、月一回くらいでそのトイレを使っていたんだ。






「おい、ネーミングに悪意を感じるぞ」


 俺の本名は賀茂()()だ。


「シャラップ」


 春山が片手を俺に突き出して、発言を禁止した。ひどい。






 ある放課後、京介君が用事を済ませて手を洗おうとした時だ。洗面台には古い鏡があるんだが、そこに、人の姿が見えた。さっきまで誰もいなかったというのに。髪の長い、うちの制服を着た女の子が、じいっとこちらを見つめて――。


 京介君は真っ青になった。薄暗い校舎に、壮絶な悲鳴が響き渡った……。






 俺は想像してみた。手を洗いながら、ふと目線を上げると、背後に見知らぬ女。


 背筋に寒気が走る。あ、ちょっとトイレに行きたくなってきた。こんな話の最中だが。


 それから春山は、唐突に結末を口にした。


「翌日、そのトイレで、京介君の首吊り死体が発見された」


「な……」


「京介君が首を吊った個室の壁一面には、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい と乱れた字で書かれていたそうだ。おしまい」


「なんだよそれ! 京介君が何したって言うんだよ!」


「ふん、怖いだろう? 少しは反省して、態度を改めることだ」


「何でだよ!」


 怖いというより理不尽だ。


 新たに獲物を設定したらしい杉本が俺に尋ねてきた。これはからかうときの声だ。


「ねえ、カモちゃん。これでカモちゃんは怖くて家庭科室前のトイレ、使えなくなるわね」


「追い打ちかけるなんて、紗妃も人が悪いよなあ」


 春山はさっきのことなんてすっかり忘れて、ニヤニヤが止まらないといった様子だった。二人してあくどい顔をしやがって。


 納得がいかなかったが、ひとつだけ、おかしな箇所に気が付いていた。


「ちょっと待て。今の話、変なところがあるぞ」


「どこがおかしいの?」


 ぽかんとした顔で杉本が言った。おかしいのは京介君だ、などと訳の分からないことを呟いている春山は置いておくとして……。


 まあ、女子の杉本が気付かなくても不思議じゃない。俺にしたって、実際に家庭科室前のトイレを使ったことがあるから、気付けたことなんだから。


 俺は口を開いた。が、その瞬間の春山の顔を見て、ものすごく嫌な予感がした。なんというか、罠にかかった獲物を見るような目をしていたからだ。今にも舌なめずりしそうな。


 でも、もう口を閉じるわけにもいかなかった。


「あの話には、事実と違うところがあったんだ。


 俺も使ったことがあるから分かったけど、家庭科室前のトイレって洗面台はあるが、()()()()()()()()ぞ」


 そう、そこが、春山の怪談で煮詰め足りなかったところだ。


「舞台がこの学校だったり、俺の名前を登場人物に使ったりするあたり、リアリティを持たせる技法のつもりなんだろ?


 咄嗟に考えたにしては良く出来ていたが、肝心なところで詰めが甘いな。現実と違う点が見つかれば、怖さは八割減だ」


 俺は早口でそう言った。これで春山に一矢報えるかと思ったが、なんだ? このもやもやした気持ちは。


 おかしい。何かがおかしい。


 さっきから春山は意地の悪い顔でニヤついているだけだし、杉本もぽかんとしたままだ。俺は、何かを見落としている……?


 不安が徐々に膨れ上がっていったその時、杉本があっけらかんと言った。


「何言ってるの? 鏡ならあるじゃない」


「え?」


「家庭科室前のトイレでしょ。確かに汚いけど、一応洗面台の上に付けられていたわよ」


 俺は、キツネにつまされたような気がした。キツネというのはこの場合春山のことである。春山の方をにらんで、説明を促した。


 が、俺はどこかで気付いていたのかもしれない。さっきの話に隠された、恐るべき真実に。


 春山が、満を持してという感じで、口を開いた。


「鏡ならちゃんとあるさ。()()()()()()()にはな」


「……あ」


 そうか。俺と杉本の証言に食い違いが生じた理由はこれだった。家庭科室前のトイレと一口に言っても、当然男子と女子で分かれている。


 そして、男子トイレには鏡がなく、女子トイレには鏡があった。


 もともとそうなっていたのかどうかは知らない。ただ、古くて使用者の少ないトイレだ。鏡の修理が届け出されていなくても不思議ではない。


 俺は、さっきの話の悪意にようやく気が付いた。


「お前、それはいくら何でも--」


「ふふ、京介君は、()()()()()()()()()()んだろうなあ」


 春山は俺を見下ろしながら、下卑た笑みを浮かべた。


 悪魔だ。こいつは人の皮をかぶった悪魔だ。


「え……じゃあ、カモちゃんは」


「杉本、さっきの話は決して俺のことじゃないぞ」


 杉本が口に手を当てて恐ろしいことを呟きかけたので、俺は急いで訂正した。だが、


「盗撮魔だったんだね」


 ぐはっ。いや、これは俺のことじゃない、俺のことじゃない……。


「怖いわ~」


「怖いわ~。もうトイレに行けないわ」


 二人は息ぴったりに、大げさに俺から距離を取った。そのまま会話を続ける。


「なるほど、今ので分かったことがあるわ。さっきの話で、おかしいなと思ったところがあったのよ」


「ふーん、どこがだ?」


「『京介君は用事を済ませたあと』という表現があったけど、トイレにこの表現は斬新だなって、思っていたのよ。普通『用を足す』とかって言うじゃない?」


「ふふん、よく気が付いたな。まるで探偵だよ」


 えへん、と杉本は胸を張って、あろうことかあいつ――俺のもう一つの人格である「探偵」――の口調をまねて話し始めた。


「さて――今回の事件の犯人は」


 杉本は、俺を指さして叫んだ。


「お前だっ!!!」


「杉本。お前そればっかりだな……」


「うるさいわよ、カモちゃん。そこは『君は作家にでもなった方がいいんじゃないか』って言うところでしょう」


 もはや俺は苦笑いするしかなかった。確かに、それもよくあるセリフだけど。


 俺が黙ったのを見て、杉本探偵は「推理」の続きを始めた。


「今回の事件で被害者と思われていた京介青年こそが、犯人だったのです。本当の被害者は、変態とばったり出くわしてしまったいたいけな少女」


「おう、いいぞ杉本」


 春山がおかしそうに言う。それに気を良くしたのか、杉本はますます威張って続けた。


「髪の長い女の子って言うのは、幽霊でも何でもない、ただその女子トイレを使おうとしただけの女子生徒よ。そして、校舎に響き渡った悲鳴というのは、当然その子の悲鳴でしょうね」


「かわいそうに……トラウマものだな」


 二人して好き勝手なことを言う。


「焦ったのは京介青年よ。現行犯で見られてしまったのだから。だけど、おそらく女の子は一目散に逃げだしたのね。


 口封じが出来なかった京介青年には、首を吊るしか道は残されていなかった……。自分の行いを恥じて自ら命を絶ったのよ。


 これが事件の真相ね」


 あまりに好き勝手言うものだから、つい反論してしまった。


「その推理だと、まだおかしいところがあるぞ」


 杉本が不思議そうにこちらを見る。春山は眉をピクリと動かした。まだアラを指摘されるとは思っていなかったのだろう。


「へえ、言ってみろよ、賀茂」


「杉本の推理だと、俺……キョウスケ君は」


「今俺って言った」


「俺って認めた」


 ニヤつきながら茶化してくる二人は無視して、俺は続ける。


「キョウスケ君は、なぜ手を洗う必要があった? 盗撮という目的を果たしたなら、手なんて洗わずにすぐにその場から立ち去るはずだろう」


「ぐっ」


 春山は、そこまで考えていなかったらしい。


 ふん、どうだ春山。こちとら本物の探偵を間近で見てきてるんだ。これくらい容易いことだ。


 しかし、事態はさらに俺の望まぬ方向へ向かい始めた。


「じゃ、じゃあ……京介君は、盗撮が目的じゃなかったんだろう! 女子が用を足すのを、隣の個室に入ってハアハアしながら聞くような変態野郎だったんだ!」


「ぐはっ」


 春山の言葉が槍となって、俺の中の何かを貫いた。たぶん心だ。


「そ……それでも……手を洗う理由にはなってないだろ……」


 しかし苦し紛れの反論も、杉本の発言によってかき消された。


「じゃあ、カモちゃんも一緒に排泄行為をしていたとか――」


「ぐはあっ!」


「えっちいこととか――」


 おい、それは色々とダメだろ。人前でそんなこと言うなよ。頬が熱を持つのを感じる。


「それと便座カバー」


「またそれか……」


 意味は分からないが、そのくせ話の流れに微妙にマッチしているのが癪だった。


 杉本と目を合わせていられなくなったので、俺は逃げるように春山を見る。……あれ、なんかこいつも赤くなっている。


 もしかして、下ネタNGな人か?


 これはいいぞと、自分のことは棚に上げて、春山を少しからかってみることにした。


「おい、春山、赤くなってるぞ。何を想像しているんだ?」


「え!? な、何も考えてないって!」


「そんなことないだろ。ほら、キョウスケ君は個室でナニしてたか言ってみろよ」


 何言ってるんだ俺は。


 春山の顔はそれはもう赤くなった。意外と打たれ弱いらしかった。もごもごしている春山を見ていたら、なんだか逆に落ち着いてきた。


 落ち着いてくると、だんだん周りの視線が痛くなってくる。さっきから少し騒ぎ過ぎた。


「ば、ばかぁ! 賀茂のド変態!」


 春山がそう言って俺を罵倒する。動転して、口調が少し女の子っぽいのが微笑ましい。


 なんて現実逃避している場合でもないな。声が大きいから、ますます周囲の視線を集めて居心地が悪いことこの上ない。内容が内容だし。


 春山は視点も定まらぬまま、急に何かを思いついたのか、こう言った。


「そうよ、こんな変態が罪の意識から自殺なんてするわけないわ! 反省なんてするはずないもの!」


 杉本の目がきらんと光った気がした。


「むむ、それでは蛍くん、あれは自殺に見せかけた他殺だったというのですな!」


 また探偵口調に戻った杉本が興奮した口調でそう言った。どちらかというと、探偵ではなく警部辺りが言いそうなセリフだったが。


「そうよ紗妃! 個室に書かれた謝罪も、誰かが偽装したものに違いないわ!」


「字が乱れていたのは、筆跡をごまかすためだったのね……」


「そしてその人物こそが」


 二人は声をそろえて叫んだ。


「真犯人!」


 それからは、杉本が春山から「現場」の状況を聞くのに必死になって、もう俺は完全に蚊帳の外だった。女子が二人で話し始めたら、そこに入っていける気がしない。


 周りの視線も気になるので、ひとまず退散することにしよう。本格的に尿意を催してきたし。あんな話を聞いた後で気分が悪いが。


 結局、チャイムぎりぎりに俺がトイレから戻ってきた時には、女子二人は全然違う話に花を咲かせていた。






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